大祭カグラが終わり、皆揃って退院して暫く経って、オフィス・ナデシコでちょっとしたパーティーが繰り広げられた。
みんな思い思いに楽しむ中、冷蔵庫のデザートを取りに行こうと思ったら、ナデシコさんが立ち去るところだった。
「ボス、こちらへ」
それまでナデシコさんと話していたから1人になったところだったチェズレイに呼ばれた。
モクマさんは上着を脱ぎ捨ててたし、僕だってネクタイは外して上のボタンも外して、とみんな緩い格好だというのに、チェズレイだけはいつものぴしっとした格好のまま。流石チェズレイ。しっかりしてる。
感心しながら隣に座ると首が横に振られた。
「違います。こちらへ」
白い手袋が長い足の上で動く。
ぽんぽん、と示しているのは間違いなくチェズレイの膝。
真顔で言い切るチェズレイ。全く意味がわからない。
視線を逸らせば、チェズレイの前のテーブルにはシャンパングラスが二つと、大量の空き瓶があった。
ナデシコさんにたくさん飲まされていたらしい。
いつもと変わらないと思っていた表情も、よく見れば目が据わっているような気もする。
「そこに座るの?」
「ええ」
「……流石に重くないか?」
「いいえ、あなたは羽のように軽いですから」
薔薇の花でも背景に背負っていそうな、少女マンガのヒーローのようなイケメンが言う。
一瞬見惚れてしまったが、慌てて首を横に振った。
「いや、成人男性相手になに言ってんだ……」
「ボス?」
じっとこちらを見つめるチェズレイ。
いつもより目が潤んでいて、少し甘えているようで、ちょっとドキッとした。
「ああ、もう、わかったから!」
なんでこうなったんだと思いながらチェズレイの膝に座る。
浅く座ったら腹に手が回って深く座り直させられた。
……足の長さの違いに気付いてしまいそうで、そっと視線を下から前方の遠くに移動する。
窓に反射した僕がちょっと疲れた顔をしてこっちを見ていた。
「……顔が見えません」
「でしょうね!」
「こちらを向いて」
なるほど、チェズレイは絡み酒。覚えた。
「はいはい、これでいい?」
腰周りをがっちりホールドされてるから、半回転までいかないくらい、体を右側に回転させる。バランスを崩しそうで、チェズレイの肩に手を回した。
座っている位置の分だけ、少しだけ見下ろす事になる。至近距離のイケメンは、酔っていても完璧な美貌が変わらない。
いや、いつもより頬や耳が上気して見えるからちょっとセクシーさは増しているかもしれない。
上から見るといつも長い睫毛が更に長くみえる。
「もっと、まっすぐ」
「…いや、ここからどうしろと」
「ボス」
眉を寄せて、少し上目遣いで僕の目を見ている。
いや、そんな目をされてもこれ以上どうしようもなくないか?
そう思っても視線を逸らせなくて5秒。
じっと僕を見つめるチェズレイには撤回する気は全然なくて、こんなに甘えてくるのなんて珍しいなって興味も手伝って、僕はチェズレイに向かい合うように体を跨いで座り直す。靴は適当に脱ぎ捨てた。
「これでいいか?」
両頬に手が回って引き寄せられた。
かおが、とても、ちかい。
「あァ、やはりあなたの瞳は美しいですね」
「君に言われてもあてつけにしかならないんだけど」
「心からの言葉ですよ」
まじまじと見つめられて、流石に視線が泳ぐ。
そうすると「ボス」と声をかけられて、視線をつい戻して。
ものすごく心臓に悪くて、また視線が逸れた。
そんなことを暫く続けていたら力一杯ハグされて、チェズレイの顔が僕の胸元に押し付けられた。たしかに顔は見えなくなったけど、緊張が心音から伝わりそうで気恥ずかしい。
「ボスは良い子ですねェ」
「今日の君は随分甘えん坊だ」
僕からもチェズレイの頭を撫でてみた。
さらさらの髪が気持ちいい。それから良い香りがする。
背中を緩く撫でられるのが、なんだか落ち着く。
「……意外とスキンシップ好きだよな、チェズレイ」
「ボスは特別ですから」
「特別って?」
何を指しているのか、チェズレイの言うことはたまに分からない。
「……叶うならずっとこうしていたいと、願ってしまうのです」
「そうだな」
「いつかは巣立つのが定めだと、分かってはいるのですが」
「……うん?」
「今はこうしてあなたの音を刻みつけさせてください」