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    Renri_NED

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    Renri_NED

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    今更ながらにバレンタインお話。
    現パロかつ大学生設定割に、卿とか言っちゃってます。
    ロイは本来一学年上ですが、一年の時に長期の停学処分を受け留年して、翌年入ってきたミッタマと同学年に。
    パパエンタールは生きておるけれど、ロイは一人暮らし。ミッタマは実家暮し。
    ざっくりそんな設定です。

    恋愛初心者ミッタマと、ミッタマにだけ甘いロイです。
    それでも大丈夫な方は、どうぞ。

    #ロイミタ

    初恋の途中 バレンタインを終えたばかりの冬のある日。冬の冷たい澄んだ空気と、まだ幾許か残る午後のやわらかな日差しの中、俺とロイエンタールは校門までの石畳の並木道を二人で歩いていた。
    四限目の授業が終わり、バイトに向かう生徒やサークル活動に勤しむ生徒が行き交う道は俄に活気づき、見知った顔にも幾度となくすれ違う。
    そんな慌ただしい喧騒の中、俺が声を掛けられないのは隣にいる男のせいだろう。
    オスカー・フォン・ロイエンタール。成績優秀、眉目秀麗で名を馳せ、大学のミスターコンテストでも毎年優勝している美丈夫だ。加えて運動神経もよく、読んで字の通り貴族様でもある。
    本人は名ばかりの下級貴族だというものの、父親はこの国でもそこそこ名の知れた有名投資家で、その財産と言えばかなりのものだ。
    一方の俺はと言うと、一般家庭の出身でロイエンタールのように特出することは無い。
    たしかに周囲が言うように、俺も成績は優秀者の部類だろう。けれど俺はロイエンタールのような才能は、自分にはないと思っている。
    こんな生まれも育ちも全く違う俺たちが出会ったのは、俺が大学に入学したての二年前の春。
    本来一学年上のロイエンタールとはひょんなことから意気投合し、今では授業やサークル、一日のほとんどの時間を一緒に過ごしていると言っても過言ではない。そしてそんな俺たちのことを、周囲も双璧と呼んで一目置いている。
    そうして今日も、俺たちは例に漏れず一緒に帰宅しようとしているのだが、バレンタインを終わったばかりのこの時期は、まだまだロイエンタールと恋仲になろうとする人間も多く、ロイエンタールはよく呼び出されていた。
    実際今も、時折こちらと目が合う女生徒たちの羨望や嫉妬の眼差しに、俺が少なからずいたたまれなくなっていることに、ロイエンタールは気付いているのだろうか。気付いているにのに気にも止めてないのなら、少々意地が悪い。
    しかしそう思っても仕方ない程に、ロイエンタールは先程からずっと他愛ない話ばかりをして、周囲の視線など気にしていない様子なのだ。

    「ところでミッターマイヤー、卿は今日の予定は空いているか 何も予定が無いのならば、俺の家で今夜一緒に飲まないか 偶然410年もののワインが手に入ったんだ。出来れば課題を終わらせた後で、卿と一杯やりたい」

    そう言ってこちらへ振り向いたロイエンタールの顔の、なんと魅力的なことだろう。同性の俺から見ても美しいと思う男が、普段は鋭く冷静さを湛えた目元を緩ませ、笑みを浮かべているのだ。
    この笑顔を手に入れたくて今日も何人の女性達が、今か今かと告白のタイミングを伺っている。そう思うとバレンタインを終えたばかりというこの時期に、俺がなんかがロイエンタールを独占してもいいものだろうかと心苦しく、思わず苦笑いが浮かんでしまう。

    「俺は行くのはかまわないが、ロイエンタール、卿はこの時期忙しいんじゃないか 今年のバレンタインは日曜日だったろう 昼間だって呼び出されてたのに、俺なんかと一緒にいて良いのか」

    俺の心配は、友人として当たり前のことだろう。数々の浮名を流してきたロイエンタールを、引く手あまたのこの時期にわざわざ占有するというのは、学内のみならず学外の女性たちからも、後ろから刺されかねない案件だ。
    まぁ実際そんな心配は無いだろうが、ロイエンタールは俺の心配など端から問題ないというように小さく左右に頭を振ると、また前を向きその薄く形のいい唇を開いた。

    「昔、俺に好意を寄せる女幾人かが、校門の前で鉢合わせたことがあってな。その時の修羅場がそれはもう凄まじかったんだ。 無論、俺は止めざるを得ない立場だから止めたのだが、別段付き合ってる訳でもない女たちの喧嘩の仲裁をするのは、骨が折れる。 だからそれ以来、この時期は女達からの誘いはすべて断っているんだ」

    世の男たちが聞いたらなんと恨みを買いそうな理由だろう。けれどなんともロイエンタールらしい理由でもある。
    俺はあまりの理由に思わずハハッと短く声に出して笑うと、わざとうんざりとした顔を浮かべたまま隣を歩くロイエンタールの背中を、ポンと軽く叩いた。

    「そういう理由なら誘われてやってもいいぞ。 かの有名な学園の貴公子、ロイエンタール殿の窮地を救ってしんぜようではないか」
    「ふふ、恩に着る」

    そんな軽口を叩きつつ、俺達はキャンパスを行き交う生徒たちを横目に校門をくぐり抜けると、大学の近くにあるロイエンタールのマンションへと足を向けた。
    大学から徒歩十分という距離の割に閑静な住宅街で、いかにも高そうな家々が軒を連ねている。
    時折犬が吠える声や、どこからか聞こえてくるピアノの音色について、取り留めのない話をしながら少し坂を上がると、高台になった丘の上にロイエンタールの住むマンションが見えてくる。
    グレーを基調とした天然石貼りのエントランスは、オートロックのガラス扉で仕切られており、住人とそれ以外を冷たい扉で隔てでいるようだ。
    内心、何度来てもこの雰囲気には慣れないなと思いつつ、ロイエンタールに続いて扉をくぐり短い廊下を歩く。そして明るく、けれど無機質な印象のエレベーターに乗り込むと、ロイエンタールは慣れた手つきで7と書かれたボタンを押す。
    壁越しに伝わる僅かな振動と、小さな密室に流れる沈黙に、どこか居心地の悪さを感じる。たった数十秒という短い時間のはずなのに、小さな密室と言うだけで妙に相手を意識してしまい、落ち着かなくなる。
    そわそわとして落ち着かない気持ちのまま、無言で操作盤の上部の画面に映し出される数字を眺めていると、ようやく7の数字が表れ、次いでゆっくりと扉が開く。
    乗り込んだ時と同じように、ロイエンタールの後に続いてエレベーターを降りると、廊下を行った先、一番奥の角部屋がロイエンタールの部屋だ。
    手早くドアを開けたロイエンタールに促されるまま家に入り、玄関でスリッパの履き替えると、大学生の部屋にしてはやたらと高級感のあるリビングへと通される。
    一人で住むには十分すぎる大きさのリビングは青とグレーでを基調とし、シンプルながらも趣味のいい家具で設えられている。

    「夕食にはまだ早いから、先にコーヒーでも飲まないか」
    「あぁ、頂こう」

    俺の返事にロイエンタールは小さく笑って頷くと、キッチンカウンターの向かい側へと消えていった。
    一方リビングに一人残された俺はと言うと、主がいないのに好き勝手する訳にはいかず、背負っていてリュックをソファーの脇に下ろすと、大人しく濃紺の革張りのソファーへと腰を下ろした。
    点けたばかりのエアコンから勢いよく吐き出される暖かい空気が、道すがら冷えてしまった身体を急速に温めてくれる。
    俺は自ら労わるように両手で自分の腕を擦りながら、ぐるりと部屋を見渡す。
    漁色家と言われる割に、何度来ても女の影が全くしない部屋だ。普通ならば恋人が置き忘れていった物が一つか二つはあるだろうに、ロイエンタールの家ではそういった類の物を見かけたことがない。いやそれどころか、家族の写真すら見かけたことがないのだ。
    ロイエンタールによると週に三日はハウスキーパーが来て、家事の諸々を済ませてくれるらしいが、仮にそうだとしてもロイエンタールの家は、おおよそ両手を広げて他人を迎え入れるような、あたたかな雰囲気は持ち合わせていないのだ。

    「相変わらず殺風景な部屋だな。 今度実家から植木鉢でも持ってきてやろうか」

    上半身だけをひねって後ろを向き、ソファー越しにカウンターキッチンの向こう側でコーヒーを淹れる、ロイエンタールに話かける。
    ちょうど湯が湧いたところだったのだろう。ロイエンタールは電気ケトルを片手に湯を注いでいるところだった。

    「貰ったところでハウスキーパーの仕事が増えるだけだろうから、勘弁してやってくれ」

    俯いているせいで表情はよく見えないが、声からして笑っているだろう。普段低く落ち着いた声に、少しばかり色がのる。
    そうしてなんてことはない冗談半分の戯言を交わしていると、キッチンの方からふわりとコーヒーの芳ばしい香りが漂ってきた。

    「いい匂いだな」
    「ああ、卿が先日好みだと言ってたから買ってきた」

    いつのことだろうかと記憶を辿ってみれば、ちょうど一週間前にロイエンタールと一緒に行ったカフェを思い出す。そこは小さいながらも雰囲気がよく、自家焙煎した豆で淹れたコーヒー出しているという、こだわりの店だった。
    帰り際、俺が豆を購入するのを悩んだ末にやめたのを、ロイエンタールは見ていたのだろう。そしてわざわざ後日、俺に内緒で買いに行ってくれたのだ。
    こういうロイエンタールのさり気ない気遣いが、くすぐったくもあり同時にひどく心地よい。

    「ブラックで良かったか 」
    「ああ、大丈夫だ」

    キッチンから出てきたロイエンタールがそう言ってローテーブルにマグカップを置くと、先程よりも強く芳醇なコーヒーの香りが、ふわりと鼻先をくすぐる。

    「美味そうな匂いだ」

    目の前のあるコップを一瞥し、それからロイエンタールの顔を見れば、座ろうとしていたロイエンタールと目が合い、思わず二人して笑ってしまった。
    革張りのソファーがギシリと小さく音を立て、僅かばかり左側が沈み込むのを感じつつ、目の前に置かれたオレンジ色のマグカップを手に取る。

    「いただきます」

    薄らと湯気の立つコーヒーを、火傷しないように小さく一口啜る。 瞬間、口の中に広がるまろやかな苦味と、鼻腔を通り抜けるコーヒーの甘い香りに思わず頬がほころんでしまい、つい小さく「美味いな...」と独り言ちる。

    「それは良かった」

    思わずハッとしてロイエンタールを見れば、ロイエンタールがいつもは鋭い目元を僅かにゆるめ、微笑ましくこちらを見ていた。

    「 」

    パーカーの襟からのぞく自分の首筋が、カッと熱くなるのを感じる。同性の、ましてや親友であるロイエンタール相手に、俺は何を感じているのだろう。
    内心戸惑う俺の様子に、気付かなかったのだろうか ロイエンタールは自分の前に置いたマグカップを手に取ると、俺と同じように小さくコーヒーを口に含み、ゴクリと一つ飲み下す。

    「ところでロイエンタール、噂なんだが、卿はバレンタインに貰ったチョコをすべて捨てているというのは本当なのか 本当だとしたら、少し酷すぎるんじゃないか」

    ソワソワと波立つ気持ちを誤魔化すように、今日大学で話題になっていた噂を口にすると、手の中で指先を温めるマグカップの熱とは対照的に、ロイエンタールの表情からはサッと温かみが消えてしまった。
    そしてロイエンタールは、またバレンタインの話かと言わんばかりにうんざりとした表情で目を閉じると、もう一口コーヒーを啜った。

    「本当の話だ、ミッターマイヤー。 バレンタインのチョコは、買ったものにしろ作ったにしろ、毎年すべて捨ててる」
    「そんな......せっかく卿のために用意したのに」

    無意識にマグカップを持つ指先に力が入る。
    けれどロイエンタールも過去に体験した、悪夢のような出来事を思い出しているのだろう。普段美しく額を彩る眉が、明らかに不快感を示すよう顰められた。

    「ミッターマイヤー、卿はそう言うが、髪の毛やら得体の知れないものが入ったチョコを食べたい人間など、何処にいる そういう体験を何度もすると、嫌でもバレンタインのチョコなんて代物は、ゴミ箱に放り込みたくなるものだ」

    うっかりロイエンタールの語る内容を想像して、あまりの気色の悪さに思わず口元を押さえてしまう。確かにそんな経験をしたならば、他人が作ったチョコなど食べたくなくなるのも頷ける。
    そう思うのと同時に、俺は今現在リュックの中に入っている物を頭の中で思い浮かべると、ソファーの肘掛け越しにそっと自分のリュックへ手を伸ばした。ロイエンタールの視界から少しでもそれを隠すべく、指先でリュック上部をグッと背もたれの方へ押しやる。

    ガサッ────

    「ん 」
    「しまった 」

    つい口から出た言葉に、それまで優雅にコーヒーを飲んでいたロイエンタールの視線が、一気に俺へと注がれる。

    「どうしたミッターマイヤー 何かあったか」

    手に持っていたマグカップをテーブルに置き、訝しげな表情を見せるロイエンタールを誤魔化すように、俺はリュックを押していた右手をサッと引っ込めた。
    けれどそこは目敏いと言うかなんと言うか、何かに気付いたようにロイエンタールはニヤリと一つ綺麗な笑みを浮かべると、一人分を空けて座っていた俺の方へと、グッと身体を寄せて来るではないか。

    「おい、近…」
    「ミッターマイヤー、一体何を隠しているんだ 俺と卿の仲だろう どうしたんだ 言ってみろよ、俺にだけ」

    ロイエンタールは強引に俺の言葉を遮りつつ、右手で俺の顎をクイっと掬い上げると、すかさず俺の太股の脇に左手を着き、ソファーに押し倒すように一気に身体を寄せてくる。
    慌てて咄嗟に身体を引くが、迂闊にも一層ソファーに身体を押し付けてしまう形になり、革張りのソファーがギシリと小さな悲鳴を上げる。耳元で鳴ったせいか、やたら大きく聞こえた革鳴りが、俺を見下ろすロイエンタールの息遣いさえ意識させる。

    「ミッターマイヤー」

    低く甘い、艶のある声だ────
    窓から差し込むオレンジ色の冬の夕陽が、一房こぼれ落ちた髪の毛の隙間からロイエンタールの右頬を照らし、夜空を思わせる黒い瞳が僅かに赤みを帯びている。
    いつの間にか部屋全体が黄昏色に染まったリビングで、時計の秒針の音だけが静かに響く中、それまで俺の顎に添えられていたロイエンタールの親指が、まるで何かを確かめるようにそっと俺の下唇の上をなぞっていく。
    少しカサついた下唇を辿り、また中央まで戻ってきたかと思うと、冷たい指先でふにりと唇を押され、同時に眼前の美しい顔がゆっくりと近付いてくる。
    伏せられた瞼、触れそうな唇──胸の奥が締め付けられる様な感覚に、全身の筋肉がきゅうぅと緊張する。

    「っ……悪ふざけは、やめてくれ」

    咄嗟に上半身を捩りながら、両腕で目一杯顔を覆い隠し、逃れるように顔を背ける。怖いわけでも、ましてや乱暴されるなんて露ほども思っていない。思っていないが、あのままロイエンタールの口付けを素直に受け入れる事が出来なかった。
    ああ、心臓がバカにうるさい───ドクドクと耳の奥でうるさく脈打つ鼓動も、未だ言葉に出来ない胸の内も、ロイエンタールのあの冷静な双眸に見つめられたのなら、簡単に曝かれてしまう気がして、顔を覆う両腕にまた力が籠る。
    親友相手に、こんな風に感じるなんておかしい。これではまるで、ロイエンタールに熱を上げる女達と同じじゃないか。そんな戸惑う気持ちを隠すように両腕で顔を隠していると、袖口からのぞく手首にそっとロイエンタールの冷たい指先が触れた。

    「すまない、冗談が過ぎた。頼むから 顔を上げてくれ」

    顔は見えないが少し困ったようなロイエンタールの声音に、おずおずと顔を覆っていた両腕を解いてみるものの、やはり顔合わせられなくて目を伏せてしまう。
    静かに視線を伏せた先、もう湯気も上がっていないオレンジ色のマグカップを見つめていると、額にかかる前髪を避けるように、ロイエンタールの指がそっと額に触れる。そしてそのまま輪郭をなぞって目尻にまで辿り着くと、泣いた子供をあやす様に、指の背で優しく二、三度目尻を撫でられる。

    「機嫌を、直してくれないか 」

    やわらかく、けれどやはり少し困ったような声音に、段々こちらの方が意地悪をしているような気になって視線を戻せば、左右違う色の瞳に先程よりも濃く朱を載せたロイエンタールが、少しバツが悪そうに苦笑しながらこちらを見下ろしていた。

    「情けない顔だな」
    「女に拗ねられたところでなんとも思わんが、卿にそっぽを向かれるのは心が痛いからな」
    「ふん、嘘つきめ」

    そう言って俺が小さく笑うと、ロイエンタールは「信じて貰えぬとは心外だな」と大袈裟に肩を竦めて言い、もう一度俺の目元をやわらかな手つきで撫でた。
    俺もその手に、飼い主に撫でられた犬にように頬を寄せると、最後はじゃれつくようにわざと、ロイエンタールの親指の付け根を軽く甘噛みした。

    「此奴」

    ロイエンタールの笑いを含んだ声が、悪戯を成功させた俺を窘める。それからロイエンタールは一度小さく笑みを見せると、俺の手を引き身体を引き起こす。

    「なぁミッターマイヤー、本当に卿が言いたくないのなら、これ以上は聞かん。だが、そうじゃないのなら理由を教えてくれないか」

    ロイエンタールが握ったままの俺の手の甲を、じゃれつく猫の尻尾のような手つきで二、三度撫でる。
    ズルいと思っていてもこうして強請られると、つい絆されてしまう。
    我ながら随分と焼きが回っていると一つ苦笑して、ロイエンタールに向き直る。真っ直ぐに見つめてくるロイエンタールの両の瞳には、大きく俺の姿が映り込んでいた。

    「はぁ……別に大したことではないんだ。ただ、卿が他人の手作りの物を食べないと知らなかったから、トルテを作ってきてしまったんだ」
    「……」
    「俺が知らずにやったことだから、卿は気にしないでくれ。持って帰って、家族と食べるから」

    最後の方は早口になってしまった気がする。目の前で何も答えないロイエンタールに、なんだかいたたまれない気持ちになって、つい視線が下へと下がってしまう。
    やはり言わなければ良かった。ロイエンタールにとって、他人の手作りなんて重たくて迷惑なだけだ。リュックの中に入った小さなトルテを思い返して、無意識にズボンを握り締める手に力が籠る。

    「何味なんだ」
    「え」
    「作ったんだろう 見せてくれ」

    ロイエンタールに促されるまま、おずおずとソファーの脇に隠したリュックを取ると、リュックの底の方にしまい込んであるタッパーを取り出す。
    蓋に手を掛け、ゆっくりと蓋を開けると、今朝妹のエヴァンゼリンと一緒に詰めたトルテが二つ、お行儀よく薔薇模様の紙ナプキンの上に並んでる。

    「これなんだが……」
    「ザッハトルテか」
    「あぁ。日曜日がバレンタインだったろう 妹のエヴァが家族の為に焼いたんだが、それが美味くてな。 それで卿にも食べさせたくて、昨日エヴァに教えて貰いながら作ったんだ」

    そう言ってロイエンタールにトルテの入ったタッパーを手渡すと、ロイエンタールは渡されたタッパーの中身をじっと眺めた。
    ロイエンタールとプラスチックのタッパーなんて、なんだかとても不釣り合いだと思ってしまったが、それ以上に他人の手作りに対してあんなに嫌悪感丸出しだったのが、今はその影が見えない方が気になる。
    不安と期待、両方の気持ちでロイエンタールの顔を黙って見つめていると、ふと顔を上げたロイエンタールとカチリと目が合う。

    「どうしたんだミッターマイヤー、そんなに不安そうな顔をして。 まさか俺が卿から貰ったものを、本気で捨てると思っていたのか」

    少し揶揄うような声で意地悪な笑みを見せるロイエンタールに、それまでの不安が一気に馬鹿らしくなって、悔し紛れにロイエンタールの肩を軽く小突く。それまで心の中に渦巻いていた不安な気持ちは一瞬にして霧散していて、我ながら自分はかなり現金な人間かもしれないと思ってしまった。

    「さぁ、せっかくコーヒーも淹れてあることだ。 さっそく頂くことにしよう」

    ロイエンタールはそう言うと、早速キッチンの食器棚から皿とカトラリーを持ってきた。
    戻ってくる途中でライトを着けた部屋は、先程までのオレンジと薄紫色の混じった黄昏色から一転して明るくなり、ローテーブルの上に置かれた皿はLEDライトに照らされて、白地にプルシャンブルーのリムが鮮やかだった。加えてそれを縁取る金縁も美しく、如何にもロイエンタールの持ち物らしいそれに、持ってきたザッハトルテを置くと、自分で作ったものとは思えないほどに立派に見える。

    「いただきます」

    よく磨かれたフォークがパキリとチョコレートを割って、トルテのスポンジ部分へと沈んでいく。お行儀よく一口サイズに切り取られたトルテは、フォークの上にのせられると、ロイエンタールの口へと運ばれていく。
    緊張のせいかスローモーションのように見える目の前の光景に、じっと釘付けになっていると、ゴクリとロイエンタールの喉仏が上下に動き、次いでクスクスと笑う声が聞こえて思わずハッとする。

    「そんなに見つめられては、穴が空いてしまうな」
    「 すまないっ」

    慌てて目線を逸らし、誤魔化すように自分も目の前のザッハトルテに手を伸ばす。パキリとチョコレートを割り一口頬張れば、口いっぱいにショコラの甘味とアプリコットの爽やかな酸味が広がって、緊張の糸が少しばかり解ける。

    「美味いな」
    「本当か 」
    「あぁ、甘さが控えめなのがいい」

    ロイエンタールの言葉が素直に嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。まるで陽だまりに包まれたような温かな気持ちが胸いっぱいに広がり、自然とトルテを食べ進める手も早くなる。

    「なぁミッターマイヤー、この上にのっている物はなんだ」
    「それか スミレの砂糖漬けを砕いたものだ」
    「スミレの砂糖漬け 卿の妹御は随分と洒落たものを好むようだな。 今度このトルテの礼に、何か良さそうな物でも贈ろう」

    ロイエンタールの急な言葉に思わずケーキが喉に詰まりそうになり、慌ててコーヒーで飲み下す。

    「おい、妹には手を出してくれるな。 それに手伝ってはもらったが、作ったのは俺だぞ 俺に礼をしてくれ」

    わざとらしく息巻いてみせると、余程面白かったのかロイエンタールは珍しく破顔した。

    「そんなに卿が子供っぽいとは知らなかった。 では後日、卿にも何かお返しをしよう。それと……」

    ロイエンタールの顔が急に近付いて来たかと思うと、不意に口角のあたりにやわらかい物が触れる。一秒────いやもっと短かったかもしれない。何が起こっているのか訳が分からず、呆然とする俺を他所に、チュッと控えめなリップ音を残して離れていく唇。
    そして再びロイエンタールの顔が視界に戻ってきたかと思うと、そこには絶世の美男子かと見まごうばかりの、完璧な笑みを浮かべたロイエンタールが。

    「チョコレートがついていたぞ。 大丈夫、礼など不要だ」
    「〜〜〜、ロイエンタールッ」

    恥ずかしくて振り上げた拳はあっさりと避けられ、逆にロイエンタールの腕の中にすっぽりと収められてしまう。結局、色恋ではロイエンタールには敵わないんだろう。けれど敵わない事さえ、ロイエンタールの傍に居られるのであればいいと思えてしまうあたり、俺の恋路は全面降伏も近いのかもしれない。
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    Renri_NED

    DONE今更ながらにバレンタインお話。
    現パロかつ大学生設定割に、卿とか言っちゃってます。
    ロイは本来一学年上ですが、一年の時に長期の停学処分を受け留年して、翌年入ってきたミッタマと同学年に。
    パパエンタールは生きておるけれど、ロイは一人暮らし。ミッタマは実家暮し。
    ざっくりそんな設定です。

    恋愛初心者ミッタマと、ミッタマにだけ甘いロイです。
    それでも大丈夫な方は、どうぞ。
    初恋の途中 バレンタインを終えたばかりの冬のある日。冬の冷たい澄んだ空気と、まだ幾許か残る午後のやわらかな日差しの中、俺とロイエンタールは校門までの石畳の並木道を二人で歩いていた。
    四限目の授業が終わり、バイトに向かう生徒やサークル活動に勤しむ生徒が行き交う道は俄に活気づき、見知った顔にも幾度となくすれ違う。
    そんな慌ただしい喧騒の中、俺が声を掛けられないのは隣にいる男のせいだろう。
    オスカー・フォン・ロイエンタール。成績優秀、眉目秀麗で名を馳せ、大学のミスターコンテストでも毎年優勝している美丈夫だ。加えて運動神経もよく、読んで字の通り貴族様でもある。
    本人は名ばかりの下級貴族だというものの、父親はこの国でもそこそこ名の知れた有名投資家で、その財産と言えばかなりのものだ。
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    パパエンタールは生きておるけれど、ロイは一人暮らし。ミッタマは実家暮し。
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    四限目の授業が終わり、バイトに向かう生徒やサークル活動に勤しむ生徒が行き交う道は俄に活気づき、見知った顔にも幾度となくすれ違う。
    そんな慌ただしい喧騒の中、俺が声を掛けられないのは隣にいる男のせいだろう。
    オスカー・フォン・ロイエンタール。成績優秀、眉目秀麗で名を馳せ、大学のミスターコンテストでも毎年優勝している美丈夫だ。加えて運動神経もよく、読んで字の通り貴族様でもある。
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