昔の未来との邂逅。何だよ、誰なんだよ、その男は。
ヘクターは自分の目に飛び込んできた状況が理解できなかった。
風がなくとも歩くだけでふわりと揺れる豊かな赤い髪は人の多い街中で見つけやすい。
それを持つのは自分の前世からの恋人で、その柔らかさが至高のものであるという事もヘクターは良く知っている。
その至高である髪に触れる自分以外の男がジェラールの隣にいる。
ジェラールよりは少し身長は高い程度の、グラデーションのかかった茶髪に毛先を青く染めた…まるでヘクターをそのまま写したかのような外見を持った男が。
その男にジェラールは触れられても不快感を示してはいないようだと伺い知れる。それどころかにこやかに笑顔を見せて男に声を掛けている。
満更でもないのか男の方もジェラールに笑い掛け、そのまま2人でどこかに向かおうとしている。
ヘクターは眼前で起こっている出来事を反芻するので精一杯だったがこのまま2人をどこかに行かせてはならないと心が警鐘を鳴らし身体を叱咤しそのまま全速力で2人を追うのだった。
「ありがとうオライオン。癖っ毛で絡むとなかなか自分では取れなくて…。」
前世の帝都アバロンで何度も見た肖像画と同じ顔を持つ人が自分の間近にいる。
最初に仕事場のカフェで見た時は驚きのあまり持っていた渡すはずの商品を取り落としそうになってしまった。
カフェで店員が客に声をかけるなんて御法度だがこの出会いを逃したら後悔するとまたの来店を切に願うと彼はその後何度も来てくれるようになった。
顔見知りになって仕事終わりに話せるようになり、思い切って彼の名前を教えて貰い自分も前世と同じ名を名乗ったところで2人とも揃ってアバロン帝国の継承皇帝と同じ名前だね、とジェラールに返されここで言わなければもう機会は無い!とばかりに自分には過去皇帝であった記憶があって貴方の事も良く知っているとオライオンは白状した。
こんな滑稽な話を突然ぶつけられたら引くだろうしもう店にも来て貰えないだろうなとオライオンは覚悟を決めたが肖像画では見られなかった柔らかな笑顔で私も同じだよ、だと大切な秘密を教えて貰えた。
それから1ヶ月ほど経った今日、たまたま街中でジェラールを見つけて立ち話をしている最中にジェラールの髪に絡んだ葉を取り除いたのが現在だ。
「癖毛だと手入れも大変ですよね、俺も全体的にうねってるから上手く決まらない時あって…。」
「私の恋人もね、同じようなこと言ってる。凄くおしゃれにこだわりがある人なんだ前から。」
そう言ってジェラールはくすくすと笑う、あれこの人ちょっとだけど年上じゃあなかったか?
可愛いなと思うけど前世の事もあって立場的には父親通り越して祖父…曽祖父でもおかしくないくらいだ。そういう対象と思うことは全く無い。なにより自分にも前世から引き続きそういう人はちゃんといるので。
「あれ、もしかしてその恋人さんて…俺と同じで昔と一緒のお相手とか…?」
「よく分かったね!あ、そうか、その…君に引き継がれた記憶で知ってたりする…?」
知ってます、俺にそっくりなあの男の顔は何度か夢に見た事がある。なんなら自分の恋人に迷惑かけた事もある、継承法の弊害なのだから仕方ないでしょうと言われた気がする。
自分もジェラールを責める気はない、初代継承皇帝の取り決めのおかげで2代目の自分が救われた事は多数ある。恋人との睦みあいの記憶くらい大したことは無い、寧ろ見てしまってすみませんと謝りたい。
「俺に似て良い男だって事は知ってます。性格は知らないですけど、七英雄討伐時のメンバーとして名前残ってたりしましたよね。」
皇帝就任時に多分こいつだろうなとオライオンが目星を付けていたのはジェラール帝統治時の傭兵隊長の事。
「そうその人。びっくりするほど君に似てるけど、でもやっぱり彼のがかっこいいかな。」
さり気なくオライオンを下げられた気もするがジェラール大帝に直接下げられても惚気けられてもご褒美みたいなものだと思う、こんなに間近で話せることも。
どこかのタイミングで自分の恋人も紹介出来たら…とジェラールと2人歩いているとバタバタとけたたましい足音が近付いてくると思った矢先に強い力でオライオンの右手が捻り上げられた。
「い…っ…ってえな!何すんだよ!!」
「うるっせえな!誰だよお前は!!なんでこの人の隣に居る!?」
掴まれた右手をそのままにオライオンがその元凶を見るとまるで鏡で合わせたかのような顔があった。
少しばかり年上かもしれない…なによりこの顔は前世から今まで嫌でも見せられている。
オライオンは自分の横で驚きと呆れで毛が逆立ったようなジェラールに声を掛ける。
「ジェラール様…の彼氏ですよね、この人。」
「うん…もっとちゃんと紹介しようと思ったのに…ヘクター!いい加減にオライオンの手を離して!」
「ちょっと待ってください!?コイツのこと呼び捨てしてんですか!!?」
突然乱入してきたジェラール様の彼氏…前世ではジェラール帝時代の傭兵隊長だったヘクターはオライオンへの興味よりもジェラールを問い詰める方にシフトしたのかオライオンの右手は開放された。
だが突然の出来事で対応も出来ず関節が痛い、嫉妬させるような所を見せたオライオンも悪いとは思うがもうちょっと考えて欲しい。
とりあえず恋人同士の痴話喧嘩は犬も食わないと聞くので落ち着くまでオライオンは貝になる事にした。
「ジェラール様の直後の継承皇帝?コイツが??」
ヘクターが驚くのも無理はないとは思う、継承法の為の下地は出来る限りジェラールの生存時に整えたはずだがそれが滞り無く進んだかどうかは詳細までは分からない。少なくとも悲願達成の一因にはなっていたと思いたい。
図書館でも閲覧出来る情報として当時傭兵として帝国に所属していたオライオンという男に継承が起こったという記述のある本はいくつもある。
ただ、まさかここまでヘクターにそっくりだったとはジェラールも思っていなかった。
「まるでヘクターの弟みたいに似てるよね。どっちかというと私の孫みたいな所あるけど…。」
「あー孫みたいな可愛がり…?」
それならまあ、とヘクターは1人納得している。
面倒に巻き込まれたオライオンはといえば
「あの散々見せられたメロメロででれでれな顔がまさか今世で怒りの表情で拝めるとはな~?」
と先程の強攻に対して混ぜっ返していた。それは私だけのものなのに…という思いもあるがオライオンの恋人が言うように継承法の弊害だ仕方がない。それでも納得いかない所もあるのでジェラールはオライオンには釘を差しておいた。
「ジェラール様達以外だと恋人には話してるんですけど…もう前の前から…。」
「それは構わないよ、まあそういう事もあるよね。」
「俺も自分のそういう事を他人に色々されるの嫌だし、心に閉まっときます。」
オライオンは基本的に良い子なんだろうなと思い、思わずジェラールはオライオンの頭を撫でていたらヘクターがムスッとした顔でジェラールの手首を抑えて止める。
元はと言えばオライオンが逆の事をした時の事で嫉妬したと言っていたのだった。
ヘクターにごめんと伝えて頭から手を離す。
「色々迷惑かけたし奢ります。良かったらうちの店来てください。」
オライオンと出会った事情を知らないヘクターが首を傾げる。
また揉めない為にも事前に話しておいた方がいいのかもしれないとジェラールはヘクターの手を引く。
「そこで初めて会ったんだ。一緒に限定のパフェでも奢ってもらおうよ?」
思いがけない出会いと偶然のデートが始まった奇跡に感謝しつつ、3人揃って街中に向かうのだった。