第11回 菅受ワンドロワンライ「待ち合わせ」「じゃあ、また放課後」
コートもマフラーもお役御免。朝の空気もすっかり和らいで、春の訪れを感じた。賑やかな昇降口を抜け、人もまばらな廊下でハイタッチ。教室は二つほど離れているので、ここでお別れだ。じゃあ、と菅原が自分の教室のほうへ歩き出し、名残惜しくて振り返ると及川はまだ教室に入らず、へらりと笑ってドアの前で手を振っていた。
一限、二限、三限、四限と終わり、昼休みも各々クラスメイトたちと食べる。曜日によっては五限の選択授業で一緒になったりならなかったり。他人からするとそっけないようにも感じるようだが、それはそれ。顔を合わせない間、互いのことが気にならないと言えば嘘になるが、二人で話し合って決めたことなので、特別苦でもなかった。
あれよあれよという間に三年になり、部活も揃って引退したので、授業が終わればすぐ帰宅だ。「じゃあ、また放課後」という言葉通り、菅原は教室を足早に出る。待ち合わせ場所は昇降口。ではなく、校門。でもなく生徒の行き来が少ない裏門だ。何故かと言うと及川がすぐ女子生徒に囲まれるから。最初の頃こそ、教室だったり、昇降口だったり、校門だったりで待ち合わせていたが、女子に見つかるとにっちもさっちも行かず、待ち合わせどころではなくなるので裏門に落ち着いた。なお、裏門がダメだった時は近くのコンビニで待ち合わせている。
裏門に到着し、今日はどうかなと菅原が周囲を見渡す。まばらに人はいるものの、普段及川を目で追っているような女子の姿は見当たらなかった。ほっと胸を撫で下ろしたところで門の影からニュッと手が伸びてきて、菅原は瞬間ぎょっと目を見開く。伸びてきた手はひらひらと揺れ、そしてひょっこりと悪戯っ子のような表情の及川が顔を出す。
「おう、ひょっこりはん」
「そんな顔の出し方してないし!」
揶揄われて口を尖らせながら出てくる姿に、菅原は上がった心拍数を隠してケラケラと笑う。少しでも驚いたと知れたら逆に弄られる。及川の表情を見るに、どうやら驚いたことはバレていないらしい。口を尖らせ続ける及川の背を宥めるように叩き、機嫌をとるように腕を引く。機嫌をとると言っても、及川の態度はポーズなので、さほど気にすることではないのだが、さすが末っ子というべきか。自分より大きな身体で小さな子供のように拗ねるので、菅原としては面白くて可愛かった。
引っ張られた及川の身体が、力の抜けた猫のようにぐにゃりと揺れるが構わず歩き始める。ふてくされた子どものように渋々足を前に出した及川だったが10mほど歩けば、もう自力で歩いていた。
受験勉強もあるから放課後遊び回ることはしないけれど、登下校を一緒にして歩きながら他愛のない話をする。あれが食べたいだとか、受験が終わったらどこに行きたいだとか、そんな話ばかりだけれど、だらだらと話をするのは楽しい。ときおり、買い食いをすることもあって、そんなときは一緒にいられる時間がほんの少しだけ伸びるので嬉しかった。
「じゃあ、また明日」
及川がくるりと身体を回転させて菅原の顔を覗きこむように首を傾げる。傾いた陽の光が髪に透けて、キラキラ光って綺麗だった。
「おう、また明日」
手を小さく上げて、応えるように菅原も首を傾ける。早く明日が来れば良いなと思いながら。
「っていう妄想をたまにしてたんだけど」
「え、可愛い」
及川の部屋、アルゼンチン出立に向けた荷造りを手伝いながら、なんとなく互いの高校生活を振り返っての会話だった。出会いは高校三年。放課後デートなんて甘い響きのするものは片手で数える程度。学校はまったく違う場所に位置しているため、登下校が被るなんてことはない。そこで、もし同じ学校だったら……なんて妄想を繰り広げるに至ったのだった。
「でも今思うと同じ学校じゃなくて良かったなって」
「え!?なんで!?」
一瞬、恋人の可愛さに頬を緩めた及川だったが、続いた言葉に緩めた頬がぎくりと固まった。理由を聞きたいような、聞きたくないような。こちらを見ることもせず、段ボールに荷物を詰める後ろ姿をじっと眺めた。箱がいっぱいになったのが、粘着テープをビビビと伸ばし、ビリリと千切る音が室内に響く。テープが剥がれないようにパンパンと端を叩いてから、菅原はくるりと及川の方を向き、ニィッと目を細めた。二人は膝立ち、背中合わせで作業をしていたから、距離はさほど遠くない。菅原が一歩前のめりに手を床につけば、ほぼゼロ距離だ。
突然近づいてきた菅原に及川はバランスを崩し、尻持ちをつく。及川の姿勢が低くなったところで、するりと猫のようなしなやかさで菅原は及川の耳に顔を寄せた。
「だって、勉強も部活も手がつかなくなるかもしれないし、もしかしたらお前のことここまで好きになってなかったかも」
囁きを落とすと面白いくらいに及川の身体が揺れた。その様子を見て、満足した菅原はあっという間に身体を離し、新しい段ボールを取りに部屋の隅へと移動していった。
「さ、あと少しだし頑張んべ!」
馬鹿でかい段ボールを片手に笑う姿はさきほどとは打って変わって爽やかだ。「スガちゃんの悪魔……!」とわななく及川を尻目に、ひとつふたつと荷物を段ボールに詰めていった。