笑顔の奥に隠したもの(しょくカレ) 誰にでも優しくて、誰にでも親切で、どんなときも上品さを失わない紳士なヒーロー。周囲が自分に与える評価を、しょくぱんまんはよく分かっていた。それは別に、無理をして作ったものでもない。彼の本質でもあった。
ただ、それだけではないということを、誰かに伝えることをしていないだけだ。しょくぱんまんが誰にでも優しいのは彼の本質ではあるけれど、その彼にだって特別の感情はある。それを表に出さないのは、ひとえに彼の弱さとも言えた。
自分の中にある、相手を自分だけのものにしたいと思う感情を、彼は心の奥底に封じ込めている。ヒーローらしくないだとか、皆が思い描くしょくぱんまんらしくないだとか、そんな言い訳をしながら。
本当は、ただ、恐れているだけだった。この感情を表に出した瞬間、思い人はその朗らかな笑顔を曇らせるだろうと思うからこそ。自分が手を伸ばすことで自由闊達な彼、カレーパンマンの表情を曇らせるぐらいなら、全てを無かったことにして隠しておく方がよほどマシだった。
それほどまでに、好きだった。気づけば好きになっていた。自分とは違って、感情の赴くままに突っ走る彼を、好ましいと思うようになっていた。
最初の頃は、考えなしに動く彼を危なっかしいと思うだけだった。もう少し考えて動けば良いのにと、お節介で口出しをしてしまった。そんなしょくぱんまんに嫌そうな顔をしながらも、それでもその言葉に利があると判断したら、カレーパンマンは大人しくしたがってくれた。
きっと彼は、根が素直なのだろう。感情の起伏が激しく、口の悪さが目立つ。思ったことをポンポン口にするせいで、彼の優しさは伝わりにくい。素直になるのが苦手で、褒められると居心地が悪そうに照れる。そんな姿すら、親しみやすいヒーローとして皆に愛されている。
そう、カレーパンマンは皆に愛されている。アンパンマンのように、しょくぱんまんのように、たくさんの人々から慕われて、愛されて、大切に思われている。そして彼もまた、そんな周囲の人々の感情に応えて笑っている。
その姿を、しょくぱんまんはずっと見てきた。見続けてきた。彼の視線が自分だけに向けば良いのにと思うことがあった。笑顔も泣き顔も、悔しそうな顔も、何もかも、自分だけが知る彼の姿があれば良いのにと思うようになった。そんな歪んだ感情をいつも通りの笑顔の奥底に隠して、蓋をして、頼れる兄弟分として側にいる。
「私は、卑怯者ですね……」
自嘲めいた笑みを浮かべて、しょくぱんまんは呟く。本当は仲間でも兄弟でもない感情を抱いているくせに、それを見えないように丁寧に隠した状態でカレーパンマンに接している。比較対象としてアンパンマンがいるから、対応を間違えずにすんでいる。そんな風に兄弟を利用している自分にも、嫌気がさした。
けれど、そんな風にしてでも守りたいと思ったのだ。こんな自分を頼れる兄弟分として信頼してくれるカレーパンマンの気持ちに、報いたかった。彼の信頼を裏切りたくなかった。
ただ、他の誰とも違う立ち位置を手放すのは怖くて、お節介を口にして、煙たがられるのを承知で近寄っている節はある。カレーパンマンは小言が続くと嫌そうな顔をするけれど、基本的にしょくぱんまんを邪険にはしない。その大らかさに甘えている自覚はあった
手を伸ばせば届く距離。あと一歩、あと少し、他とは違うのだと伝えることは実はとても簡単だ。誰にでも平等に優しいしょくぱんまんの姿から外れて、ただ一人カレーパンマンを特別に思っている自分を表に出せば良い。
それをしないのはきっと、自分からすら彼を守りたいと思っているからだろう。嫌われるのが怖いのは事実だ。伝えて、今の立ち位置を失うのは恐ろしい。けれど何よりも、そんな風に思われていると知ったカレーパンマンが傷つくのを防ぎたかった。
誰かに知られたら、偽善と言われるだろうか。甘いと言われるだろうか。それでもしょくぱんまんは構わなかった。そうしたいと思ったのだ。恋い焦がれる苦しさに耐えてでも、カレーパンマンを大切に思っているのだから。
それすらも、偽善や綺麗事だと嘯く自分がいる。その言葉をしっかりと受け止めて、それでもしょくぱんまんは今の生き方を改めるつもりはなかった。自分が傷つけるぐらいなら、どれほどの痛みを覚えても決して手を伸ばさない。そういう守り方もあるはずだ、と。
「よーぉ、しょくぱんまん」
「おや、カレーパンマン。どうかしましたか?」
「ジャムおじさんから伝言。今度の日曜、皆でパーティーするから一緒にどうかって」
「それは嬉しいですね。喜んで参加させていただきます」
「分かった。伝えとく」
物思いにふけっていたしょくぱんまんの元へと降り立ったカレーパンマンは、いつも通りの飄々とした口調で声をかけてくる。パン工場に顔を出したときに話を持ちかけられたのだろう。わざわざ連絡に来てくれるなんてありがたい、としょくぱんまんは思う。
彼らは普段、それぞれの領域で生活している。お互いがパン工場に顔を出すことはあっても、揃うことは少ない。何かのイベントの折は全員集合するが、常日頃は顔を合わせない日も少なくはないのだ。
だから、予定外に顔を合わせることが出来てしょくぱんまんは喜んでいる。けれどそれを表には出さず、いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべるだけだ。
カレーパンマンは今日も、しょくぱんまんが見慣れた、愛した、朗らかで楽しげな顔をしている。彼の笑顔が曇らぬのなら、こんな風に仲間として、兄弟として親しみのこもった眼差しを向けてもらえるのなら、それ以上、それ以外を望むことはない。そう、しょくぱんまんは自分に言い聞かせる。
「それじゃ、ジャムおじさんには伝えとくな」
「はい。……あの!」
「ん?」
用事は済んだと言わんばかりに飛び立とうとしたカレーパンマンを引き留めるように、しょくぱんまんは声を上げた。不思議そうに振り返るカレーパンマンに、いつも通りの口調を心がけて言葉をかけた。
「貴方は、来るんですか?」
「そりゃ勿論。上手い飯が食えるのが分かってるのに、行かねえわけがないだろ?」
「あはは。貴方はそうでしたね。それでは、今度の休みに」
「おう、今度の休みにな!」
茶目っ気たっぷりに答えたカレーパンマンは、そのままふわりと空へと舞い上がる。もう少し、あと少し、一緒にいたいと思うしょくぱんまんの未練なんて知りもしないで、颯爽と飛び去っていった。
その背中を見送って、無意識に伸ばしていた手をしょくぱんまんはそっと下ろした。彼に向けて伸ばしていた右手を、宥めるように左手で包む。あれは自分が掴んではいけないものなのだと、言い聞かせるように。
「今度の休みが、楽しみですね」
柔らかな笑顔で呟いた言葉に嘘はない。皆に会えるのも嬉しい。そこにカレーパンマンがいるのなら、なおさらに。
……仲間で、兄弟で、それで良いのだと繰り返し心に刻む。そうしなければ、ひらりと去って行くあの背中をいつの日か、逃さないというように掴んでしまいそうな自分を知っていたから。そんな未来は、来ないでくれと願うからこそ。
優しい優しい笑顔の奥に、決して開けてはならない強い思いを秘めたまま、今日も彼はヒーローの顔で微笑むのだ。
FIN