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    siiiiiiiiro

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    赤い糸を結ばないと死ぬマナマナの話
    ⚠️まつりが留学してるのに祈瑠がマネをしているご都合謎軸です

    9/12イントロのみ
    →9/18完成

    #とうひゅ
    #橙ひゅ

    狼は愛の夢を見るか 運命の赤い糸というのは、言わば呪いだ。
     幼い頃教えられた伝承は、「運命の人とずっと一緒に居られる」なんて可愛らしい御伽噺だった。でも成長するにつれ、マナマナの血を絶やさないよう子孫繁栄の為に作られた厄介な掟であることが、ありありと分かる。
     ひとつ、一定の年齢に達したマナマナは、赤い糸を結ぶ相手を選べる。合意が得られて始めて、成立となる。
     ひとつ、赤い糸を結んだ相手は一生添い遂げるパートナーとなり、他者へ好意が移らない。
     ひとつ、赤い糸を一度結んでしまうと原則解消することが出来ない。解消する場合、相応の代償を負う。
     ひとつ、適齢期を迎えても尚誰とも結べていないマナマナは、寿命が減っていく。
     ――これが呪いと言わずして、何と言うのか。プリマジが盛んになった影響か、恋愛よりもプリマジを見ている方がいい、なんてマナマナも出始めた昨今には到底合わない風習だ。それでも、この呪いが消えてなくなるわけじゃなかった。

    「(これを作った人は、よっぽどお気楽な恋愛をしてたんだろうね)」

     例えば、好きな人に別の好きな人が居たら。その人のことを諦められなかったら。寿命をただ削って孤独に死んでいくだけだ。
     ――まさにひゅーいが、そうであるように。








     
    「……もう一度言ってくれる?」
     
     よく通るはずの橙真の声が、上手く頭に入って来ない。プリマジをした後の身体は、いつだって風邪をひいたような倦怠感に襲われる。本来イリュージョンをしつつ歌い踊ることは想定さえていないからだろう。だからこそ早く座りたいのに、楽屋に入った途端呼び止めた橙真の顔がいつも以上にマジだったから、残り少しの体力で何とか聞き返すことが出来た。

    「その指の糸、俺と結んでくれ」

     さっきよりもはっきりとした声だった。しかもひゅーいがはぐらかさないよう、わざわざ薬指から赤い糸が伸びる左腕を掴んで。息が詰まるひゅーいを笑うように、宛先の見えない赤い糸は宙を伸びやかに揺蕩っていた。
     確かに、ここ数日橙真の様子は可笑しかった。まさか、この糸が見えているだなんて。ひゅーいは橙真に気付かれないよう奥歯を嚙み締めてから、誤魔化すようにあっけらかんと笑った。
     
    「あ~、橙真にも見えちゃってるんだ? 別にゴミとかじゃないから。あんまり気にしないで」
    「赤い糸、誰かと結ばなきゃいけないんだろ」
    「……誰かから聞いたの?」
    「みゃむが教えてくれた」

     取り繕うように笑っていた顔が、気まずいそれに変わる。みゃむが余計なこと――もとい、真実ではあるのだが――を言ったせいで、橙真は正義感に見舞われてしまっているのだろう。
     本来、チュッピはマナマナの持つこの呪いは見えないはずだった。ただ最近、プリマジスタであればチュッピでもこの糸が見えてしまうことが、まつりやみるきに聞いて判明した。とはいえ誰に聞いてもタイミングがバラバラで、人によって見えない可能性もあったが、どうやらマナマナと過ごす時間が長ければ誰でも見えてしまうのだろう。現に、橙真も恐らく数日前から見え始めてしまったに違いなかった。

    「(はあ、どう言い訳しよう)」
     
     真面目で愚直な橙真が、この伝承を聞いて黙っているわけがなかった。それでも、ずっと見えなければいいのに、なんて淡い期待を抱き続けていたのは確かだ。問題を先送りにした結果、ひゅーい自身がこの状況を作ってしまったと言っても過言ではなかった。
     
    「橙真には関係無いよ。お見合いとか、マッチングアプリ的な? プリマジの相棒選びもそうだけど面倒なシステムがあるんだよ、マナマナにはさ」
    「それも聞いたよ。相手が居ないと寿命が縮むって……あんたが最近体調悪そうなのも、それが原因じゃないのか?」
    「……みゃむってば、そんなことまで話したんだ」
    「みゃむもまつりがパートナーになったって聞いた」
    「……それは……」
    「だから、あんたが俺でいいなら、パートナーになる」

     聞きたくない、それでも一番欲しい言葉が投げられて、頬が引き攣る。どんな顔をすればいいのか分からなくて、無理矢理腕を振り払った。きっと、橙真のことを拒絶したように見えただろう。でも、それでいい。
     
    「(俺がいいならって……。むしろ、俺は橙真だけがいいのに)」

     橙真はきっと、この呪いが齎す影響を知らないのだ。いわば狼が番を作るのと一緒で、結んでしまえば他の人と人生を共にすることは出来ない。その重さを理解しないまま、目先の弱っている友達を助けたいだけだ。

    「やさしいね、橙真は」
    「そういうんじゃない……むしろ、いいのか? ひゅーいは、俺で」
    「……うん」

     ひゅーいの返答に、橙真は安心したように胸を撫で下ろしていた。慌てたように手を洗いにいった姿を横目に見ながら、ひゅーいはこっそりとマナマナ、と呟く。何もない空間から、指についてる糸と瓜二つのそれが現れて、ひゅーいの手に収まった。

    「(ごめん、橙真)」

     橙真が、こんなところまで堕ちる必要なんて無い。ひゅーいという鎖で人生を縛ってしまうぐらいなら、一人孤独に死んだ方がマシだ。
     もう一度マナマナと呟いて一時的に本来の糸を見えなくさせると、一見何も無くなった薬指に新しく出した糸を巻き付けた。異物感が拭えないそれはマナマナが触れば偽物だと気付くだろう。でも、チュッピである橙真に分かりっこない。
     それでいい。もし誰とも結んでいないことがバレたら、今度こそ相手を探せばいいだけの話だ。

    「ごめんひゅーい、とりあえず手は洗ってみたけど、他に何か……」
    「あっはは、別にそんなこと必要ないよ。ほら」
    「わっ……」

     作り出した赤い糸は、しゅるしゅると器用に橙真の薬指に巻き付く。ひゅーいと橙真の間が一本で繋がって、暫くすると繋ぎ目は空間に溶けていった。
     実際に本物が結びつくとどうなるか見たことはないが、文献によると相手同士が近くに居ないと繋がっているところは見えないらしい。その場しのぎにしては、割と本物っぽく作れたな、とひゅーいは安堵した。

    「これで俺達、パートナーだな」
    「……うん」

     嬉しそうに笑う橙真に、歯切れの悪い返事をする。胸が痛まないかと言えば、嘘になる。それでも、これは橙真のためだから。そう言い聞かせる度に、ひゅーいの中の毒林檎が少しずつ身体を蝕んでいくようだった。







     橙真と偽の赤い糸を結んでからの方が、ひゅーいにとっては辛い日々だった。何せ、相手が出来たことで体調は万全になったと嘘を吐かなければいけない。何てことない振りをしてプリマジや魔法界での仕事もこなす毎日が続けば、必然と疲労が蓄積していく。誰よりも隣にいる橙真に隠し続けなければいけないのだから、常に気を張って当然だろう。
     それに、なによりも。
     
    「ひゅーいと結んだんだ、糸」
    「ええ! 橙真が?」
    「まつり達も結んでるんだ、別に変じゃないだろ」
    「みゃむは私がいないとダメだけど……ひゅーいさんって強いマナマナだし、チュッピじゃなくてマナマナ同士ととっくに結ばれてると思ってたよ」

     橙真は平然と、周囲にひゅーいとの関係を話していた。マナマナの存在を知らないチュッピはともかく、プリマジスタであれば事細かに。本来プライベートな話題が故に秘密にすることも多いらしいが、橙真から話したい、と言われてしまえば拒否する理由はなかった。
     そして今日、魔法界に留学してしまったまつりと頻度高く帰ってこれないみゃむがこちらに戻ると知り出迎えれば、当然この話になる。まつりと対面で座る橙真を横目に、ひゅーいは横の席で正面からみゃむのジト目に耐えていた。

    「あはは、まあ、この年齢のマナマナなら相手が居る方が自然だったかもね」
    「こいつはそもそも友達もいねーんだから、相手なんて居なくて当然なんだぞ」
    「みゃむ~?」
    「ひ! ほんとのこと言われてキレるなよ~!」

     諫めるうように凄めば、みゃむが大袈裟に驚く。その衝撃で、テーブル上の汗をかいたグラスの中で氷がカランと揺れた。いつもより溶けるスピードの遅く感じるのは、夏が終わりを迎えようとしているからだろう。魔法学校の夏休みが終わってしまえば、二人は暫く帰ってこれない。ひゅーいにとって一番バレるリスクのあるみゃむと会わないで済むのは、有難いことだった。

    「あはは、みゃむも久しぶりにひゅーいさんと会えて嬉しいって言えばいいのに」
    「まっったく嬉しくないんだぞ!」

     笑うまつりが残り少ないグラスに手を伸ばす。その薬指には意図が巻き付いていて、数センチ近付いたせいかみゃむへと続く線が現れた。グラスを置いて手を引っ込めればスッと消えていくそれに、ひゅーいだけでなく橙真も目線を奪われていた。
     
    「(本物は、あんな風にキラキラしてるんだ)」

     誰かと繋がった糸を、初めて見たかもしれない。伝承で聞くそれよりも、ずっと輝いて見える。個体差なのかは分からないが、さり気なく橙真と繋いだ糸も輝かせた方がいいのかもしれない。
     ジッと自分の手を見つめる橙真の気を逸らすように、お行儀悪く音を立てて椅子から立ち上がる。当然、距離を保っているから赤い糸は二人の間に現れない。一つ一つ、辻褄が合うように調整するのも気を張る理由の一つだった。
     
    「ごめん、この後仕事があるから。先に帰ろうかな」
    「もう行っちゃうんですか?」
    「さっさと行っちまえー」
    「も~みゃむったら」

     充分に払えるだけのお金を置いて、懐からカードを取り出す。すると、珍しく焦った様子の橙真が立ち上がった。

    「ひゅーい、明日のレッスンは来るよな?」

     縋るような、それでも引き留めることを躊躇うような声色に、ひゅーいは内心驚いた。
     それもそのはずだった、ひゅーいは最近、レッスンを休むことが多々あった。仕事に穴は開けないものの、家にもなるべく寄らないようにしている。まるで、糸さえ結んでしまえば用無しとでも言わんばかりの態度だ。橙真が不服に思うのも当然だろう。
     結んだ糸が偽物だとバレたくない。寿命が順調に減っているのか体が重い。様々な理由からレッスンに行かない方がいいと判断しているだけで、決して不埒な理由があるわけじゃない。それでも、このまま橙真が「ひゅーいは俺のことがどうでもいいんだ、糸を解消しよう」と言い出してくれたら、とさえ考えてしまう。
     
    「行けたらね」

     ただ、こんな思いをしてまで仮初のパートナーで居続けたいと願ってしまうぐらいには、ひゅーいは橙真のことが好きだった。
     マナマナ、と呟いて皆で居たカフェから脱出したひゅーいは、移動先の自室で緊張の糸が切れたかのように倒れこんだ。



     □



    「おい、舐めてるのか」
    「え~? ボクは何でも舐めるような犬じゃないんだけど」
    「そういうところが舐めていると言ってるんだ!」

     祈瑠が大声で怒鳴ると、耳がマヒしたように痺れる。二人しか居ないレッスンルームで、そんな大きな声を出さなくても聞こえているのに。
     とはいえ、ふざけて答えたひゅーいにも非がある。おおよそ、暫くレッスンをサボっていたせいで動きの悪くなったこの身体を心配してくれているのだ。それにしたって、「舐めている」わけではないのだけれど。

    「橙真のやつが出られない日にお前がレッスンしたいとか言うから見てやってるんだぞ。本気で踊れ」
    「あはは……これでも本気なんだけど」
    「……それが本当なら、お前をこのまま獣医に連れていく」
    「祈瑠くんが言うと本気に聞こえるんだよねぇ」
     
     渡されたペットボトルを一気に半分飲み干す。冷たい水が火照った身体の中を通っていく感覚が気持ちいい。だだっ広いレッスンルームは一人で使うには勿体ないが、借りてきた祈瑠の気遣いだろう。おおよそ、こんな体たらくになってしまっていることを察して、誰かに見られないよう配慮してくれたに違いない。
     そんな優しさとは裏腹に、ひゅーいの様子を見れば見るほど祈瑠の顔はどんどん渋っていく。ターンをすればフラつき、ダンスにはキレの欠片もない。まさかここまでとは思っておらず、ひゅーい自身も驚いていた。
     水を飲んでなお再開しろと言わない祈瑠に甘んじて床に座り込むと、当の本人も渋い顔のまま横に座った。

    「お前があいつを避けているのは、赤い糸ってやつが理由なのか」
    「え、橙真ってば祈瑠くんにも言っちゃったの」
    「お前たちの管理者だからな。報告の義務を果たしている」
    「プライベートなんですけど~」

     おどけたように仰け反りながら、床に手をつく。ぼうっと天井を見ていると、タブレットを操作していた祈瑠が覗き込んできた。

    「活動に支障が出るなら仲介せざるを得ないぞ」
    「ん-……それは、嫌かな」
    「お前、そうやってヘラヘラ誤魔化す気じゃないだろうな」
    「ちょっと、顔怖いってば。……実はさ、祈瑠くんにしか頼めないこと、あるんだよね」

     ずっと考えていたことだった。この状況を解決する、唯一の方法について。
     橙真とずっと、「プリマジの」パートナーでいたい。それが、ひゅーいにとって一番大切なことだった。この面倒な伝承が足枷となるのは耐えられない。
     で、あるならば。橙真に全てがバレる前に、すべてをリセットするしかない。天を仰いでいたひゅーいは決心した顔を、祈瑠に向けた。
     
    「俺の相手、探してくれる?」
     


     □



     ひゅーいが健康体でいられるとしたら、末路は一つしかない。本当の赤い糸を、誰かと結ぶこと。それも、橙真以外と。みゃむの言う通り、当てなんてこれっぽっちもないひゅーいにとって、頼れるのはオメガコーポレーション、ひいては祈瑠だけだ。
     全てを打ち明けた上で、橙真に内緒で本当の相手を探してほしいと依頼した時の祈瑠の顔は、傑作だった。愚か者を見るような、苦虫を嚙み潰したような顔。それでも、分かったとだけ言って出ていった祈瑠のことを、信じるしかなかった。
     そして、後日。祈瑠からオメガの会議室に呼び出されたひゅーいは、定刻五分前にその扉を開けた。ビル内ではセキュリティ上、不用意にマナマナで移動するな、と言われてからはこうしてチュッピのように歩いて移動するようにしている。そうやって重い身体を引き摺ってここまで来たのに、中には誰もいなかった。

    「……だる」

     座り心地のいいオフィスチェアに、勢いよくダイブする。その割に悲鳴を上げなかった椅子に凭れ奥の壁一面の窓を見ながら、ひゅーいはこれから来る人物について考えを巡らせた。
     祈瑠に出した条件はシンプルだ。橙真に本当のことを言わない人。表面上は、橙真とひゅーいがパートナーであるかのように振る舞い、口裏を合わせてくれる人。そして、例えひゅーいのことを好いてくれていたとしても、同じ感情を返さなくていい人。
     マナマナにせよチュッピにせよ、こんな条件で飲んでくれる人がこんなに早く見つかるなんて思いもよらなかった。もしかしたら、オメガの社員や、パートナーを作る気がない人なんかを金を積んで依頼したのかもしれない。お金なんかで解決出来るなら、さっさと決断するべきだった。そうすれば、橙真に糸を括りつけるなんて真似事もせずに済んだのに。
     ――でもようやくこれで、楽になれる。
     少し熱っぽい身体を誤魔化すように、溜息をつく。すると、コンコンと外からノックの音が響いた。壁掛けの時計を見やると、約束の時間ジャストだ。
     
    「はーい、空いてますよ」

     外行きの取り繕った声に呼ばれるように、重厚な扉が開かれる。そこにいたのは、見慣れた姿だった。
     
    「…………橙真?」

     思考がフリーズする。ここにいるはずのない彼は普段オメガに居る時のレッスンジャージではなく私服だ。平日の日中に、オメガの会議室になんているはずがない。でも、そこに立って後ろ手に扉を閉めているのは、紛れもない橙真だった。

    「あ、はは。もしかして迷子? も~、ロッカールームぐらい、もう覚えていると思って……」
    「あんたと話しに来た」
     
     声が掠れて、自分がどんな言葉を発しているのか分からない。意思の強い声がひゅーいを遮ると、止まっていた頭が急回転して真っ先に懐へ手を伸ばす。だが、カードを掴んでマナマナと叫んでも、移動どころか風すらも起きなかった。

    「あ、れ……?」
    「ここはマジの力を抑制する対マナマナ用の部屋だって教えてもらった。だから入り口を塞げば逃げられないって」

     そんなことを橙真に教えるのは、祈瑠かあうるだろう。そして十中八九、ひゅーいは嵌められたに違いなかった。
     カードを捻じ曲げそうになるぐらい手に力が入って、苛立ちが隠せない。そんなひゅーいを牽制するように、橙真は座ったままのひゅーいの前に立った。さすがに、百八十もある背丈から見下ろされると威圧感がある。それに、橙真はいつもよりも凄んで見えた。

    「……なんか、橙真怒ってる?」
    「怒らせてるのはひゅーいだ」

     へらりと笑ってさり気なく部屋の奥の方へ椅子を転がせば、橙真の顔が更に険しくなった。見ていられなくて俯けば、橙真の両手が背凭れのふちを掴んで引き寄せらる。まるで抱擁のような距離感なのに、今はドキドキよりも焦燥感の方が勝った。
     こんなに近くにいるのに、橙真の薬指には糸が出現しない。代わりに、ひゅーいの薬指には宛先のない糸が浮遊していた。それもそうだ、この部屋ではマジが使えないのだから、マジで制御していた仮初の糸は消え失せてしまったのだろう。それを見ても驚かないあたり、きっと橙真はもう、全部知ってしまっているに違いなかった。

    「俺、言ったよな。あんたと、パートナーになりたいって。あんたが俺でいいならって」
    「……うん」
    「なのに、あんたは最初っから、俺のことなんて信じてなかったのか?」
    「……ごめん」

     酷いことを言っている自覚はある。だからこそ、顔を上げないまま降ってくる橙真の言葉を淡々と肯定していくことしか出来ない。何を言っても無駄だと思ったのか、少し間を置いた橙真が椅子から手を離し、ひゅーいの前で片膝をつく。自然と立場が逆になりひゅーいを見上げる橙真の目は、声程に怒りの色は見えなかった。いつもの綺麗なエメラルドグリーンなのに、綺麗さ故にひゅーいを追い詰める。
     ああ、きっと橙真は優しいから。嘘をついていたひゅーいをきっと許してしまう。そして、ひゅーいの命のためにまた糸を結ぼうとしてしまう。

    「(ダメだよ、橙真。だって、そしたらもう橙真が幸せになれないんだよ)」

     橙真が好きな人と幸せになる未来を自分が踏みにじっているなんて、耐えられない。これ以上、橙真の優しさに漬け込むぐらいなら――TrutHすらも、解散したっていい。
     
    「ひゅーい、聞いてくれ」
    「ッ聞きたくない!」

     どん、と橙真の肩を突き飛ばし、勢いのまま椅子から立ち上がる。そのまま扉の方へ向かっても橙真に止められるだけだ。重い身体を無理矢理動かして橙真と反対の窓際へ向かいガラスに背を付けると同時に、もう一度カードを握った。

    「マナマナ!」

     目論見通り、窓際はジャミングの影響を受け辛いようだった。さっきと違い眩い光が周囲を包む。だが、向かう場所も決めないままマジを使ったせいか、急に立って脳が揺れたせいか、ぐにゃりと視界が歪んだ。
     ――中途半端に発動してしまったマジが暴走している。そう分かったのは、背を預けていたガラスが消え失せ、ひゅーいの身体が高層ビルの外へ投げ出されたからだった。

    「ッひゅーい!!」

     全部がスローモーションに見えた。浮遊する身体、焦る橙真の顔。ただ、そんな叫び声が聞こえても尚、ひゅーいの頭の中は冷静だった。高層ビルならむしろ、落ちている間に冷静にマジを発動させればいい。下手な高所よりずっとマシだ。
     ――そう思っていたのに、気付けば、ひゅーいは橙真の腕の中にいた。
     落ちようとするひゅーいの腕が強く引っ張られて、それでも間に合わなかった橙真が、ひゅーいと共に落ちている。なんで。どうして。困惑と怒りでどうにかなりそうな頭を切り替えて、もう一度手に握ったカードを天に翳す。

    「ッマナマナ!」

     太陽光が透けて、顔にカードの影が落ちる。今日が曇りのない晴天なことを、ひゅーいは今初めて知った。
     二人分の体重で加速していく落下スピードに負けない強風が二人を包む。移動先なんて決めていなかったけれど、目を開けると普段練習をしているレッスンルームの床にそのままの形で寝そべっていた。
     死んでしまうかもしれないという極度の緊張からか、二人分の心臓が暴れている。橙真に抱きしめられているせいかゼロ距離で聞こえる鼓動のおかげで、お互いに生きていることが分かった。締め上げられてしまいそうなほど強い力が籠ったままの腕をトンと叩けば、ハッと顔を上げた橙真が慌ててひゅーいを離す。そして、聞いたことないぐらいの大声で、ひゅーいを怒鳴った。

    「無茶するな、馬鹿!!」
    「ッこっちのセリフだよ!! 橙真こそ自殺行為だって分かってる!?」

     ひゅーいは空を飛ぶことだって慣れているマナマナだと、橙真が知らないはずがない。なのにそのひゅーいを助けるために外へ飛び出してしまうなんて、自ら死ににいくようなものだ。自分自身よりも橙真の方が大切なひゅーいにとって、橙真の行為は許せるものではなかった。
     胸倉を掴みかかれば、橙真は目を見開いてその瞳にひゅーいを映す。珍しくひゅーいが本気で怒っていることに面を喰らった橙真は、怒りを引っ込めてひゅーいの両手を覆うように握った。

    「あんたが堕ちるなら、俺も一緒に堕ちる」
     
     綺麗なエメラルドグリーンが、またひゅーいを追い詰める。ひゅーいが欲しいセリフを、またくれる。いつだって、橙真は優しいのだ。
     膨れていた怒りがスッと萎んで、顔がくしゃりと歪む。こんな風に弱いところを、橙真にだけは見られたくないと思っていたのに。
     掴んでいた胸倉は、気付けばただ胸元を握っているだけになった。それをそっと外されて、橙真の手を握らされる。レッスンルームの真ん中で、橙真はただひゅーいが話し出すのを待っていた。

    「……橙真は、知らないんだ。この糸、結んだらもう他の人を好きにもなれないんだよ。解消したくても、橙真も無事ではいられない……だから、俺のために糸を結ぶなんて、言わないで」

     ぽつぽつと、懺悔を雨を降らせるみたいに言葉を並べる。どうしたら橙真が分かってくれるのか、考えても考えても分かりそうもない。じっとりと手に汗をかいているのが恥ずかしくて離したいのに、橙真の手はガッチリと握って離してくれなかった。
     
    「えーと、橙真、聞こえてる……?」
    「知ってる」
    「…………へ?」
    「最初に、みゃむからそこまで話聞いてたぞ」

     恐る恐る橙真の様子を窺えば、ひゅーいの怯えと裏腹に橙真はきょとんとした顔でひゅーいを見ていた。想定外の反応に、ひゅーいの混乱は大きくなるばかりだった。
     
    「だったら余計に分かんないよ、一生だよ? 誰も好きになれないんだよ? 俺の体調のためにそこまでしてもらう必要なんて……」
    「……ひゅーいのことが好きだから、問題なくないか?」

     さも当然かのように言われた言葉に、今度はひゅーいがきょとんとする番だった。噛み砕いて、煮込んで、飲み込んで。それなりの時間無言の間があったが、橙真は追加で何を言うでもなく、ただひゅーいの返答を待っていた。
     
    「…………ちょっと待って。橙真って、俺のことすきなの」
    「好きなやつにしか、パートナーになろうなんて言うわけないだろ」

     世紀の発見をしたみたいに、ひゅーいは目の前に出された事実を信じ切れずにいた。だって、あの橙真だ。ひゅーいは自分が好かれるようになった原因も見当たらない。やっぱり、同情を好意とはき違えているのだろうか。
     だが、目を白黒させるひゅーいと裏腹に、橙真は自分の意図が伝わっていなかったことを後悔していた。だからこそ、今度こそ、間違えないように。握ったままのひゅーいの手を引き寄せた橙真は、ひゅーいを抱きとめる。びくりと大袈裟に跳ねる肩を優しく撫でた。
     
    「すきなやつとしか、こんなことしない」

     耳元から聞こえる声に段々と状況を理解したひゅーいは、じわじわと砂糖を煮込んだ飴に沈んでいるかの如く、甘い痺れで満たされていく。肌が白いせいで赤くなるとすぐにバレてしまうけれど、今だけは近すぎる距離のせいで気付かれていないだろう。逆に、高鳴る鼓動はバレバレだけれど。

    「……それって、キスとか出来る、すき?」
    「してほしいのか?」
    「いっ今はいい!」

     慌ててした否定は声が裏返ってしまって、恥ずかしさにもう一段階顔が赤くなる。これじゃあして欲しいみたいだ。間違いではないが。
     そっと身体を離した橙真は、ひゅーいの左手にある赤い糸を掴んだ。誰とも繋がっていないそれを見て、緊張で背筋が伸びる。
     
    「これ、本物だよな?」
    「うん。ほんとに、ほんと~~にいいんだよね……?」

     きっと、情けない顔をしているのだろう。橙真が可笑しそうに笑って、当たり前だ、と答えた瞬間、その糸の端が橙真の左手の薬指に巻き付いた。ぽう、と少し暖かく熱を帯びたそれは、ひゅーいが作った偽物とは違う。橙真のワッチャが流れ込んでくるような熱に、無性に泣きそうになった。

    「これで俺達、パートナーだな」
    「……うん!」

     嬉しそうに笑う橙真に負けないくらい、笑顔のひゅーいがジャンプで飛びつく。軽くなった身体の先っちょで、赤い糸がキラキラ輝いていた。
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