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    前垢で書いてたモノの供養

    死して尚夏芹 甘味(なつせり かんみ) 享年17歳
    母・父を殺し、五逆罪で阿鼻地獄に落とされ、刑期を終えた。
    転生したくないなあ、と一言零し、万屋を設立させた。閻魔公認。


    群青 波音(ぐんじょう なみね) 享年26歳
    家族に無理心中を図られて殺された。
    目が覚めたら賽の河原に居り、強い憎しみを抱えている波音を見て甘味が拾って帰った。
    何れ転生しないといけないのは理解しているが、思ったよりも甘味との生活が楽しい。

    幸烙焉 羅王(こうらくえん らおう)
    閻魔様。甘味とはそれなりに仲が良いが、仕事としては関わりたくない。
    プライベートで気にかけるくらいには仲が良い。
    友達が少ない。波音には嫌われている。


    賽の河原から徒歩五分、閻魔の裁きを待つ魂が時間を潰すように出来上がった商店街、三途橋商店街。
    来世の人生は何になるか、どんな人生を送るか占う店や、満たされることが無いのを良い事に、飲食店も何軒も構えている。
    そんな中、隠れるように建てられた小さな建物。
    「現世でやり残したこと、代行します」
    そう書かれた看板だけが建物の前に置いてある。比較的綺麗な建物が多い中、少し古臭く、錆がついた扉をノックすると、迎えてくれるのは紫髪のメッシュが入った、見た目は幼い少女。
    「よく来たわね、お入りなさい、話を聞くわ」
    そう告げた彼女の声は、酷く安心させるものだった。


    ① 置いて逝ってしまった双子の弟の様子が気になる
    相談者は享年18歳の男の子。高校生で二人暮らし。夕飯当番だった兄、東雲 律珂(しののめ りつか)は、スーパーの帰り道に、工事中のビルから鉄骨が落ちてきて腹を貫通し死亡。腹の部分に穴が空いた制服を着用しており、肌が露出するであろう部分には包帯が巻かれている。弟、東雲 一珂(いつか)は兄の死を受け入れることが出来ず、引きこもりになってしまった。
    それを伝えると、「生き返らせて欲しい」「それは出来ない」のやり取りの後、「手紙を渡したい」と願う。甘味はそれを了承し、「生前に書いたように見せた手紙であれば構わない」と伝える。死んだ後の人間が、現世の人間に干渉したのが見つかっては行けないと伝えると、葎珂はそれを了承し、二日後に手紙を持って現れる。
    甘味がそれを受け取ると、同行するように告げられ、波音からお茶(葎珂が一珂を思う気持ちを固めたもの)を渡される。それを飲むと、白銀の糸が甘味と葎珂が繋ぐ。
    二人が現世へ来ると、甘味は葎珂に、「自分がよく来ていて、一珂が来ない、または開かない場所」を問い、キッチンのラックに手紙を置いて、一珂の動きを待つ。
    暫く泣いていた一珂が、顔を洗いにキッチンへ来て、お茶を飲む。ふと見慣れないものに気が付き、その手紙を見、葎珂の言葉(文字)を見たところで、帰ろうと甘味は帰り支度を始める。ありがとうと言いながら泣いた一珂を見て、泣きながら帰ってきた葎珂は、満足げに波音から出された麦茶を飲む。
    「ありがとうございました」「気持ちは晴れた?」「はい、ありがとうございます」「それならいい」
    甘味は嬉しそうに笑って、葎珂からお代、事故に遭う直前の記憶や感情のコピーを受け取る。
    「そんなものでいいんですか? お金も持ってますけど」「人間観察が趣味だからこれでいい、人の感情が一番のお代だ」
    甘味は葎珂にそろそろ裁きの時間だと告げると背中を押し、送り出す。
    波音に「本当に、趣味が悪い人だ」と言われ、甘味はすっとぼけながらその記憶を呑んだ。


    ② 恋人の様子が知りたい
    相談者は享年24歳の女性。29歳の恋人が心配だと甘味の元に訪れた。名前は籐郷 縁(とうきょう ゆかり)。先天性の持病で亡くなった。
    恋人の名は鏡銘 早耶(きょうめい さや)、ずっと迷惑を掛け続けた事に対し遺書を書いたが、その後の様子を見たいと相談した。
    遺書の場所を聞くと、ベッドチェストだと答え、亡くなってから一週間程度の日が経っていたのでその場で見に行こうと告げる。
    縁は少し不安そうな表情を浮かべながら、甘味に言われた通り早耶への想いを甘味に話す。波音はその横でぐるぐるとカップをかき混ぜて、そのカップに入ったココア(縁が早耶を想う気持ちを固めたもの)を彼女に渡す。それを飲むと、白銀の糸が甘味と縁を繋ぐ。二人が現世へ来ると、何度も読んだであろう遺書を読み、下唇を噛む早耶の姿が。
    縁は早耶に近づいて、ぎゅうっと早耶を抱きしめる。触れられないものの、少しやつれたその恋人と出会えたことが嬉しかったようで、縁は満足げだ。
    甘味は満足するまで待っていてくれるようで、家を少し回りたいと言えば、それを了承した。
    甘味を連れ歩くようにして、白銀の糸をぴんと張らせる勢いでぐんぐん進んでいく。そこまで広くない室内に、呼吸補助器具や、何種類もの薬が一箇所に固められている。ダブルベットの窓側、縁が寝ていた場所だろう。そのベッドに腰を掛け、窓前に立つ甘味にゆっくりと口を開いた。
    「……私、幼い頃からずっと、寝たきりの生活が続いて、両親の仲が良くて、幼馴染だった早耶と同棲を始めて……、同性同士でおかしい、ってお互い両親には縁を切られてしまって、それでも、ずっと側に居てくれて……。だから、置いて逝ってしまったのが、悔しくて、心配で……死んで初めて商店街についた時に、自分が苦もなく歩いていることが嬉しくて、この姿なら、早耶の隣を歩ける、なんて夢を持ってしまって…、早耶は、死んでないのに……」
    「……何が言いたいの? 早耶さんを殺しにきたの?」
    「そ、そんなわけないじゃないですか! ……私はただ、もう二度と会えなくなる前に、顔を見たかっただけです。死んだとき、ひとりぼっちだったので…」
    「ふぅん……、そうなの、ならもう満足? 帰りましょう、掟に反してしまう前に」
    「……はい、最後にもう一度顔だけ見てきてもいいですか?」
    「…はぁ、早くしてね」
    少し冷たく言い放った甘味をよそに、縁は早耶の元へ来て、数秒見つめた後、抱きしめて頬にそっと口づけをし、甘味の元へ戻ってきてゆっくりと笑った。涙を堪えるような声で、「帰りましょうか」と小さく呟いた。なんで置いて逝ったの、最後に逢いたかったよ、そう嘆く早耶の声を聞いた縁は、ふと意識を戻したときには両目から涙が溢れていた。「大丈夫? 落ち着いて、お茶を飲んで」といい、波音が用意した麦茶を渡すと、縁はそれを飲んでゆっくりと笑う。
    「お見苦しいところを」「いえいえ、そういうお客さんも多いので」「気持ちは晴れた?」「はい、ありがとうございました」
    甘味はその言葉に頷いて、病気で苦しんで亡くなった時の記憶と感情のコピーを受け取る。
    「本当にこれでいいんですか?」「構わないよ、お金は美味しいものでも食べるように取っておきなさい。船代に六銭文は取っておくのよ」「はい、ありがとうございました」
    縁が帰ったのを見ると、波音から麦茶を受け取ってグッとそれを飲み干す。「彼女、本当に早耶さんのことが好きなのね、吐き気がしたわ」「あはは、なにか口直しに作りますか?」「お願い」そんなやり取りをした後、縁から受け取ったお代を大切そうに小瓶に詰め、ラベルを書いて戸棚に飾った。


    ③ 死んだことを家族に伝えたい
    相談者は享年32歳の男性。まだ幼い娘と、同い年の妻を置いて逝ってしまったと甘味に話す。名前は武尊 彌彦(ほたか やひこ)。妻は武尊 志摩(ほたか しま)、娘は武尊 成海(ほたか なるみ)と言う。単身赴任で何も言えないまま逝ってしまい、せめて最期に感謝を伝えたいと言う。
    波音に「志摩や成海は彌彦が死んだことを知っているか」尋ねると、知らないと云う。
    「せめてありがとうと、彼女たちの顔を最期に見たい」と伝える、甘味はそれを了承した上で、二日後にもう一度くるように伝える。
    波音が首を傾げると、幸烙焉 羅王(こうらくえん らおう)に来るように電話をする。
    気怠げに事務所に来た羅王に、甘味は少し不満げに「なんで知らないのよ」と訊くと、「警察にまだ知られていないの」とため息をつく。
    おかげでまだ裁きも出来ないと羅王が云う。会わせてもいいか訊くと少し迷ったあとに、彌彦自身が死んだことを自覚しているのなら、と許可を出す。
    波音が少し不思議そうに、「なんで死んでるって自覚してないと行けないんですか?」と問うと、「生者として関わりを持とうとすると、呪いのようなものになってしまう」と羅王が教える。そのまま殺してしまい、地獄と天国で分断されて会えなくなることも過去にあったと言った。
    「何もしなければ、いつか会えたかもしれないのに」なんて甘味はつぶやいた。
    彌彦が二日後に訪れて、波音に白湯(彌彦が家族を想う気持ち)を飲むと、白銀の糸が甘味と彌彦を繋ぐ。二人が現世へ来ると、何気ない日常を過ごす母娘が居た。
    「志摩……」と小さくボヤくと、志摩と呼ばれた彼女はソファーに座り、ゆっくりとお腹を撫でた。甘味がハッとしたのもつかの間、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
    「秋良さん!」と嬉しそうに志摩が顔を上げ、秋良と呼ばれたその男がリビングルームへと入ってくる。
    「帰りましょう、精神が揺らいでいる。貴方は今何も見ていなかった、いいね?」
    「そんな……! でも、だって……!」
    狼狽える彌彦に甘味が目を逸らす。幸せそうにキスをする志摩と秋良が目に付き、帰り支度をし始める。
    「ねえ、なんで、やり残したことをお手伝いしてくれるって言ったじゃないか」
    「私は顔を見たいという願いは叶えたわ、早く帰りましょう、魂は精神そのもの、今貴方が揺らいだらこの糸が切れてしまう。そうしたら貴方は永遠に間で死に続けるの。帰りましょう、来世できっと幸せになれるわ」「どうして!? 俺は志摩とずっと生きていきたいって!」「貴方はもう死んだの! わからないの!?」
    喧嘩をする二人を見てか、成海が小さく、「おかあさん、わたしお父さんにあいたい」とつぶやく。
    成海を撫でる志摩は、クスクスと笑いながら、「そうねえ、会えるといいわね」と笑った。秋良は「思ってもないくせに」なんて言って、志摩に笑いかけた。
    強制的に事務所に戻ると、彌彦はずっと黙っている。波音は麦茶を渡し、飲むように告げた。
    「……お代は要らないわ、帰りなさい」「いえ、……払います、願いは叶えてもらったので」
    そういって、死んだときの記憶と感情のコピーを渡した。彌彦は頭を軽く下げて、重々しい足取りで帰っていく。
    甘味がその記憶と感情を飲み込むと、彼が殺された瞬間の記憶がフッと頭に過る。
    彼を殺したのは紛れもなく、志摩だった。それでもなお、彌彦は死ぬ間際ですら、志摩と成海の名を呼び、想っていた。
    甘味がフッと意識を戻すと、波音から麦茶を差し出される。
    「ありがとう」「いえ、……裏切られたんですね」「そうね。……まあ、今生は運が悪かったのよ」
    甘味は不快な感情を拭うように口を麦茶で濯ぎ、それを飲み込んだ。


    ④ 波音が来たときのお話
    今日はなんだか子供が多いわね、と甘味が小さく呟いて窓の外を眺めた。
    少年が一人、頬に煤汚れをつけたまま甘味のもとへ訪れて、「ここってもう一度ママに会えますか…?」と小さな声で訊く。
    波音が中へ入るように言い、ソファに座らせると「明代市立小学校から来ました、木綱 翔(きづな しょう)です」と名乗る。まだ10歳だと言った少年はやや焦げ臭い。
    甘味が波音にブランケットを掛けてやるように告げると、布切れのような服の上からブランケットを羽織った。
    話を聞くと、学校で火災があり、4年3組の彼らは逃げ遅れてしまったそうだ。今子供が多く来ているのはそれのせいだと見当をつけた。
    甘味は母親に会いたいと嘆く翔にわかった、と一言告げると、波音にコップを用意するように告げた。
    「苦いかもしれないけど、飲むのよ」と言い、白湯(翔が母親を想う気持ち)を飲むと、白銀の糸が甘味と翔を繋ぐ。二人が現世へ来ると、息子が死んだことにひどくパニックを起こす母親の姿があった。
    どうして、と嘆く母親の目には隈が出来ていて、翔が死んでから眠れていないことが察された。
    「ママ……」と小さく呟く翔。母親は黒色のランドセルを抱きしめて、翔の写真を見て泣いている。視線は交わらない、翔と甘味は、その痩せた背を見るしか無かった。
    甘味が少しあたりを見ると、古びたアパートの一室だということが分かる。部屋数もそう多くない、裕福な生活は出来ていなかったことが手にとるように分かる。
    「ママ、ぼくここだよ、ママ……」ぎゅう、と背中に抱きつく翔に、母親は気づかない。
    「貴方……翔くんは、なんのために私の元に来たの?」「……ママの笑った顔が見たくて……」
    悲しそうに云う翔の目は曇っている。ぎゅう、と膝を抱えるように母親の前で体育座りをした翔は、母親が抱きしめているランドセルにそっと手を重ねて、「僕のパパ、事故で二年前に死んじゃってね、でもその時、ママは大丈夫よって言って笑ってたから、今も笑ってると想ったんだ」と云う。馬鹿な子ね、と甘味が呟くと翔は悲しそうに目を伏せた。
    「自分の大切な息子が死んで、悲しくないわけ無いでしょう。とんだ親不孝者よ」
    そう告げると、地獄に行かなきゃだめ?と泣きそうな声で聞いてきた。
    「……エンマサマに交渉してあげるから、そろそろ帰りましょう。ママには挨拶できた?」
    「うん、…あ、でももう一回挨拶してくるね」
    「わかった、早くするのよ」
    母親の元へ行き、ぎゅっと抱きしめて、ママのことずっと待ってるからね、ママ、ありがとう、と笑って翔が告げた。
    母親は泣いてこそいるものの、翔……ごめんねぇ……と、ランドセルが軋む音を立てるほどの力で抱きしめた。
    甘味は帰るよ、と告げて目を閉じると事務所で目を覚ました。
    おかえりなさいと笑った波音からお茶を受け取るとそれを飲み、翔は満足げに笑って、お代を渡して帰った。
    それを呑み、甘味が目を閉じる。暫くの沈黙の間、波音は麦茶をコップに汲んで待っていた。
    スッと甘味の意識が浮上すると同時、両目から涙が伝った。
    「…あの子、殺されたのね……」そう言ってお茶を受け取って飲み込むと、波音が興味深そうに、「あの年で恨みを買ったんですか? でも火事って……」
    「放火だったのよ、4年3組から出火。担任が火をつけた……事故に見せかけて。もう亡くなって、こっちに来ているだろうけど」「どうしてそんなことを……」
    「知らないわよ、私が分かるのは記憶と感情だけで、推理は出来ないの。探偵じゃないんだから。…………無理心中、かしら。貴方と同じね」
    「えぇ、同じにしないでくださいよ、私は家族に殺されたんです、学校じゃないです」「似たもんよ、同意なく人を巻き込むなんて全部心中よ」「担任はそんなにみんなのことを恨んでたのかなぁ、私にはそうには見えないけど……」「人を殺すまでの感情を持った人間は皆異常者よ、分からなくて当然なの。……波音、この麦茶濃いわ、苦い」「ありゃ、それで最後だったんですよ、今冷ましてるんです、我慢してください」「商売道具よ、切らさないで頂戴」「すいません」
    そんなやり取りの後、甘味はぽそりと「……人を殺すまでの感情を持った人間は異常者、か」と小さく呟いた声は、ドタドタと騒がしいキッチンの音にかき消された。




    ⑤災害で亡くなった双子の女の子
    前回の比にならないほどの人数が商店街に押し寄せている。
    「にぎやかですねえ」「ほんと、にぎやかね…、今日だけでこの人数……なにかあったのかしら」
    こんこんこんこん、としつこいくらいのノック音、甘味がのそりと立ち上がって扉を開けると、鎖骨から下、右腕が無い女の子と、膝から下が潰れた女の子が支え合うようにしてその地面に座っていた。一瞬顔を歪めた甘味だったが、入りなさい、と言って、波音に足がない女の子を抱えさせ、甘味は右腕が無い女の子の左腕を引いて、ソファーへと座らせた。
    「血でじゅうたんが汚れちゃいますけど……」「いいのよ、お客様なんだから、気にしないで」
    右腕がない女の子が、初女 菜心(はつめ なこ)、膝下が潰れた女の子が初女 舞心(はつめ まこ)と言った。
    二人が住んでいた地域で、大きな災害があり、倒壊した建物で潰されて死んでしまったと言った。二人は頭を強く打ち亡くなったらしく、腕や膝下は亡くなった後に潰れたものらしく、今は痛くないと言っていた。
    「何を目的でここに来たの?」「お母さんに会いたくて…」
    一番多い要望だった。災害が起こった後、願うのは家族との再開だ。はぁ、とため息を付けば、「わかったわ」と了承した。
    「お母さんのお名前は?」「わからなくて……」「………じゃあ住んでる場所」「それも分からなくて……」
    「じゃあ繋げられないじゃないっ」と少し声を荒げると、波音がまぁまぁと窘めた。
    「お母さんの顔も名前も知らないんです……」と菜心が申し訳無さそうに言う。波音が「それじゃあ気持ちも固められない……」と呟き、頭を抱えた。
    「難しい、ですか?」と舞心が聞いた。甘味は断りたい気持ちでいっぱいだったが、親の顔も知らずに死んだのは悲しいよな、と、微かな同情をしていた。
    「……わかった、三日時間を頂戴。なんとかしてみる」
    「……なんとか、ってどうするつもりですか?」「しらないわよっ!……でも、会わせてあげたいじゃない……」
    丸くなったなぁ、なんて波音は思いながら「さて、どうしましょうかね」と、数々の文献を持って、ソファに腰を掛けた。
    「……記憶、ですか?」「……そう、初めてだから成功するか分からないけど、記憶は今から頂くから、その間に会いたいって気持ちを込めてこれを飲んで貰って……」
    双子だからどっちでもいいわ、と甘味が言うと、じゃあ、と菜心が手を上げて甘味に額を差し出した。
    甘味が生まれたばかりの頃の記憶、それこそ幼児期に忘れているであろう記憶をコピーし、呑み込む。少し甘い味を感じながら、母親の顔を記憶する。少し視界は歪んではいるものの、幸せそうに笑う顔が、菜心の心には残っていた。
    スッと甘味が目を覚ますと、甘味が波音からコップを受け取り、グッと菜心と舞心が母親に会いたいと願う気持ちを呑み込む。それを飲むと、白銀の糸が甘味と菜心舞心を繋ぐ。
    甘味が恐る恐る目を開けると、たどり着いた場所は、ICUだった。ピッピッピッピ、と規則正しい音がなっている。
    「…………先生」ぽそ、っと呟いたのは舞心だった。「失敗、しましたか…? この人は、私達の担任で……」
    「いえ、合っているわ。……名前は拝躱 あづさ(はいかわ あづさ)、2年1組の担任……貴方達2−1の担任で、数学教師ね」
    「拝躱先生が私達のお母さん……?」「ええ、そうよ。お父様の名前が初女 奏汰(はつめ そうた)……、拝躱あづさの、元恋人ね」
    そう説明した甘味が、小さく「もうダメそうね」と呟いた。同じく災害に巻き込まれたであろう彼女の胸はもう上下しておらず、ビーッビーッと異常を知らせるアラームが鳴っている。
    「帰りましょう、じきにこっちへ来るわ。対話をできるように手配してあげるから」
    そう言い、事務所に戻ってくると甘味は心做しかぐったりとしていた。だるい体を動かして、羅王に電話を入れ、「拝躱あづさを私に回して頂戴、娘さんたちが待ってると伝えて」と言い、波音に支えられつつぐったりと意識を落とした。
    「ごめんなさい、師匠、寝ずに拝躱さんのこと調べてたから……、今日はもう帰ってもらえるかな?拝躱さんが来るとしたら明日以降だから、また明日ね」
    そう言って波音は甘味をソファに寝かしつけた。
    翌日、早朝に訪れた拝躱に、甘味はいらっしゃい、と言って真実を聞き出した。学生時代に妊娠した彼女は、産んですぐに逃げるように引っ越し、行方を晦ませ教師になったこと。そして、菜心と舞心が自分の娘だとは知らなかったこと、災害に巻き込まれ、下半身を失くした状態で見つかり、すぐにショック死したことを告げられた。
    甘味は納得したように頷いて、事務所の内扉、住居スペースにつながる場所を開けた。中から現れた菜心と舞心にあづさは驚きつつも、抱きしめてごめんなさいと告げ、何度か他愛ない話をして、一緒に行って、転生してもう一度、次は本当の親子になろう、と密かな約束をして帰った。
    「お代、貰ってないですけど?」「いいのよ、……同じような記憶、もう食べ飽きたわ」「師匠本当に災害嫌いですよね、……なんかあったんですか?」「なにも。……罪のない人間が死ぬのは苦しいだけよ」
    そう言って、甘く、どこかほろ苦いその口を、波音に持ってこさせた麦茶で濯いだ。


    ⑥ 過労死した男性の話
    スーツ姿の中性的な男性が、ノックの後、扉を開けて入って来た。
    「あの、ここで現世の様子が見れるって聞いたんですけど……」と、少し気不味そうにぺこぺこと頭を下げ、背を丸めながら呟いた。甘味は少し不審に見えるも、座りなさい、とソファへと案内した。自己紹介を求めると、御心 砂李(みこころ さり)と名乗り、変わった名前ね、と波音が呟いた。よく言われます、と御心は眉を下げた。
    「それで? 誰に会いに来たの?」「……飼っていた、というか……世話を良くしていた猫が、いて……」甘味が聞くと、曖昧な返事を零す。甘味はふぅん、と小さく声をこぼした後、「名前は?」と、訊く。「あ、えっと、ぺこ、っていいます」「変わった名前ね」「よく頭をぺこぺこしてたから、俺が勝手にそう呼んでいて……」何度かその猫の特徴を聞いた後、甘味は多分繋げられるわ、と波音にコップを用意させる。白湯(御心がぺこを想う気持ち)を飲むと、白銀の糸が甘味と御心を繋ぐ。二人が現世へ来ると、路地裏でなぁなぁと鳴き続ける黒猫が居る。「ぺこ……!」と御心の声が明るくなる。御心が声を掛けた途端、ぺこはんなぁ、と御心の元へ来て、足元でくるくると回っている。「……見えてるんですかね」「さあ。でも動物は霊感が強いっていうじゃない」「なるほど……」「………かわいいわね、ぺこちゃん」「はい。仕事帰り、ぺこに会うのを生きがいにしてたんです」「……帰れなかったのね」「お恥ずかしながら。会社でそのまま……」「……恥じることじゃないわ。でも、もっとやりようがあったと想うわ」
    何度か猫をなでながら会話をしていると、んにゃあ、と猫が御心の手を抜け、ついてこいとでも言うように路地裏の奥へと歩いていき、甘味と御心はついていく。
    「ここ、は……」「家、かしら。ひどいにおいね」「……あ…」
    御心が目をやった場所には、ね横たわるぺこの子供の姿があった。二匹、息はもうしていない。
    「殺しちゃったのかしら」「そもそも妊娠してたなんて……」「……避妊はしなかったの?」「したはず、なんですけど……」「……まあ、稀にあるわね」
    ふにゃあ、と悲しそうに鳴くぺこに、御心は「この子達を埋めてあげたいんですけど」「無理ね、干渉できないの」「……」むぅ、と口を尖らせ、その猫の死骸に御心は手を伸ばし、触れれない手でその猫の背を撫でた。その御心が少し惨めに思えたのだろうか、カバンから甘味は小さな瓶を取り出し、その中に入っていた金平糖のような物を手に乗せ、「閻魔に会ってもこのことを言うんじゃないよ」と前置きをしてその金平糖のようなものを口に含む。と、甘味がふっと光に包まれ、甘味の姿がハッキリとしたものになる。近くにスコップのようなものは無く、仕方なく手で雑草を手で掻き分けて、土を掘ってくれている。御心は、いいんですか?と聞けば、掟違反よ、と甘味は笑った。
    「でも、成仏させるためだもの、罪に問われたら逆ギレしてやるわ」「したたかですね……」そう言って土まみれの手をパンパンと叩いて、掘り終えた穴に猫の死骸を埋め始めた。御心は少し気不味そうに、「なんかできること……」と呟くが、「これが溶け切ったら元に戻ってしまうの、早めにやりきりたいから話しかけないで」と言い、黙々と作業を進めた。暫くして、土を被せきり手を再び叩いて、その金平糖のようなものをガリッと噛み、元の姿に戻ると、手をそっと合わせて、黙祷。それを見た御心も一緒に黙祷し、数秒後、ありがとうございました、と御心は甘味に言い、元の世界に戻ろうと提案し、戻ってくる。
    波音は戻ってきた甘味の姿を見て酷く驚くが、麦茶を甘味に渡し、御心はお代を、と財布を取り出した。甘味はいつもどおりそれを断り、記憶のコピーを受け取った。
    御心が感謝を述べながら帰った後、「師匠、またあれ使ったんですか。怒られますよ、本当に」と波音に言われる。「あら、私は埋葬してあげただけなのに」と猫のように笑った甘味は、その記憶のコピーが入った小瓶に、そっと赤色のリボンを掛け、Peco と記入し、いつものように棚に飾った。


    ⑦ 親友の様子が気になる女性の話
    胸に一刺しで死んだであろう女性が、胸元のYシャツが破けたままの状態で甘味のもとへ訪れた。
    「波音、羽織を」「はーい」慣れた手付きで羽織を持ってこさせると、彼女、明穏 鳴琴(あのん なこと)は羽織を羽織り、胸元を隠した。
    何があったのか甘味に問われると、煌生はえっと、と少し吃った後に、「私、親友に殺されたんです」と彼女は云った。話を訊くと、彼女の親友、海河 初生(かいかわ はつき)に心臓を一突きされ、殺されたそうだ。何か恨みを買ったのかと聞けば、彼女はある日いきなり狂いだして、その世話に行っていた時にいきなり刺されたと言う。
    何か変わったことが無かったか波音が訊くと、「確か暫く旅に出ていて、それから帰ってきておかしくなった」と鳴琴は話した。甘味はそう、と小さく言うと、どうして会いたいの?と問うた。殺されても尚彼女の様子が気がかりだと言うと、波音は少し呆れた後に、コップ用意してきます、とキッチンへと消えていった。
    「初生さんは、何処に旅行を?」「……さあ。あの子、昔から好奇心旺盛で。色んな言語を学びだしたかと思えばピッキングの仕方を勉強したり、何だか不思議な子だったの。小学生の頃からそうで、いつも危なっかしくて」と、楽しそうに話をし始めた。甘味はふぅん、と楽しそうに話す鳴琴の言葉を聞きながら、ホットミルクを手の内で球状にする。波音が持ってきたコップにそれを注ぐと、熱いから気をつけるのよ、と言って鳴琴に渡す。鳴琴は不思議そうに見つめた後、それをコクリと飲み込んだ。すると、白銀の糸が甘味と鳴琴を繋ぐ。二人が現世へ来ると荒れ果てた部屋で毛布の前でえぐえぐと泣き続ける少女、初生が居た。
    「どうしてっ、なんでよぉっ! なんでみんなボクを置いて逝っちゃうのぉっ!?」と喚き散らす初生に甘味は少し引くが、鳴琴はぎゅうっと抱きしめられないのに初生を抱きしめる。甘味は目の前にある毛布を見て、「これ、……貴方ね」と小さく言い、毛布の前で手を合わせた。「なんか、変な感じですね、目の前に居るのに」「遺体に手を合わせるのは礼儀のようなものよ」「じゃあ私もするべきかしら」と言って自分の遺体の前で鳴琴は手を合わせた。その間もわんわんと喚き散らしている。血が変色したまま錆びている包丁が毛布の横に落ちている。「本当にこの子が初生……さん?」「……普段はもっと、おとなしいですけど」「ふうん……。……怖い思いをした、のね」「へ?」「いえ。そうね、この子ももうじきこっちに来るわ」「……なんで、そんなこと、」「冷静じゃない人間が生きていけるほど世間は甘くないの。……そもそも、この子は時期に自殺するわ。あっちで待ってましょう」「そん、な……」
    甘味の横暴とも言える発言に怒る鳴琴。甘味は少し初生を見つめると、見なさい、と初生を見ることを促した。ぅあぁああ!っと叫びながら、初生は喉をかっ裂いた。目の前で親友が喉を裂いたのを見て、鳴琴は叫び、ねえっ!しっかりしてっ!初生!!と擦り抜ける手で揺さぶる。甘味はため息を付いて、戻りましょうと声をかけた直後、返事を聞く前に事務所へと戻ってきた。
    「なんで初生が死ぬって分かってたの!? なんで止めてくれなかったの!?」と取り乱す鳴琴を、波音がソファに座らせ、半ば無理やり麦茶を飲ませる。甘味にも同じように麦茶を渡すと、鳴琴は一瞬目眩に陥ったように背もたれに倒れ込むと、落ち着いたのか「は、つき……は、どこに…」と呟いた。
    「今から閻魔に連絡するわ。明日、初生さんに会えるように手配するからまた明日……いや、今日はもう遅いから止まっていきなさい」と言い、波音に手配をした。
    「ねえ、海河初生、そっちに行っているでしょう」「うん、来てるよ」「一度こっちによこしてくれる?」「……いいけど、深淵を覗いた人間だよ?正気保ってるか、定かじゃないよぉ?」「いいわ。最悪こっちで治すから」「ふぅん。じゃあいいよ、朝には回すよ」「ええ、お願い」
    朝に起き、おはよう、とソファで寝ていた甘味が毛布を畳んで待っていた。「おはよう、もうすぐ来るわよ、準備なさい」と言うと波音ははぁいと返事をしてぱたぱたと
    住居スペースから、なんの変哲もないお茶を四人分用意をした。毒味をするかのように甘味が先に飲むと、鳴琴はコクリとそれを飲んだ。
    ノックの音が響く。波音がドアを開け、ソファまで案内すると、初生は昨日見たよりも窶れていて、おとなしい印象だった。
    「はじめまして。羅王から話は聞いてるかしら。夏芹甘味よ」「…はい、閻魔様から、聞いてます」「こっちの子、誰だかわかる?」「も、もちろん。……鳴琴。ひさし、ぶり…」「あ、う、うん…」「この子…鳴琴さんのことを殺したことは覚えてる?」「えっ!?」「……やっぱりね。酷く取り乱していたもの。覚えていなくても無理ないわ」
    泣きそうな初生は、ごめん、と鳴琴に謝り、どうしたらいいのかわからず視線をさまよわせ、あの、えと、と小さく言葉を紡いでいる。「…もう、いいよ。初生がこっちに来てくれたら、それで」「へ…」「置いて逝くのが心配だったからさ、……また、来世で仲良くしよ」「……いいの?」「もちろん!」そんな約束をして、鳴琴からきっちりお代をいただき閻魔の元へ返した。
    「来世で、また…か」「…初生さんの方は、罪重いでしょうね」「……深淵覗いて、殺人……。まあ一筋縄には行かないわよね」「……また、二人で一緒に笑ってるとこ、みたいですけどねえ」「っ、はは。波音がそんなこというなんて珍しいわね。今夜は槍が降るかしら」「師匠ったら酷い、私だって鬼じゃないんですからっ」

    ⑧ 溺死した男の子の話
    ぐいぃ、と甘味は背伸びをする、暑いなあ、と小さく呟いて扇風機の前を独占した。
    「師匠、暑いんですけど」「弟子は弟子らしく我慢なさい」「そんなぁ…」「ほら、お客さんよ」
    ノックの音に気付いた甘味が波音のことを顎で使い、ドアを開けさせた。びしょ濡れの、制服姿の男の子が立っていた。甘味は中へ入るように促し、扇風機の前からソファに座り直し、波音にタオルを持ってくるように言い、肩から掛けさせてやった。
    名前を問えば、楼徒 忠矢(ろうと ちゅうや)と名乗った。死因は溺死と転落死。学校の渡り廊下から落ち、転落先のプールで死体となって発見されたそう。
    「……最近変死と自殺が相次いでいる高校ね。螢雪学院高等学校……。……貴方も、自殺?」「いえ。……誰かに押されて」「そう、殺人ね」バインダーに挟んだ紙に書いてあった死因に横線を引き、他殺、と訂正を入れる。「…で? 貴方はどうしてここに?」「一緒に、……恋人、と。歩いていたんです。僕が死んだの、目の前で見たから、心配で」「……そう。分かったわ」いつもどおり波音にコップを用意させ、手の内で生成したココアを注ぐと、忠矢に飲むように言う。飲むと、白銀の糸が甘味と忠矢を繋ぐ。二人が現世へ来ると、写真の前で、制服を着たまま呆然とする男の子。近くにあるバッグには、七郷 旬輝(ななさと しゅんき)と記載がある。
    「……旬輝……、ごめんなぁ…」「……っ、…」しゃくり泣く旬輝と、それに寄り添う忠矢。「…なん、で自殺…なんか……」「……してないよ、僕、自殺なんか…」「っ、ばかぁ…なんで、おれっ、そんなっ……頼りねえかよ…」「んーん、旬輝は頼りなくないよ、ずーっと頼りにしてる」「好き、なんて言わなきゃ…おれの、せい…」「嬉しかったよ、僕は告白してくれて」会話になんてなっていない。それでも、二人は会話をしている。なんだか居心地の悪そうな甘味は、音を立てないようにしてその場で座り込む。好きだよ、会いたいよ、と零す旬輝と、僕も好きだよ、僕も会いたいよ、と泣き出してしまった忠矢。甘味は少し小さな声で、「……もう、帰る?」と訊く。「はい、……諦められなくなる前に、帰ります」と涙を拭った。「……最期に、キスでもしてきたら?」「いえ、勝手にキスをするのはなんだか、……悪いので」「…そう」そんなやり取りをして現世へ戻ると、波音がおかえりなさい、と迎えてくれる。
    「彼氏さん、どうでした?」「……泣かせてしまいました」「泣いてくれるだけ良い彼氏さんですよ」「……そうですかね」「そうですよ」そう笑った後に、甘味はお代を受け取る。お代は、学校での記憶だった。
    「…そんな記憶、貰ってどうするんですか」「……最近変死が増えてるって言ったでしょう。螢雪学院で」「はぁ」「この記憶が捜査の役に立てばいいと想ってね」「……うん?師匠、刑事でしたっけ?」「いいえ。でも私達のように現世に干渉できる探偵もいるのよ。その人達にこの記憶は売るの」「…対価は?」「まちまち。たまに良いお酒くれるわよ」「へえ、今度の飲み会楽しみにしてますね」「期待しないで頂戴ね」「ふふっ、そしたら良いお酒は師匠の自腹ですかね〜っ」「集らないで頂戴よ…」

    ⑨ 自殺した少女の話
    空も青く、風が吹く爽やかなとある日。脚を引き摺って歩く少女が甘味の元へ来て、「すみません、ここに現世に干渉できる方がいるって聞いたのですが…」と扉を開けつつ言った。波音はこちらへどうぞ、と笑って招き入れ、甘味にお客さんです〜、と声を掛けた。甘味は重い腰を上げ、服の裾を払い、小さな咳払いの後「ようこそ、はじめまして、夏芹甘味よ。貴方がやり残した事のお手伝いをするわ」そうテンプレート的挨拶をし、彼女に椅子に座るように促す。少女、泥堂 つる葉(でいどう つるは)は飛び降りをして死んだこと、学校でのいじめが酷く、もう耐えきれなかったこと、女手一つで愛情を注いでくれていた母が心配なことを泣きながらつる葉は話した。
    甘味がハンカチを差し出すと、ぺこりと頭を下げてからそれを受け取り、涙をそっと拭った。「こっちに来てからまだ日は浅いのかしら、脚まだ痛い?」「あ、いえ。大丈夫です」そう笑って、甘味は白湯の入ったコップを渡し、それを飲むように伝えた。飲むと、白銀の糸が甘味とつる葉を繋ぐ。二人が現世へ来ると、墓石の前でただ一心に祈りを捧げる若い女性の姿が。「……彼女は?」「母です」「随分と若いのね」「中学を卒業してすぐに私を産んだんです。だから今は…29歳、とかかな」「大変だったのね」「…はい」「……自死を選んだ方に言うのは自分でもどうかと想うけど、……なんだか可哀想ね、貴方のためにずっと頑張ってたんでしょう?」「……、…」
    墓の前でずっとしゃがみこんでいた女性、母親の顔にはうっすらと隈があり、目元は真っ赤に染まっていた。酷く悲しそうな顔をしており、それでも信念が見えるような、強い女性だと甘味はその横顔を見た時に想った。「それで、何しに来たの?」「あ、いえ。もう大丈夫です」「…はぁ?」「私、学校の四階から飛び降りて死んで。だからお母さんの顔、最期に見れなくて。……忙しくて、中々顔も合わせられなくて。私なんて居なくてもいいか〜、ってふと思って、……でも、泣いてくれたんですね。私のために」「……そりゃ、そうでしょ。バカね、ホント」「……うん、バカだと思う。……私、なんで死んじゃったんだろ」「……帰る?」「…はい、帰ります」
    すぐに戻ってくるとまだ麦茶を用意していない波音が驚いた顔で「お、おかえりなさい…早かったですね…」と慌てて麦茶の用意を始めた。
    「……ありがとうございました」「ええ。……裁判、長いと思うけど頑張ってね」「はい、あのお代は…」「…じゃあ、いただきます。身体を楽にしてソファに委ねて。すぐ終わるから」いつも通りの儀式を終え、記憶と感情のコピーを受け取って、つる葉を帰すと波音が「案外簡単に返したんですね」「気になったの。娘さんが亡くなって、あそこまで信念のあるお母さんの様子が。今からもう一度向かうから麦茶の用意しておいてもらっていいかしら」「え、ええ。構いませんけど…」
    受け取った記憶を溶かし、コップに再び白湯を生成する。再び一人で現世に戻ると、今度は彼女の自宅へと到達した。「えっと…」と小さな声を出しながら彼女の母、いろ葉を探す。ぜぇはぁと荒い息遣いが聞こえた。その先は……――ベランダ。甘味が息を呑み、カーテンを開けると。
    「……おつかれさま、でした」
    帰ってきて、波音から受け取った麦茶を飲み、掻い摘んで経緯を説明すると「じゃあこっちに来るかもですね」と話す波音に、「だとしたらつる葉ちゃんを帰したのは間違いだったわね」と返事をするが、甘味は珍しく麦茶を一気飲みして昼寝をする、と言って居住スペースへと歩を進めた。

    ⑩ 射殺された少女の話
     真っ赤な血を心臓から滴らせながら、ずるずると左の足を引き摺り「今、やってる?」と聞いてきたのは栗色の可愛らしい女の子。へらへらと笑う顔は幼さが残るが、目は死んでいるように見えた。甘味がいらっしゃい、とソファに促せば、彼女は橘 澄月(たちばな あかり)と名乗った。
    波音が気不味そうに血へ目をやると、「これね、射殺されたの。珍しい? お客さんは日本人ばっかかな」と明るい声で言った。
    「そうね、日本人が亡くなった時はここに来るの、そういう管轄」と甘味が言えば、澄月は「じゃああたし日本人なんだー」と笑った。
    「あたし、イタリアンマフィアだったの。クラーケンっていうファミリー。……そっかぁ、日本人だったのかあ」「そう言う割に、日本語お上手ね。日本で暮らしていたの?」「そぉ。日本人を追って日本に来て、ンで気付いたら拷問死。多分あたしにこと誰かと勘違いしてたんじゃないかなーって」「……そう。それで、何を見に行きたいの?現世に用があるからここに来たんじゃなくて?」「そぉそぉ! ンとね、日本で暮らしてて、んで、通ってた人間がいんだよね、だからその人の顔が見たいなって!」
    そう言った澄月に、波音はココアを渡して、甘味からそれを飲むように告げる。飲むと、白銀の糸が甘味と澄月を繋ぐ。二人が現世へ来ると、中学生くらいの男の子が、そわそわと公園のベンチで二つの温かいお茶を持って待っていた。左右を見てキョロキョロとしている様子は待ち合わせのようだった。
    「みのむしちゃん」「…みのむしちゃん?」「うん、茶色のコート着てるでしょ。ベージュのパーカーの上に。だからみのむしちゃん」「本名は?」「しらなぁい」
    「……これ喋りかけられないの?」「ええ、干渉はできないの」「えー。つまんないの」「……楽しそうね、あなた」「だってかわいくない?あたしのこと待ってんだよ、来ないのに」「可哀想とは思わないの?」「えー、なんで?あたしがくるって信じて疑ってないんでしょ?かわいいじゃん」
    暫くそれをして居ると、澄月が音も立てずに泣き始めてしまう。「……大丈夫? ハンカチ、つかって」「ん…ありがと。人が死んで遺された人の顔とか、見慣れてんだけどね……おかしいなぁ」「……帰る?」「やだ。帰ったらもう二度と会えないんでしょ」「運が良ければ転生したあとに会えるわよ。……貴方は人を殺してるから、何年後かわからないけど」「会えんの?ほんとに?何年かかってもあたし頑張る。ほんとにまた会えんの?」「だから、運が良ければだって」「運は自分で動かすもんだから。絶対会えんね。じゃあ早く帰ろ、はやく会うために刑期終えなきゃ」
    帰ってくると、波音が麦茶を用意して待っていた。遅かったですね、と言って麦茶を渡すと、澄月は札束を置いて「これで足りる?」と言った。甘味はそれを突き返し、お代は感情と記憶なの、と説明し、いつもの儀式を済ませた。そのままの勢いで「じゃああたし閻魔のとこ行くから!」と札束を持たずに飛び出てしまった。波音が「あらあら…どうしましょう」と言うが、甘味はニコリと笑って「頂きましょうか、あの調子じゃきっとすぐ羅王のとこ行くし、お金は要らないでしょう」「あはは! やったあ!今日はピザにしましょ、ピッツァー!」「…そうね、この前頂いたお酒も開けましょうか、ピザ、食べたい味決めておきなさい」「はーい!チラシどこやったかな〜?」







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