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    つーさん

    @minatose_t

    辺境で自分の好きな推しカプをマイペースに自給自足している民。
    カプは固定派だが、ジャンルは雑食。常に色んなジャンルが弱火で煮込まれてるタイプ。
    SS名刺のまとめとか、小咄とか、思いついたものをぽいぽいします。
    エアスケブもやってます。お気軽にどうぞ。

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    つーさん

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    記憶と人格がマジュニア期に戻ってしまったピッコロさんの話。互いへの感情が無駄に重いP飯。
    カプ要素は薄いですが、お互いへの感情がバグってると思う。若干殺伐かもしれない?

    #P飯

    想いの重さ(P飯) 何が起きているのか、男にはよく分からなかった。ただ、目の前にいるのは忌々しい仇敵であり、その仲間であるということだけは確かなことだ。彼らも己を敵として認識している。
     そのはずだというのに、何故か目の前の面々は彼に親しげに声をかけ、落ち着けと、自分達は敵ではないと言ってくるのだ。理解の範疇を超えていた。或いは、新手の策略か何かかと思う。
     男は、……ピッコロ大魔王の分身として生まれた存在は、誰かの仲間になった覚えなどなかった。世界の全ては彼にとって支配するべき何かで、立ち塞がる強者は倒すべき敵であった。特に、父たるピッコロ大魔王を討った孫悟空とその仲間は、仇敵でしかなかった。
     不意に、大きな気が近づいてくるのを感じる。この上また、面倒なヤツが増えるのか。そんなことを思った男は、何故か、その近づいてくる大きな気に懐かしさのようなものを感じた。見知った何かであるように。
     だが、そんなわけがない。このような大きな気の持ち主なら記憶にあるはずだが、該当する存在は見当たらない。警戒する男と裏腹に、周囲の者達は誰が来たのかを理解したのか、その表情が明るくなる。

    「「悟飯!」」

     ふわりと舞い降りた青年を、彼らはそう呼んだ。黒髪に黒い瞳の、軟弱そうな雰囲気の青年だ。ただ、軟弱そうな面差しと裏腹に肉体はそれなりに鍛えてあるようだし、内包する気は先ほど感じた大きなものだった。
     ……だが、到底戦いを生業とする戦士には見えない。
     何だこいつはと、男は訝しげに視線を向ける。その男の視線に気付いたのか、地面に着地すると同時に青年が地を蹴る。一瞬身構えた男は、呼吸さえ混じり合いそうなほどに近づいた青年に息を呑んだ。

    「ピッコロさん、大丈夫ですか!」

     ピッコロと、己の名前を呼ぶその声に含まれるのは純粋な心配で、黒々とした瞳に宿るのは大切な誰かを見つめる優しげな光で。これほど近づいてなお無意識に警戒が解けるような気配の持ち主に、男は、ピッコロ大魔王は、ざわりと背筋を走り抜ける悪寒を感じた。
     コレは己を狂わせる何かだと、本能が彼を動かした。そしてそのまま、男は目の前の無防備な青年の腹に向けて蹴りを入れた。膝が綺麗に決まり、青年は呻きながら後方へと吹き飛ぶ。
     げほ、ごほ、と咳き込みながら、痛む腹を押さえる青年が男を見る。……その瞳に、怒りも憎しみも、悲しみも宿っていないことに、やはり男の胸中はざわめいた。

    「悟飯、大丈夫か……!」
    「大丈夫です」
    「結構綺麗に入ったぞ……。お前、口切ってないか?」
    「この程度、平気です」

     周囲にいた者達が、青年に駆けよって心配の声をかけている。それにも青年は穏やかに笑って、大丈夫ですよと答える。衝撃で切れただろう口元を手で拭う仕草だけが、その穏やかな雰囲気と裏腹に戦場の気配を纏っていた。
     生温い労り合い。男には無縁のものだ。だというのに、何故かその中心にいる青年から目を離せない。皆の中心にいるのは孫悟空のようだが、その皆から慈しまれる位置にいるのはこの青年なのだろう。或いは、それは彼が一人皆より若いからかも知れない。
     そんなどうでも良いことを考えた自分に気付いて、男は小さく舌打ちをした。忌々しい。早くこの場を立ち去れば良いのだが、周囲を強者で固められていてはそれも出来ない。逃げ切れる自信がなかった。ピッコロ大魔王ともあろうものが。
     皆に心配されていた青年が、再びこちらへ向けて歩いてくる。何だこいつは。学習していないのか。そんなことを思いながらも、男は青年を見据えていた。

    「身体の方は大丈夫そうですね。良かったです」

     にこり、と青年が笑う。幼さ残る顔立ちに似合う、あどけない笑みだ。青年と呼ぶに相応しい年齢だろうに、その笑みだけはまるで無邪気な子供のように見える。
     ズキリ、と頭の片隅が痛んだ。何かが警鐘を鳴らすような、己が塗り潰されるような違和感を覚える。その痛みに顔を歪めながら、男は静かな声で問うた。

    「貴様、何者だ」

     男の問いかけに、青年は目を大きく見開いた。そんな顔をすると、更に幼く見える。
     これは己にとって害悪な何かだ。男は確かにそう思った。だからこそ敵意を向ける。ピッコロ大魔王が誰かに揺るがされるなど、あってはならない。そういう気概を込めて、殺意を込めて睨み付けるのだ。
     しばらく考え込み、青年は困ったように笑いながら口を開いた。己を攻撃した男に対して、やはり相変わらず無防備で、柔らかな雰囲気のままだった。

    「孫悟飯。孫悟空の息子です」
    「孫悟空の息子……?」
    「はい」

     反芻した男の言葉を、青年は肯定した。男は視線を孫悟空、己の仇敵へと向ける。状況を理解しているのかいないのか、孫悟空はひらひらと男に向けて手を振った。相変わらずの能天気な面だった。
     その男と、目の前の青年を見比べる。親子、と唇の端に言葉を載せて、男は眉間に皺を寄せる。どう考えても年齢が結びつかない。仮に子供がいるとして、幼児ではなかろうか、と。
     そこまで考えて、また、頭が痛むことに男は気付いた。まただ。目の前の青年について考える度、奇妙に意識を刈り取られるような、塗り潰されるような感覚に襲われる。まるで、ピッコロ大魔王という存在を飲み込むように。
     男の葛藤を知らずにいるのか、青年は真っ直ぐと男を見据えて口を開く。その瞳は親愛の情に満ち、その声音は男を慕う感情で溢れていた。……男が忌々しいと思うほどに。

    「僕たちは貴方の敵じゃないです。……信じられないかもしれませんけど、貴方は、僕たちの仲間です」

     一切の躊躇いのない言葉だった。男を見る青年の瞳に偽りはなく、純粋に男を思う感情がそこにある。……魔の化身と、大魔王と恐れられた男に向けるにはあまりにも異質な、親しい、大切な誰かに向ける眼差しが。
     その衝動は、本能のようなものだった。憤りと、忌ま忌ましさと、……認めるのも癪に障るがある種の恐怖を持って、男は目の前の青年の首に手をかけた。鍛えてはあるが体格差の関係で、その首は容易く掴めた。

    「「ピッコロ!?」」

     驚愕の声を上げたのは青年ではなかった。周囲の者達だ。青年はただ、静かに、己の首を掴んだ男を見上げている。
     みしり、と男が力を込める。それを理解してなお、青年は一切の抵抗をしなかった。それが更に男の苛立ちを呼ぶ。その感情にまかせて、男は青年の首を強く締めながら、その身体を持ち上げた。
     決して小柄ではない身体が、宙吊りになる。支えになるのは首を絞める男の手だけ。ひゅっと青年が喉を鳴らし、苦しげに眉を寄せる。……だがそれでも、その瞳に男への負の感情が宿ることは、なかった。

    「ピッコロ、さん……」
    「呼ぶな」
    「これが、望み、です、か……?」

     静かに、青年は問いかける。望み、と男は己の感情と向き合う。敵を倒すことが望みだった。それが生きる意味だった。
     では、今は?眼前の青年の首を絞めながら、男は考える。この青年をどうしたいのか。この状況でなお自分を慕う感情を隠さない青年を相手に、考える、ことは。

    (……っ、消えろっ!)

     ざわりと、ぞわりと、わけもわからぬ怖気が走る。自分を自分たらしめている何かが消える。塗りつぶされる。目の前の青年の眼差しを見る度に、心がざわめく。
     これは、これは不要なものだ。ピッコロ大魔王たる己を害す何かだと、本能が命じる。だからこそ、無意識に指に力がこもる。考えるより先に、身体が動いた。
     それを理解したのだろう。青年が、ふわりと笑んだ。首を絞められて苦しいだろうに、それでも笑うのだ。そして、ゆっくりと手を伸ばして男の腕に触れる。

    「貴方が、望むなら、良い、です、よ……」
    「――……ッ!」

     全てを受け入れるのだと言いたげな、柔らかな微笑み。思わず男は歯を噛みしめた。こみ上げる感情の理由が分からない。ただ、かき乱された忌々しさで指にさらに力を込める。
     
    「ぁぐっ……」
    「「悟飯!」」

     骨の軋む音がする。手から伝わる震えに、青年が苦しんでいるのが分かる。それでも、苦しげな顔で、青年は、男を慕う瞳で見るのだ。
     ピッコロさん、と細い息の中で何度も名前を呼ばれる。掠れた弱々しい声は、それでも確かに男に届く。その声の甘さが、まるで毒のように脳髄を埋める。
     忌々しさが募る。繰り返される頭痛の原因は目の前の青年だと、男は理解した。理解して、だからこそ排除するためにと、力を込める。
     ……込めようと、しているのだ。だが、何故か後一歩、後少し、決定的になるほどに力を入れることが、出来ない。
     何かが己の邪魔をしていた。本能でも、理性でもない、何か。少なくとも、今の自分ではない何かだ。それが邪魔をしていることを、男は理解した。
     忌々しいと舌打ちを一つ。そこで、騒がしい周囲の声が耳に入る。先ほどからずっと、止めろと叫んでいる声があったのだが、違う言葉が混ざってきたことに気づいた。

    「悟飯だけはダメだ、ピッコロ!」
    「そうだぞ!後でお前が後悔するんだ!」
    「……何を言っている」

     この青年だけはと言われる意味が分からない。後で後悔するなどと言われても、そんなことがあるわけがない。ピッコロ大魔王にとって、邪魔な存在を排除するのは当然のことだ。何も、間違ってはいない。
     そもそも、誰より苛立ちを呼ぶのがこの青年の存在なのだ。意味の分からない頭痛を引き起こす原因と思しき相手を、さっさと排除したいと考えて何が悪いのか。そう思って男は、指に力を込める。
     ……だがそれは、手の中の青年の首をへし折るには、まだ、足りない。その最後の一押しが、何故か、出来ないでいた。
     ずきずきと頭が痛む。足下から這い上がる何かが己を食らい尽くそうとしているようにすら思える。ギリギリと歯を噛みしめ、男は不快感に必死に耐えた。耐えなければ、己が消えるような気がしてならなかった。

    「ピッコロ、さ……」
    「……ッ、呼ぶなと……!」

     苛立ちを込めて叫んだ男は、青年と視線を交えたことを後悔した。この状況になってなお、青年の瞳に宿るのは親愛の情に満ちた温かな光だけなのだ。大魔王と呼ばれた男が知りもしない、温かく優しい、何か。
     ひくり、と男の喉が震える。何か、何かを言わなければならないとさえ思った。怖気が、頭痛が、迫り来る。それを払いのける言葉を発さなければならない。分かっていても、喉が凍り付いたように言葉が出なかった。
     不意に、にこりと青年が笑った。苦しい息の下、切れ切れの言葉でそれでも彼は、当たり前のように言葉を紡いだ。

    「貴方の、お陰で、生きてる、僕、なの、で……」
    「……ッ」
    「「悟飯!!」」
    「貴方の、望みなら、良い、ん、です」

     大丈夫だからと、首を絞められて苦しいだろうに、青年は柔らかく微笑んで告げる。まるで狂信者か何かのようだった。理解できない相手の行動に、男の身体が強ばる。
     こいつは何だと、恐怖のようなものが湧き起こる。魔族を前に、大魔王の分身を前にして、当たり前のように己の首を差し出す。それも、恐怖や諦めではなく、親愛の情に満ちたまま。狂っているとしか思えなかった。
     同時に、頭痛や吐き気が襲ってくる。今の状況に対する不平不満を身体が訴えている。その原因が目の前の青年だと分かっているのに、排除することが出来ない。力を込めようとすれば、更に頭痛が酷くなるのだ。

    「うぐぅ……ッ」

     意味の分からない痛みに、男は呻いた。ギリギリと歯を噛みしめ、必死に己の中の何かと戦っている。己はピッコロ大魔王だ。目の前にいるのは邪魔な人間だ。殺せば良いのだ。そうだというのにそれが出来ない。赦されない。
     理性と感情と本能がごちゃ混ぜになって男を襲う。だが、記憶も心も正しく彼をピッコロ大魔王たらしめている。身体だけが、それを裏切ろうとしているのだ。
     雑音のような周囲の声は、既に聞こえていない。止めろと叫ぶ者達のくだらない言葉などよりも、己の内側から責め苛むような痛みの方が重要だった。これは何だと男は思う。
     不意に、何かが顔に触れた。一瞬閉じていた瞼を持ち上げれば、男に首を絞められたままの青年が手を伸ばし、男の頬に触れている。労るような動きだった。

    「ピッコ……さ……っ」

     大丈夫ですかと、震える唇が動いたのが見えた。酸素の回りが減っているのだろう。それは既に言葉にはなっていない。それほどまでに追い詰められている。だというのに青年は、労るように、案ずるように男に声をかけるのだ。
     心配そうな表情だった。苦しい息の下、それでも浮かべるのは不安げな幼い子供のような表情で。だがその不安は、己ではなく男の不調を案じるが故に生じているものだと理解できた。……何故か、出来てしまった。
     どくん、と心臓が早鐘を打つ。生理的な涙の滲んだ青年の瞳から、目が離せない。この期に及んでなお、男に向けるのは親愛の情に満ちた眼差しだけだ。まるで、それ以外を知らぬというように。
     悟飯と、知らず、唇がその名を呼んだ。呼ばれたことに気付いたのだろう。青年は苦しげに眉を寄せながら、それでも嬉しそうに笑った。ピッコロさん、と男を呼ぶ声は甘く、優しく、どこまでも無邪気なものだった。
     瞬間、まるで枷を外されたかのように何かが流れ込んでくる。記憶が、感情が、ぶわりと男の内側を駆け抜けた。
     それは、……それは、男の生きた証だった。大魔王の分身ではなく、ただ一人のピッコロという存在として生き抜いてきた時間の記憶。その過程で抱いた感情。己を形成する全てが、戻ってくる。

    「……悟飯」
    「……ぅあ……?」

     低く、男はその名を唇に乗せた。それまでと違い、その声はどこか柔らかかった。青年が不思議そうに男を見る。男はゆっくりと青年の身体を下ろし、首を締めていた手から力を抜く。
     周囲がざわめくが、男は何も言わなかった。青年はようやっと解放されて、けほけほと咳き込んでいる。けれど、呼吸を整えて男を見上げ、ふわりと笑った。

    「ピッコロさん」

     先ほどまでと、何も変わらない笑顔だった。変わったのは、男の方だ。青年へと手を伸ばし、その頭をぐしゃりと撫でる。無表情に見えて口元に浮かぶのは淡い微笑だった。
     そのやりとりを見て、周囲が盛大に安堵の息を吐いた。やっとかよぉ、とぼやいたのは誰の声だったのか。やっぱり悟飯かと呟いたのは誰の声だったのか。男にはどうでも良いことだ。
     先ほどまでの己は、確かに己であった。だが、まだ生まれて数年の、何の経験も積んでいない頃の己でもあった。父の分身としてその記憶や知識は引き継いだが、己自身としてのものは何もなかった。誰かと関係を結ぶことすら知らなかった。
     何故己がそんな頃に記憶も感情も戻っていたのかは、分からない。一つだけ分かっているのは、己を引き戻したのが眼前の青年、愛おしい弟子であることだけだ。
     だからこそ男は、すぅと息を吸い込んで、言葉を発した。

    「何で抵抗しないんだ、お前は!!」

     戦場もかくやというほどの威圧と覇気がそこにあった。ビリビリと空気が震える。
     突然叫んだ男に驚いたように周囲は視線を向けてくるが、声をかけてくることはなかった。そして青年は、いきなり自分を睨んで叫んだ男に対して、ぱちくりと瞬きを繰り返している。……危機感はどこにもなかった。

    「抵抗って、だって、ピッコロさんでしたし……」
    「そういう問題か!首を絞められていたんだぞ!?」
    「はい。だから、ピッコロさんなので、それで良いかな、と」
    「どこがだ!」

     とぼけた返答を寄越す青年に、男は罵声を浴びせる。昔から、頭が良い割に時折抜けたことを口走るところはあったが、今も治っていないらしい。だがしかし、己の生死に関わる部分をそんな風にあっけらかんと語られても困るのだ。
     青年の首には、男の手形がくっきりと残っている。痛々しいことこの上ない。圧迫され続けていた弊害のように、声も少しばかりおかしい。だというのに青年は、けろりとしているのだ。理解不能だった。
     それは周囲も同じだったらしく、お前なぁという態度を隠していない。しかし、誰が何を言っても馬耳東風。青年は不思議そうに小首を傾げているだけだ。

    「悟飯、もう一度聞く。何故抵抗しなかった?」
    「洗脳されてるでも、錯乱しているでもなく、ピッコロさんの意思だったので」
    「そこは俺を攻撃してでも自分を守らんか……!」

     怒鳴る男に、青年はえー?と不思議そうな顔をしている。周囲は男に同感らしく、うんうんと頷いている。命を粗末にするなど、業腹である。
     そんな男と周囲を見て、青年は不思議そうに呟いた。誰に聞かせるでもない独り言だったのだろう。しかしその言葉は、皆の耳に届いてしまった。

    「だって僕はピッコロさんのお陰で生きていられるから、ピッコロさんが望むなら良いかなぁって思っただけなんだけどなぁ……」

     あまりにも、あまりにも何かが根本から捻じ曲がっている発言だった。しかし、当人は普通の顔をしている。それこそ、皆が見慣れたとぼけた表情で、だ。
     確かに、青年の命を最初に救ったのは男だ。身を挺して守った。その後も、幼い頃は幾度も青年を守るために戦った。だがそれは、生きていて欲しいと願ったからだ。間違っても、その対価に求められたときに首を差し出せと言った覚えはない。
     だが、青年の中ではそういうことらしかった。自分の命の裁量を、自分ではなく男に預けている。男が願えば、男が命じれば、それが男の本心であるのならば、躊躇いもなく差し出せるのだと。……何とも言えない危うさが、そこにあった。
     
    「悟飯」
    「はい」
    「この大馬鹿が」
    「イッターッ!?」

     行儀良く返事をした弟子の頭に、男は拳骨を落とした。かなり力を込めたので、盛大な音が鳴る。不意打ちの攻撃に、青年は思わず声を上げていた。
     頭を押さえて痛い痛いと呻いている弟子を、男はそれ以上取り合わなかった。何を言っても通じないことは理解した。この愚か者がという憤りは、どう足掻いても隠せなかったが。
     同時に、あの時、自分を必死に止めてくれた仲間達には感謝を抱いた。あのままこの青年の首をへし折っていたならば、その後に元に戻っていたならば、男はどれほどの後悔を抱いたのか分からないだろうから。
     いつだって、生きてくれと願っている。健やかであってくれと祈っている。その優しい心のそのままに、病むことも傷つくこともなく、人としての一生を全うしてくれと思っているのだ。その大切な弟子を己の手で殺したとならば、我が身を抉られる以上の苦しみを味わうのは明白だった。
     考えなしの青年に、周囲の皆が説教をしている。命を粗末にするな、自分を大事にしろ、ピッコロの気持ちも考えろ。言葉は様々だが、皆の言いたいことは要約すればそれだろう。
     皆に怒られて、自分がやらかしたことを多少は理解したのだろう。青年はしょんぼりと肩を落としながら、大人しく説教を受け入れていた。すみませんと謝る声は消沈しており、皆の言葉が幾ばくか届いているのだろうと思えた。
     その会話を背後に、男はそっと己の手を見た。青年の首を絞めていた己の手を。……今もまだ、あの首を掴んだ感触が残る手を、見ていた。

    (……俺が、悟飯を……)

     胸中を駆けたのは、何と形容するのも難しい感情だった。悲しみか、怒りか、苦しみか、嘆きか。それらを合わせてもまだ足りないような、己の不甲斐なさに対する感情がこみ上げる。事もあろうに、彼を傷つける日が来るなど、と。
     先ほどまでの己は、彼を知る前の己だった。だから仕方ない。仕方ないと言い聞かせなければ、感情のやり場を見つけられなかった。それと同時に、彼と出会って自分はこんな風に変わったのだと突きつけられた気もした。
     大切な弟子だった。愛おしいと思えた初めての存在だった。己の命より、世界の未来より、ただあの存在が健やかであることを願うようになった。そんな自分を愚かだと思いながら、嫌な気分はしないのだ。
     だから、我が身の愚かさを刻むように、男は拳を握る。爪が掌に食い込んだが、構わずに。この痛みを忘れることがないように、と。あの愚かで憐れな弟子を、正しく人の輪の中で死なせるためにも、己は金輪際決して迷ってはならないのだと。


     
     青年のあの献身は、注がれた愛の大きさ故だと男が理解する日は、おそらく、来ないのだろう。



    FIN
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