カシスのボトルの中身がちょっと外した間に大分減っている気がするのは気のせいだろうか。
今日はルークがどれだけ酔っても面倒見るつもりはあるからいいが。
「今度は僕がカルアミルクをつくりますね。」
キッチン側にルークも来て、実演が始まった。
「まずグラスに氷を入れて」
「うんうん。」
さっきの半分ほどの高さのロックグラスを用意し、そこにからんと音を立てて氷が入る。いくつか零しているがいいだろう。
「それから、お酒をさんぶんのいち」
「1と3しか残らなかったかー…。そっかー…。」
濃いめで1対3と伝えたが、3分の1だと1対2になる。1対4だけ教えれば良かったか。
「んん?」
「え?」
しばらく考え込む素振りを見せたが、頭が回らなかったようで、代わりにこの世の真理に到達していた。ぽん、と手を打って答えたのが、これだ。
「お酒が濃い方がきっとおいしいと思いますよ」
「わかったのはそっちかー…。まあ、そうだね、おいしいから仕方ないね。」
にこにこしてるルークに酒を割る意志があるから良いことにする。
瓶を180°近く傾け、グラスに勢いよくカルーアを注いでいる。
止まったのはほぼ真ん中。
瓶を戻すときに倒しかけたのをそっと支えて、蓋を閉めておく。
我が子の初めての料理を見守る親の気分。
ルークは牛乳…には手を伸ばさず、カルーア原液のグラスに軽く口をつけた。
「わ、うまっ…! おいしいコーヒーの味します。すごい。おいしいです」
大興奮でこっちに伝えてくる語彙力が随分減っている。
この場合の『おいしいコーヒー』は良い豆と言うよりルークにとって適切な甘さのコーヒーを指す、と言うのがルーク語検定の試験に出るかもしれない。
「そんだけ喜んでくれると選んだ甲斐があるねぇ。」
なんとなく頭を撫でるとルークの笑みが深まった。
当初本人の申告していた3分の1に中身が戻ったところで、続きをやる気になったようだ。
「次は、牛乳を入れます」
牛乳パックを一度開けてから渡す。料理番組のアシスタントってこんな感じかな。
ルークは表面張力が働くレベルに並々と牛乳を注いだ。こぼさなかったのが奇跡じゃなかろうかと思うと、マドラー代わりのストローを突っ込んで飛沫を飛ばしていた。
随分と茶色の濃いカルアミルクを軽く混ぜた後、ストローで飲んで、目を輝かせる。
「ん…。これ、毎朝飲みたいです。」
甘いカフェオレだと考えれば朝食にぴったりなのはそうだろう。
「わかるわかる。でも休みの日だけの特別にすると最高においしいよ」
「それもいいですね。 はい、モクマさん、どうぞ。」
「間接キスになっちゃうね」
ちょっと意識してはくれないかと冗談めかして言ってみる。
「モクマさんならいいですよ」
これはどっちだ。意識されててもされてなくても言われることはありそうだし。好かれてるとは思うんだけど。
甘さ増しのカルアミルクを吸っても答えが出るわけはなく。
上機嫌のルークが覗き込んでくる。
「どうですか?」
「ルークの愛がいっぱい詰まってて甘いなぁって」
「えへへ、ちゃんとこもってました?」
「うん、俺まで酔っちゃいそうなくらい」
「酔っても大丈夫ですよ、ベッドすぐそこですから。すぐ寝れ」
「それはお誘い?」
『ますから大丈夫』、と続くルークの言葉を遮ってまで言う気のなかった言葉が漏れた。こっちも充分、飲み慣れない種類の酒に酔ってたらしい。
「……」
「なあんてね。 ルーク、ちょっと今日飲みすぎだからもう」
「モクマさんは冗談にしてほしいですか?」
さっきまでのふわふわした声じゃなくて、芯がある声。
グラスを置いて、俯くルークの顔を覗き込む。
酔いは覚めてしまったのだろう。不安に揺れる瞳に酒気は感じられない。
「お前さん、火遊び向いてなさそうだもの。一夜の過ちとか、ずっと後悔すると思うし」
「僕はモクマさんのこと好きですよ。」
「俺も、ルークのこと大好きだよ。……でもさ、ルークが見てるの、本当に俺?」
「……どういう意味ですか?」
「俺がニンジャジャン演じてたからじゃなくて?」
「……そうですね。きっかけは、きっとそうだったと思います。」
「俺は仮面を脱いだら俺はヒーローじゃないただのおじさんだよ。ルークがキラキラした目で見つめてくれるのはいつだってあいつだったじゃない」
思わず嫉妬するくらい、特別な笑顔を向けるのはいつだって衣装を着た時だった。
「……僕が好きなニンジャジャンは、仮面も付けないで登場したと思ったら不可能だって思える状態から子供を助けて、殺陣が格好良くて、子供の無茶ぶりにもしっかり自分の言葉で答えて励まして、わざわざ仕事の合間にスーツを着て会いに来てくれるくらい優しくて、台本まですごい量の書き込みをする努力家なのに、それを笑顔で隠してしまう人で、会場の隅にまでしっかりヒーローを魅せてくれて」
ルークが目を閉じて指折り数えなから言う姿は過分な評価なのにどれもこれも思い当たるものがあって。
目を開いたルークは、少し寂しげに笑った。
「それって、全部モクマさんじゃないですか?」
「ルーク…」
「僕が感じたのは、全部勘違いですか。全部嘘、幻想だって、……モクマさんも、そう言うんですか…?」
ルークの目尻から涙が零れるのを見たらたまらなくて、キスをしていた。
両頬掴んで少し背伸びして。それだけで唇が重なった。
目を閉じもしなかったから、赤くなった目が見開かれて大粒の涙が落ちるのが見えた。
恐らく名前を呼ぼうとして開いた口に舌をねじ込んで、甘ったるいコーヒー味の舌を吸う。
ルークの甘い声まで全部食べ尽くして、息が出来ないと背中を何回か叩かれてようやく離れる。
涙はとっくに止まっていた。
「いきなり、…なんで、こんな…」
その場にしゃがみこんで、まだ荒い息を整えながら問うルークに合わせてこっちもしゃがむ。
「うん。ごめんな。……ただの嫉妬。」
「…え、なんで?」
驚きすぎて素になった、と言う感じだろうか。
「ルークが熱中するニンジャジャンにずっと嫉妬してたから。俺を見ているようで、違うなって。」
それから、これは言わないが、死んでもルークを縛り付けてた親父さんにも、ずっとルークのヒーローを演じて、それで役ごとルークを切り捨てようとしたファントムにも。いや、それが同じ相手なのは分かっているが、だからこそ。
「ルークが見る俺は、ルークにとって正しいんだ。なら、格好付けた俺を磨けばいいかと思って」
故人も、自分から演技を嘘にした奴も。
ルークの未来なんて手に出来ないだろ、ざまあみろ。色々と似ているらしいが俺はお前とは違うからそんな事でルークを泣かせはしないんだ、と。
そんなことを考えて手っ取り早く涙を止める方法をとった訳だが、全部を話す必要はないだろう。
随分端折った説明を聞いて暫く考えていたルークが首を傾げた。
「……あの、僕はニンジャジャンしてないときのモクマさんのことも好きなんですが、その……伝わってます…?」