消えちゃいたい!③「……ということだから、昨日はジャックといたことにしてくれ」
「あのなあ」
呆れたジャックの顔も、何度見たことか。部活を始める前のストレッチをしながら、デュースは両手を合わせて「頼む」ともう一度頭を下げた。
ジャックにこうして口裏を合わせてもらうのも、もう片手では足りない回数だ。やたらとデュースの行動を知りたがるエースに真実を隠す口実として嘘をついて貰うことが最初こそ不思議がられたが、今では詮索もされない。まあ、だからこそジャックにこんなことをお願いしているのだけれど。
そこまでしてイデアと会っていることを隠す必要があるのかと、思い直さないわけではない。それでも、頻繁にイデアと会っているイコール、オタクであると紐付けられ芋づる式に腐男子であることがバレる可能性がゼロではない以上は隠すしかなかった。もっともマジカルホイールについて語っているのだと言い張ってもよかったが、それならイデアが数回でうんざりする様が想像できてしまう。
デュースは自分が思っているより嘘が上手くないし、エースは思っている以上に嘘を見抜く力がある。用心すればするだけ、デュースは安心だった。
「というか、俺にはいいのかよ」
溜息をついたジャックに指摘されて、ぽかんと口を開ける。エースと違って詮索しないと分かっていたし、エースより仲の良い自信がある同級生がジャックしか思いつかなかった。それが理由だと正直に話すと、ジャックはぷいと顔を逸らす。心なしか耳が赤いような気がするが、デュースがそれを指摘すると脳天を軽く叩かれた。
「……エースはそういうのこそ、気にしてそうだけどな」
「?」
ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れず聞き返そうとするが、ジャックは答える気はないようだった。疑問を残したままストレッチを再開しようとすると、ふいにデュースの視界が陰る。急に曇り空になってしまったかと上を向けば、鋭い眼光がデュースを見下ろしていた。
「おい」
「わあ!?」
「レオナ先輩……! どうしたんすか?」
突然現れた美形は、心臓に悪い。だが驚き飛び退くデュースとは違いジャックは慣れたように腰を曲げて挨拶をしていて、バクバクと鳴る胸を抑えるように深呼吸する自分が少しだけ情けなかった。
「(この色気で王子とか、何度見てもチートすぎる……)」
レオナはどんな漫画のキャラクターにも負けないぐらい、「完璧な設定」だ。ともすれば天から授けられすぎた理想の攻めでもあり、はたまたえっちなお姉さんとして受けにもなれる。そのポテンシャルの高さを目の当たりにする度、デュースは「事実は小説より奇なり」という言葉を思い出す。なお、この言葉は覚えたてであるが。
とはいえ、本人を目の前に邪な妄想はよくない。頭をぶんぶんと振ってBL思考を飛ばしていると、レオナの横にあるはずの姿が見えないことに気がついた。
「あれ、ブッチ先輩は……?」
「あぁ?なんで四六時中一緒にいなきゃいけねーんだよ」
「な、なんでって」
むしろそう思っていない生徒がこの学内にいるだろうか? それぐらい、レオナはラギーと一緒にいる。デュースの偏った贔屓目で見ても、二人は切っても切れない関係だろう。しかしそれを言うことは勿論出来ず、もごもごと口を動かすことしか出来ない。
どうしよう、と蛇に睨まれた蛙もとい、ライオンに睨まれたオタクの状態でいると、今度はデュースの背後から別の影が飛び出してきた。
「それはデュース・スペードさんがそういった趣向の持ち主だからですね」
「ひ!?」
「チッ」
耳元でしたよく通る声に、今度こそ尻もちをつく。にこやかに佇むのはオクタヴィネルの寮長、アズールだ。まさかレオナと一緒にグラウンドへ訪れていたとは誰も予想出来なかっただろう。しかも、そんなアズールに舌打ちをするレオナの呆れた視線を見るに、レオナがアズールを連れてきたことは明白だ。
「いやあ、探しましたよ。本日はとあるお話を持ってきまして」
アズールの視線は真っ直ぐデュースへ向いている。なんだか、嫌な予感がして背筋を汗が伝う。まだ、部活は始まってもいないのに。
「えっと……?」
「あなたが所謂男性同士のれんあ」
「うわーー!!!!」
「……がお好きと聞きまして」
今ほど自分の反射神経がよかったことを感謝することはないだろう。アズールの直球な言葉を遮るように大声を出したデュースはそのままレオナとジャックの二人をアズールから遮るように両手を上げて飛び上がる。一気に上がった息を整えるよりも先にアズールの腕を引っ張ったデュースは、獣人でも聞こえないだろう距離を取って小声でアズールを問い詰めた。
「せっ先輩ッ! そ、それ、それをどこで……!?」
「やはり、僕の見立ては正しかったようですね」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しいデュースと反対に、アズールは納得したように笑っている。それはそれは朗らかに。先輩ということも忘れて腕を力いっぱい握ると、「痛いですよ」と注意されて慌てて開放した。
「もっもしかしてシュラウド先輩……!?」
デュースのこの趣味を知っていてアズールと繋がりがある人物なんて一人しか思い当たらない。二人は、「二人っきりの怪しげな部活動」をしている仲間でもある。お互いに仲がいいとは思っていなさそうだが、それは一周回ってたいそう仲良しという意味だ。デュースには分かる。
「もしかして、イデアさんと僕にもそういった需要があるんでしょうか? 正直一ミリも可能性がないところに火を立てられるのは不愉快ではありますが、興味深いですね」
「ちっ違います! あ、別にお二人がそういう関係じゃないことは、分かってます!」
顔に出ていたのかと慌てて取り繕うが、かえって逆効果だった。「デュースがそういう趣向である」と見立てたアズールの、仮説を立証してしまったことに、デュースは数秒経ってから気付いた。
「決してイデアさんから貴方のことを聞いたわけではありませんよ。まあ、こちらもそれなりの情報のツテがありますので、あとは点と点を繋いだまでです。……それはともかく」
ああ、ジャックと余計なことを話さず、さっさと部活を開始してしまえばよかった。そう現実逃避をするデュースの意識を戻すように、アズールの端正な顔が目の前に迫る。
「バラされたく、ないですよね?」
悪人も真っ青なぐらい凶悪な顔に、デュースは考えることをやめた。