雷毎夜淡い期待を胸に抱き
冷えた寝床に身を沈ませる。
体温を奪い温もるシーツに
ほんの少しだけ心を晒す。
数刻せずに意識は水面下
甘い夢に瞼を落とす。
何度朝日が昇っても
彼の寝床は冷えたまま。
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例えば夕方帰宅したときだったり。
夜寝る前のふとした時間だったり。
その事実は存在を主張してくる。
彼はもう
どこにもいないのだ。
といってもそんなこと受け入れられるはずもなく、少し埃を払う程度で、彼の私物は彼が家を出た日のままにしている。
まるで時を止めているように。
とても几帳面な人だった。
彼はいつも壁に向かって丸まって寝ていて、
目が覚めてしばらくすると、一度伸びをする。
それからベッドから下りてシーツを皺一つないよう整える。
そして枕元にあるカレンダーの昨日の日付に×印を付け、
ベッドの足下にある観葉植物に水をやる。
最後に、そっと俺のベッドに近づいて、俺を優しく揺り起こす。
「おはよう、雷。もう朝だよ。」
と。
ここまでが彼の毎朝の日課。何があっても順番が変わったりはしない。
結局俺は最後まで、自分からおはようとは言えずじまいだった。
今日こそは、と思ってもなぜか照れくさくなってたぬき寝入りをし、
温かい手が肩に触れ、柔らかい声が降りてくるのを申し訳ない気持ちで待っていた。
今なら自分から言える、
そんな気がするのに。
あの日から、坐や鬼樹さん、他の皆がちょくちょく様子を見に来てくれるようになった。
藍さんからは洋館に来ないかと話を持ちかけられたこともある。
でも、それはつまり、
この部屋から出て行かなければいけないわけで、
あの人のいたこの部屋の、この空間から逸脱した生活を新たに始めるということ。
誘いはありがたいけれど、俺にはそんなことできっこない。
あの人は
冷たい冷たい檻の中の俺を"ヒト"として見てくれた初めての人だったから。
初めてできた"家族"だったから。
一人は辛いし、思い出の詰まったこの部屋で生活するのも辛い。
だけど、ここを出て別の場所で生活するのはもっと辛い。
だから俺は今日も
あの人の帰りを待ち続けるのだ。
(二度と帰らないとは分かっているのに、)