幸せな黒猫 起床と同時に、ご主人様の懐へと潜り込む。
いつだって歓迎してもらえるから、遠慮なんてなかった。
「おはよう。今日もお元気なようで何より」
応えるようににゃあと鳴けば、それだけで彼は嬉しそうにしてくれる。
にゃあにゃあと鳴きながら、ご主人様の胸板に肉球を押し付けた。右、左と交互に捏ねる。
幸せな朝のルーティン。
やがて朝食にしようと、彼が私を抱き上げた。
人間にいじめられて怪我をして、路地裏で震えていた。
偶然通りかかった彼に拾ってもらってからは、もうメロメロで仕方がない。
最初はちょこっとだけ警戒したけど、甘いミルクを振る舞われてからはすっかり心を許してしまった。
朝、一緒に起きて、ご飯を食べて。お昼寝したり、遊んだり。
撫でてもらって、毛を解かしてもらって。お返しにたくさん舐めてあげた。
彼は遠慮していたけれど。
幸せだ。本当に、幸せだった。
……それでも終わりはやってくる。
大好きな膝の上。大きな手に撫でられながら。
どうにか鳴き声を絞り出してみても、その瞳の中の悲しみは増していくばかりだ。
眠たい。目を閉じてしまいたかったけれど、ご主人様……いや、番のことを見つめていたい。
低い声が私の名を呼ぶ。彼が私につけた名前だ。
最期なんだな、と悟る。
離れたくない。片時だって嫌なのに。
拾われてからはずっと一緒だった。
大きな手のひらの上で眠っていた時も、いずれ彼の手に乗り切らなくなって膝の上を定位置とした時も。離れて欲しいなどという素振りを微塵も見せなかった。
置いて行ってしまう。私と同じで一人ぼっちだった愛しい主人を。
私なんかが、その心にすっぽり入れてしまうほどの空虚を飼っていたあなたを。
萌葱色を見つめながら祈る。
もしも生まれ変わったら、彼と同じくらいに長生きできる生き物に。ずっと隣にいられるように。
できれば、会話ができるといいな。
「っ……」
彼の指をちろりと舐めれば、番は息を呑んだ。
大丈夫。いつか必ず、必ず帰ってくる。
それまでに浮気したら許さないぞと、最後に甘く指を噛んだ。