なつびらき「立香、起きなさい」
「ん……あと、ちょっと」
「海に行くのでしょう? 道が混むので、着く頃には夕方になってしまいますよ」
頭ではわかっている。だけれど、驚くほどに動く気が起きない。お昼過ぎまで眠りこけていたい……。
「ふむ、仕方がありませんね」
何やら考え込むような声。途端にぞくりとこの身を駆けた嫌な予感に、ぱちりと目を開けて起き上がるも、一瞬だけ遅かった。
「ひあっ……! ひゃ、ぁっ! あはっ、あははっ!」
布団の中へ潜り込んだ手に脇腹を撫でられ、耐えきれずに笑い転げる。逃れようと身体を捩るけれど、腰回りをホールドされていて抜け出せない。与えられる刺激に悶え、悲鳴を上げるばかり。
「やめっ、起きます! おきますって! ひゃああっ!」
ひとしきり笑い、ぐったりとベッドに沈んだ私に満足したのか、意地悪な手の動きが止まる。荒く息をしながら恨みがましく見上げると、彼は涼しい顔で言った。
「おはようございます、立香」
「おはよ……」
細められる萌葱色。頬を膨らませると、より愉快そうに笑った。
「さあ、急いで支度しますよ」
「はぁい」
もそもそと身を起こし、伸びをする。開け放たれたカーテンからは、朝の陽射しが差し込んでいた。
*******
「帰らない!」
「いいえ、もう帰ります」
「帰らないの!」
砂で作った大きな山を手でペタペタと固める。夕暮れの海が綺麗だねと言い合ったのは、もう三十分前のこと。夢のような時間が終わるのが惜しくて、砂浜に座り込んでいる。
「あと五分だけ」
「……あと五分早く起きていれば、その望みも叶えられたでしょうね?」
「えー……」
上目遣いも普段のように効いてはくれない。腕を組んで仁王立ちをしたケイローンは、まとめた荷物を背にこちらを見下ろしている。
「はぁ、よ……っと」
「わっ!」
不意に軽々と持ち上げられ、米俵のように担がれる。抗議の声をあげる暇もなく、彼はスタスタと歩き出した。
私が手足をばたつかせたって、容易く運んでしまうだろう。
「お山作ってたのにぃ」
「また来ましょうね。帰りにアイス、食べるでしょう?」
「はい!」
途端に車に乗る気になった。彼から降りてしゃんと立ち、体についた砂を払う。早い心変わりを見て、ケイローンは笑った。