甘えたいです!弱った生き物は、人にとって庇護を掻き立てるものらしい。
「酔っちゃったー」と可愛らしくしなだれ掛かる女子を我先にと皆よく介抱する。
あわよくばこれをきっかけに仲良くなりたい下心もあるのだろうが、酔ってしまったなら誰かが介抱した方がよいだろう。
また、先日もサークルの飲み会で、つきあっている先輩カップルの女性が、パートナーの男性に寄り掛かっていた。先輩は普段、大変しっかりものできびきびした方で、すらりとした長身の美人だ。むしろ相手の男性は尻に敷かれ気味だと周囲からは言われてるくらいであった。
飲み過ぎたのか少しとろんとした顔で「ごめん、キャパ越えした…楽しくて、つい、ごめん…」と申し訳無さそうに言う彼女に
「ふふ、君が楽しかったなら良かったよ。さ、水飲んで。君がそんなになるなんて珍しいね。ちゃんと家まで送り届けるから、安心しなよ。」
そう温厚な先輩が頭を撫でながら、優しく語り掛けてるのがとても羨ましかったのだ。
一回でいい。
優しく介抱されながら頭を撫でられたい。
それ以来、勇作はあのシーンを兄と自分に当てはめ、何度も夢想した。
あんな風に、優しく撫でられたい。愛しげな視線と共に。
あの声で「仕方ないですね。」ってため息吐かれながらも優しく言われたい。
通常の兄はそんなことしない。きっと、酔っぱらっても自業自得とほっとかれるのがオチだろう。勇作自身はそんな状態になるまで飲んだことはないが、『同僚が潰れたので放置してきました。』と、言ってたことがあるのを記憶している。
解ってはいる。兄はドライであまりそういったことを率先してするタイプではない。
でも、ちょっとくらい、期待してもいいじゃないか。
身内なんだし。
そんなこんなで満を持して用意したのは日本酒一升。そしてポテチBIGサイズ。
二人で一升開けたことはあったが、一人で開けたことはない。さすがにこれだけ飲めば酔っぱらえるだろう。
試すような行為に罪悪感がないわけではない。しかし、どうしても『一度くらい。』と思ってしまう。
これで酔ってくったりする自分を見たら、兄はなんと言うだろう。
『貴方がこんなになるなんて、珍しい…』
『大丈夫ですか?…全く…手の掛かる…』
なんて言いながら、水差し出してくれたら。
抱き起こして、ベットに運んでくれたりして。
ふふ、あり得ないと言いつつも人はやっぱり都合のいいように考えてしまう。
そんな兄を妄想して、顔を緩ませながら勇作は酒を飲み進める。
二時間後…勇作は愕然とした。
呑みきってしまった…一升全て。
しかも、ポテチも無くなった。
すっかり空の一升瓶と、綺麗にカスすらないポテチの袋。
「そ、んな…」
意識ははっきりある。
というか、少々身体は熱いがそれ以外いつもと変わらない。視界もクリアだし、意識もハッキリしている。気分?悪いどころかほろ酔いで気持ちいい位だ。
「弱かった、かな…?」
16度、うん、日本酒の度数だ。でも、焼酎に比べたら、まあ、弱いし。
首を傾けながら、想像と違う事態にどうしたものかと考える。と、次の瞬間。
「…!?」
後ろに気配を感じる。まさか。
勇作は慌てて振り返る。そこには、明らかに引いた表情の兄が、口を半開きにこちらを見ていた。視線は空の一升瓶。もしや、見られた。
「あ、いや、これは兄様、違うんです!!」
しかし兄の顔はひきつっている。
「…あ、いや、いいんじゃないですかね、たまには一人酒も…あ、飲み過ぎには気をつけてください…あ、ポテチ、ご存知とは思いますがカロリー高いですし…」
そう言いながらそそくさと兄は部屋を出た。
見られた、引かれた、呆れられた。
口を半開きに開いた、目が点になった兄の顔がグルグル回る。
「ううっ…」
勇作は項垂れ、床に手をつく。
甘えるどころか、構ってもらうどころか、一升瓶一人で平気で空にして、ドン引きされてしまうなんて…!
ままならない現実にうちひしがれながら、勇作は空の一升瓶を抱えて静かにすすり泣いた。