タイオンくんとユーニちゃん 01見上げた先に掲げられているのは、定期試験の順位。
堂々の位置に鎮座している自分の名前を見つめながら、タイオンは安堵のため息をついた。
トップ10に並んでいる名前たちはどれもこれも高順位の常連である。
その中には、隣のクラスの不良少女、ユーニの名前もあった。
彼女と同じクラスであるセナ曰く、ユーニは授業のほとんどを寝て過ごしているという、
にも拘らず、毎回上から数えたほうが早い順位に名前を刻んでいるのは大したものだ。
タイオンの順位には及ばないものの、彼女も立派な好成績者である。
「また1位か、流石だなタイオン」
すぐ隣からかけられた声に少し驚き方が震えた。
どうやらいつの間にか隣に立っていたらしい。ユーニが自分と同じように廊下に張り出された順位表に目を向けながら称賛の言葉を向けてきた。
その顔に悔しさは滲んでいない。
「2年になってからずっと1位だろ?さすが生徒会長ってところか?」
「生徒会と成績は関係ない。それに君だってトップ10入りしてるじゃないか」
「まぁな。お前には敵いそうもないけど」
競争しているつもりもないくせに、ユーニは肩をすくませながら笑った。
タイオンは2年に上がった春から生徒会長に任命されている。
成績優秀でまじめな性格である彼は教師陣からの覚えもよく、所謂“優秀な生徒”であった。
対してユーニは品行方正差からは程遠い学生で、短いスカートに派手な髪形は生徒指導の対象である。
だが成績だけは非常に優秀であるため教師があまり強く注意出来ないという厄介な存在でもあった。
そんな対照的な立場にある2人の会話は必要以上に目立つ。
張り出された順位表を見つめながら、周囲の生徒たちはちらちらと二人の様子を遠くから伺っていた。
「期末試験が近くなったらアタシ勉強見てくれよな」
そう言ってタイオンの肩を軽くたたくと、ユーニは颯爽とその場を去っていった。
ほんの一瞬触れられただけで心臓がトクンと高鳴ったのは初めてのことじゃない。
こっちの気持ちも知らないで呑気なことを…。
誰が君に勉強なんて教えるか。
去っていくユーニの背中を見つめながらむっとした表情を浮かべていたタイオンは、半年ほど前に彼女が廊下でセナと話していた会話の内容を思い出していた。
“ユーニって好きな人とかいないの?”
“別にいないかなぁ”
“じゃあ好きなタイプは?”
“うーん……アタシより頭いい奴かな”
たまたま聞いてしまったその会話が、頭から離れない。
ほんの少しでも彼女の気を引きたくて懸命に机と向き合った結果、もともと良かった成績はめきめきと上がっていき、いつの間にやら学年一位の座に納まっていた。
だが、目標には届いていない。
ふと、総合順位表の隣に張り出された教科ごとの順位に目を向ける。
各教科1位から3位をキープしている中で、目に留まるのは英語の順位。
タイオンの順位は2位。肝心の1位はユーニに奪われていた。
英語はユーニが一番得意とする教科で、一度も勝てたことが無い。
他の教科はすべてにおいて勝っているのに、この英語だけはどうしても勝てないのだ。
ユーニの“好きなタイプ”に食い込むには、最低でも全教科で彼女に勝たなくては。
そう思いながら猛勉強を重ねていたが、今回もまた敵わなかった。
これでは彼女に振り向いてもらえない。
英語の順位表を見つめながら、タイオンは何度目かのため息をついた。
ユーニを好きになったのはいつからだろうか。
同じクラスのノアやランツの幼馴染であるというつながりで時折話すようになったのは半年以上前のこと。
確か2年進学したばかりの頃だった。
最初は口も悪いし思ったことを何でも言葉に出す自由さが苦手で、何度も口論していた。
だが、隠れた繊細さや優しさに気付いたあたりから、気になって仕方なくなってしまっていた。
近付けるものなら近付きたい。
だが彼女は明るい性格のお陰で非常にモテる。
男友達も多い彼女の“特別”になるには、まだ距離が開きすぎているような気がする。
素直に気持ちを言葉にすることが出来ないタイオンが出来る唯一のアピール方法といえば、勉強だけだった。
***
「赤点2つかよ……」
「補修確定だな、ランツ」
右手に菓子パン、左手に歴史と数学のテスト用紙を持ちながらランツはうなだれていた。
明らかに気落ちしている彼の隣で、ノアは弁当をつつきながら苦笑いを零した。
ノアの弁当は毎朝ひとつ先輩である彼女、ミオが作ったものであり、登校時に手渡されるものである。
愛情が詰まったノアの弁当を横目に見ながら、タイオンはコンビニで購入したおにぎりをつまむ。
「世の中理不尽だよなぁ。方や学年一位の生徒会長、方や学校一の美人先輩の彼氏、方や赤点2つの成績不振学生だぜ?」
「勉強を怠った君が悪い」
ぴしゃりと言い放たれたタイオンの言葉に、ランツはむっとした表情で睨む。
ランツは運動神経こそ学年トップクラスだが、成績の方がどうも奮わない。
テスト期間が近づくたびに頭を抱えながら図書室の住人になっているが、結局集中力が続かず居眠りしている姿を何度も目撃していた。
「タイオン、お前も少しは出来ない側の気持ちになった方がいいぞ?こっちからの景色も悪くない」
「悪いが断る。テストが返却されるたびに青い顔をするのはごめんだからな」
「てめぇこの野郎っ」
「あれ…?」
口論に発展しそうになるタイオンとランツのすぐ隣で、ノアが窓から外を覗き込みながら声を挙げた。
3人が昼食を食べている教室からは、グラウンドが良く見える。
グラウンド脇に設置されたベンチの方へと視線を落としているノアに“どうした?”と問いかけると、ノアが右手に持った箸で下を指しながら“あれ…”と視線を促した。
その視線の先にいたのは、一組の男女。
男の方に見覚えはなかったが、女の方は良く知っていた。
ユーニである。
「男子と一緒に食べてるなんて珍しいな。いつもセナと一緒なのに」
「セナが委員会の集まりとかに顔出してるとかじゃねぇの?それか――」
“噂の彼氏じゃね?”
ランツの言葉に、思わず手に持っていたおにぎりを落としそうになってしまう。
彼氏?なんだそれは。聞いてない。
頭が真っ白になって茫然としてしまう。
口と目を半開きにした状態でフリーズしているタイオンの様子に気が付いたノアが、彼の顔の前で手を振りながら“大丈夫か?”と聞いてきたことでようやく我に返ることが出来た。
「ゆ、ユーニに、彼氏…?い、いたのか?」
「噂になってるの知らなかったのか?サッカー部の3年と付き合ってるって」
「初耳だ!君たちは知っていたのか」
「いや、俺たちはユーニとはそういう話はしないから」
困った顔で笑うノアの言葉に、タイオンは分かりやすく肩を落とした。
幼馴染なのにユーニに恋人がいるかどうかも把握していないなんて。
タイオンの視線が、窓の外のユーニと見知らぬ男に向けられる。
この学校の制服はネクタイと校章の色が学年ごとに分かれている。
3年は青、2年は赤、1年は緑である。
2階に位置しているこの教室からはハッキリ視認することはできないが、男のネクタイの色はぼんやり見える。おそらくは青。3年生の色だ。
爽やかな見た目の男だった。隣に座るユーニの目をまっすぐ見つめながらにこやかに話すその顔は随分と整っていて、明らかに“モテる部類”だということがわかる。
2人の距離が近い。ベンチに並んで腰かけているため膝と膝が触れ合いそうになっている。
その光景を視界に淹れながら、おにぎりを持つ手に力が入る。
タイオンの手の中で握りつぶされてしまったおにぎりからは、無残にも中身の鮭が飛び出していた。
「なんだよタイオン、安心したぜ。完璧そうに見えるお前でも上手くいかないことがあるんだな!」
「何の話だ?」
「好きだったんだな、ユーニのこと」
「は」
声を荒げながら狼狽えるタイオンに、ノアとランツは顔を見合わせて笑った。
2人は半ば気付いていたのだ。この堅苦しい男が、自分たちの幼馴染であるユーニに淡い恋心を抱いていた事実に。
あえて口に出して指摘することはなかったが、今回の反応を見て疑惑は確信に変わってしまった。
当のタイオンも、嘘を着けない性格が災いして“違う”と言いきれなくなっていた。
真っ赤になった顔を隠すように眼鏡を治し、ひとつ咳払いをする。
「そ、そんな大げさな話じゃない。ただ少し気になっていただけで……」
「ならよかった。ユーニ、あぁ見えて結構モテるから」
「だな。傷は浅いうちに次いった方がいいぜ?一緒に飯食ってるってことは噂通りホントに付き合ってるんだろうしな」
悪気のないノアとランツの言葉が、まるで鋭くとがった矢のようにタイオンの背中に突き刺さる。
そう、気になっていたであって、べつに本気で好きだったわけじゃない。
懸命に勉強を頑張っていたのも別にユーニに振り向いてほしい殻などではなく大学受験のついでだったわけだし、付き合いたいとかもっと近づきたいだなんて思ってない。
廊下で見かければ一言二言しか話さない程度の薄い繋がりだし、連絡先は知っているがまともにメッセージを送り合ったこともない。
ショックを受けるような関係性ではなかったはずだ。なのに。
大丈夫だと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、タイオンの心は痛みを訴え始めていた。
「傷、全然浅くないみたいだな…」
「だな。本気だったか」
明らかに落ち込んでいるタイオンを横目に、ノアとランツがこそこそと耳打ちを始めた。
窓の外からユーニたちを眺めるタイオンの目は、どこか寂しげである。
昼休み終了のチャイムが鳴った後も、タイオンが窓の外から視線を離すことはなかった。
***
「運動部の予算申請がすべて出そろったわ。ほとんど例年と同額ね」
そう言って、生徒会会計を務めている1年生、ニイナはタイオンに資料の束を手渡した。
資料の内容は、各運動部の部長からあがってきた今期の予算申請書。
各部で必要な予算を生徒会に申請し、承認得てから分配されるシステムである。
生徒会室の奥。窓際に設置された生徒会長席に深く腰掛けながら手渡された資料の束に目を通すタイオン。
各部が申請してきた数字の羅列を見ながら、眉間にしわを寄せていた。
「私も一応一通りチェックしたけど、特に不審な金額は何も——」
「サッカー部の予算が高すぎないか?」
「え?」
予算申請書の束から一枚だけ取り出したのは、サッカー部の申請書だった。
必要額と用途を簡潔にまとめた資料をじっと見つめながら足を組むタイオンは、息が抜けるような声色で淡々と問題点を指摘する。
「ボールを新しく7つも買うのか?今ある分で十分だろう」
「毎日蹴っているボールなんだから劣化もするでしょ?」
「ならもっと優しく蹴れ」
「無茶言わないで」
「あとこのビブス11枚というのも納得がいかない。在庫はあるはずだが?」
「汚れたんでしょ?スライディングとかしたら砂で汚れるでしょうし」
「ならスライディングを控えればいい」
「なに馬鹿な事言ってるの?」
タイオンが予算申請に関して口を出してきたのは初めてのことだった。
新学期が始まる頃にこの予算申請は毎回行われているのだが、いつもはニイナが良しとしたものは彼女を信頼し、簡単に目を通すだけに留めてすぐに承認してしまっている。
まして今回のサッカー部は前回と同じ額を申請している。
今になってこんなにねちねちと問題点を指摘してくるタイオンの言動に、ニイナは眉をひそめてため息をついた。
「あのねぇ、そうやって私怨で嫌がらせしようとするのやめなさいよ」
「私怨?」
「いくらサッカー部の部長が貴方の好きな人の彼氏だからって……」
「なっ…」
呆れたような視線を向けてくるニイナに、タイオンは思わず握っていたペンを落としてしまう、
タイオンは隠し事が下手だ。
本人はポーカーフェイスを気取っているつもりのようだが、事実を指摘されると途端に余裕をなくしてたじろいでいる。
一流大学の推薦も夢ではないほどの学力を持っていながらも、どこか子供っぽいところを持っているタイオンのことを、ニイナは尊敬しつつも呆れていた。
「な、なんでそのことを…」
「1年の間でも噂になってるのよ。サッカー部の部長も貴方の好きな人も、どっちも有名人だから」
「そっちじゃない!なんで僕がユーニを……」
「あぁ。だって分かりやすいんですもの」
ユーニなんどかこの生徒会室を訪れたことがある。
ほとんどが事務的な用事なのだが、彼女が生徒会室の扉をノックして中に入ってくるたび、タイオンはいつも分かりやすく緊張するのだ。
背筋が伸び、顔が強張り、視線が泳ぐ。
よくこんな態度でユーニ本人にばれないなと思うほどに、彼の好意はにじみ出ている。
気付かない方が可笑しいくらいだ。
「失礼しまーす。タイオンいるー?」
急に扉がノックされるとともに女子生徒の声が聞こえてきた。
僅かに開かれた扉の隙間から顔をのぞかせたのは、他の誰でもないユーニだった。
つい先ほどまで話題に上がっていた当人の登場に、タイオンは驚きやはり背筋を伸ばす。
だからその態度が分かりやすいと言っているのに、
そんなことを思いながら、ニイナは苦笑いを浮かべた。
「私はお邪魔みたいだから先に帰るわね。じゃああとよろしく」
「あっ、お、おいニイナ!」
止める間もなく、ニイナは荷物をまとめてユーニと入れ替わるように生徒会室を出ていってしまった。
不思議そうにニイナの背に視線を送るユーニ。
2人きりになったことに急激な気まずさを感じたタイオンは、視線を泳がせながら足を組み替えた。
「もしかして大事な話してた?」
「い、いや…。部活の予算について話していただけだ」
「あっ、それそれちょうどよかった!その話なんだけどさ——」
急に大きく反応したユーニは、表情を明るくさせながらタイオンの座る生徒会席に歩み寄ってくる。
そして、デスクに散らばった予算申請書の紙の名からサッカー部の申請書を見つけ出すと、それを片手に驚くべき一言をぶつけてきた。
「サッカー部の予算なんだけどさ、ちょっと上げてくんねぇ?」
ユーニの懇願は、タイオンを明確に傷付けた。
わざわざ生徒会室まで来てくれたと思ったら用件はこれか。
一番好きな相手から、一番言われたくない言葉をぶつけられ、タイオンは視線を逸らした。
「なんで君にそんなことを言われなくちゃいけない?」
「なんか不足品がたまたま重なって今季大変らしいぜ?全国大会の予選もあるし予算落とされたらやっていけないんだと」
「……」
「頼むよタイオン。アタシに免じて」
「断る」
「えっ」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に、ユーニは素っ頓狂な声を挙げた。
断られるとは一切思っていなかったかのようなその態度に、タイオンは苛立ちを募らせていく。
「僕は君と違ってすべての部活を平等に支援する義務がある。君と違って個人的な感情で贔屓するわけにはいかない」
「アタシがいつ贔屓したよ?」
「現在進行形でしてるだろ。サッカー部に彼氏がいるんだろう?」
窓の外から、運動部の学生たちの掛け声が聞こえてくる。
どの部活の声か分からないが、おそらくサッカー部も混じっているのだろう。
彼氏のために部の予算アップ交渉に赴くユーニの健気さに腹が立つ。
一瞬目を丸くしたユーニの表情の変化を、タイオンは見逃さなかった。
その反応はやはり図星か。切なくなると同時になんだか情けなくなった、
何故自分がこんな思いをしなくてはいけないのか、と。
すると突然、ユーニが声を挙げて笑い始める。
急に笑い声をあげた彼女に驚き固まっていると、ユーニは笑顔を浮かべたまま言葉を続けた。
「意外だな。お前あんな噂信じるタイプなんだ」
「……デマだとでもいうのか?」
「どっちだと思う?」
「この期に及んで揶揄うつもりか?」
「悪い悪い。付き合ってねぇよ」
その言葉が耳に届くころには、既にユーニの笑いも収まっていた。
聞き間違いだろうか。あまりにもあっさりと言い放たれたユーニからの言葉に、タイオンの思考は停止する。
“本当に?”と聞き返すと、“ホントに”と返事が返ってきた。
付き合っていない。ユーニとあのサッカー部の3年生は付き合っていない。
その事実をゆっくりゆっくり時間をかけて咀嚼すると、ようやく喜びが芽生えてきた。
「まぁ信じるのも仕方ねぇか。毎日のように声かけられてたからな」
ユーニ曰く、件の3年生は部活の予算を上げてもらうためユーニに“なんとか生徒会長を説得してくれ”と頼み込んでいたらしい。
タイオンとユーニの仲をどこからか耳にしたのだろうか。おそらくユーニならばタイオンを口説き落とせると踏んだのだろう。
言い方を変えればハニートラップだ。
最初は断っていたユーニだったが、毎日のように教室に来られて何度も何度も頼まれたことが原因で交際のうわさが立ち始めたことに嫌気がさし、“話だけしてみる”ということで手打ちとなったという。
「なんだ。そういうことだったのか。僕はてっきり……」
「付き合ってないって聞いて安心したのか?」
「っ、」
生徒会席のテーブルに両手を突き、ぐっと顔を近づけてくるユーニの言葉に胸が高鳴る。
胸の奥に生まれた焦りを悟られないように視線を逸らして眼鏡を押し込んだ。
“そんなわけない”と心にもない否定を口いしてみると、彼女は“そりゃそっか”と笑っていた。
安心した、というのはまさに図星だった。
今、この生徒会室に自分一人しかいなかったとしたら、小さくガッツポーズを決めているところだろう。
だが、そんな醜態をユーニ本人の前で晒すわけにはいかない。
彼女の間では、なるべくスマートでありたい。
「で?結局予算は上げてくんねぇの?」
「そうだな……君を介してまで頼み込んでくるということは相当困窮しているのは間違いなのだろうな。全国大会を控えているのも事実だし、そういうことなら予算アップも検討に値するかもしれない」
「マジ?助かるよタイオン。実はさ、その先輩に予算アップの交渉に成功したら飯奢ってやるって言われてんだ」
「……なに?」
「何奢ってもらおうかなぁ。寿司に焼き肉。スイーツとかでもいいよな」
予算アップを視野に考えていたタイオンだったが、嬉々としているユーニの様子を見て次第に気が変わっていく。
“奢る”ということは、例の先輩とユーニが二人で食事に行くことも同義である。
そんな裏の報酬を抱えているというのなら話は別だ。看過するわけにはいかない。
机に並べていた資料を拾い集め、タイオンはテーブルに叩きつけるように派手な音をたてながら資料の束をまとめた。
「やはり却下だ。どんな事情がっても予算は上げない」
「はぁあ?なんでだよ!さっき検討するって言ってただろ」
「前言撤回だ。気が変わった。絶対に上げない。死んでも上げない」
「ふざけんなこの独裁生徒会長!」
「だれが独裁だ!」
放課後の生徒会室に、ぎゃいぎゃいと言い合うタイオンとユーニの声だけが響く。
結局、ユーニの予算交渉は失敗に終わり、件の先輩は彼女を連れて食事に行くことはなかった。
サッカー部の3年生たちからは冷徹な奴だと裏でコソコソ噂を立てられたが、ユーニの彼氏疑惑が拭われた今、タイオンの上向いた機嫌はそう簡単に傾きはしない。
翌日、上機嫌に鼻歌を歌いながら生徒会の仕事に邁進するタイオンの姿を、ニイナが少々引いた目で見ていたのは言うまでもない
END