「…なにか聞こえませんか?」
「あー、そういやあっちの通りでお祭りやってるんだっけ。寄ってく?」
「ぜひとも!」
情報の代わりに手伝いを求められて、二人で沢山荷物を運ばされた。
疲労で少しばかり足取りが重かったものの、耳を澄まして聞こえてきたのが祭り囃子だと気付いた。
提案した途端に元気になるんだから現金なものだ。
「……この辺りのお祭りってどんなものなんでしょうか?」
「俺もブロッサムのはそこまで詳しくはないけど、食い物の屋台が多いかな。祭りだと特別なメニューも多いよ」
「楽しみです」
「それから金魚すくい、射的にくじびきとか遊べる屋台もあるんじゃないかな」
「射的なら得意ですよ。エリントンのお祭りでもたまにみかけましたし」
「だろうね。…ただ、ルークならばっちり当てられるだろうけど、良い景品は後ろにつっかえ棒とかしてあって取れないようにしてたりするからなあ」
「あー……、この辺りのもそういうギリギリの所が多いんですかね……」
「どこの国もそうだから困っちゃうよね…」
エリントンの辺りの祭りでも似たような何かがあったのだろうか。取り締まる方だったルークが何かを思い出したのか苦笑いしていた。
俺はカップのビールと焼き鳥。ルークはビールにりんご飴。
「…………あ。」
「ん? 次は何食うの?」
「いえ、見てください!あれ、ニンジャジャンのフィギュアですよ」
射撃の屋台の景品に箱入りのフィギュアがある。
「似たようなの持ってなかったっけ?」
「あれ、当てられなかったんですよ。最後のを買うともらえる色違いのは持っているんですが」
前で遊んでいた子供が撃ち終わったようで、参加賞の駄菓子をもらっている。
別の景品を狙っていたようだが、何も落とせなかったようだ。
「ってことで、やってきます!」
会話していたところで最前列に来ていたらしい。
来る前にしていた話を覚えているのかいないのか、ルークにはやらない選択肢は存在しなかったようだ。
「……ま、いっか。結果がどうあれこういうのは楽しむのが一番だよね」
口の中だけで呟いた。
ルークは的屋に銃を差し出されたところで自分の手が塞がっているのに気付いたようで、俺の方を見て眉を寄せた。
「……モクマさん。これ、お願いして良いですか…?」
荷物を置ける台にカップを置いたものの、いくつか噛み跡のついたりんご飴は置くことも出来なかった。
焼き鳥の串と同じ手で持つのはなんとも違和感のある組み合わせだ。
ルークが静かにいつものと違う大きな銃を構えると、表情が消えた。
瞬きすら最小限に、真っ直ぐ景品を見つめている。
祭りの喧噪からそこだけ取り残されたかのように異質に見えた。
飴のかかっている所を避けて一口囓りつきながらルークを見守る。
パン、といつもの銃とは異なる軽い音がするのと、フィギュアの箱が小さく揺れたのはほぼ同時だった。
ほぼど真ん中に当たったようだ。
「あちゃあ。やっぱり動かないか」
これじゃ落とすのは難しいだろう。さっき言ったとおりだと、言おうとしたところで俺の声も聞こえていないだろうと察した。
後は消化試合になるかと思ったものの、ルークの集中は途切れた様子はなく、すぐにまた銃を構えた。
次の弾は箱の上端に当たって先ほどより大きく揺れた。
箱が静止する間もなく三発の音がすると、箱が景品棚から落ちた音が遅れて聞こえた。
弾の行く末と景品が静止するところまでを無表情にじっと見つめていたと思えば、くるりと振り返った時には満面の笑み。
まるで別人のようにも思える程の変化だ。
「モクマさん!やりましたよ!!」
「見てたよ、さっすがルーク!」
誇らしそうに胸の前でフィギュアを抱えている。
箱の上端部分にだけ大きなへこみがついているのは、まさしく同じ場所に当てた証拠なのだろう。
「……ルークさぁ。好きな子とお祭り行ったことある?」
「なんですかその質問…」
「ルークの青春の1ページ、気になっちゃって」
「子供の頃は父とばかりでしたし、それからは……大学時代は同級生達と、それからパトロールを兼ねて同僚と……くらいしかないですよ」
「そうなの?映画見た子とか」
「…………初デートでそれきりだったって言ったじゃないですか」
わかりやすくむくれているが、賄賂代わりに焼き鳥の串を差し出すと素直に食いついた。
「これ……うま…! 肉が柔らかくて、タレが絶妙で、炭の香りがして」
「でしょ。やっぱ炭で焼くとうまいんだよね。あとは祭りの空気」
「ですね。たこ焼きも楽しみです」
射撃するトコでも見せたら皆ルークに恋しちゃうのに。
そんな軽口を叩こうと思ったはずなのに、なぜだか口から出てこなかった。
……たこ焼きの屋台を見て棒2本でどうして球体になるのかと大はしゃぎしている姿を見てさっきのが幻のようだと思ったからかもしれないけれど。
預かったままのリンゴ飴を一口囓ると、想像より酸味が強かった。