二人の秘密。「マスター、少しお話が……」
「あ、わ、開けちゃだめ!」
まさかこのようなミスをするとは。
自らを急かしたはずの用事など、頭から消え去ってしまった。
着替えの最中であったマスターが、慌ててその身を隠す。
すぐに目を反らし、ここから出ていくべきなのに……目が離せなかった。
「ご、ごめんね! 汚い、よね……」
「っ、まさか! そんなはずが、ありません……」
華奢な身体。白い肌に広がる夥しい傷痕。
もう消えないのだろう。カルデアの、最先端の技術を用いても。
細かいものから大きなものまで。最近できたような打ち身の痕は、時間が経てば消えてくれるだろうか。
「私は……こう言ってはなんですが、好きです」
「あはは、ありがと……」
ぽろりと零した言葉に、少女は力なく笑った。
気を遣っていると思われたのだろう。心外ではあるが、無理もない。
早く出ていくべきだとわかっている。
そのはずなのに、気がつけば彼女にゆっくりと歩み寄っていた。
「せんせ……?」
蜂蜜色が不安げに揺れる。
怖がらせたくない。しかし、普段彼女が他の者にするのと同じように、自らのことを愛しんでほしい。
そっとその手を取り、少しだけ黒ずんだ指先に口付けた。
ハッと息を呑む音をよそに、傷痕を唇で辿る。
全ての傷を、こうして慰めたい。全てを愛しているのだと、新しく刻むように。
「せんせ、だめ……」
「嫌ですか?」
「嫌では、ないけど……」
ならば構わない。
半ば強引にその身を抱き寄せ、剥き出しの肩に口付けた。
ふと顔を上げ、涙に潤んだ大きな瞳を覗き込む。
「痛みは?」
「古いのは、もうなんともないよ」
「よかった……」
痛みがないのなら、ただ愛おしいだけだ。
鎖骨の辺りを唇でなぞれば、少女は泣き出したいような声を漏らす。
そんな顔をされたら、やめられなくなるのに。
「あ、や……」
泣きそうな声を上げながらも、その身体は抵抗をしなかった。
それをいいことに、傷の一つ一つに口付けを繰り返す。
鎖骨、首筋、また肩口に戻って、腕の先へ。
いつしか、蜂蜜色はとろりと蕩けていた。
「あっ」
力の抜けた肢体が、ベッドに倒れ込む。
図らずも組み敷いたようになって、しばし見つめ合った。
このまま……いや、何を考えている。
「すみません、マスター……調子に乗り過ぎたようです」
自らの目を手で覆った。
熱よ冷めろ。この瞬間抱いた感情を、全て忘れるために。
「っ……」
ひた、と冷たい指の感触。
促されて、再び彼女と見つめ合った。
潤んだ蜂蜜色。紅潮した頬。小さく震えながらも、目を逸らしたりはしないのか。
「やめちゃうの……?」
あぁ、もう限界だ。
彼女の秘密を覆うように、大きな秘密を二人で作った。