意識がゆるりと持ち上がる。ここはもう戦場ではないとわかっているから、まず安心して全身の力を抜く。
慣れないホテルの固いマットレス。シーツに背中の地肌が当たっている。隣には温もり。目蓋を開く前に、額からこめかみ、頬へとそっと走っていく指先を感じた。寝たふりを決め込みたくなる心地良さだ。
慈しむように触れてくるこのしなやかな指先を、その美しい爪の形の一つ一つまで、今の俺はよく知っている。頬を辿る指がこめかみへ流れ、やがてくしゃりと柔らかく髪をかき混ぜられた。……俺がされると好きなことを、この男はよくわかってやっている。人を甘やかすことに長けた奴だとは思っていたが、実際に付き合ってみたら、何もかも想像以上だった。
鼻腔をくすぐる慣れた香りは、仄かに汗の名残りと体臭を含んでいる。甘ったるい。何だかこっちのほうが気恥ずかしくなってきて、寝たふりを続ける俺の頬に、長い髪の束が落ちてきて流れた。前髪を掻き分けると、額を啄むように何度か口付けられて、小さなキスはゆっくりと目蓋へと移る。やがて形の良い唇が俺の睫毛をくすぐるように触れてきた。……笑っていやがる。ああ、もう降参だ。ちくしょう、これだからフランス育ちの気障野郎は。
「……おまえ、朝から甘すぎ」
「甘ちゃんはお前の専売特許だろう。俺が甘いと思うなら、それはお前のせいだ」
間近に交錯した視線。透き通った碧い双眼が、悪ぶって微笑む。カーテンの隙間から溢れる日差しを浴びた金髪が、起き抜けの目に眩しい。映画から出てきたみたいなこの美丈夫をこんなにも間近で見ることに、俺は慣れることはあるんだろうか。
「腹が減った。何食いたい?」
言いながら、口元に落とされるキス。そのまま耳朶を甘噛みされて、僅かに引っかかった犬歯の感触に向かい、熱が集まる。
「……っ」
恥ずかしい。自分の顔がたちまち赤くなっていくのがわかる。
「…お前、本当にいつまでも慣れないな。それともわかってて煽ってんのか」
言うと、仰向けの俺に乗り上げてきて、べろり。舌で頬を舐め上げてきた男の眸が、獣の気配を帯びて光った。唸るように見つめてくる双眼、重ねられる身体の重み……直接触れる肌と肌が、じっとりと正直な熱を伝え合う。自分の腹の奥が疼き始め、思わず苦笑する。
「……腹、減ってんだろ。食いてえなら、食わせてやるよ」
金色の長い髪を下から掻き分け、覆い被さる獣の顔を、俺は両手で引き寄せた。