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    なつゆき

    @natsuyuki8

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    なつゆき

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    【まほやく】ネロとクロエの話

    #魔法使いの約束
    theWizardsPromise
    #まほやく
    mahayanaMahaparinirvanaSutra

    遠くの似たもの「ワードローブを見せてほしい?」
    「うん!」
     やわらかそうな赤毛に菫色の瞳。西の魔法使い、クロエに期待に満ちた表情で射抜かれ、ネロは首の後ろに持ってきた手で自分の髪をくしゃりと掴んだ。
    「これからまたみんなの服を作ることがありそうだから、それぞれの好みを知っておきたいんだ。そのためには今既に持っている服を見せてもらったらよくわかるかなって」
     嫌だったらもちろんいいんだけど、と慌てたようにクロエは付け足す。ネロは「あー」と声をあげて時間を稼ぎ、素早く考えを巡らせた。
     賢者の魔法使いとしての生活も落ち着き、慣れてきた頃合いだった。クロエは裁縫が好きだそうで、賢者の魔法使いのための衣装もたびたび作ることが続いていた。彼は西の魔法使いらしい底なしの好奇心と、それから純粋な使命感で言っているのだろうとわかる。
     どうすっかな、と考えているうちに少し不自然な間が開いた。クロエの顔色がだんだんと悪くなっていく。
    「ご、ごめんね!東の魔法使いは警戒心が強いって言うのに、変なこと頼んで。そりゃあ、みんなの持ってる服を見たいだけじゃないかって言われたら否定できないんだけど、でもね」
    「あー、いや。悪いな。別にどうしても見せたくねえってわけじゃねえんだけど」
     涙目になってきたクロエの言葉を遮る。変な風にクロエの言動を勘繰っているわけではなかった。彼はリケやミチルに比べれば年上だが、ネロからすれば誤差のようなものだ。もし奸計を巡らせていても、さすがに何も感じ取れないほど鈍ってはいない。ネロは後頭部を撫でると、申し訳なさそうに言った。
    「だけどその……さ。がっかりしないでくれよ?」
     不思議そうにこちらを見つめる彼の視線を避けるように踵を返し、クロエを部屋に招き入れる。簡易キッチンにベッドにテーブル、一脚の椅子。ワードローブ、と呼べるような上等なものはこの部屋にはない。
    「アドノディス・オムニス!」
     ネロが呪文を唱えると、空中に服が現れた。ベッドの上にそっと置く。
    「これで、俺の手持ちの服は全部」
    「え」
     クロエは目をまん丸にしてベッド上を見つめた。
     そこにあるのはネロが今着ている白いシャツに黒いズボンと色味も形もデザインもほとんど変わらない、似たような服だけだった。
    「その、俺はそんな……服にこだわりなくてさ。料理をするにあたって、清潔感があって、動きやすければそれでいいんだよ。で、横着して一着だけを魔法で洗濯したり修繕したりしてずっと着てたら、目ざといやつらがいて気づかれたんだ。で、人間じゃないってバレそうになる原因のひとつになってさ」
     見ている者は見ているものだ。小綺麗だが、何かが変だ。あのソースのシミが一晩でなくなっているなんておかしい。あの汚れが簡単に落ちるわけがない。ほつれていたはずの裾が、次の日には直っているなんて。一度持たれた違和感はどんなに否定しても訂正するのは難しかった。
    「だから、こうやって、ちょっと似てるけれど違うものを着て、わざと落ちにくそうな汚れなんかは残したりして、着回してた。色とかの組み合わせはよくわかんねーから、そこは変えずに。な、全然あんたの参考にならないだろ?」
     ネロは自虐的に笑ってみせたが、クロエは反応しない。ネロの少ないコレクションをじっと真剣に見つめている。ネロは居心地悪くなり、「あー……仕立て屋くん?」と恐る恐る呼ぶ。
    「触ってみてもいい?」
     クロエは服から視線を離さずに言った。「い、いいけど」とネロが答えると、クロエはシャツとパンツをじっくりと見聞したり、撫でさすったりをし始めた。うんうん、とひとりごとのように頷くと、ささっとメモを取る。
     てっきり、失望されて出ていかれるのだろうと思っていたネロは何もできずに突っ立ったままでいた。やがてクロエは満足したのか「よし!」と言うと、ネロの両手を握った。
    「ありがとう、ネロ!参考にさせてもらうねっ」
    「あ、ああ」
     ネロは社交辞令だろう、とクロエの言葉を受け取ると頷いた。とても、自分が提供した情報に価値があるとは思えなかった。


    「なあ、今日クロエ見たか?」
     ネロが話しかけると、ヒースクリフとシノのふたりは夕食を食べる手を止め、横に首を振った。
    「朝も昼も食堂にいなかった。ヒース、午後にルチルとお茶会をしてただろ。いつもならクロエもだいたいいるが、いなかったよな」
    「部屋をノックしたんだけど、返事がなかったんだ。てっきりどこかに出かけてるのかと……」
     ふたりは困った顔をする。ネロ自身、昨夜、クロエが夕食を取っていたのは覚えているが、その後は顔を合わせていない。
    「ファウストならわかるが、クロエが引きこもってるのはちょっとおかしいよな」
     シノが大真面目に言って、ヒースが「おい」と従者を睨みつけた。
     クロエは西の魔法使いらしく服のこととなると没頭することもあるが、人懐こくおしゃべりが好きだ。一日中誰とも言葉を交わしていないとすると、やはりちょっとおかしい気がした。
    「僕が少し、皆に聞いてこよう」
     近くに座っていたファウストが立ち上がる。生徒ふたりの会話は筒抜けだっただろうが、特に気分を害してはいないらしい、さっさと行動を始める。ファウストが他の国の年嵩の魔法使いに聞いて周り、ヒースとシノも話しかけやすい部類の魔法使いたちに問いかけていく。
     言い出したのは自分だったが、ネロは夕食の片付けがあったため、その様子を耳だけで聞いていた。どうやら、やはり誰もクロエを見かけていないらしい。
     やがて後始末が終わり、キッチンを綺麗にしたところで、にわかに廊下が騒がしくなった。ネロが廊下へと顔を覗かせると、シャイロックが階段を降りてくるところだった。
    「どうかしたのか?」
    「ああ、ネロ。あなたが声をかけてくれて助かりました。実はクロエが自室の中で倒れていまして」
    「えっ」
     ネロは慌てて階上を仰ぎ見る。
    「フィガロが診てくれて、もう回復しました。寝不足と、魔法の使い過ぎと、それから食事を取っていなかった影響もあるみたいですね。昨夜、これから一日かけて、今度の依頼に使う服を集中して作る、だから姿を現さなくても心配しないでくれ、と言われていましてね。ついうっかり集中し過ぎたらしくて……あの子もまだ若いのに、普段はラスティカの世話をしてしっかりした面もあるものですから、私も油断していました」
     シャイロックが困ったように眦を下げた。ネロはほっと胸を撫で下ろす。
    「そっか、無事でよかったよ。昼の時点であれ、とは思ってたんだ。もっと早く言えばよかった、西の魔法使いの集中力舐めてたな」
    「ええ、何かに夢中になり過ぎてうっかり死ぬ者の例には事欠かないですからね」
     シャイロックが艶然と言う。ネロが乾いた笑いをあげたのは、かつて西の魔法使いと合間見えた経験からそれが決して誇張ではないことを知っているからだ。
    「というわけでキッチンの片付けが終わったところで申し訳ないのですが、何か食べられそうなものをお願いできませんか」
    「ああ、俺の部屋のキッチンで何か作って持っていくよ」
     シャイロックはお願いします、と言って去っていった。ネロはふむと顎に手をやり、何を作ろうか、と思案する。
     自室に戻り、簡単なサンドイッチと、温かいスープを作った。同じ階のクロエの部屋をノックすると「はい」と存外元気そうな声が聞こえた。ドアを開けるとベッドで起き上がっている寝巻き姿のクロエと、その傍らの椅子に腰掛けたファウストがいた。
    「ああ、ネロ」
    「ファウスト、いたのか」
    「目を離すとまた作業し始めそうだからね、少し見張ろうかと」
    「だ、だいじょうぶ、ちゃんと休むよ」
     椅子は一脚しかない。ファウストが立ち上がり、入れ替わるようにしてネロがそこに座る。じゃあ僕はこれで、ちゃんと休むんだよと言ってファウストが部屋から出ていった。
     クロエはいろいろな人たちからかなりお叱りを受けた後らしく、しょんぼりとしていた。また怒られるのでないかとびくびくしているらしい。ネロはふっと笑うと、盆を差し出し彼の前に置いた。
    「ほら。ちょっと腹に入れとけ」
    「うん……あの、ネロが気づいてくれたって聞いたよ。ありがとう」
    「いいや、実際動いてくれたのは他のみんなだ。服作るのに夢中になってたんだって?」
    「あはは、呆れちゃうよね……。でも、自分でもびっくりしちゃった。旅をしている間にもアイディアが湧いて夢中になっちゃうことはあったんだ。でも平気だったのにな、急にどうしたんだろ」
    「そりゃあそうだろ」
     当然のように言うネロの言葉の響きに、クロエは首を傾げた。
    「旅をしていたとき、婿さんはあの調子だから気配らないといけなかっただろうし、魔法使いだってバレないように思い切り魔法使うわけにはいかなかったんだろ?それに宿に泊まってたなら、どれだけ夢中になってチェックアウトやらで一度中断される。夢中になるって言っても一日中じゃなかったんだろ」
    「あ、そっか……」
    「魔法舎では婿さんの面倒を見るのは仕立て屋くんだけじゃないし、魔法だって気兼ねなく使える。夢中になったときに止める要素がないのが初めてで、全力出しちまったんだろ。ま、うるさく言うのは他の連中に任せるが、メシは食わねーとまた倒れるぞ」
     ネロは苦笑しつつ、手で食事を指し示した。クロエはこくりと頷くと、スープが入ったマグカップを手に取り、こくりと飲んだ。ほう、と深くため息をつく。
    「……あのね、ネロ」
    「ん?」
    「怒らないで聞いてほしいんだけど」
     ネロは笑い出したくなった。このたまに物怖じしないところがあるものの、素直で人の良い魔法使いに何を言われても自分が怒ることにはなりそうになかったからだ。
     クロエは生気が戻ってきてほんのりと赤くなった頬を向け言った。
    「俺……魔法舎に来るまで、食事の優先順位、低かったんだ」
    「ああ、そんな気がするよ。ヒースもそういうところがあるけど、作業に没頭すると吹っ飛んじまうんだろ」
    「うん。でもびっくりしちゃった。ネロの料理があんまりおいしくて」
     ネロはちょっと目を見開いた後、「そりゃどうも」と照れたように言った。
    「しかもネロの料理って、すごく、おいしいんだよね。おいしいのさらに上って感じで」
    「おいおい、ずいぶん褒めてくれるな。明日グラタンを作ればいいか?」
    「茶化してるんじゃないんだ!……グラタンは食べたいけど、言いたいことはそうじゃなくて」
     クロエが慌てたように言う。そしてネロを真っ直ぐに見て言った。
    「だってネロ、わかってるでしょ! みんなが部屋から出て行ったら、もう少し作業しようって、俺が思ってること」
    「お。なんでわかった?」
    「だって、誰かが倒れたときにはたいていおじやを作るでしょ。なのに片手で食べられるサンドイッチに、スープだってマグカップに入ってて、何かしながら飲めるようになってる」
    「はは、仕立て屋くんよりかは理性が効くと思ってるけど、俺も料理を途中にしたまま寝ろって言われても無理だからさ」
     いたずらっぽく言うネロを見つめ、クロエは呟いた。
    「初めてだったんだ」
    「……」
    「ネロはその人や、その時の体調や状況に合わせて料理を作ってるでしょ。俺、そういう工夫、されたことがなかった。ラスティカと旅をしていたときに食べたものも本当においしかったけれど、それはお店が出すものだったから。俺のために作られた、俺に合わせたものなんて初めてだったんだ」
     だからありがとう、ネロ。俺においしい料理を教えてくれて。
     クロエの言葉と表情が眩し過ぎて、ネロは「あー……」と声をあげた。所在なげに視線を彷徨わせ、立ち上がる。
    「ま、これでまたお前さんが倒れたら俺が怒られるからさ。せいぜい気をつけてくれよな」
    「うん。ネロの服も、頑張って作ってるからね!」
     クロエが拳を振り上げてみせる。ネロは苦笑してひらりと手を振り、部屋を後にした。


     翌日、中庭にてクロエが作った衣装がお披露目された。今回の任務に行く者たちが早速身につけ、がやがやと騒がしい。
     ネロも自分の分を身につけ、裾や丈をきょろきょろと見渡していたところで、クロエが駆け寄ってきた。
    「ネロ!昨日はありがとう。どうかな」
    「ああ、さすがだな、ぴったりだよ」
     任務には行かないクロエは、いつも通りのチェック柄のジャケットを着て笑っている。
     ネロはその笑顔を見て少し考えた後、言った。
    「あのさ」
    「うん、どうしたの?」
    「バレてると思うんだけど、俺、服の優先順位、低いんだ」
     クロエがぱちくりと目を瞬かせる。ネロは後頭部に手をやると言った。
    「俺の手持ちの服見たならわかるだろ? 着れればいいっつーか……好みとか言われても別にないんだと思ってた。だけど、魔法舎に来て驚いたよ。正確には仕立て屋くんの作る服を着て、価値観が変わったっつーか」
     風がそよりと吹き、クロエの髪を揺らしていく。きらきらと輝く瞳が、じっとネロを見つめている。
    「この服も着てみて驚いた。着た途端もうさ、肌触りが全然違って……」
    「そうなんだよ!」
     クロエが勢い込んで叫んだ。ネロは思わず後ずさる。周囲の魔法使いたちもなんだなんだと彼らを見る。
    「ネロは着れればいいって言ったけど、持っていた服を触らせてもらってわかったんだ。ネロは着心地重視なんだよ! だからなるべく、ネロの好みに近い感触の布を選んで、糸の縫い目が肌にあたらないよう工夫したんだ、気づいてくれたんだね、すっごく嬉しい!」
     クロエは大興奮で言う。ネロは勢いに呑まれて言葉を失っていたが、ふっと笑うとクロエの頭を撫でた。
    「だからさ。仕立て屋くんは俺の料理を褒めてくれたけど、俺も礼を言わなくちゃなんねえなって。俺のために、俺に合わせた服を作ってくれてありがとうな」
     少し顔を上気させて言うネロに、クロエはぶんぶんと首を縦に振る。
     ネロの服の裾が、風でふわりと持ち上がって揺れた。
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