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    Manatee_1123

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    Manatee_1123

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    コーヒーに飲めない系の影光様と、コーヒー飲める系の従者侑臣

    憧れのコーヒー「僕紅茶――あ、いや、ハーブティーあるね。ハーブティーにする。侑臣好きなの頼みなよ」
    「ありがとうございます。……すみません! ……ハーブティーと、ホットコーヒーを。ブラックで。はい、お願いします」
     一時間という、帰るには短く待つには長い空き時間が出来てしまったので、近くにあったカフェに来た。テラスがあるけど、あいにく今日は曇りなので外で飲むには肌寒い。
     窓際のソファに僕が座り、向かいの木製のチェアーに侑臣が座る。ラミネートされていない薄っぺらい紙のメニューがナチュラルテイストで素敵な店だ。店内も床やテーブル、柱や天井までほとんどが木製。ほんのり木の香りが満ちたカフェに香ばしいコーヒーの匂いが混じって、昼下がり、という雰囲気が心地良い。
    「コーヒー、苦くないの?」
    「苦いです」
    「お前コーヒーよく飲むよね。苦いのにそんなにおいしい?」
    「苦味がくせになります」
    「砂糖とミルク入れるならわかるけど、ブラック苦手だな」
    「自然界での苦味は毒だと聞きます。貴方の味覚の方が正しいです。それに、コーヒーに付いてくる小さな白い液体はミルクではありません……油です。苦手です」
    「油なの? ミルクだと思ってた」
    「フレッシュは植物性の油です」
    「なんで油をわざわざ入れるの?」
    「ミルクより少量でマイルドになります。ミルクを入れたらコーヒーではなくカフェオレになってしまいますので」
    「……ほんとだ。ミルク入れたらカフェオレだ」
    「カフェオレはコーヒーとは別物です。コーヒーはブラックが一番おいしいです」
    「苦いのに」
    「それがいいんです」
     いつからだったか、侑臣がコーヒーを飲むようになったのは。昔は甘いカフェオレを飲んでは「眠れなくなるぞ」とウチのお父様に窘められている姿を見ていたのに。眠れなくなるどころか、逆手に取って朝によくコーヒーを飲むようになっている。
     僕は飲み物にこだわりがある。選り好みというのか、受け付ける味と受け付けない味がある。
     苦いもの、酸っぱいもの、辛いものは苦手。甘いものが好き。りんご味が一番好き。飲み物なら軟水。紅茶はダージリンよりアールグレイ。ハーブティーも好き。お茶も好き。でも酒類は甘いカクテル以外苦手。
     侑臣は何でも飲む。僕が好きなものは勿論、コーヒーでも酒でも何でも。極端に辛かったり極端に酸っぱくなければ、カレーでも酢の物でも何でも食べる。煙草は吸ってる姿を見ないけど、体質的には吸えそうだな――吸ってほしくないから止めるけど。
     侑臣が飲んでると、おいしそうに見えてくる。飲んでみるとそんなにおいしくないのに、見ているとおいしそう。
    「僕もコーヒー飲めるようになりたいな」
    「……苦いですよ?」
    「コーヒー二つ、って頼みたいじゃない」
    「無理に飲めるようになる必要はないのでは……」
    「だって……侑臣だけいいなって思うから」
    「…………」
     コーヒーがおいしいと感じるのは、どんな感覚なのか知りたい。たくさんメニューがある中で、あえてどこにでもある『コーヒー』を選んでしまう気持ちが知りたい。朝から飲むコーヒーにどんな効果があるのか知りたい。
     僕がいる時に飲むコーヒーは、どんな味がしているんだろう。
     侑臣と飲むコーヒーは、どんな味がするんだろう。
     知りたい。
    「お待たせいたしました。こちらコーヒーと……ハーブティーは砂時計が落ち切ったらお召し上がりください」
    「はぁい。ありがとうございます」
    「ごゆっくりお過ごしください」
     笑顔で一礼してくれる店員の女性が去るのを待って、僕に合わせているのか、侑臣はコーヒーに手をつけようとしない。
    「ね……一口ちょうだい?」
    「苦いですよ……?」
    「いいから。ちょうだい」
     気が進まないと顔に書いてある侑臣のコーヒーを奪い、侑臣より先にカップへ口をつける。香ばしい湯気が顔に当たり、一口とも言えない表面の僅かな部分だけを啜ってみたが、濃い苦味と強烈な熱さで味わうどころではなかった。
    「あつっ! ……にがい」
    「舌を火傷します。水を」
    「いい、大丈夫。……ん? 後味がちょっと酸っぱい」
    「あぁ、コーヒーはものによっては酸味があるのです」
    「苦いか酸っぱいかの二択しかない飲み物がこんなに世界中で流行っているの何なんだろう……」
    「カッコイイから……でしょうか」
    「……いま冗談言った?」
    「言ってません……でも恥ずかしくなってきたので見ないでください」
    「侑臣もカッコイイから飲んでるの?」
    「違います、たぶん……見ないでください」
    「コーヒー飲める侑臣はカッコイイからなぁ〜」
    「やめてください。忘れてください」
     カッコイイかどうかは置いておいて、コーヒーだのエスプレッソだのを好んで飲む感覚はやっぱり僕にはよくわからない。そういうものをサラリと頼めたら確かにカッコイイのだろうが、みんなカッコよさの為だけにいつも我慢して飲んでいるわけでもあるまい。
     砂時計が落ち切ったのでハーブティーのポットを見たら、侑臣がカップへ注いでくれる。そんなに恥ずかしいこと指摘されたのか、ほんのり顔が赤くなっていた。
    「ハーブティーも好き嫌いがあるではありませんか。樹理はハーブティーの匂いも嫌いだと言ってました」
    「あぁ、言ってたね。お茶の延長みたいなものだから、癖はあるけどおいしいと思うんだけどなぁ」
    「コーヒーもきっと、それと同じです」
    「でも侑臣、昔はコーヒー飲んでなかったじゃない。何で飲めるようになったの?」
    「何ででしょう……確か、高校生くらいの頃からコーヒーを味わう練習をしていたのは覚えています。頼めるようになりたくて」
    「どうして頼めるようになりたかったの?」
    「それは……」
    「……カッコイイから?」
    「…………はい」
    「そ〜んなにカッコイイのかねえ、コーヒー飲めるってだけで」
    「大人の真似をしたい子供と同じようなものです……サッカー選手になりたい子供が、サッカーの練習のキツさや大変さまで知っているわけではないように、コーヒーを飲みたかった昔の私は、コーヒーが飲める、というステータスを手に入れたかっただけです。バリスタになったわけでもありませんし」
    「そうだけど……侑臣が淹れてくれるカフェオレ、おいしいよ」
    「それは違う調味料が入っていますので」
    「何? 毒?」
    「そんなものは入れません。絶対に」
    「じゃあ何よ。おいしい砂糖? 搾りたて生乳? ……うちの山って牛いたっけ?」
    「牛はいません。……柾にお尋ねください。私からは言えません」
    「えー、言えないものを僕に飲ませてるの?」
    「そうですっ」
    「こわーい」
     ハーブティーの表面をふーふー冷ましてから、そっと口の中に広げて飲む。苦味は苦味でも、花やハーブの苦味は好きだな。野菜の苦味とかは食べられる。
     昔はネギ類とかピーマンとかゴーヤとか、子供が一通り嫌いそうなものはもちろん嫌いだった。チョコレートやぶどうなんかも嫌いだった。でも食べ物は何とか克服したんだ。相変わらずおいしいとは思わないけど、出されたら食べられる程度にはなった。
     侑臣や、真や実が、すごくおいしそうに食べていたからだ。真と実は多少好き嫌いがあるみたいだが、侑臣は本当に何でも食べる。ネギもピーマンもゴーヤもアボカドも何でも食べる。
     彼はいつもおいしそうに食べるんだ。だから僕もあんな風になりたくて、頑張って克服した。
     僕は常に食欲や睡眠欲がないせいで、全く手の掛からない子供だった。突然泣き出すでもなく、同じ時間にミルクを飲み、眠気がわからないので何をしていても突然電池が切れたように眠る。意識を失ったのではないかと初めの頃は母が心配していたみたいだが、そういう特性だとだんだん認知されていった。
     出されたから食べる。食べないと死ぬから食べる。食べたい、飲みたい、眠りたい、といった欲求が僕の脳には備わっていない。だから食への探究心だとか、カッコイイから飲んでみたいだとか、そういう原動力で動けることが僕にとっては憧れだ。
     カッコイイ侑臣は気まずそうにコーヒーを飲み始め、僕はハーブティーが冷めるまでの間、柾にメッセージを送ってみた。
    『侑臣が僕に淹れてくれるカフェオレ、何か変なもの入ってる?』
     意外にも返信はすぐに来た。
    『調理場にあるものだけですので、変なものは入っていないはずです』
    『柾は? 何か特別なもの入れたりしない?』
    『味付けとして育てたハーブ類やあまり売っていない調味料は使いますが、それ以外は特には』『あ』『思い当たるものありました』
    『何!?』
    『侑臣さん、言っても大丈夫ですか?』
     画面ごと侑臣に見せてやると、侑臣は飲みかけのコーヒーを吹きそうになって何とか堪えて咽ていた。控えめにこくんと首が縦に動いたので、
    『許可出たよ』
     と返信した。
    『万物の料理がおいしくなる為には、誰の為に作るかを考えて作るのが一番おいしくなる調味料とされています。つまり、〝愛〟です』
    「……愛だって」
    「そうですか」
    「愛入りだからおいしかったのか。じゃあ侑臣が淹れてくれるコーヒーならきっと――」
     僕は自分の中から欲求が生まれない。代わりとして身近な人、特に侑臣の欲求に頼っているところがある。彼が空腹になったら僕も食べる。彼の喉が渇いたら僕も飲む。大人になってからは一日のスケジュールを作ってくれるのも侑臣。起きる時間、食事の時間、水分補給の時間、眠る時間まで決めてくれるので悩むことなくとっても生きやすい。
     そんな彼が淹れてくれる『コーヒー』なら、苦くても酸っぱくても、多少はおいしく感じられるかな――最初は砂糖多めにしながら。フレッシュだっけ? 油も入れてみよう。……油って響きなんかイヤだな。
    『帰ったら侑臣がコーヒー淹れてくれるから、豆挽くやつ準備しておいて!』
    『豆はどれにいたしますか?』
    「侑臣、ウチに今あるコーヒー豆の中で、一番僕にオススメな豆どれ?」
    「う〜ん……酸味も苦味も両方少ない、浅煎りか……ブルーマウンテンでしょうか……」
    「ブルーマウンテン聞いたことある! ブルーマウンテン、っと」
    「……柾に淹れてもらうのですか?」
    「うぅん。侑臣に淹れてもらうから、準備頼んでるの」
    「…………」
     ハーブティーも程よく冷めてきた。長そうだと思っていた一時間も、移動時間を含めれば飲み終わる頃で丁度いい。
     帰ったら飲めるコーヒーが少し楽しみで、せっかくのハーブティーの味がよくわからなかった。ただ、目の前で眉一つ動かさずコーヒーを飲んでる侑臣は、やっぱりど子が大人っぽくてカッコイイ。
    「――カッコイイね、侑臣」
    「はっ?! えっ、と、どうされたのですか突然!」
    「コーヒー、似合うなって。いいなぁ、カッコイイ男の人。侑臣背も高いから絵になるよ。憧れる」
    「貴方に憧れるような身では……」
    「侑臣が飲んでる姿好きだから、帰ったらまた一緒に飲もうね」
    「遅い時間に飲まれると、眠れなくなりますよ……?」
    「気合で寝るからいいの! 侑臣が淹れたコーヒーが飲みたいの」
    「――かしこまりました。帰り次第、お淹れいたします」
     男ならかっこよくありたい。それは顔面が良いとかではなく、仕草や姿勢、持ち物や表情で決まると思う。僕も片手にコーヒーを持つのが似合う男になりたい。
     僕がコーヒーを克服した暁には、スタバでこう注文してやるんだ。
     ――コーヒー二つ。ブラックで。





    「コーヒー二つ、ブラックで!」
    「はい、本日のコーヒーは『コロンビア』でございます。サイズはどうなさいますか?」
    「……サイズ?」
    「あー、ショートのホットで、アーモンドミルクラテにしてください」
    「はい、ショートサイズのホットのアーモンドミルクラテをお二つでよろしいですか?」
    「はい」
    「ちょっと! コーヒー飲みに来たんだよ!?」
    「コロンビアは酸味が強いです。私も苦手です」
    「……じゃあまた今度来よう?」
    「スタバのタンブラーに私の淹れたものを注いでさしあげますよ」
    「あ、それいいね! それやろう! やったぁ、僕もスタバのコーヒーデビュー♪」
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