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    yotou_ga

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    yotou_ga

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    五月の新刊になる予定のもの。ひょんなことから現代の北欧に向かうことになったジュナカルとマスターとマルタ姐さん(裁)がわちゃわちゃする話。1.5部時空と思われる。

    Oollt

    1.

    「と、言うわけでだ立香ちゃん。君には北欧に行ってもらうことになった。それも特異点のじゃない、現代の北欧だ。じゃ、グッドラック!」
    「待って? まってダ・ヴィンチちゃん、ちゃんと順を追って説明して!」
     人理保証機関フィニス・カルデア。その管制室に藤丸立香の叫び声がこだました。
     何しろ管制室に呼び出され、一も二も無く告げられたのが冒頭の台詞である。というわけも何もない。人理修復からこちら、確かに微小特異点やら亜種特異点やらの修復に駆り出されてはいるが、流石に説明なしで北ヨーロッパに送り込まれる理由などさっぱり分からないのである。しかも特異点ではないと来た。
     狼狽える立香に、カルデア技術顧問、レオナルド・ダ・ヴィンチは悪戯げに微笑んでみせた。
    「勿論冗談さ。ちゃんと説明するよ」
    「よ、良かった……」
     ほっと胸を撫で下ろす立香。たまたま管制室にいたサーヴァントたちは呆れ顔でダ・ヴィンチを見るが、当の天才はまるでどこ吹く風である。
    「さっきも言ったけど、今回の任務は特異点修復ではない。実は魔術協会からの依頼でね」
    「協会から……?」
    「そうだ。まあつまるところ、どうせリソースが余ってるんだったらちょっとうちの仕事手伝ってくれない? って言ってきたわけだ」
    「ええ……」
     どんな顔をしたら良いものか迷い、結局立香は眉尻を下げた。ダ・ヴィンチも、やれやれ、といった様子で肩を竦める。
    「で、まあ、断わっても良いんだけど。比較的……、っていうのは、特異点修復に比べてだけど、簡単な任務だし、恩も売れるし、外にも出られるし、立香ちゃんの気分転換にも良いかなと思って。一応引き受ける方向で話を進めているんだけど、どうかな?」
    「私は大丈夫。だけど、私ひとりで?」
     立香にとって任務と言えば、レイシフト先で聖杯に呼び出されたサーヴァントたちと共に戦うのが常である。しかしレイシフトを伴わない、つまり聖杯に関係のない任務となるとどうなるのか。不安げに首を傾げた立香に、ダ・ヴィンチが首を振る。
    「勿論、カルデアのサーヴァントにも同行してもらう。その辺は協会と調整済みさ。『行くんだったら、道中マスターの安全確保の為、サーヴァントは実体化したままにさせてほしいな! え、フィンランドは世界一安全な国? いやいや魔術師相手なら何があるか分からないだろう? うちのマスターは魔術師としてはかーなーりー力不足だからね! まあ実体化する分、魔力温存の為には食事とか摂った方が良いわけだけど! 勿論、経費って事で良いよね!』ってわけさ。つまりサーヴァントには実体化したままで帯同してもらうよ。立香ちゃんもその方が安心だろう」
    「ありがとうダ・ヴィンチちゃん……!」
     なかなか酷評されたことはスルーする立香である。
    「これくらいは役得がないとねー。ただ魔術協会から、同行するのは三騎までって言われているから。立香ちゃんの方で選んでくれたまえ」
     言われて、立香は腕組みをしてしばし考える。今回の行き先は現代の北欧。レイシフトの必要も無いので、特に出身地や属性での縛りはない。その上で三人、となると。
    「それじゃあ……、マルタ姐さんと、アルジュナと、カルナさん、かな」
    「ちょーっと待ったー!」
     立香が返答するや否や、聞き耳を立てていたサーヴァントが異議を申し立ててきた。鈴鹿御前とヴリトラだ。
    「私も行きたいし!」
    「わえも!」
    「いやごめん、今回は三人だけだから……」
    「それにしたって! マルタはルーラーだから、まあどんな敵が来ても良いようにってことで分かるけどさ、なんでその二人?」
     鈴鹿にぐいぐいと詰め寄られ、立香は思わずホールドアップする。だが意思は変えない。
    「えーっと、そのう……、なるべく別のクラスで、出来れば戦闘で息の合う組み合わせが良かったっていうか」
    「クラスなら私だって別じゃん?」
    「それから、現代の町に行くから、あんまり浮かない人が良かったっていうか。ヴリトラさんは尻尾が目立つし、鈴鹿ちゃん耳が生えてるし」
     それを聞いて、ヴリトラは自らの腰から生える立派な尻尾を見下ろして嘆息し、鈴鹿はなおもマスターに詰め寄った。
    「こんなの消せるし!」
    「え! 消せるの?」
     初耳である。鈴鹿はどこか得意げだが、何にせよ、立香はもう先の三体を連れていくと決めていた。鈴鹿に語った理由に加えて、アルジュナとカルナを連れていきたい理由がどうしてもあったのだ。手を合わせて謝罪の姿勢を取る。
    「ごめん! 次は、次の機会には必ず鈴鹿ちゃんとヴリトラさんを連れて行くから!」
    「本当かえ? まあ、そうまで言うなら待ってやらんこともないがの?」
    「絶対! 約束だかんね!」
     マスターの譲歩に、二体のサーヴァントは一先ず納得したようだ。手を振りながら管制室を出て行くふたりに、マスターはとりあえず胸をなで下ろした。
    「マスター! どういうことですか!」
     そして入れ替わりに入ってきたのがアルジュナとカルナである。マスターが選抜した時点で、ダ・ヴィンチの方から各自の端末に連絡を入れていたのだが、恐らくそれを見るなり管制室に駆けつけてきたのだろう。ふたりで、というよりはアルジュナが、である。カルナはといえば、アルジュナに手を引かれ、半ば強引に管制室へと引きずり込まれた形だ。
    「アルジュナ。私も今ダ・ヴィンチちゃんから聞いたばかりなんだけど、北欧で任務があるから、アルジュナとカルナさんと、それからマルタ姐さんに付いてきてほしくて」
    「それはわかりますが! 何故私とこの男を一緒に」
    「アルジュナよ、マスターの采配に不満があるのか?」
    「そうではありませんが!」
     ぎゃん、と背後に立つカルナに噛み付くアルジュナ。カルナの方はといえば、宿敵と同じ任務と聞いても、大して表情に変化はない。その態度に、益々アルジュナは苛立つようだった。
     まあまあ、とマスターがアルジュナを宥める。
    「なるべく戦闘で息が合うサーヴァントを選びたくて。ふたりなら、お互いの戦い方も実力もよく知っているし」
    「成程、確かにオレとアルジュナであれば、互いの戦術戦法を知り尽くしている。背を預けるに足る相手だ」
    「ね? だからふたりに一緒に来て欲しいの」
     立香が小首を傾げてみせると、アルジュナは盛大に溜め息を吐いた。
     別段、マスターの差配に不服は無い。あるはずもない。最高のサーヴァントである自分が選ばれたことに異存は無い。それに全くマスターとカルナの言うとおりで、ふたりは互いに相手の戦い方を熟知している。共に戦うにこれ以上の相手は居ない。居ないのだが。
    「……分かりました。このアルジュナ、立香のサーヴァントとして死力を尽くしましょう」
    「ありがとうアルジュナ!」
    「それじゃあ早速だが準備に取りかかってくれたまえ。出発は明後日の朝、行き先はとりあえずヘルシンキだ。三月のヘルシンキはそこまで寒くないけど、そこから更に北上する可能性もある。防寒具はしっかり用意するんだよ」
    「はーい!」
     善は急げとばかりに、立香は駆け足で管制室を出て行った。その背を何とも言えない顔でアルジュナは見送る。カルナは常の無表情のままだが、よくよく見れば少し気が逸っているようだ。そんなふたりの様子に、ダ・ヴィンチは思わず苦笑を零した。
    「君たちも適当に霊衣を見繕っておいてくれ。現代の北欧に居てもおかしくないやつをね」
    「承知した」
    「……ええ、そうですね。このままの格好では些か目立ちますし。部屋に戻って何か考えてきます」
     そう言って管制室を辞すふたりを目で追ってから、やれやれ、とダ・ヴィンチは笑った。
    「我らがマスターのお節介が効くと良いんだけどね」



    2.

     魔術協会からの依頼は次の通りである。
     大規模かつ不明な実験が行われている形跡がある。協会としてはその実体を把握したいため、何の研究が行われているかの調査をしてほしい。場所は大まかに北欧、それ以上は分かっていない。大きな戦闘などは予想されておらず、簡単な仕事なのでカルデアのマスターでも務まるだろう。リソースを余らせておくのも勿体ないので仕事をしたまえ。要約すると以上だ。
     マスターを含めた四人は、フィンランドのヴァンター空港に降り立った。そのまま電車でヘルシンキへと移動し、ヘルシンキ中央駅近くのホテルにチェックイン。一息吐いて、とりあえず近くの書店に入る。天窓から差し込む光と柔らかな暖色の明かりが店内を照らしている。有名な小説のキャラクターショップが奥にあり、立香は少々気を取られた。買いたいが、まだ調査も始める前から荷物を増やすわけにもいかない。白い柔らかな人形から何とか目を逸らす。
     二階のカフェに入り、四人は座り心地の良い椅子に腰掛けると、それぞれにケーキとコーヒーを注文した。
     イチゴのタルトにフォークを刺しながら、マルタが眉を寄せる。
    「それにしても、北欧っていう情報だけじゃ、幾ら何でも広すぎるわね……」
     コーヒーに口を付けながらアルジュナも同意した。
    「マスターは魔術に疎いですから、痕跡を探るのも難しいでしょう」
    「はっきり言うなぁ。事実だけど」
     チョコレートケーキを飲み込んだ立香は、彼の言葉に苦笑いを返した。カルナはと言えば、皆の会話を聞きながらチーズケーキを頬張っている。序でに後にはブルーベリータルトも控えていた。注文時にアルジュナが呆れた目を向けたことは言うまでも無い。
    「いつもみたいに聞き込みを?」
    「ううん。今回は、ダ・ヴィンチちゃんからこれを預かってきたの」
     そう言って、立香は鞄から小さなハツカネズミ型のおもちゃを取り出した。プラスチック製の玩具にしか見えないが、その場に居た者たちには籠められた魔力を感知することができた。
    「それは?」
    「ダ・ヴィンチちゃん他カルデアのキャスター数名による力作、特製使い魔ちゃん! 他にもコウモリ型とカエル型があって、ダ・ヴィンチちゃんの説明によれば、それぞれ地質、水質、大気を調査して魔術の痕跡を探してくれるんだって」
     立香が指先でつつくと、プラスチックのネズミはひとりでに起き上がり、くんくんと鼻を鳴らした。それから立香の手から飛び降りて、あっという間に何処かへと駆け出していった。
    「成る程、見た目はただのおもちゃだから簡単に機内へ持ち込めたわけね」
    「うん。だからまずはこの子たちを放って、一旦は結果待ちかな。何か見付けたら端末に連絡が来るから……」
    「それまでは、どうするんです?」
     アルジュナに訊かれ、あっけらかんと立香は笑う。
    「『それまでは好きに観光してて良いよ』と、ダ・ヴィンチちゃんからのお達しです!」
    「……良いんですか、それ」
    「良いんじゃない? 役得ってことで、そのくらいは。それで何処に行くの?」
    「ちゃんと観光スポットも調べてきました!」
     どん、と鞄から取り出した分厚い観光ガイドとトラベラーズノートをテーブルの上に出す。どちらも付箋だらけだ。マスターの本気度が伺えて、思わずアルジュナは苦笑いした。
    「見ても良いかしら」
    「勿論。レストランも予約を入れてあるから、それまでは海の方を見に行こうかと思って」
    「良いわね。それなら途中で大聖堂に……」
     マルタと立香が楽しげにこの後の予定を相談し始めた横で、アルジュナはちらりとカルナの様子に目を遣った。いつの間に食べ終えたのか、既にタルトに取りかかっている。目元が微かに撓んでいるのを見て取り、つい溜息を吐きそうになった。
     コーヒーを口に含む。香りも良く、とても美味しいのだが、何故だか苦みばかりを知覚する。努めてもうカルナの方を見ないようにしながら、黒い液体を喉に流し込んだ。
     カルデア。人理焼却回避の為、特異点修復の為に召喚された、数多の英霊が集う場所。聖杯戦争とは関係無しに、幾多のサーヴァントたちが活動する空間。この場所に召喚され、共に戦う仲間としてカルナに再び出会って以来、アルジュナはこれまでとは少し違う自分を感じていた。その変化に名を付けることは未だ出来ていない。良いものか、悪いものかすら判断に窮している。
     そしてそんな内心を、見抜かれているのかいないのか。カルナの泰然とした様子からはまるで読み取れない。
    「アルジュナ」
    「な……、んですか」
     突然カルナに呼びかけられ、カップの中の水面が揺れる。カルナは食べ終えた皿にフォークを置き、ことりと首を傾げた。ポニーテールにした髪がぴょこりと揺れる。
    「何かあったか? 浮かない様子だが」
    「……別に何もありませんよ」
     この勘の鋭さがアルジュナにはやっかいだった。顔に出したつもりもないのに勘付いてくる。コーヒーを飲み干すと、アルジュナはマスターを急かした。
    「兎も角、先ほどの使い魔ちゃんとやらがいつ痕跡を発見するか分かりません。場合によっては今日にも何か見付けてくるかも知れない。観光に行くのであれば急ぎましょう」
    「そうだね。よし、それじゃあ行こっか!」
     カードで支払いを済ませると、四人は店を出て、アレクサンテリンカツ通りを東へと進んだ。既に辺りは暗くなり始め、道の真ん中に吊された街灯が灯っている。先にチェックインしておいて良かった、と立香は呟いた。石畳の道はでこぼことしており、キャリーを長時間引くには向いていない。
     通りにはトラムの線路が敷かれており、道中路面電車とすれ違った。両脇には煌びやかな、それでいて古風な商業ビルが並んでいる。ベージュ色の建物を見上げながら進んでいくと、やがて左手に広場が見えた。その奥に、ヘルシンキという都市の象徴とでも言うべき建造物、ヘルシンキ大聖堂が控えている。
     白い外壁に緑の丸屋根。ポーチの屋根には、角のそれぞれに、白い十二使徒の像が配置されている。美しく荘厳な姿に、立香とマルタは息を呑んだ。
     閉館間際だったが、中も覗くことが出来た。白い柱、グレーの天井。モノトーンの配色の中に、黄金のシャンデリアが映える。人はまばらで、しんと静まった大聖堂の中は、神聖な空気に満ちているようだった。奥にはイエス・キリストを抱いた聖母マリアの絵画があり、マルタはその前に跪くと、手を組んで感謝と旅の無事を祈っていた。
    「マルタ姐さんって、たしか生前にイエス・キリストに会っているんだったっけ」
    「そうよ。ちょっと恥ずかしいんだけど、聖書の中にもその逸話があるわ」
     聖堂を出ると、東の空は既に青さを深めていた。日が落ちると寒さが身にしみてくる。各々オーバーやダウンジャケットの前を閉め直した。
     州政府事務所を左手に進む。やがて港が見えてきた。
     海は冬の寒さと静けさに凍り付いていた。道の端に係船柱が等間隔で並んでおり、その向こうはもう海である。夜の色が動かない水面に映っていた。遠くに並ぶ大きな船の影も、帳に隠され見えなくなりつつある。その上に、真っ白な月がぽつんと浮かんでいた。
     静寂の中にアルジュナが白い息を吐く。
    「美しいですね」
    「うん、凄く綺麗。あ、こっちが東ってことは、ここから朝日が昇るんだ。綺麗だろうなぁ」
    「明日の日の出は七時くらいよ。もう一度来る?」
     立香は少し悩んで、結局首を横に振った。
    「うーん、でも明日は明日で行きたいところがあるんだよね」
    「ほう、どこだ?」
    「映画に出てきたプール! 開館が丁度七時みたい」
     やがて西の空までもがすっかり夜に染まった頃、一同はウスペンスキー寺院を横目に中心部へと戻り、エスプラナーディ公園から更に南へと向かった。予約していたレストランに入り一息吐く。が、メニューを見た立香は一瞬絶句した。
    「たっか……」
    「え、そんなに?」
    「いや、あの、一ユーロが今えっと……だから……、日本の倍くらいする」
     北欧諸国は総じて物価が高い。フィンランドはまだマシな方だが、それでも日本から見れば、食事の値段は大凡一・五から二倍になる。ミネラルウォーターも一本百八十円ほどだ――尤も、フィンランドでは水道水をそのまま飲むことが出来るが。
    「昼間のカフェもちょっと高いなとは思ったけど……」
    「とはいえ、今回の調査にかかる費用は全て魔術協会持ちです。マスターがお財布の心配をする必要はないでしょう」
    「腹が減っては戦は出来ぬって言うしね」
    「そうだな、ありがたく使わせてもらうとしよう」
     全員が同意する。立香も、深々と神妙に頷いた。
    「……だね。これは必要経費だから!」
    「そうと決まればマスター、何を頼む」
     驚きを乗り越えた立香は、意気揚々とメニューに目を通す。それを横からカルナも覗き込む。
     メニューには魚料理、肉料理に加え、ヴィーガン向けの料理もあった。色々と種類を頼んで皆でシェアをする形だ。それぞれに気になった料理を頼み、サーヴァントたちはワインや黒ビールを、マスターはリンゴンベリーのジュースを注文した。
    「使い魔たちからの連絡はまだないのか」
    「うん、今のところ音沙汰なし。来ているのは定時信号だけだね」
    「そう……。早めに何か掴めると良いのだけれど」
     サービスのライ麦パンにバターを塗りながら立香が答える。それからふと、思い出したように話題を変えた。
    「ところで今日の夜の部屋割りなんだけど。それぞれ二人部屋だし、私とマルタ姐さん、アルジュナとカルナさんでいいよね」
    「っ……」
     明らかに、アルジュナは反射的に何か言おうとして踏みとどまった顔をした。パンに伸ばしかけた手が宙で止まっている。その横でカルナはもぐもぐとパンを咀嚼し、飲み込むと、軽く頷いた。
    「それで良いだろう」
    「そうね。まあ性別的にそれで妥当でしょう」
    「そ……うですね。ええ。それで構いません……、勿論」
     歯切れ悪くアルジュナは答えた。サーヴァントであるマルタは兎も角、年若いマスターと自分やカルナを同じ部屋にするのはあまりよろしくないだろう。この組み合わせなら同性同士だし、問題はない。そして問題大ありである。
     つまり、カルナと同室という点については。しかしこの問題は完全に自分の都合であるし、マスターの決定に対する反論たり得ない。だから言葉を飲み込んだのだ。
     そもそも自分は何をそこまで問題視しているのだろう、とアルジュナは自分の内面に問うた。カルナと同室で、何の問題があるというのか。ただ同じ部屋で眠るだけである。それ以外に何も無い。だが、やはりそれが問題なのだ。
     今だって。
     運ばれてきたサーモン料理を口に運ぶカルナの、その横顔を見た瞬間さえ、頭の中で何らかの感情がうごめくのだ。色の薄い唇がオイルに濡れて、そこを赤い舌先が、小さく拭っていく。脚付きのビールグラスを白い指先が掴み、深い褐色をした液体が唇に触れ、次いで喉が上下する。彼の所作、ひとつ一つが目に焼き付いて、困る。何に困っているのか自分でもよく分からないのに。
     振り払うように、アルジュナも小皿に手を付ける。ビーツの入った野菜のテリーヌは、独特の香りと生クリームの濃厚な味が非常に良い組み合わせだった。口の中で滑らかに溶けるようだ。白ワインにも合う。
    「ここのお店、どのガイド本でもおすすめされていたから来てみたかったんだけど、本当に美味しいね」
    「ああ。なかなかの絶品だ」
    「人の奢りだと思うと尚更ね」
     マスターとマルタは牛肉のパイ包み焼きを食べている。香ばしい生地を割ると中から肉汁たっぷりの挽肉が溢れ出してきた。カルナはセップ茸とビーツの料理に取りかかっている。
    「マスターは明日の朝プールに行きたいのよね。その後の予定は決まっているの?」
    「んー、今のところは教会を見て回ろうかと思っているの」
    「カンピ礼拝堂? いいわね」
    「立香、こちらの豆料理も美味しいですよ」
    「む……」
    「……もう一皿頼みましょう」
    「羊も食べたいね、頼んじゃおうか」
    「デザートは何にする?」
    「これ何だろう……、イチゴと菓子パンかな?」
    「マスター、チーズも注文しよう」
     わいわいと食事を楽しみながら、こっそりと、立香はアルジュナとカルナの様子を見ていた。アルジュナは時折カルナの方を見ては、僅かに顔を顰めて別の方向を向く。それなのに気付けばまたカルナのことを見ている。他方のカルナはといえば、一見料理に夢中になっているようでいて、やはり時々隣でワインを飲むアルジュナの様子を見ているのだ。こちらは特に表情を変えない。変えないが、断言しよう、マスターの目はごまかせない。カルナはアルジュナのことを見る度に、ほんの少し口角を上げているのだ。
     お互いに気にしているくせに目が合うことは無い。タイミングが良いのか、悪いのか。内心の苦笑を隠すように、マスターは甘酸っぱいジュースに口を付けた。



     翌日の朝は、ホテル一階のレストランで待ち合わせをした。数部屋あるレストランにぎっしりと置かれたテーブルはどれも満席だ。奥の部屋にあった四人掛けテーブルにどうにか座る。
     食事はビュッフェ形式で、品数もなかなか豊富だった。ベーコンやソーセージ、スモークサーモンやチーズ、野菜サラダ、ヨーグルトにフルーツ、それとフィンランドの伝統的なパンであるカレリアンピーラッカなどが並んでいる。ライ麦の生地でミルク粥を包んだ料理だ。たっぷりのバターを塗って食べる。
     マスターは実によく眠れたようだった。割とどこでも寝られるのは彼女の特技である。山中や洞窟での野宿だって経験している彼女には、ホテルのふかふかのベッドは天国だった。
     一方で、アルジュナは少し浮かない顔をしていた。理由は何となく察せられる。恐らくは、隣のベッドで寝ているカルナが気になって、あまり眠れていないのだろう。サーヴァントに睡眠は必ずしも必要では無いが、眠れなかったということ自体がアルジュナの眉を顰めさせている。何故カルナが気になる程度のことで、自分が眠れなくならなければならないのか、とこういう理屈である。反してカルナは全く普段通りで、皿に盛ったパンと野菜サラダをむしゃむしゃと食べていた。
     さておき、お腹いっぱい朝食を食べた一行は、ホテルに荷物を預けたまま外へと出かける。使い魔ちゃんからの連絡はまだ無かった。ならば昨日立てた予定通り、今日は観光に勤しむことにする。役得、役得である。
     まずは立香が行きたがっていたプールに向かう。日本の映画にも出てきたというプールは、アレクサンテリンカツ通りを西に向かい、ショッピングモール横の坂を登った先にあった。隠れるような細い路地の奥に、重たい木製のドアがある。わくわくしながら立香はその道を通り抜けた。
     だがここでひとつ問題が発生した。
    「あれ……、今日って土曜日だっけ」
    「土曜日ですね」
     入り口の横には青い看板があり、何やら色々案内が書かれている。それによれば、このプールは男女によって利用可能日が異なるのだ。女性は月水金日、男性は火木土である。つまり本日、女性である立香は入れない。
    「マスターよ、あれだけ調べておきながらここの営業時間のことは忘れていたのか」
    「言い方!」
    「うう……。うっかりしていました……。見たかったなぁ、フィンランド最古の市民プール……」
     しょぼんとする立香を、マルタが慰めようとする。だがそれよりも早く彼女は復活した。がばりと顔を上げる。
    「よし、それじゃあカルナさんとアルジュナとで泳いで来て! それで中がどんなだったか後で教えて! 私とマルタ姐さんは別のサウナに行ってくるね」
    「は? いや、でしたら我々もそちらに」
    「令呪を以て」
    「命じないで下さいそんなことで!」
     ぎゃん、と小さく吠えるアルジュナ。その横で、カルナは小さく頷いた。それからふと、思い出したように首を傾げる。
    「承知した、と言いたいところだが、マスター。オレたちは水着の用意が無いぞ」
    「そ、そうですよ。泳ごうにも……」
     反論するアルジュナに、立香はぐっと親指を立ててみせる。
    「大丈夫、私も水着持ってきてなかったし」
    「うん?」
    「ここ裸で泳いで大丈夫だから」
    「……裸で」
    「うん」
     にこにこと笑顔の立香を前に、アルジュナは固まっている。そうこうしている間に立香はさっとマルタの手を取ると、今来た道を駆け出していった。
    「待ち合わせ場所はあとで連絡するから! それじゃあ楽しんで!」
     そんなことを言い置いて。

    つづく
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