ディアイザ続き物プロローグ。 世界平和を目的とした武力組織を作る。他の誰かがそんなことを発案したならば、私兵を手にしたいだけだろうと一笑に付されただろう。だが、その声を上げたのは、オーブ首長国連邦の現代表であるカガリ・ユラ・アスハだった。二度も国土を焼かれる経験をし、父を失い、自らも戦場にてモビルスーツを操った女傑の言葉であったからこそ、その発案は受け入れられることとなった。
オーブを発案者とし、他陣営も協力して一つの組織を作り上げる。各々の思惑は絡めども、あくまでも独立した武力組織としての設立を目指すというのがカガリの主張であった。
その、世界平和監視機構コンパスという組織には、オーブ軍とザフトから戦闘員が派遣されることとなった。ナチュラルとコーディネーターの混成部隊となるが、そもそもオーブはナチュラルが主体とはいえコーディネーターと共存する国である。そこの軍人達も、味方となったコーディネーターへの悪感情は抱かないだろう。
むしろ、問題が心配されるのはザフト側だった。いまだ、ナチュラル憎しの風潮は消えていない。オーブそのものはコーディネーターに敵意は持たないが、二度の戦いの際にザフトと刃を交えていたという事実は残る。
それらを踏まえて、オーブ側との調整の席に立つ人物にも配慮が成された。プラントの参謀本部にて情報将校の任を賜っているイザーク・ジュールが、副官のディアッカ・エルスマン共々その役目を仰せつかったのだ。彼らには、かつて三隻同盟と共に行動したという過去がある。
もっとも、イザーク自身は三隻同盟の所属ではなく、成り行きで共闘しただけとも言える。しかし、今もオーブに身を置くアスラン・ザラとは旧知であるし、幾度か言葉を交わしてオーブの主力とも言えるアークエンジェルクルー達とも面識がある。ディアッカに至っては、彼の大天使に乗船していた過去があるので、何の問題もない。
勿論、仕事は仕事としてきちんと役目を果たすつもりだ。主なやりとりはカガリとプラント議長であるワルター・ド・ラメントの間で行われる。現場や戦闘員レベルの調整を担うのがイザーク達の仕事である。正しくは、オーブ側との緩衝材になるというところだろうか。
とにかく、幾度目かになるオーブ代表一行との会談も恙なく終わり、コンパス設立に向けて少しずつ話は動き始めていた。
これで今日の仕事も終わりかと、帰還するためにディアッカの姿を探していたイザークの耳に、驚いたような声が飛び込んできた。
「ミリアリア!? え、何でいるんだよ!」
「何でいるんだよとはご挨拶ね。仕事で来てるに決まってるでしょ」
「サイじゃなく?」
「今日は広報絡みの案件もあるから、私が来たのよ」
「なるほどなぁ……」
声がした方向へと視線を向ければ、ディアッカがナチュラルの女性と楽しげに会話をしていた。愛らしい雰囲気を残しながらも、利発そうな眼差しと芯の強さを窺わせる表情をした女性だった。ミリアリアとディアッカがその名を呼んだことで、イザークは彼女が誰かを理解した。
彼女の名前は、ミリアリア・ハウ。かつてのアークエンジェルクルーであり、捕虜となっていたディアッカが彼の戦艦の為に戦うことを決意した理由の一つとなった人物だ。彼女との出会いがディアッカの世界を広げ、ただ漫然と命令に従ってナチュラルを殺すという道を選べなくなったのだ。
イザーク自身は彼女と面識はほぼない。ただ、ディアッカの生き方に影響を与えた存在だということを知るだけだ。時折、あの頃の話をするディアッカが口にする情報しか知らない。
だが、知らなくとも分かることはある。彼女は、ディアッカにとって大切な存在なのだろうということだ。楽しげに会話をする姿を見れば、打ち解けた表情のディアッカを見れば、嫌でもそれが理解できた。
ディアッカ・エルスマンという男は、頭の回転が速く処世術に長けている。空気を読むというか、他人との距離の取り方が実に巧みだ。感情で動くところがあり、好悪を隠すことが苦手なイザークと裏腹に、あの男は腹芸もやってのける。側にいて、イザークはそれをよく知っていた。
故に、思うのだ。今ミリアリアに見せている自然体の姿こそが、ディアッカ本来の姿である、と。
オーブ側の職員に対する配慮ではない。旧知の友人に対する気安さでもない。心の底から信頼した、信用した、大切な誰かに向ける姿だと分かる。分かってしまった。
(……何だ?)
そこまで考えて、不意に胸の奥にもやもやとした奇妙な感情が芽生えたのをイザークは理解する。不快と言うには何かが違った。ただ、違和感にも似た奇妙な感覚は消えてくれず、思わず眉間に皺が寄る。
ディアッカが誰と友好を深めていようと、イザークには関係のないことだった。ディアッカはイザークの親友で、相棒で、右腕で、他の誰かとの関係がどう変わろうと、彼らの関係は、絆は、変わらずそこにあるのだ。
だというのに何故か、言葉に出来ない焦燥めいたものがイザークの胸中を満たす。ずっと側にいた、誰より近い場所に居たはずの相手が遠ざかってしまったような、何ともいえない寂寥があった。
その感情が何に起因するのか理解できぬまま、イザークは踵を返した。旧知のミリアリアとの会話を楽しむディアッカに、少しでも時間をと思ったのが一つ。……今一つは、仲良く話す二人の姿を見ると落ち着かないので、少し頭を冷やそうと思ったのが理由であった。
規則正しい足取りでその場を立ち去るイザーク。その表情はいつも通りのもので、彼が胸中で渦巻くどうにも落ち着かない何かを持て余していることなど、すれ違う人々は誰一人として気づかなかった。
……ただ一人、去っていくイザークの姿に気づいたディアッカだけが、ほんの少し不審そうに目を細めるのを除いて。
出会った頃から続く、何一つ変わらなかった彼らの形。それがゆっくりと変化していくのだと、このときのイザークはまだ何一つ理解していなかった。
FIN