その優しさは、痛みにも似て(しょくカレ) しょくぱんまんという男を、カレーパンマンはよく知っている。付き合いはそれなりに長く、互いに背中を預けて戦える信頼する仲間、兄弟である。
柔らかな物腰に礼儀正しい姿。優等生めいた真面目な部分はカレーパンマンと正反対で、考え方の違いから口論になることも少なくはない。それでも元来面倒見は良いのか、頼んでもいないのにお節介を焼いてくる。
そのお節介は、別に、嫌ではなかった。そこに含まれるのが優しさだと知っているからだ。思いやりがあるから、危ない目に遭わないよう、苦労しないようにと心配してくれている。それは間違いなく優しい感情で、ありがたいもので、拒絶するようなものではない。
けれど同時に思うのだ。あの優しさは痛い、と。
痛いというと変に思われるかもしれない。だが、しょくぱんまんの優しさは誰に対しても同じ温度で向けられて、それはつまりは、全てが平等だった。誰に対しても優しいということは、誰に対しても無関心というのと同じだ。良い人ではあるが、決して誰かの特別に成り得ないとも言える。
今一人の兄弟分であるアンパンマンも似た部分はある。だがあちらは、アレで過剰の起伏が分かりやすく、万民に平等であっても変な痛みは感じない。それはおそらく、アンパンマンの優しさには温度があるからだ。きっと彼は、いつか特別に想う人が出来たならばそこに愛を注ぐだろうと思わせる何かがある。
しかし、しょくぱんまんにはそれがない。カレーパンマン達には他とは違う温度で接している部分もあるが、それでも根本的に彼の中では皆が平等だ。その平等に注がれる優しさには例外はなく、彼を慕う多くの女性達にも満遍なく注がれている。
誰にでも優しく、誰も特別にしない男。それがしょくぱんまんだとカレーパンマンは思っている。だからだろう。無条件で向けられるあの優しさに、お節介に、時折どうしようもなく叫びたくなるのは。
「……ったく、俺も難儀な相手に惹かれたもんだよなぁ」
誰もいないと分かっているから零す独り言。カレーパンマンがしょくぱんまんの優しさを痛いと思うのは、いつの間にかあの兄弟分を特別な相手として認識してしまっているからだ。有り体に言えば、特別の好きを抱いている。
が、それを伝えるつもりはない。言ったところでどうにかなるわけではないと、分かっている。しょくぱんまんは優しい男だ。カレーパンマンがどういう感情を抱いているかを知れば、労るように接してくるだろう。
……そう、決して拒絶しないとカレーパンマンには予想できた。むしろ、ありがとうございますとお礼でも言ってきそうだ。言った上で、自分の感情は決して口にしない。切り捨てはしないが、受け取りもしない。そういう残酷な優しさの持ち主だと思っている。
しょくぱんまんがあまりにも面倒見が良いから、お節介だから、ついうっかり錯覚してしまうのだ。自分は彼の中で特別な存在であるのかもしれない、などと。そんなわけがないと冷静な自分が言い聞かせるから、気持ちを伝えることも見せることもしないで過ごせているが。
誰にでも優しくて、多くの人々に好意を向けられて、けれど自分が向けられている好意にどこまでも鈍い男。純粋な好意には聡いくせに、色恋の感情を含んだ好意にはちっとも気づきはしないのだ。それはまるで彼自身がそういった感情を持つことはないのだと示しているようで、カレーパンマンの胸はチクリと痛む。
沢山の女性達が、沢山の思いをしょくぱんまんに向けている。その全てに嬉しいですと微笑みながら、決して正しく理解はしていない男。どこまでも残酷な優しさだ。いっそ気付いて斬り捨ててくれたならば、彼女達だって彼を忘れて別の誰かを愛することが出来るだろうに。
「おや、カレーパンマン。こんなところでどうしたんですか?」
「空が綺麗だから昼寝」
「確かに、今日の空は綺麗ですね」
草原に寝っ転がっていたカレーパンマンを見つけたしょくぱんまんは、当たり前みたいに傍らに降りてきた。寝転がるカレーパンマンを見下ろすしょくぱんまんの顔は、いつも通りの優しい笑顔だ。多くの人に愛されて、多くの人を愛している優しいヒーローの顔。
それを、カレーパンマンはじっと見上げる。誰の特別にもならない優しい男。その優しさを向けられて、痛いと思う自分が歪んでいるのだと分かっていた。だから、カレーパンマンが口にするのはいつも通りの、軽口だった。
「仕事は良いのかよ」
「今日の分は終わりましたよ。貴方こそ、仕込みは良いんですか?」
「今は寝かせてる最中だよ」
「そうですか」
他愛ない会話。いつも通りのやりとり。そして、しょくぱんまんはいつものようにカレーパンマンの傍らに腰を下ろした。寝転がるカレーパンマンの隣に座って、同じように空を見上げる。優しい、優しい横顔だった。
(……お前はやっぱり、全部に優しいんだな……)
皆と同じ優しさなんて、向けられても辛いだけだった。それでもこの距離を手放すことは出来ない。何の警戒もなく、当たり前のように傍らにいてくれることが、嬉しいのは事実だった。
そんな風に考えていると、不意にしょくぱんまんの手が伸びてくる。胡乱げに見上げるカレーパンマンの目の前で、首元に付いた葉っぱをしょくぱんまんの指が取った。
「葉っぱ、付いてましたよ」
「そりゃどうも」
女の子達なら今ので一発だろうなぁと思いながら、カレーパンマンは肩をすくめた。至近距離での会話も、当たり前みたいに伸ばされる手も、慣れている。仲間だから、兄弟だから、この程度のことは普通だ。アンパンマンも含めて、彼らは気安い関係である。
それ以上を望まなければ、今の立ち位置は心地好い。少なくとも、仲間で兄弟という立ち位置は、その他大勢よりはしょくぱんまんの中で比重が大きいだろう。それに満足しておくべきなのだ。
(どうせ通じないなら、言わない方がマシだしなぁ)
そんなことを考えて、カレーパンマンは傍らのしょくぱんまんを見上げる。どうかしましたか?と不思議そうに見てくる相手に、何でもないと笑う。いつも通りに笑えている自分に、結構器用じゃねぇかと自画自賛をしながら。
平等に与えられる優しさは特別を願う心には刃と同じで、けれど今を変える勇気も持てないからこそ、彼らの関係は何一つ動かない。
FIN