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    Uts_moja

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    Uts_moja

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    ねじさんにいただいたリクエスト『あなを見るドロ』(穴・孔・アナいずれもOK)のアンサーです。
    お互いの「あな」を見ています。嘘は言っていません。

    #ドラロナ
    drarona

    陥穽虫 事務所の壁に、穴が空いた。
     ある日突然空いていたものだから、どうせドラルクが何かやらかしたのだろうと思って、遠慮なく殺してやった。
     ところがやつは、何度殺しても、そんなものは知らないと言い張る。いつものふざけた態度でもなかったから、本当なのかもしれないと思って拳を止めると、ナスナスと復活してきたドラルクが、不思議そうに言った。
    「で、その穴はどこにあるんだい?」

     床下からヒナイチを呼び出して尋ねても、同じ答えが返ってきた。それで、これは俺にしか見えてないんだと分かった。
     穴は、小さくはなかった。穴というより、割れ目とか裂け目とか表現するほうが近いかもしれない。歪な形をした穴は、俺の手のひらよりちょっと大きいほどのサイズだった。それが、事務所の入り口側の壁、メビヤツがいる側と出入り口を挟んで、反対側に空いている。高さは、俺の肩あたりだ。わりに派手な大きさだから、外の廊下にまで貫通しているのではないかと確かめたが、廊下側の壁はきれいなものだった。それほど深いはずがない穴には、闇が詰まっていて、底も向こう側も見えなかった。

     他のやつに見えないのなら、これは催眠だろうと、まず思った。覚えはないが、どっかのポンチと接近したときにかかってしまったのかもしれない。VRCに連絡を取ると、その手の催眠持ちの報告はないと、にべもなく返された。打つ手はなくなった。だから、しばらく放置することにした。
     本当に穴が空いているわけではなくて、俺の目だけにそれが見えている程度なら、放っておいても、まあそれほど害はなかろうと、そういう判断だ。実際、とくに面倒なことが起こるわけでもなかった。たまに穴の中の闇がウネウネと蠢いていても、実際に零れてくることはなかった。もし零れたところで、これは俺が見ている幻覚だ。

     一週間も経つと、壁の穴の存在は、俺にとってはもう日常になっていて、気にも止めないものになっていた。
     その日もやはり、穴に詰まった闇はウネウネと蠢いていたけれど、俺は気にせず執務机で作業に取りかかった。原稿の締め切りにはまだ間があったが、なんとなく書けそうな気がしたのだ。
     二時間ほど続いていた集中力が、ふと切れて、顔を上げた。
    「……ひっ!」
     情けなく引き攣った声が出た。
     だって、しょうがないだろう。
     いつもは闇が詰まっている穴から、目玉が覗いていたのだから。
     目玉は、ちゃんと眼窩に収まっていて、瞼があって、滑らかな頬に繋がっていた。要するに、人だか吸血鬼だか分からないが、少なくとも人型の顔が穴から覗いていた。
     その時は、さすがに動揺したせいで、覗いていた瞳の色とか肌色とかは、記憶に残っていない。目は、何かを探すように、キョロリ、キョロリと、事務所の中を見廻した後、俺をまっすぐに見た。
    「ッ! ……!!」
     声を上げてはまずいと、咄嗟に手で口を覆った。ソイツは、俺と目が合うとニッコリ笑った。口元は見えていないが、目全体が弓なりに弧を描いたので、そうと分かったのだ。次の瞬間、ソイツが穴から身を引いた――身体があるならばの話だ――ように見えて、消えた。文字通り、消えた。慌てて見直してみても、穴にはいつも通り闇が詰まっているだけだ。もしや、廊下から誰かが覗いたのかと思いかけて、俺は首を振った。この穴は、壁の向こうには貫通していないのだ。
     その後すぐに、起床したドラルクが事務所へ出てきて、いらんことをして俺を煽ってきたので、結局その日は、この出来事についてはうやむやになってしまった。ドラルクは、きっちり砂にした。

     翌日からも、正体不明の目は、ちょくちょく現れた。それも、一日一度とは限らない。二度、多ければ三度は現れる。それも、必ず俺が一人でいるときだ。覗いてくるのは、同じ目ではなかった。瞳の色は、さまざまで、金色のときもあった。また、目元にもそれぞれ個性があった。
     なんとなく分かったのは、「目」は俺の知り合いの顔立ちを真似ているのだろう、ということだった。ヒナイチのように見えるときもあったし、ショットのように見えるときもあった。金目はもちろん半田だ。だが、どこかしらに違和感があって、俺はそれで、これが現実のものではないと判断できていた。
     これは幻覚なのだ。幻覚は、どんなにリアルでも、現実には侵入できない。その証拠に、どの目も、穴の向こうから、事務所を覗いてくるだけで、声を出すことはなかった。

     「目」が覗くようになって、五日が経った。幻覚が始まってからは、そろそろ半月になる。さすがに放置するには長いとは思っていたが、一方で慣れてしまってもいた。「目」が現れるのは、事務所に俺が一人でいるときだけのことなので、退治や住居スペースでの生活には、とくに支障があるわけでもなかった。それもあって、放っておいたのだ。それに、この頃には、原稿の締め切りも、わりと目前に迫ってもいたので、「目」だろうがドラルクだろうが、相手をしている暇はなかった。俺にとっては、壁から覗く「目」よりも、亜空間ホールから出てくるフクマさんのほうが、よっぽど怖い。
     昼過ぎからぶっ続けで執筆して、もう夕方近くなった頃だ。シーンの切れ目になって、集中力が途切れた。ふう、と息を吐いて、目をギュッと閉じる。眉根の下の窪みを、右手の中指と親指とで挟んで、眼球を傷つけない程度にグリグリと押し込んでから瞼を上げると、向かいの壁に「目」が現れていた。
     最初は、ああ今日も来たな、程度だった。いやに白目部分の多いギョロ目が、いつものように、キョトリ、キョトリと、辺りを見廻している。ほとんど黒に見える小さな虹彩。薄いくせに重そうな瞼。瞼を含めて、ひどく青褪めた肌色。見覚えがありすぎるその造形に、俺は思わず同居人の名を口にした。
    「ド、ラ、ルク……?」
     俺の呟きが落ちた途端、キョロキョロと辺りを見ていた「目」が、俺に向いた。しまった、と思った。ひどく、まずいことをした感触があった。
     「目」は、俺と目が合うと、いつものようにニッと笑いの形に歪んだ。だが、いつものようには消えなかった。そのままニコニコと、俺を見ている。俺は「目」から目を離せなかった。ここで目線を外したら、厄介なことが起こるような気がした。しばらく、そうやって見つめ合っていたように思う。すると、穴から声がした。
    『ろ……るどくん』
    「は?」
     ドラルクの声だった。でも、外にはまだ日差しがある。ドラルク本人のはずがない。
     幻覚が喋り始めたのは、さすがにショックだった。俺の頭も、いよいよダメになったのかと思った。
    『わかぞ……ろな……ごり』
     ――おいコラてめぇ、今ゴリラって言いやがったな。
     一段階進んだ幻覚にパニクりかけていた脳みそが、急にスンッとなった。
    『ろなるどくん』
    「……」
     返事をしたらまずいとか、そんなような考えは、一応頭の片隅にあった。だがまあ、そういやコイツには一度も暴力を試したことがなかったな、と気がついたのだ。事態は、すでにかなり悪いほうに進んでいる。たとえここで一発殴ったところで、結果は今更そう変わりはしないだろう。
     俺は、デスクチェアから立ち上がると、拳を握りしめて机を廻り込み、穴の前まで歩いていった。執務机から壁まで、十歩もない距離だ。「目」は、前に立った俺を、嬉しそうに見上げて言った。
    『ロナルドくん』

    「……ドくん!」
     ……うるせぇな、なんだよ。
    「おーい! ゴリ……!」
     てめぇ、またゴリラっつったな!?
    「ロナルドくん、ってば!」
     肩にかけられた手に、クッと力が込められる。そのまま後ろに引かれるかと思いきや、かかるはずだった力が、途中で崩れるように消え去った。たぶん、力ずくで俺の向きを変えさせたかったんだろうが、俺の体幹に負けて死んだのだろう。だがクソ雑魚は、諦めが悪かった。
    「起きろ! 立ったまま寝るな!」
     俺の正面で再生したらしいドラルクが、今度は俺の頬を両手で挟んだ。コイツにしては珍しく余裕のない声で怒鳴られて、やっと俺は、自分が目を閉じていることに気がついた。
    「へ?」
     ぱちり。目を開けると、顔のすぐ前に、ドラルクの顔があった。
    「うわ」
     思わず仰け反ろうとすると、両頬を固定する手に力が入った。
    「こっちを見ろ。目をそらすな!」
     鋭くそう言うと、ドラルクは、ただでさえ近かった顔を、さらに近づけてきた。お互いの鼻先がぶつかりそうな距離で、俺の目を覗き込んでくる。普段は黒に見えている虹彩が、深いガーネットだということを、こんな場面で知るとは思わなかった。あまりにも距離が近すぎて、焦点が合わない。けれど、ドラルクが俺の視線を捉えているのは分かった。ほとんどブレたような視界の中、猫のように縦に切れた瞳孔が、虹彩を押しのけてワッと開くのが見えた。そうやって顔を突き合わせていたのは、ほんの一瞬だったようにも、長い時間だったようにも思う。だんだん頭の芯が痺れたようになってきた。それから、ドラルクの目の中の、真っ暗な洞穴に引き込まれるように感じて、そして。
    「ぉっ!?」
    「ンアーーッ!?」
     ズルリッと、右目から、勢いよく何かが抜けていった感触がした。その衝撃の反動で仰け反った俺の視界の端に、正面にいたドラ公が、同じように仰け反った姿勢から、文字通り崩れ落ちていくのが見えた。
     俺は、一、二歩、たたらを踏んだものの、腹筋と背筋に物を言わせて、なんとか姿勢を立て直した。両膝に手をついて息を整えると、砂山のドラルクに噛みついた。
    「お、おま……何しやがった!?」
    「お前こそ、我の城に何を連れ込んでくれた!」
    「俺の事務所じゃ!」
    「ブエーーッ!」
     蠢きながら喚き返した砂山に、チョップを入れて蹴散らかしてやる。いつもの、といえばいつもの騒ぎを、ひとしきり繰り返してから、「……で、なんだったんだよアレ」と、尋ねた。しゃがんでいる俺の足元を、派手に散らかった砂が、ウゾウゾと這い戻ってくる。
    「は? 知らん。お前こそ、どこであんなモノを拾ってきた」
     ドラルクは、集まった砂から上半身を再生させたところで、俺を睨みつけてきた。それから全身を再生させると、床上で崩れたような胡座をかいた。珍しく、行儀の悪い姿勢で座るドラルクの顔からは、さっきの不機嫌がもう消えている。こういう、自分の機嫌を取るのが上手いところは、コイツの良いところだと思う。
     ドラルクは、俺の顔を見ながら、僅かに首を傾げた。
    「……そういえば、君、ちょっと前に変なことを言ってたな? 壁に“穴”があるとか、なんとか……」
    「ああ……」
     さっきも、その穴から、お前らしきものが覗いていたから、それを確かめようとしてたんだ、と言おうとして、やめた。そもそもコイツには、穴そのものが見えていないのだから、そんな情報は無駄だ。
     ドラルクは、一瞬俺から視線を外すと、ふむ、と小さくうなずき、また俺を見た。
    「今でも、その穴とやらは、あるかい?」
    「え?」
     言われて、反射的にドラルクの背後にある壁を見上げる。俺の視線を追って、ドラルクも後ろを見た。視線の先の壁に半月ほど、ついさっきまで居座っていた「穴」は、きれいさっぱり消えていた。
    「……ない」
     俺は、呆然として答えた。
    「ほう」
    「なくなった。さっきまで、あったのに」
    「そうか」
     ドラルクは、俺の言葉に、何事かを納得したかのような相槌を打った。俺には、何も分からない。だから、同じ質問を繰り返した。
    「なあ、何が起こったんだ?」
    「知らんよ。だが……」
    「だが?」
     スッと、ドラルクが俺に手を伸ばしてきた。無意識に顔を引いて避けようとするのを、「そのまま」と制して、右手で俺の顎を掴む。それから、その手を左右に軽く振るように、力を込めた。雑魚の握力だから、俺がその気にならなければ、一ミリだって動きはしない、そんな弱々しい力だ。俺は、その手に従った。ドラルクは、俺を右に向かせたり、左に向かせたりして、矯めつ眇めつしていたが、やがて満足したのか手を離した。
    「で、なんだよ?」
    「うん。君の言う“穴”はな、実際には空いてなかった」
    「それは、気づいてた」
     さすがにな、と言うと、ドラルクは吐息だけで笑った。
    「……穴は、たぶん君の目の中にあった」
    「めのなか??」
    「目の中という表現が、正しいのかどうかも分からんが……おそらく、脳とか神経系とか、そういうところに影響を与える何かが、見せていた、んじゃないか、と思う」
    「ずいぶんワヤワヤするじゃん」
    「仕方なかろう」
     ドラルクは腕を組んで、フンと鼻から息を吐いた。
    「いかに私がIQ二億といえども、まだ見知らぬ生物はいる」
    「吸血鬼じゃないのか?」
    「吸血鬼、ではないとは思うが……おそらく脳の電気信号とか、そういうエネルギーを糧にするタイプだろう。まあ、血も生物電気も、どちらも精気の一種と考えれば、我々に近い生き方をするモノなのかもしれん。……でもまあ大丈夫さ。もう君の中にはいない」
     あの時、脳みその奥? から目玉を通って、何かが抜け出していったその感触を、言葉にするのはちょっと難しい。頭の中に張り巡らされていた、根っ子が一気に抜き去られる感触というのだろうか、本来は感覚のないはずの脳みそが、ブルリと震えるのを感じた、と言えばいいのだろうか。それを思い出すと、今も額の裏と目の奥がゾワゾワする気がして、眉を顰めた。
     俺と同じタイミングで仰け反っていた、ドラルクの姿を思い出す。あれは、俺の中から誘き出したモノを、受け止めたせいだろう。
    「……お前は? お前は、大丈夫なのか?」
     俺の問いかけに、一瞬きょとんとした顔をしたドラルクは、「ああ」と言うと、ニッと笑って両手を軽く挙げた。
    「心配ないよ。私に飛び込んできたのと同時に、デスリセットの巻き添えを食らって、アイツだけそのまま死んだだろうさ」
    「そ、か」
     コイツは、残機が無限なのをいいことに、まあまあ気軽に自分を担保にすることがある。それが、コイツの唯一の武器なのだから、仕方ないとは分かっている。だから、俺が殺す分には気にならないが、他の要因で死ぬのは気分が良くないというのは、俺のわがままなんだろう。
     とにかく、この件はこれで終わりだ。癪ではあるが、ドラルクには、助けられた形になった。明日にでも、無調整特選牛乳を買ってきてやろう。内心でそう思っていると、ドラルクがポツリと言った。
    「――でも、もしかしたら」
    「うん?」
    「もしかしたら、どこか別次元にでも、飛ばされたのかもしれないね。知ってるかい? 竜の目は、過去から未来、世界のすべてを、ひと目で見ることができるんだよ。だから、この目の先が、どこかの並行世界に繋がっていたとしても、おかしくはない――」
     そう言うと、ドラルクは、左目を隠した手を思わせぶりにずらして、パチリ、パチリと、瞼を瞬かせた。小さな深紅の瞳の中で、縦に裂けた瞳孔が、キュッと収縮する。
    「……殺した」
     ドム、という音とともに塵と化した吸血鬼が、即座に再生して、ギャンギャンと騒ぎ立てた。
    「え、なんで!? 今の私、最高に畏怖かったよね!?」
    「だからだよ! 隙あらば畏怖ニーしてくるんじゃねえ!」
    「だってー! たまには若造に恐れ慄かれたいもん!」
    「もん、じゃねえ! カワイコぶった二百歳砂おじさんを、恐れ慄いて殺します!」
    「ンアーーーーッ!!」


    -・・・ ・-・-・ ・-・-- ・-・-・ ・---・ ・-・・ ・- 


    「……人格が、変わってしまう、と?」
    「そうですの。VRCの見解では、新しいタイプの吸血鬼ではないかと」
    「それで? お嬢さま、私はどうすればよいのかな?」
    「ええ、ドラルクさん、どうかわたくしに手を貸してくださいませ」
    「貴方の願いとあらば、この私に断る選択など、あるはずがありませんよ」

    [完?]
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    お互いの「あな」を見ています。嘘は言っていません。
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     ある日突然空いていたものだから、どうせドラルクが何かやらかしたのだろうと思って、遠慮なく殺してやった。
     ところがやつは、何度殺しても、そんなものは知らないと言い張る。いつものふざけた態度でもなかったから、本当なのかもしれないと思って拳を止めると、ナスナスと復活してきたドラルクが、不思議そうに言った。
    「で、その穴はどこにあるんだい?」

     床下からヒナイチを呼び出して尋ねても、同じ答えが返ってきた。それで、これは俺にしか見えてないんだと分かった。
     穴は、小さくはなかった。穴というより、割れ目とか裂け目とか表現するほうが近いかもしれない。歪な形をした穴は、俺の手のひらよりちょっと大きいほどのサイズだった。それが、事務所の入り口側の壁、メビヤツがいる側と出入り口を挟んで、反対側に空いている。高さは、俺の肩あたりだ。わりに派手な大きさだから、外の廊下にまで貫通しているのではないかと確かめたが、廊下側の壁はきれいなものだった。それほど深いはずがない穴には、闇が詰まっていて、底も向こう側も見えなかった。
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