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    Manatee_1123

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    Manatee_1123

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    霊司郎の雇い主である影光が裁判だと聞いて、影光が牢屋にぶち込まれるんじゃないかと不安になるの巻

    霊司郎のメランコリー「明日、影光様は裁判だから、八時には出る。朝食は七時に頼む」
     伊村さんが、柾さんにそんなことを言っている所を見てしまった。
     影光様が裁判? 裁判って、有罪とか無罪とかになる、あれ? サイパンと聞き間違えたかな? でも『影光様がサイパンだから』って文章は変だよね……?
     伊村さんは、影光様が朝ご飯を食べる一時間前には朝ご飯を食べている。影光様はスケジュールにもよるけど、大体いつも七時半にご飯を食べているから、いつもより早く食べるということだ。でもその理由は、ホテルのお客さんが来るわけではなく、裁判があるから?
     影光様、何か悪いことされたのかな……影光様、捕まっちゃうのかな……もし有罪になったら、ぼくたちはどうなるんだろう……。
     不安になってきて、その日の夜はあまり眠れなかった。次の日、影光様が出掛けてしまったら仕事どころじゃなくなって、剪定するはずが元気な花まで切っちゃった。もう今日はダメだと諦めて、切っちゃった花を花瓶に活け直して、とりあえず部屋に飾ってみた。
     影光様や伊村さんに直接聞くのは怖い。事情を知っていそうな柾さんに聞いてみたら、何か教えてくれるかもしれない。ぼくたちがこれからどうなるのかも、知っているかもしれない。
     部屋からそっと出て、厨房をゆっくり覗いてみたら、誰もいない。どこ行ったのだろうと周囲を探してみると、ダイニングルームでテーブルを見ながらボーッと立っていた。
     声を掛けようか、掛けるなら何と話を始めるべきか、こんにちは、とかでいいのか、でも挨拶は朝にしたし……とぐるぐる考えていたら、柾さんの方から気づいてくれた。
    「霊司郎、どうした?」
    「…………」
     いざ声を出そうとすると、やっぱり怖かった。ぼくは今がすごく楽しいけど、この毎日は影光様のおかげで成り立っている。それが壊れてしまうかもしれないと、ハッキリ言われるのは、すごく怖い。
    「何か困ったことでもあったか?」
    「…………」
    「それとも、腹でも減ったのか?」
    「…………」
     口だけなんとか先に動いて、小さくパクパク動かしていたら、柾さんは近くまで来てしゃがんでくれた。
    「…………さ……裁判……って…………聞いて……」
    「裁判? あぁ、影光様の? そうみたいだな」
    「かっ……影光様…………だい、じょうぶ……なんですか……?」
    「? 大丈夫だよ。何か言われたのか?」
    「…………」
     ダメだ、上手く伝えられない。どう言えば伝えられるんだろう。
     首を振ることしかできなくて、影光様のことを聞くのは諦めようと思った。上手く伝えられたとして、どうなるのかを聞くのは怖いし、柾さんの仕事の邪魔をしてしまう。みんなを困らせてしまう。
     ――もしかして、またぼくのせいで、今度は影光様が悪霊に何かされたのかな。その責任を取って裁判所に呼ばれたりしたのかな。どうしよう。ぼくなら捕まってもいいのに。何にも教えてくれないなんて寂しくて悲しい。
     言葉が上手く出てこなくて、でも「やっぱり何でもないです」とも言い出しづらくて、首を傾げる柾さんと無言のぼくの気まずい時間が流れていたら、ダイニングルームの入口の方から人の気配がした。二人で一緒に振り向いてみたら、ドアの枠に寄りかかって腕を組んだ樹理さんがぼくを見ていた。
    「霊司郎、影光様の職業って知ってるか?」
    「…………」
     ホテルの支配人さん……じゃ、ないの?
     間違ってるとは思わないけれど、そういう聞き方をするということは間違ってるということじゃないか。
     影光様がどんな仕事をされているのか、正直全部は知らない。何か難しい仕事をしたり、よく出掛けたりしているけれど、具体的に何をしているのかはよくわからない。――そう考えると、よくそんな人を信じているな、ぼく。
     肩を竦めた樹理さんが、カッコよく首を斜めにして答えを教えてくれた。
    「影光様はな、弁護士やってんだ」
    「え……」
    「なんだ、知らなかったのか?」
    「俺ら当たり前に知ってたからな。霊司郎に説明してなかったわ」
    「そういうのって普通本人から言わないか……?」
    「霊司郎に関わらないアレコレまで全部説明してたら、頭パンクしちゃうだろ。一個ずつ知っていけばいんじゃね?」
     弁護士……って、確か、「異議あり!」って言う人だよね……? じゃあ影光様の『裁判』って、仕事、ってこと……?
     影光様、忙しそうな人だとは思っていたけど、弁護士さんだったんだ。すごいな。ドラマで見たことある。先生、って呼ばれる仕事なんだよね。すごいな。カッコいいな。
    「そういうわけだから、影光様がどうこうなるわけじゃない。安心しな」
    「なんだ、影光様が訴えられたと思ったのか?」
    「…………」
    「影光様は何もしてない。警察に捕まったわけでもないから、大丈夫だよ」
    「ウチの誰よりも法律に詳しいからな、悪い事とそうじゃない事の境界線もよーくわかってる。俺らよりよっぽど善人だよ、たぶん」
     ――そっか……良かった。
     こくんと頷いてみたら、樹理さんに頭をワシャワシャ撫でられて髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。
    「もーすぐ返ってくるからな!」
    「噂をすれば、車来たぞ」
    「ナイスタイミング〜! 俺ら出迎えに行くけど、霊司郎も来るか?」
     もう一回こくんと頷いてみたら、すっごい笑顔の樹理さんにペちんと背中を叩かれた。
     樹理さんと柾さんと一緒に玄関まで行くと、ちょうど伊村さんがドアを開いて、影光様が帰ってきた。朝出掛けた時と変わらない、高そうでビシッとしたスーツを着た、カッコいい影光様。
    「おかえりなさいませ」
    「おっ……かえりなさい、ませ……っ」
     柾さんたちが一斉にお辞儀をするから、少し遅れてぼくも同じように頭を下げた。床を見ていたら影光様の足が目に入って、顔を上げると優しそうな笑顔の影光様が立っていた。
    「霊司郎も来てくれたの? ありがとね」
     影光様の顔を見たら、勘違いしていたのが急に申し訳なく思えてきて、ごめんなさい、って言いそうになったけど、何がごめんなさいなのか説明しなきゃわからないよな、と考えて、頭の中でまた言葉を探す旅に出ていた。
    「影光様、申し訳ありません。ダイニングルームの装飾、まだ思いついておりません」
    「いいよ。別に焦ってないし、ただの僕の気分だから。僕も考えておくね」
    「ありがとうございます」
     ――装飾? ダイニングルームに装飾するために、柾さんはボーッとしてたのかな?
    「……あっ…………」
    「ん? どうしたの、霊司郎?」
    「…………は、花……剪定する花……間違えて切っちゃって…………ごめんなさい……」
    「そうなの? 大丈夫だよ、失敗くらい僕でもするから」
    「そっ、それで……切っちゃった花、花瓶に活けてみたんです…………か、飾り……ましょう…………か……?」
     恐る恐る見上げていたら、影光様の目が輝いた気がした。
    「素敵じゃない! そうしよ! 柾、手伝ってあげて。生花が飾ってあるの嬉しいよ〜! ありがとう、霊司郎。柾に聞いて飾ってくれるかな?」
    「――はい……っ!」
     影光様は、カッコよくて、優しくて、素敵な人だ。
     みんなでぞろぞろ大移動していたら、樹理さんが影光様にこっそり耳打ちしている話し声がぼくのところまで聞こえてきてしまった。
    「霊司郎、影光様の仕事のこと知らなくて、訴えられたんじゃないかって怯えてたんスよ〜」
     本人に言わなくてもいいのに。やっぱり樹理さんちょっと苦手だ。
    「あはは! 大丈夫だよ、霊司郎」
     影光様は、カッコよくて、優しくて――。
    「もし僕が被告人や被告になったとしても、使えるものは全部使って絶対に無罪を勝ち取るから」
     ――時々、怖い人。
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