「ところで質問したいのだが、ドクター」
「なんでしょうか、ケルシー先生」
「どうして彼を選び、吸血したのか。私が納得できる理由があるのだろう、是非教えて欲しい」
二時間半と五十四秒経過。ケルシーに、お説教を食らった時間の最高記録を絶賛更新中。
なぜ何時にもまして長時間なのかといえば、理由は非常にシンプルだ。
『シルバーアッシュを吸血してしまったこと』
一ヶ月に一度の血液検査で健康すぎる結果を叩き出してしまい、ケルシーに詰問(きつもん)され白状したら長~いお叱りを受けている。
いくらケルシーに詰(なじ)られ、嫌みを言われても答えは一つしかないのだけど。
でも一応叱られないように、頬に指先をあて考える素振りをしてみた。
「理由…美味しそうだったから」
普段から無愛想なケルシーの表情が険しくなり、あからさまな溜め息を吐いた。
「納得も了解も出来ない理由だ。もっとないのか、明確な答えが」
「そうはいっても、美味しそうだったんだもの。現に美味しかったよ、シルバーアッシュは」
険しい表情が軽蔑に変わったケルシーを眺め、これは更に説教が長くなるなとドクターは悟った。
「君は毒を持ち合わせている生物の血液を好む、非常に奇異な舌を持つ吸血鬼なのか」
「シルバーアッシュってフグみたいなんだね、君から見ると。確かに毒ありそう」
「そう思うなら何故、現在も血液の提供を受けているのだ」
「だって、飲んで良いって言うから」と、もごもご口にしたら何度目か分からないほどの大きな溜め息が聞こえてきた。
「ドクター、君は我々ロドスの指揮官だ。それなのにカランド貿易のシルバーアッシュから血液の提供を受けているというのでは、中立とはいえない」
「分かってる。向こうに弱みを握られている、そう言いたいんでしょ」
実は対価としてドクター本体をシルバーアッシュに差し出している。
がっつり全身を美味しく頂かれています…などと伝えたら、説教どころではなくケルシーの蹴りをくらいそうだ。
とはいえ、互いにこの契約に同意してるし、損はしてないと思う。だが当然ケルシーへ言えなかった。
まだお尻を蹴り飛ばされたくないし。
「そこまで考えが及んでいるのなら、行動を改めてもらいたい。いままで通り私が調合した血液成分配合の薬を飲んでほしい」
「う…じゃ、ちょっとお願いしても良い?」
「なんだろうか」
「もうちょっと美味しくしてほしい。できればシルバーアッシュの血液に近い味だと良いんだけど…」
ケルシーは乱暴に白衣を翻した。
「これは失礼した。私の調合がいまいちだったから、血液の提供を受けざるを得ないという事だったんだな」
「ひっとことも、そんな話してないんですけどっ!?」
「気を遣わなくて結構だ。君がシルバーアッシュの血液をいたく気に入っていると良く分かった。あぁ、吸血鬼は好いた者の血を好むと聞く。ドクター、君のタイプはああいう毒気の多そうなのだったのだな」
「ちょっと待って、ケルシー!なんで急に、もの凄い怒ってるの?ていうか、シルバーアッシュとはそういうんじゃないって!」
グッと眉間に皺を寄せて此方を睨んでから、ケルシーは白衣を踊らせてチェアから立ち上がった。
ほんの数十秒のうち、ドクターのタイプはシルバーアッシュで恋心を抱く設定になっている。
「私が怒る?とんでもない。貴重な意見を感謝している。とはいえドクター、好いた者でも吸血行動は控えてもらいたい」
何と声をかけて良いか悩んでいるいち、ケルシーはさっさと会議室を出て行ってしまった。
三時間二五分三〇秒。お説教タイム新記録更新。
しかしあの様子では、また叱られそうな気がする。ケルシーがあそこまで感情を露わにして怒るのは珍しかったからだ。
「…シルバーアッシュとは、そういうんじゃないのに」
誰もいない会議室で、自分を納得させるように口にした。
恋人でもなく、タイプでもない…と思う。
ただ身体の関係はある。それは向こうが対価として要求してきたから。
次にケルシーへ説明するのに、どう話せば良いのだろう。
シルバーアッシュの血を飲みたい理由が、ドクターにも分からなかった。
つづく〜