寄るところがあるから先に行ってて、とシュウは言った。今日は駅の近くのファストフード店で、みんなでお喋りする予定だった。
シュウ以外の四人で集まって、くだらないことでゲラゲラ笑っていた。気付かなければよかったのかもしれない。けれど、ちょうどみんなの笑い声が途絶えた時、その声が聞こえてしまった。
「闇ノさん」
聞き覚えのない声が、シュウの名前を呼んだ。
オレたちは足を止めた。目を見合わせて、誰が何を言うでもなく、その声の主を探した。
シュウと声の主は、すぐに見つかった。オレたちがいる一階渡り廊下の窓のすぐ向こうで、シュウたちは向かい合って立っていた。
「ワオ」
「シュウもなかなか隅に置けないな」
「いや~オレはシュウを狙ってる男がいても不思議じゃないと思ってたよ」
アイク、ヴォックス、ミスタが小声でコメントする。オレはよくわからなくて、けれどアイクに引っ張られて、しゃがみ込んだ。どうやら見つかっちゃダメらしい。
「ねえ、相手のこと誰か知ってる?」
「知らないな」
「去年同じクラスだったよ。確かサッカー部」
「シュウと話合うの?」
「知らない」
みんなして、窓枠のギリギリ上に目を出してシュウとその男の動向を見守っていた。
緊張しているふうなサッカー部の彼とは裏腹に、シュウはどこか退屈そうだった。視線をふらつかせて、オレたちと目が合った。オレが手を挙げると、シュウもへらりと笑った。
「はっは、余裕だな、シュウ」
「まだ相手の思惑に気付いてないんじゃない?」
「ありえるね」
「相手の思惑って何さ」
「ルカもわかってないの?!」
三人は目を丸くしてオレを見た。わからないよ! 逆になんで、二人が向かい合って立ってるだけで話の内容がわかるのさ! …って言い返そうとして、シッと口元をミスタに遮られる。
シュウたちの方へ視線をやると、サッカー部の彼がやっと頭を上げたところだった。
「や、闇ノさん…あの、俺、ずっと闇ノさんのこと可愛いと思ってて」
ハァ?! と叫びそうになるのをアイクに止められた。なんとアイクはオレの行動を予測して、オレが叫ぶ前に口を塞いだのだ。
黙って見とけとミスタに言われて、立ち上がりそうだった腰を下ろす。
だって、オレたちは五人で仲良しだったんだ。部活も委員会も、クラスだって違うけど、ゲームが好きって趣味は同じ。いつも連絡を取り合って、予定擦り合わせて誰かの家でゲームをしたり、学校帰りにファミレスとかで駄弁ったり。
ずっとシュウに浮いた話なんてなかった。シュウのこと可愛いねなんて言ってるやつもいなかったし。そんな、昨日今日出てきたやつに可愛いなんて言われる筋合いない。オレの方がずっと前から、ずっとたくさん、シュウの可愛いところも優しいところも知ってるのに!
「ははは、ルカが怒っているぞ」
「おもしろ」
「みんなはイラつかないの? だってオレたちのほうが、ずっとシュウに詳しいよ!」
「そうかもしれないけど、そういう話じゃないんだよ、ルカ。まだあの人の用件に気付かない?」
「わかんないよ。なんでみんなわかるんだよ」
「ルカ、気付いた瞬間走り出しそうじゃない?」
「一理あるな」
小声で繰り返されるオレたちの会話と正反対に、サッカー部の男はなかなか要件を話さない。さっさと話してシュウを解放してほしい。このあとオレたちと約束があるんだから。
シュウは話の内容に気付いているのかいないのか、男の話を聞くふりをして視線をこっちに向ける。ぱちぱちと大きな目で瞬きして、口を一文字に結んでみせた。
「話しやすいし、…その、物静かで、優等生なところもいいなって思ってて」
物静かで優等生だって? 確かにそんな一面もあるけど、シュウはマイペースで、いたずらっ子で、面白くて、優等生ばっかりじゃないのに。
話が進まないし、彼が何を言いたいのか分からなくて、オレは廊下に腰を下ろした。つまんない。早く五人で集まって、楽しいことをしたい。三人を横目で確認してみるけど、三人ともシュウとその男に興味津々みたいで、オレは一人でため息をついた。
はやく終わんないかな。そんな気持ちは、その男の次の言葉で吹っ飛んだ。
「いつの間にか、す、すきだなって…思うようになって」
「は…ッ?!」
次はアイクの手が間に合わなくて、ちょっとだけ声が出た。人生で初めてくらい目をひんむいて、三人の顔を見る。
告白だなんて知らなかった。シュウの用事が告白を受けることだなんてわかってたら、行かないでって言ったのに! そんな、シュウのことをたぶらかそうとする男の話なんて、聞かなくていいよ!
三人は楽しそうに目を細めていた。オレはこんなに嫌なのに、みんなは気にならないの?
「闇ノさん、えっと…! すきです! 付き合って下さい!」
窓から外を見ると、その男はシュウに頭を下げて、握手を求めるように片腕を前に出していた。シュウはもうこっちを向いていなくて、両手で口元を覆ってその男を見ていた。
気に入らない。シュウはオレたちのなのに、どうしてオレたちから取っていこうとするのか!
オレは我慢できなくて、窓を開けてそこから飛び出した。ヴォックスたちの制止の声が聞こえたけど、言うこと聞いている余裕なんてなかった。
「オレのほうがシュウをすきだ! キミには渡せない!」
シュウと彼の間に立ちはだかって、大きな声で宣言した。だってそうだろう? オレのほうがずっとシュウと仲良しだし、たくさんのことを知っているし、長い時間一緒に過ごしてきた。オレのほうがずっとずっとシュウをすきなんだ。
彼は顔をあげて、オレとシュウを見比べた。そして諦めたのか、ふっと笑みを浮かべた。
「やっぱり、カネシロと付き合ってたんだね。…ごめんね闇ノさん、時間とらせて」
「あ、いや…えっと、こちらこそ、ごめんね?」
「ううん。いいんだ、ありがと、またね」
「うん、またね」
オレは不審者から飼い主を守った番犬の気分だった。シュウに褒めてほしくて、尻尾をぶんぶん振っていた。まさか、自分がとんでもないことを口走っていたなんて、この瞬間は気付いてさえいなかった。
ヴォックス、アイク、そしてミスタが、勿体ぶるようにゆっくり拍手をしながら廊下から出てくる。オレはその拍手の意図がわからずにシュウを見た。シュウは、両手で顔を隠してしまっていた。
「熱烈な告白だったな、ルカ?」
「まさかあんな告白の仕方するとはね」
「やるじゃんルカ~! な、シュウ?」
告白? 熱烈?
すぐにはピンと来なくて、自分の言葉を思い出す。どうしてもシュウが他の男のものになるのが嫌で、何も考えずに飛び出して、シュウの前に立って、オレはデッカい声で………
「うわあああああ!」
「え、ウソこいつ気付いてなかったの?」
「さすがルカだな」
「だってルカ、自分がシュウを好きなことにも気付いてなかったんだもん。ねえシュウ?」
オレってシュウをすきだったの? とにかくシュウと一緒にいたくて、近くで触れ合っていたくて、シュウが他の子と話していたら気になっていた。シュウが特別だった。けれど、仲のいい友達だからだと思っていた。
シュウを見る。シュウは指の隙間から潤んだ瞳を覗かせて、オレを見上げていた。途端に世界が変わったみたいに、シュウが今までよりもずっと可愛く、輝いて見えた。
オレってシュウをすきだったんだ。全てのことに合点がいって、その言葉がすとんとオレの胸の中に落ちた。
三人はニヤニヤとオレたちを見つめる。オレはシュウの指に自分の指を絡めて、少しだけ引っ張った。真っ赤になったシュウと、目が合った。
「今気付いたんだ。………オレ、シュウをすきみたい」
「んふ…っ、ふふ、うん………知ってた」
シュウは大きな目を細めて、口角をあげた。オレのことはぜんぶ、お見通しみたいに。