上手なSweet Honey「今日はスイートポテトを作ろう」
とある土曜日。いつものように金曜日の夜から恋人である元晴の家に泊まり、一緒に朝を迎えるのが僕らの習慣になっているのだが、今朝は一足先に起きた元晴に、寝込みを襲われて起きることになった。
まだ眠い目を擦り、楽しそうにエプロン姿でベッドサイドに立つ元晴を見る。朝の光に照らされながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべ僕が起きるのを待つ姿は、正直言って可愛いらしい。
「作るのスイートポテト」
「そうだよ。昨日出版社に寄ったら、偶然いっぱいサツマイモ貰ってさ。貴之も食べたいでしょスイートポテト」
「そりゃ食べたいけど」
小さく笑って、チラリと壁にかかった時計を見る。時計の針は8時50分を指していて、まだ二度寝が許される時間ではなんてことを考えながら軽く唸っていると、焦れた元晴にパッと手を取られ引っ張り起こされる。
「ほら貴之、二度寝してるなんて勿体ないよ。起きて起きて」
元晴に手を引かれるままベッドから這い出て、そのまま着替えを置いているクローゼットまで連れられる。一度決めると意外と頑固なところがある元晴は、今日は何がなんでもスイートポテトを作りたいようだ。
元晴に促されるまま着替え終えると、僕らはさっそくキッチンへ移動した。
男の一人暮らしらしく、あまりごちゃごちゃと物が置いていない作業スペース上に、存在感ありげに鎮座するサツマイモが三つ。どれも立派と言える大きさで、育てた人の丹精が伺える。
「それでどうやって作ればいい レシピは」
手に取ったサツマイモを眺めつつ元晴の方を振り返れば、何故かキョトンとした顔の元晴と目が合う。
「え レシピ 潰して丸めたら出来るんじゃないの」
「それだとただのマッシュポテトのような気が……じゃがいもじゃないけど」
「……え」
「え」
どうやら、僕らのスイートポテト作りは前途多難なようだ。
「はい。……はい、ええ。はい……ありがとうございます、じゃあまたお店にお邪魔しますね。はーい」
あの後すぐに元晴は瞬くんのお姉さんへと電話を掛け、スイートポテトの作り方を聞くことにした。その間、暇になってしまった僕はというと、朝食代わりのコーヒーを飲みながら、リビングのソファーで元晴の電話が終わるのを待っている。
「ごめんごめん、待たせたね」
「ちゃんと聞けた」
「うん、もぅバッチリ」
メモ用紙を片手に元晴がキッチンから戻ってきた。
僕は手に持っていたコーヒーをローテーブルの上に置くと、元晴の手にしていたメモ用紙を手に取り、反対の手で元晴の腕を引いて自分の膝の上に座らせる。
「……貴之ってさ、そういうところあるよね」
「え 何が 」
「いや、気付いてないならいいよ」
「ん 」
元晴が何か言いたげな様子だったけれど、さほど大事なことではないらしく、僕はそのまま元晴から受け取ったメモ用紙に目を走らせる。
元晴のサラサラとした走り書きの文字を目で追いながら、粗方の手順を頭にいれると、立ち上がって元晴の手を引いてキッチンへ向かう。
「美味しく出来たら颯たちにも分けてあげよう」
「それなら少し小さめにして、沢山作ろうか」
「うん、それがいいね」
元晴とは恋人であるけれど、同時に小学校の同級生という面もある。こうして料理をしたり、みんなと出掛けたりする時、その友人という恋人とは違う関係性を僕らは結構楽しんでいる。
「まずは、皮を剥いて賽の目に切る……か。貴之、切るのと洗うのどっちがやりたい」
「どっちでも」
「じゃあ僕切ろうかな」
上機嫌でピーラーを探す元晴を傍目に、僕はさっそくサツマイモを洗い始める。
少し土のついたサツマイモを水でしっかり洗い流し、元晴に渡す。それを繰り返している間に、元晴も順調に皮を剥いては、サツマイモも適度なサイズに賽の目型にしていく。
「昔さ、家庭科の授業で一緒にカレー作ったの覚えてる」
「授業参観の時だっけ」
「そう、その時。それで、僕らの班はお米炊き忘れちゃってさ、みんなにお米分けてもらったの憶えてる」
「おぼえてる。みんなで少しずつ貰って、なんとか食べれたんだっけ」
「出来事としては失敗だけどさ、こうして何年も経って笑えるなら、それはもう成功だと俺は思うんだよね」
元晴はそう言うと、切り終えたサツマイモを耐熱ボールに入れ、レンジに入れた。
慣れた手つきでスタートボタンを押す元晴を眺めながら、僕は胸の中に広がるあたたかな気持ちを伝えるように、そっと後ろから元晴の身体を抱き締める。
「ん 貴之、どうしたの 」
抱き締められたままの元晴が、肩越しに僕の方を振り返る。僕は腕の中にすっぽりと収まる元晴の肩口に額寄せると、そのまま大型犬が飼い主に擦り寄るように、元晴の肩にグリグリと額を擦り付ける。
「あはは、なんだよ貴之 甘えたさんなの」
「そう、甘えたさんだよ。 元晴が素敵なこと言うから、つい可愛くて」
「こんなこと言う貴之、みんなには見せられないね〜」
「見せないからいい」
さほど広くないキッチンに、元晴の笑い声が楽しそうに響く。腕の中で擽ったそうに何度も身体を捩りながらも、決して逃れようとしない元晴の身体を抱き締めながら、時々本当に犬のように甘噛みしたり、脇腹を擽ったりとじゃれつく。
「もう貴之っ…ダメだってば ほらほらチン終わるから、こら〜〜」
そのままキッチンの床に倒れそうな僕らを止めるように、タイミング良くレンジがピーと加熱終了を告げる。
僕は腕の中にいる元晴ごと身体を起こすと、電子レンジを開け、中からボールを取り出す。
「熱くない」
「ん、平気」
つい先程までのじゃれあいから一転し、ボールを作業台の上へ移動させ、水滴が浮かぶラップをめくると、そこにはしっかりと火が通り黄色く鮮やかな色をしたサツマイモの姿があった。
僕らはその様子に顔を見合せてニコリと笑い合うと、僕は戸棚からフォークを取り出し、元晴は瞬くんのお姉さんから聞いたレシピに再度目を通す。
「このまま滑らかになるまで潰せばいいの」
「ちょっと待って……あー、ある程度潰したら、そこに砂糖と牛乳とラム酒を加えて、滑らかになるまで混ぜるみたい」
「わかった」
さほど大きくないフォークで何度もサツマイモを潰しながら、途中元晴が用意した砂糖を加える。ザリザリとした白い砂糖が、徐々に馴染んでくるのを目で見てとりながら混ぜていると、レシピを持ったままの元晴に声をかけられる。
「貴之、そろそろ牛乳入れてくれる」
「ん…」
「えっと〜、牛乳は50ccだってさ」
元晴言われた通り、牛乳を取り出し、いざ牛乳を入れようとした僕は、サツマイモの入ったボールの前でおもむろに手を止める。そんな僕の様子にキョトンとした様子の元晴が僕を見返すけれど、元晴の可愛らしい表情よりも、今僕の頭の中に浮かんだ疑問の方が重大だ。
「元晴、50ccって何ccかな」
「へ」
「いやだから、何cc」
「……は」
僕の真面目な顔が余程面白かったのか、元晴がお腹を押さえてその場に座り込んで笑い始める。僕としては、計量カップも無いのにどうやって測ればいいのかと、至極真面目に聞いたつもりだったのに、元晴にはかなり頓珍漢なことを言ってるように見えたらしい。
そうして元晴は一通り笑い尽くすと、目尻に浮かぶ涙を拭いながら僕の手にあった牛乳をとる。
くるりとボールを一周する様に牛乳をく注ぎ入れた元晴が、次いで流し台の下からラム酒を取り出す。香り付けのために少しばかりボールにラム酒を投入すると、ふわりと鼻先をくすぐる甘い香りがキッチンに広がる。
「あとはこれを混ぜて形を整えて、卵を塗って焼くだけだってさ。 さっ、あと少し頑張ろう」
「うん」
気合いを入れ直した僕と元晴は、少し小さめのスイートポテトをいくつも作っては、クッキングシートを敷いた天板の上に行儀よく並べていく。クリーム色の小ぶりな楕円形のサツマイモたちが、鮮やかな黄色の卵黄を纏って、美味しく焼き上がるのを今か今かと待っているようだ。
そして僕たちは、あらかじめ温めておいたオーブンの中にそれらを入れると、あさみさんから聞いていた時間をセットし、オーブンのスイッチを入れる。
「焼き上がったらちょっとだけ味見して、あとは颯たちみんなを呼んでお茶にしよう」
「じゃあ、みんなに連絡入れよう」
「あっ、待って貴之。その前に…」
元晴に呼び止められて振り向くと、軽く背伸びをした元晴にチュッと頬にキスをされる。突然の事で驚いてキョトンとしてる僕とは対照的に、元晴はまたクスクスと楽しそうに笑うと、僕の手を取り寝室へと歩き出す。
「焼き上がるまでに時間はあるし、せっかくの休日なんだからさ、僕らの恋人としての時間も楽しもうよ」
そう言って僕の手を引く元晴の背中を見ながら、僕はたぶん一生この可愛いくて上手な恋人に勝てることは無いんだろうなと思った。
でもそんなことを思いながらも、それも悪くないと思って、また僕は小さく笑った。