新たなる支配者 朝食も食べ終えて、ハーブティーの茶葉が透けるポットの中で踊っている様子を横目に、侑臣から渡された郵便物をペーパーナイフで一つずつ開けていく。
「…………」
いくつの誕生日だったか忘れてしまったが、このペーパーナイフ、僕の家庭教師だったジルさんから貰ったものだ。これを使うと従者が必ずチラリとこちらを伺ってくるのが面白いんで、見せびらかすように使っている。
山奥に住むようになって良かったこともいくつかある。その一つがこの郵便物。配達員には手間をかけてしまうが、余計なポスティングが無くなったおかげで手紙の確認がかなり楽になった。仕事柄、書留で書類が届くことが多い僕の家に、今日は一風変わったものが届いた。
「ああ、そうか。選挙あるんだっけ」
我が家に住んでる者たちは、非公開な一組を除き全員血が繋がっていない。一人につき一通ずつお知らせの封筒が届いた。
「はい、お前の」
「ありがとうございます」
「允は二人分入ってるもんな。あとは柾と……誰だこれ」
「樹理では?」
「あ、そっか。『樹理』って源氏名だったっけ」
「貴方が名付けられたのですよ」
「そうだっけ? お前が覚えていてくれることは忘れちゃうよ……あれ? 霊司郎の分は?」
「霊司郎はまだ未成年なので選挙権がありません」
「霊司郎未成年だっけ? 年齢とかいちいち覚えてないや、霊司郎は霊司郎だもんな……これみんなに配っておいて」
「はい。……期日前投票にされますか?」
「ん〜……」
鈴鳴家は、身内から政治家も輩出している。ご贔屓にしている政治家、ひいてはご贔屓政党も存在している――のだが。
僕が選挙権を得たのは二十歳の時。だけど、鈴鳴家の人間なのだからと一歩引いた位置から父に監視されて、どの党の誰に投票するか決められていた。それぞれがそれぞれの意志で投票しているように見えて、強制的な思想の統一が行われていたんだ。
あれがどうしようもなく気持ち悪かった。
特定の政治家に対し、支援者になるのは別にいい。他者への強制、人と所属の党を同一視する考え方、『支持する』ことと『崇拝する』ことは同じではないと、幼いながらに考えていた。それは今でも変わらない。
よろしくお願いしますと頭を下げに来た政治家に笑顔で対応し、全く違う政党の人間に投票することだってある。よろしくと言われたところで、公約に同意できなければ選ぶわけがないだろう。僕は恩義より信念を重視したいんだ。
親族が〝一掃〟されてから幾度か選挙はあったが、例年と変わらず僕は侑臣たちの投票先には関与しない。
「いや、今回はスケジュールも空けられるだろうから、投票所に行こう。その方がお前も好きに書けるでしょ」
「影光様がそれでよろしいのでしたら、私はどのような形でも構いません」
「そうだ、みんなで行く? ついでにお出掛けしようよ。遠出しよ」
「構いませんが……どちらへ?」
「それはこれからみんなで決めるの! よし、今夜は緊急会議だ!」
「……かしこまりました」
どうせ統一させるのなら、出掛ける先についての意見を統一させた方がいいじゃないか。その方がうんと楽しい。
候補者の公約が一覧になっているチラシを机の端へ押し退け、パソコンで近隣のレジャー施設を検索する。身も心も誰にも邪魔されない時間は、ハーブティーが冷めきっていることを忘れさせるくらい充実していた。