Happy Birthday! 「寒い…」
一体僕は何でこんな肌を刺すような寒さの中、スケートリンクにいるんだろう…。
煌びやかなイルミネーションが横浜の赤レンガ倉庫をムードたっぷりに彩っている。
周りを見渡すと家族連れやカップルが楽しそうにはしゃいでにぎやかだ。
「薪~!スケート靴履けたか?」
鈴木がスーッと滑ってにこやかに話しかけてくる。
大学の授業が終わった夕方、いきなり鈴木に車で拉致られ、なぜか僕は今、横浜でスケートリンクにいる。
横浜の観光名所の赤レンガ倉庫では、冬になると期間限定でスケートリンクが出現するらしい。
「スケートの実地は?」
「…まだない…」
了解!とさわやかな笑顔で座ってスケート靴を履いている僕に手を差し伸べてくる。
くしゅんっと小さくくしゃみをすると、
鈴木はすっと自分の長いマフラーを外して、僕にぐるぐる巻きつけてきた。
「薪はさ、寒がりのくせに薄着なんだよな~。」
鈴木のマフラーと繋いだあたたかな手に、心臓がぎゅっと苦しいような不思議な感覚になる。
鈴木を手を頼りに一歩踏み出すと、思いのほか滑って慌てて両手で鈴木の手につかまる。
「ごめん…」ぱっと手を離すと、慣れるまで最初はしっかりつかまってろよと笑いかけられた。
その笑顔がまぶしくてそっと目を伏せる。
とくん…とくん…と胸が鳴る。切なくて胸がぎゅっとなって…この感情の名前を僕は知らない…。
少し滑ると段々コツがつかめてきて、一人でなんとか滑れるようになってきた。
「おー!剛くん、やっぱり飲み込み早いな」
「あたりまえだ」
疑念と復讐だけのモノクロだった僕の世界が鈴木を中心に温かく彩られていく。
それは、新鮮な感覚で…でも、初めての感情ばかりで心がついていけない。
「薪?!」
後ろからぶつかられて前のめりに転びそうになったところを、慌てて鈴木が支えようとする。
鈴木は後ろにしりもちをつく形で一緒に転んでしまった。
「いてて…薪?大丈夫か?」
大きな胸板に包まれて、心臓がうるさい。カッと顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「おーい?剛くん?」
「うるさい…」
我ながら本当に素直ではない。
鈴木の香りに包まれて落ち着かない。お日様のようなあったかい香り。
そっと鈴木を見上げると、優し気に僕を見つめる瞳があった。
ふわっと手袋をはめた両手で頬をはさまれる。
「薪…誕生日おめでと」
その言葉に目を丸くした僕に大きく破顔し、鈴木が笑いかける。
降り始めた粉雪が舞い落ちて、ライトアップに照らされてキラキラと光っている。
「それと…」
・・・
ふ…と目を開けると視界がぼやけていた。どうやら寝ながら泣いていたようだ。
もう明け方が近いようでうっすらと部屋が明るくなってきている。
昨日は雪が積もったから、雪の反射もあって世界が明るい。
そっと頬に大きな手が添えられて、親指でゆっくりと涙をなぞるられる。
心配そうにのぞき込んでくる黒い瞳と目が合った。
そうだ…今日は僕の誕生日で昨日青木が九州から来ていたんだ。
夜に小さなイチゴのホールケーキとシャンパンを開けて、そのあと2か月ぶりに肌を重ねた。
いつも以上に、時間をかけて丁寧に優しく体を開かれ、熱を分け合った。
大きな身体に包まれ、触れ合う素肌のぬくもりが心地よい。
「ー--夢を見ていたみたいだ」
「そうかと思いました。でも、うなされている様では無かったので…」
きっと青木は誰の夢を見ていたか気が付いている。
あやすようにゆっくりと背中を大きな手がなぞる。
性懲りもなく鈴木の夢を見る僕を青木はどう思っているのだろう。
「ごめん…」
「きっと薪さんにお誕生日おめでとうってお祝いに来てくれたんですね」
にっこりと笑う面影に、在りし日の懐かしい笑顔が重なる。
「俺ももう一度言わせてください。薪さん、生まれてきてくれてありがとうございます。
ずっと一緒にいさせてくださいね。」
大きな手が僕の手をそっとすくいあげる。そこには、昨日贈られた銀色に光る指輪。
愛し気に僕の手をとり、唇を押し当てる。
上目遣いでこちらを見る穏やかな優しい瞳。
心臓がぎゅっと震え、切ない吐息が漏れる。
もう僕は知っている。この感情が愛おしい者を思う気持ちだと。
鈴木が教えてくれた感情…青木が育んでくれたこの気持ち。
返事の代わりに、少しかさつく唇にそっと唇を寄せた。