ドサリ。ベッドにうつ伏せに倒れ込んで、及川はふぅと息を吐いた。時刻は午前零時を回ったところ。疲労で鉛みたいに重い身体をもぞりもぞりと動かして、体制を横向きに変える。明かりを消してしまったので室内は暗いが、窓の外から入ってくる薄明かりでぼんやりと部屋の様子が見える。机の上は書類と文房具が散乱、椅子の背もたれには脱いだのか洗ったのかわからない服がかかっている。カバンは床に放りっぱなし。未だかつてない荒れ具合だ。
この二週間の忙しさは尋常じゃなかった。クラブチームでの日々のトレーニングはもちろんのこと、慰問ボランティア、スポンサーとの会合などなど。オフシーズンといえど、なかなかのハードスケジュールが組まれており、それに加えて、ビザの更新時期が来たのだ。及川は飄々とした立ち振る舞いから軽薄な印象を持たれることはあるが、基本真面目な男である。学生時代、夏休みの宿題は計画的に進めるタイプであったし、無論こうした重要書類の申請などは、事前に準備を済ませ期日に間に合うようにしている。ところが、今回からビザ更新の代行先を変えたのがいけなかった。弁護士に依頼して動きがないまま二ヶ月、三ヶ月と経ち、あと少しで半年というところで、見かねたチームメイトが仲介に入ってくれた。蓋を開けてみれば、及川の依頼は手付かず。「アジア人のガキ」という認識で舐められていたのである。えらいこっちゃとチームメイトも巻き込んで奔走し、どうにかこうにか申請に漕ぎつけた。そんなこんなで日常生活が犠牲となり、この有様だ。
明日はオフだから片付けなければ。でも今はこの惨状を見たくない。うーんと寝返りを打ち、傍らに放っていたスマートフォンに手を伸ばす。電源ボタンを押せば、日本にいる恋人が液晶に映し出される。海を背景に気取らずカラリと笑う姿。声をかけてからシャッターを切ると必ずと言って良いほど変な顔をするので、不意打ちで撮った写真だ。会いたいなあ。疲れた頭でぼんやりとメッセージアプリを開き、何も考えずにメッセージを送った。
『めっちゃ頑張ったのでご褒美ください』
日本との時差は約十二時間。今はちょうど昼休みに入った頃だろう。小学校教諭である菅原はきっと子どもたちと給食を食べている。返事が来ても仕事が終わったあとだろうな、とスマートフォンを伏せて眠りにつこうとすると、手の中がヴヴヴと振動する。まさかと思えばそのまさかで、ただ一言、簡潔に『ちょっと待って』と返信が来た。
眠気と戦いながら待つこと十分。再びヴヴヴとスマートフォンが振動する。液晶には『sugaが写真を送信しました』の文字。ポップアップをタップし、表示された写真に及川はひっくり返りそうになった。
薄暗い背景はトイレの個室だろうか。ジャージの前は開かれ、カッターシャツはたくし上げられている。なまっちろくうっすら腹筋が浮かぶ腹、平らな胸、薄く色づいた乳首に目がチカチカした。さらにその上、朱色のネクタイを銜える唇は艶かしい。そして目。僅かに熱を孕ませてキュッと悪戯っぽく細める目はひどく扇情的だった。沿うように歪む泣きぼくろが憎らしい。
「えっちすぎるでしょ!!!!」
思わず一人叫び声を上げれば隣の部屋からドンと壁を叩かれる。慌てて口元を押さえ、いてもたってもいられず音声通話のボタンを押すも、通話が繋がったのは七時間ほど経ってからだった。