クリスマスの宴にいなかった青江さんの話【Side:石切丸】
クリスマスが人間にとって、特別な日であることは理解している。御馳走を共に食べて笑い合い、繋がりを確かめ合う。あと、外つ国の神様の誕生日だったかな?その方の事は管轄外で、よく知らないのだけれど。
この本丸でも審神者の提案で宴が行われた。一振りに一本ずつ焼いた鶏の足と炭酸の入った葡萄のお酒が卓に配され、座敷の端の机には好きなものを取り分けて持って行けるようにたくさんの料理が供えられていた。これはバイキング形式と言うのだと、本格的に飲み食いが始まる前に説明とマナーの説明を受けた。好きなものを好きなだけ食べても良いなんてとても喜ばしいね。
酒は甘く、美味だったし料理も美味しかった。短刀たちは酒を禁止されているが、本丸ではあまり出ないジュースを飲み、甘い菓子を食べて嬉しそうにしている。兄弟、仲の良い友と笑い合って。
ああそうだ、青江はどこにいるだろう? ここでは脇差も酒は飲んではいけないのだが、オレンジジュースは彼の好みだろう。夏に共に出掛けたとき、買い与えたら気に入って飲んでいたようだから。
しかし、部屋中を見回しても彼の艶々と翠色に光る髪が見当たらなかった。
最後に苺の乗った洋菓子が供されて、宴がお仕舞いになっても一度も姿を見ることはできなかった。
このハイカラな菓子も青江が好みそうだ。控えめながら嬉しそうに、頬を染めて笑うあの可愛らしい顔が見たいのだけど。
【Side:にっかり青江】
「よし、これで全部だね。運び終わったら君たちの仕事は終わりだよ」
鯰尾と骨喰、堀川くん。そして今回裏方の役回りになった数名のレア度の低い打刀が苺のショートケーキをトレイに乗せて運んでいく。
そして泡だらけの流しに沈められた皿に再び向き直った。他の本丸の同位体と話す機会があって知ったのだけど、どうやら我らが本丸は刀剣男士の数が少ない方らしい。それでも宴ともなると料理の品数も増えるし、それにしたがって洗う皿の数も増える。
さっきのケーキが最後の皿だ。少しでも早くコレを片付けてしまわないといけない。
「いいのかい青江? 仕事はまだあるだろうに」
厨番の歌仙さんが思わし気な顔で言う。
「酒呑みたちの間をぬって皿を出すのも下げるのも、大変だったろうからさ」
「素早い脇差には向いてる役目ではあったかもしれないね」
ケーキの仕上げと、切り分けを終えた洋食+洋菓子担当の燭台切さんが固まった肩を回してふうと一息ついた。
「二振りともごくろうだったねえ、料理のことだよ」
「いつもよりは大変だったけど、慣れているさ」
「君たちも立ちっぱなしで疲れたろう、片付けはやっておくよ」
でもねえ、と言いかける燭台切さんの言葉を遮るように配膳役の刀たちが帰ってくる。
「おっつかれさまでした~!」
「やりとげた」
「うんうん、みんながんばったね。おかげで宴は大成功…だったかな?」
「みな、笑っておりましたゆえ! 鳴狐もがんばりましたぞ」
濡れたゴム手袋を脱いで彼らの頭や肩をぽんぽんと叩いてねぎらう。別に買っておいた缶ジュースをごほうびに渡して部屋に帰るようにうながした。みんな仕事から解放された晴れやかな笑顔で厨から去って行く。
「さ、厨番もお開きでいいんだよ」
「馬鹿者、片付けるまでが料理だ。後を濁したままでは風流とは言えない」
「格好良くないよね!」
「そうかい? ……僕は大丈夫なんだけどねぇ」
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脇差にしては大人びた容姿のせいで内面も大人に思われてしまったのだろう。いつの間にか同じ脇差や、短刀たちに頼られる存在になっていた。
この本丸にはまだ、粟田口の兄である一期一振もいない。脇差も青江を含めて四振りだけだ。
短刀も初鍛刀以外は戦場で拾われたものたちだけである。
そんな中で青江は他の脇差や短刀を見守り、励ます役目をいつの間にか背負うようになっていた。自分自身はしっかりしていなければと強がって、いつも気を張り詰めて。
しかし外から見た限り『戦も仕事もできて当たり前』と、静かににっかり笑っているのがこの本丸の青江なのだ。
……とはいえ、人の身を得たと同時に抱えた心の柔らかい部分が、どうにも痛む時もある。
散らかった座敷からすべての皿を引き上げ、飾りを片付ける。座敷を掃いて、汚れた所を拭いて。からの厨の二振りに混じり、皿や調理道具を洗う。実は生真面目な性格が災いして青江は手を抜くのが苦手である。最後までやりきった。
厨の灯りを落として歌仙と燭台切に「おつかれさま」を言う時にも、笑ってみせた。
もうすっかり暗い廊下で、耳を澄ます。誰もいないのを察知した青江はそのまま座り込んだ。
動きたくなかった。少しの間だけ、誰も来ない間だけじっとしていたい。
こんなにがんばっているのに、どうして誰もほめてくれないのかな?と、他ならぬそれを跳ねのけてきた己が呟く。
暖房の無い廊下はただ冷えるばかりで、そこにいてはもっと凍えてしまうのも分かっていた。可哀想な青江になりたかった。そうしたら、とびきり甘やかしてくれるひとを知っていたから。
都合良くそのひとが通りかかってくれないかと期待する。書物の好きな青江はクリスマスに奇跡が起きる物語をいくつか知っていたし、そんな小さな奇跡を期待する程度には心が幼なかった。
青江の探索に長けた耳が、重たい足音を拾って……願いが叶ったのを知った。
板目を軋ませる足音が角を曲がる前に青江は立ち上がった。冷えすぎた頭が少し痛んだが、大好きなひとが自分を探しに来てくれたのではないかという幻想に、胸がきゅうと鳴る。
青江、と穏やかに笑った石切丸は、冷えて白くなった相手の顔に気付いただろうか。夜目が効かない彼は淡い常夜灯を頼りにゆっくりと青江の側に至る。
石切丸に可哀想な自分を甘やかしてもらうつもりでいた青江だったが、今日は一度も見る事ができていなかった恋しい相手を前に、小さく含み笑いを漏らす。
「ンフフ……石切丸さんとはおとついぶりだねぇ」
「昨日も居なかったね、遠征かな? 今日はどこにいたんだい?」
「……言ってなかったかな? こないだから宴の準備で裏方仕事だったんだ」
買い出しに、かざりつけに、料理のてつだいに…皿洗い…と白い指を折り数えてみせると、石切丸はああ、と息を吐いた。
「確かにそうだね、楽しい宴も準備をしていただいてこそできるものだ」
偉かったね、と大きな手が青江の頭を撫でた。忙しさで髪の手入れが万全ではないのが気になって、青江はそわそわと目を逸らして耳の横に垂れた髪をいじった。
「いや…その、僕だけが働いてたわけじゃない…から」
「ああ、こんなに冷えて…痛くなってはいないかな?」
温かい手が冷たい頬と耳をかすめて降りてきて、凍えたその手を包み込んだ。石切丸には青江の反論など聞こえていない様子だった。
「……ちょっと痛いかも、励みすぎたかも……水仕事のことだよ」
歌仙たちには「大丈夫」と強がって見せた青江だが、いつだって無条件に甘やかしてくれる大太刀相手には弱音がぽろりと零れ落ちた。
「それはいけないね、きっと足も冷えているだろうから私の部屋においで。温めて差し上げよう」
「こたつのことだね」「炬燵も…あるのだけど」
きっと冷えた所をさすって温めてくれるのだろう。いつものように青江をしあわせにしてくれる。
「野菜もたくさん切ったし、たくさんお皿を洗ったよ」「うんうん」
「いちごをケーキに乗せるのは楽しかったかも」「それは良かったね」
「おいしかったかい?」「とても美味しかったよ、ありがとう」
「僕、がんばったよ」「ふふ。青江は偉いね」
炬燵と石切丸の大きな体に挟まれて、青江はもうそこから抜け出せない。
凍えた身体と心がすっかり温まって、抜け出そうと思わなかった。
もうとっくに夜も更けて、いつもなら彼を部屋に返さなければいけない時間だが、
……特別な日というのなら、今日ぐらいはかまわないだろう。
うとうととまぶたを下ろした安心しきった顔、ぬくみに桃色に染まった頬のなんと可愛らしいことか。このまま眠ってしまえばいい、と紫色の目を細める。
石切丸は細身の身体を囲うように腕を回し、胸に溜まり固まるあまりのぬくもりに、ほぅ、と揺れる息を吐いた。
20241228,