「血も涙もない」?事実でしょう。何が問題なんですか?」「ノアさん、僕たちも手伝いま───」
「結構です。アンタ達に足を引っ張られるぐらいなら俺一人で片付けるんで」
「すいませんノアさん、私がアブノマーリティの確認を怠ったせいで──────」
「で?俺にそれを言ってどうして欲しいんですか?言っときますけど俺はフィンに口利きする気はないし、アンタみてえなたかがオフィサー1人のために動く気もないですよ」
氷柱のような言葉が、蔑むような視線がオフィサー達の耳を刺す。職員ノアは苛立ちを隠すことなく、面倒臭いと言わんばかりに答える。オフィサー達は何か言い返そうとしたが、アイスブルーの瞳に睨みつけられ、凍りついたように動けなくなる。職員ノアがこのような態度をとったのは1度や2度ではない。入社後に中央本部第2チームに所属した時も、抽出チームに異動してからも、そして…設計チームのリーダーとして配属された今も。
異動したノアは驚きを隠せなかった。大きな革張りの椅子にモニター。3人がけのソファに、明らかにチームの人数より多いロッカー。明らかに「多くの人が使う」と想定された部屋なのにオフィサーのいないメインルーム。全てが異質なその部屋に、他の部門より多くのアブノーマリティ。違和感だらけのその部屋で、ノアは立ち尽くしていた。。
「あれ、ノア兄?何してるっすか?」
「…アンタもここに配属になったんですか、ビクター」
「そうっす!今朝管理人から言われて、せっけんちーむ?とかいうとこに行けって言われたんすよ」
そう言ってビクターは目を輝かせながらメインルームを歩き回る。おぉー!と歓声を上げながらソファに座ったり、何っすかねこれ?と言ってモニターを眺める姿を、相変わらず喧しいやつだと思いながらノアは眺めた。中央にいた時から変わらない。何時も面倒をかける、ガキみたいな奴。
「見るっすノア兄!」
「何ですか」
「革の椅子とパソコンっすよ!ふっふん!これなら頭良さそうに見えないっすか?」
「そのアホ面じゃいくら見栄を張ったって無駄ですね」
「あーっまたオレのことバカにしたっすか!?」
「馬鹿にするも何も。アンタが馬鹿なのは事実でしょう」
「おれはバカじゃないっすよ!!バカって言う方がバカなんす」
「ハッ、自分の所属すらまともに言えない奴に言われても。動物園の猿の方がまだ賢いんじゃないですか?」
「ンキーーーーッッ!!ノア兄のバーカ!おっさん!!ヤニカス!!!」
キャンキャン喚くビクターを無視し、業務開始を待つ。名簿を確認した限り、もう1人の職員が来る予定だが、そのもう1人はいつまでたっても来ない。怖気付いたか。その程度なら来ない方がマシだと思いながら武器の確認や業務の準備をしていると、俄にドアが開く。
「あ、あの、設計チームって…ここで合ってますか……?」
「そうですけど。アンタ誰ですか?」
「ひっ、ご、ごめんなさい…!マリツァです、5日前にここに入社して、福祉チームから設計チームに異動になって……」
真っ赤な髪に同じぐらい赤い奇妙なスーツを着た、マリツァと名乗ったその職員は、萎縮気味に自己紹介をした。が、ノアが何かを返すことはなかった。
「あ、あの……?」
「…何ですか、まだ何か用でもあるんですか?」
「い、いえその…ここって何をするチームなんですか……?「設計」って…何を建てるんですか?」
「そんなの俺の知ったことじゃないです。気になるんなら管理人にでも直接聞いたらいいんじゃないですか?」
「す、すみません……失礼します」
いつものように冷たく刺すような言葉で返すノアに、マリツァは半ば泣きそうになりながら、逃げるようにして立ち去ろうとした。
「あーーっやっともう1人の人来たっすか!待ってたっすよ!!」
「ひゃっ!?」
「あっ、オレはビクターっす!ノア兄と一緒に入社して、おんなじチームでも働いてたことあるっすよ!」
「あっあ、えっと…マリツァと申します…」
「マリツァ姉っすね!よろしくっす!ノア兄はちょっと怖そうに見えるしいっつもタバコ臭いし口も悪いけど、悪い奴じゃないから安心していいっすよ!」
「聞こえてますよ」
ひゃ〜!と言いながら跳ねるように逃げるビクターと、取り残されたマリツァを横目に、ノアは再び考えた。マリツァを突き放したものの、事実自分も設計チームが何をするところなのかを知らない。ティファレトやビナーのようなセフィラもいなければ、管理人もこちらに詳しい説明を寄越す気もないようで。ビクターやマリツァも当然何も知らない。面倒な仕事を押し付けられた。悪態をつきながらノアは業務を始める。この地獄のような会社の底で、変わらず冷えた目をしながら。刺すような言葉を吐きながら。ただいつも通り、自分の仕事をこなすだけだ。