「なあアーロン、僕、モクマさんに子供扱いされてる気がするんだ」
「テメエがガキだからじゃねえのか?」
「僕、君より年上だぞ。君もガキってことになるけどいいのか?」
「その論調がガキそのものなんだよ」
「立派な成人だよ!」
重苦しい雰囲気で何を言い出すのかと思えば、どうでもいい内容だった。本人は至って真面目な顔をしているか、そういうところが子供扱いの原因だろうと思い至らないものか。
「ちなみに何されてんだ」
「頭撫でられたり、お菓子くれたり、お酒飲んでて『これはルークには早かったか』とか。」
「テメエの言動のせいだ。諦めろ」
「いや、でもさ。 頭撫でられて、『ルークはいいこだねぇ』ってしみじみ言われると流石にちょっと傷付くというか。そりゃモクマさんから見れば若造なんだろうけど」
半分は子供扱いと言うよりは、特別扱いなのではないのかとも思う。
たまにこいつを見る視線がおかしいんだ、あのおっさん。
それでも子供扱いという枠に押し込めておこうとはしてるようだが。
「そうだ! この気恥ずかしさをモクマさんも味わえばわかってもらえるよな」
変に刺激して妙な方向にいきそうな気もするが、ま、あのおっさんとなら修羅場にはならないだろう。
「おう、まあ精々頑張れや」
─────
「モクマさん、モクマさん、こっち座ってください」
「どしたのルーク」
一日も終わりだと言うのにルークは活力に溢れている。
今からが本番だと言わんばかりの気合いだ。
促されるままリビングのソファーの端にいたルークの隣に座る。
「今日はモクマさん感謝デーと言うことで」
「?」
なにが『と言うことで』なのかよく分からない。
まあ、たまにルークはとんでもないこと言うところはあるが。
とりあえず首を傾げるだけに留めて話の続きを待った。
「モクマさんの良いところをいっぱい褒めようと思います」
「??」
手をぐっと握りこんで気合い充分な様子だ。
何がそんなにルークを駆り立てるのかはよくわからないが楽しそうなのはわかる。
「じゃあ始めますね」
「う、うん? ドキドキしちゃうね」
まあ褒めてくれると言うなら構わないか。
とりあえず流れに任せてみよう。
「モクマさん、いつもありがとうございます」
「どういたしまして…?」
「モクマさんがいるおかげでこのチームが円滑に纏まってるんです。僕だけじゃ二人の喧嘩、止めるの大変なんですよね」
二人の喧嘩に居合わせる確率はそりゃルークが高いだろうよ。
大抵はルークが話振るからああなる訳で。
俺ならあの二人が揃ってるときは余裕あるときしか触らないもの。
「まあ、あいつらもルークに甘えてるからねえ」
止めてもらうの待ちというか、止められないルークを見て和むためって理由もあるというか。
「…へ?」
「いんや」
ちょっと沈黙があったけど、他の話をすることにしたらしい。
「それ以外だってですよ。 この前の捜査の時だって…………」
ルークの目に映る俺は大分美化されているようで、間違っている訳ではないけど随分とこそばゆい話が色々な観点から続く。
頬を掻いたり足を組み直してみたりでごまかしているが、なんとも据わりが悪い話だ。だが語り続けるルークは俺が何か反応する度嬉しそうだ。
「ルークは俺のことよく見てくれてるんだねぇ」
流石に話題を逸らしたくてルークの丸い頭にぽんと手を置くと、いつも照れくさそうにそれを受け入れる彼にしては珍しく、その手をそっと下ろされた。
「だめですよ、今日は僕がモクマさんを甘やかす日なので。」
「うん?」
ルークの手が俺の頭に乗せられて、少し控え目に撫でられる。
「えへへ、いつものお返しです」
「あー……、流石にこれはちと気恥ずかしいっちゅうか」
「今日はモクマさん感謝デーなので! いっぱい甘えてくださいね」
なるほど、俺が気恥ずかしくなるようなことをしたいとみた。頼られたいのが変な風に出たのか、誰かに唆されでもしたのか。まあ、理由はいいか。悪意ではない。
「ふむ。甘える、……ねぇ」
「今日はなんでもしちゃいますよ」
そういうこと、下衆の前で口に出さない方がいいんだがな。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
履き物を脱いでソファーに寝ころぶ。頭はルークの太股へ。
「え、……と…?」
「甘やかしてくれるんじゃないの?」
「いや、別にいいんですけど、…僕の膝じゃ固くて寝心地悪くないですか?」
真っ先に気にするところ、そこでいいのかな。付け込んでる俺が考えることでもないけど。
「だいじょぶだいじょぶ。枕は堅め派だし」
「ならいいんですけど」
いいんだ、そっか。
しばらく眉を寄せてたルークはなにかを吹っ切ったのか、またゆるりと頭を撫でてきた。
髪を切る時ですら自分で適当に切ることが多い。触れられることがほとんどない急所。それを好きなようにされてるってのに嫌悪感が湧かないどころか落ち着くんだから困る。忍として磨いた感覚が麻痺しそうで良くないのに、なんか、癖になりそうだ。
……まあ、ルーク相手じゃ今更だ。
珍しい角度からルークを見上げる。
顎の下、剃刀で切れた線がついてら。思わず手を伸ばして触れた。
「くすぐったいですよ」
「毎日ちゃーんと剃ってて偉いね」
「僕、髭似合わないんですよね。もうちょっと貫禄がほしいんですけど」
「そう言われると、髭面もちと見てみたいかもね」
「その時は笑わないでくださいよ」
「あー、善処するね」
「絶対笑われるやつじゃないですか」
くすくす笑う振動がこっちにも伝わってくる。
穏やかで、優しい時間。まさしく甘やかされてるんだろう。
「なんか恋人同士みたいだねぇ」
「へ?」
軽口半分で口に出した途端、大きく身じろいで心地良く撫でられる手が止まった。ひとの頭はそう簡単に落ちるものでもないからいいけど。
その一瞬後にド、ド、ドといきなり大きく聞こえてきたのはルークの心音で、触れたままの顔も熱く感じる。
「あ、甘えるって子供扱いで、僕はこういうの恥ずかしいってわかってもらおうと思って、別にそういうつもりじゃなくて」
早口で告げられるのは対象外だったと言われたようなものだけど、今はそうじゃないと表情が雄弁に告げてる。
今の今まで全く意識していなかったのは分かってる。それならそれでいいと思ってたのにこんな顔されたら、なあ。
ルークの首の後ろに手を回して、ぐい、と顔を引き寄せた。
「なあルーク。 子供扱い、やめていいの?」