ぴーちゃんとぷーちゃん『風邪引いた』
語尾も付けられない程の酷い風邪だった。ベッドで布団に包まって三日目、悪寒と関節痛に成人男性も脂汗をかき耐えるしかなかった。病院で処方された風邪薬は飲んだばかりで効果はまだ現れない。枕元に置いたスポーツドリンクよりもスマホを取り夢現に文字を打つ。チームメイトしか知らないこの状況を第三者に教えるつもりは無かったが、ほんの少し、僅かな孤独感が魔を差して異国の地で同じバスケに励む恋人に訴えた。
「はあ、」
こっちが昼なら向こうは夜。時差を考え、深津はスマホを投げると布団に包まって目を瞑った。
それからどれくらい眠っていたのか。風邪特有の嫌な夢を見た。ゾンビになった沢北に追い掛けられたような気もするし、その後河田にヘッドロックされた気もする。多分、泣いているだろうな。その沢北ゾンビは。
深津は手を伸ばしスマホをひっくり返す。返信は来ていた。ゾンビからだった。
『風邪!? まさか寂しくて彼氏であるオレに真っ先に連絡してくれたんですか? 愛してる。ンチュ』
『添い寝して欲しいですよね。でも今アメリカだ。日本に向かってたくさんオレの愛送るから。チュ、チュ。愛してる』
「きも・・・」
このゾンビ、沢北栄治のメッセージが気が付いたらめちゃくちゃ気持ち悪くなっていたのは交際を始めるよりも前だった気がする。それは本当に男同士のおふざけ程度だと思っていたものが、交際を開始すると一気にヒートアップ。恥ずかしながら深津は気持ち悪いなと思いながら慣れてしまった。
『既読付いた。ぴーちゃん熱何度?』
監視していたかのようなレスポンス。深津は震える手で「39°」と送った。
『病院行った?』
「行ったピョン」
『良かった。安心した。結構汗かいてますか?』
「まあ、それなりに」
『そうなんだ。看病したいな。汗舐めたい。全身』
『頭から爪先まで。お尻も。舐めさせてください。土下座』
深津は一度画面から目を離し、「はあー」と溜息をつく。
「また治ったら連絡する」
シンプルにそれだけ打ち込んでスマホを置いた。しかし枕元では何度か画面が点滅し通知を知らされる。頭は寝たいと思っているのにメッセージの続きは少し気になった。怠い腕を持ち上げて画面を覗く。やはり沢北から何件かメッセージが届いていた。
『寂しくてオレに連絡しちゃうってことは河田さんとか松本さんにもしてる?』
『だとしたら嫉妬の炎で狂いそうだよ』
『なんでオレいまアメリカいる』
『既読付かない。死んだ?』
『やっぱり心配だから日本戻る』
『チケット取った。荷造りする。いや、しない。愛だけ持ってく。BIG LOVE——』
おいおい! と深津は慌てて「来るな」「バカ、やめろ」と続けて送ると直ぐに既読が付いた。
『夜の飛行機取っちゃった。飛行機って、興奮しますね。窓から見る景色を眺めながらぴーちゃんと離れてる距離を前戯だと思って楽しむことにします。ビジネスクラスで』
嘘か本当か分からない冗談に深津は悪寒が余計に身体を巡る。そしてこれは冗談ではなく、彼にとって本気であることを深津はよく知っている。
『日本着いたら適当に食べれなそうなもの買って行きますね』
「あ、」
しばらくの一人暮らし生活。慣れていたつもりだが、いざとなると心許ない。気軽に買い物を頼める相手もいるわけもなく、飲み物もマンション内にある割高な自販機で済ましていた。エナジーゼリーやおかゆ、そんなものを身体は欲していた。深津は諦めてベッドに潜り布団を肩まで掛ける。
『彼氏としてしっかり看病しますからね。グヘヘ、ンチュウ、xoxo』
深津はやれやれとスマホを腹の上に置いたあと、しばし考えた。
「ぷーちゃんの口移しでお薬飲ませてほしいです」
キッショ、と思いながらも震える手で打ち込んだその文章をスマホをぶん投げて破壊する前に送信した。スマホは枕元に落として背を向けた。もう知らん、と諦めが付けば意外と忘れるものだ。深津は目を瞑ると直ぐに深い眠りに落ちて意識を手放した。