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    Manatee_1123

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    鈴鳴家専属シェフの花束選び

    寄生虫 知り合いのシェフが新しく店を出すことになったそうだ。それほど親しくはないが、フランスで出会った日本人同士ということで年に数回メッセージでやり取りする仲。良い人だが大切でもない知人である。
     せっかくなので花を贈りたいと思ったが、困ったことに自分はロクに花を選んだことがない。フランスにいた頃も貰うことはあったが渡す機会はなく、必要であれば花屋の店員に選んでもらっていた。日本なら胡蝶蘭が良いのかと思い浮かび調べてみたが、『知人』の域を大幅に超える値段のものしかなくそっとブラウザを閉じた。
     困ったものだ。たかだか花を贈るというだけでこんなにも悩むとは。料理のことで悩むのなら本望だが、知人に贈る花のことで悩むのは時間の無駄だと思ってしまう。薄情者みたいではないか。
     祝う気持ちはある。ただ吟味する相手でもない。いっそバラか何かを象ったケーキでも作って贈ろうかとも思ったが、フレンチレストランのシェフ相手に直接渡すでもなくケーキを贈るのはいかがなものかと思いとどまった。
    「プレゼント……」
    「そうなんだ。どんな花が良いものなんだろうか」
     花といえばウチにはスペシャリストがいる。料理のことはシェフに、法律のことは弁護士に、花のことは庭師に聞くのが良いだろう。しかし彼には少々質問の難易度が高かったらしく、俯いたまま固まってしまった。
    「……すまない、そんな難しい質問だったか?」
    「え…………あ……は、花束……作ったこと、なくて…………贈るための……は…………飾る花束、しか……ごめんなさい……調べます……っ」
    「ありがとう、霊司郎。俺も飾る花束しか作ったことないんだ。贈る花の種類で気をつけることとかは知ってるか……?」
    「あ……菊とか、ツバキとか……不謹慎な花だけ避ければ大丈夫だと……思います」
    「そうなのか。勉強になる。ありがとな」
    「はい……っ!」
     考えてみれば、それほど大きな花束である必要もない。小ぶりで卓上に置ける花束にメッセージカードでも添えれば十分だろう。
     それならば、この屋敷で最も花束と縁のありそうな方にどのような花が適切なのか、良い花屋はあるかを聞いてみたら良い。
    「お祝い花ね……霊司郎の言う通り、不謹慎でなければ何でもいいと思うんだよね。君の好きな花でいいんじゃない?」
    「……参考として、影光様のお好きな花を伺ってもよろしいですか?」
    「僕の好きな花かぁ……花屋にない花が好きかな。スノードロップとか。侑臣はどう? 好きな花ある?」
    「特にこだわりはありません。頂いた花であれば何でも嬉しいです」
    「そうだね〜、貰えたお花なら何でも嬉しいと思うよ! 君の好きな花を選んでみなよ」
    「好きな花……」
     誰かに花を贈りたい――とは、残念ながら記憶のある限り考えたことがない。もし贈るとするならば自分は、自分ではなく相手が好きな花をプレゼントするだろう。
     何の花が好きなのかも知らない人へ、どんな花を贈ればいいのかわからない。自分が好きな花すらよく知らない。俺は俺に興味がなさすぎる。
     興味――というと抽象的すぎるな。『信用』がないという方が適当だ。
     自分のことが憎いだとか嫌いだとか、マイナスの感情ばかりではない。かといって自分を何よりも大切にしようだとか、他人よりも自分の身を優先しようとも思えない。
     俺は俺に無関心なんだ。誰かが認めてくれて初めて俺は俺でいられる。
     シェフになったのは、影光様がシェフとしての俺を求めてくださったからだ。この屋敷で働きたいと思ったのは、伊村さんや允さんが俺を頼ってくれるからだ。俺はいつだって他人優位に動く。自己愛の形すらよくわからない。
     フランスにいた頃、この持論を他人に話すと怪訝な顔をされるのでなるべく隠していた。今回店を出す知人に対してもそうだった。彼が知人以上にならなかった最もたる理由がそこにある。
     自分や家族を優先する国よりも、他人からの感謝や信頼を優先する国の方が居心地がよかった。怪訝な顔をされるほど悪い考えでもないだろう。
     ならば多少失礼であろうとも――どうせわかりはしないんだ――俺のやり方で花を選んでしまえばいいか。
     再び庭師を訪ねてみれば、眉間にシワを寄せながらパソコンと睨み合い、一生懸命画面を凝視していた。
    「……霊司郎」
    「ッ!!」
     大きく肩を震わせた少年は、身が縮こまり一周り小さくなった姿でこちらを見上げた。
    「すまない、驚かせてしまった」
     首がもげそうなほどブンブンと首を振られ、彼の素直さが胸に響いた。
    「霊司郎の好きな花を集めて、フラワーアレンジメントにして影光様の部屋に飾りたいんだ。それと同じものを知人にも贈ろうと思う。霊司郎の好きな花を教えてくれないか?」
    「…………ぼくの……好きな花……」
    「何種類か教えてくれるとありがたい。アレンジメントだからな」
    「え……と…………えと、じゃあ……ガーベラ……ピンクのガーベラ、と……カスミソウ……あと、黄色のバラ……を…………まとめたら、縁起も色も良い、花束に……なります……!」
    「ガーベラとカスミソウとバラか……俺でも知ってる花だ。ありがとう。それにするよ」
    「あっ……あの…………お花屋さんに……頼むんですか……?」
    「そのつもりだが……何かあるのか?」
    「…………っ……お、おん、しつ……温室で……全部、あって……育ててる、ので……ぼく……つくれ、ます…………でも、お花屋さんの方が上手にまとめてくれる……かも……」
    「作れるのか? 霊司郎がやってくれるならその方が良いに決まってる。俺も手伝うよ。ありがとう霊司郎、良い祝花になりそうだ」
    「は……はい……っ! がんばります……!」
     目に見える人、俺と関わってくれる人、俺を必要としてくれる人、俺に懐いてくれる人……そういう人の為ならば、どこまでもやる気が出せる。
     俺は一人では生きられない。『前の』俺ならば、一人でも平気だったのかもしれないが。『今の』俺は違う。
     花束一つ決められない俺は、ここにいる人たちに寄生し生きる、さしずめ無能な寄生虫パラジット
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