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    zenshingaitai

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    zenshingaitai

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    続きですがまだ終わりません。
    そろそろエッチなターンなのでこっちに書き殴り

    香水の話(続き)





     いや、別に俺ここにいる必要なくない?
     と思いながらベッドに座っている。
     白くて硬いシーツが剥き出しの膝裏を擦って、状況の面妖さを訴えてくる。
     足白いな〜俺。
     脹脛はともかく、太腿もまあ頼りないものだ。
     素気ない色のLED電球が、なんのムードもなく俺の生足を照らす。

     先輩が戻ってきたら着替えるわけだし、ビジホの寝巻きを着るのも癪なので、結局ワイシャツ一枚のままでいる。
     脱いだ靴下をもう一度履くのも苦手なので、生足に靴下にスリッパだ。
     一応、先輩が千葉さんを連れて出てってから部屋中を探したのだが、とりあえず部屋周りの廊下も見てみたのだが(誰にも会わなくてよかった)、もちろん、当然、どこにも俺の着替えはない。
     先輩がここに来てから俺の着替えを取り出してどうこうしてるところなど一瞬も見てないのでそりゃなくて当たり前なのだが、あの先輩のことなので、手品的に隠している可能性もなくはない、と思ったのだ。
     まあ無かったんだけど。
     ということで、先輩が勝手に持ってきたノートPCには触っていない。
     仕事なんかとっくに終わらせている。二次会に出たくないがゆえの方便だ。なので本当に着替えだけあればよかったのだが、着替えはない。
     なんでやねん。
     そしてシングルのベッドの上でぼんやりと腕を組み、俺なんでここにいるんだろう、と思っている。

     で、その横に先輩のジャケットがある。

     冬なのだ。汚れたコートとスーツとスラックスでハンガーが埋まったからであって、持たされたものをなんとなくベッドに置いたからであって、ビジホの狭いシングルの部屋の小さい椅子にわざわざ座る必要がないからであって、俺と先輩のジャケットが並んでいる意図はなにもない。
     無いったら無い。

     いい生地なんだろうな、と思う。
     知らんけど。
     さらりとウールの布を撫でる。
     柔らかい布。

     俺の他には誰もいない部屋。


     座ったまま後ろに倒れると、くたりと横たわるジャケットに沿うように横になる。
     少しだけ鼻を寄せる。
     布の匂い。

     物足りなくて、擦り付けるように二の腕の生地を嗅ぐ。

     見つかった。
     布の匂い。
     その下の先輩の香水のにおい。
     それから、先輩の肌のにおい。











    「千葉くんはそう思うんだ」

     渋滞を抜けて、2人を乗せた車は神宮の森と代々木競技場の間を滑るように走る。ばちばちと雨が弾かれていく。

    「違うんですか?そうでしょうあれは」
    「どうだろう、よくわからないんだよね、あいつのこと」
     対向車線の車のヘッドライトが、先輩の顔をスキャンするように、ぐるりと照らしていく。
    「多分、千葉くんが思ってるよりずっと複雑な人間だよ、あいつは」
    「その複雑さを知りたかったと思います」
    「そうなんだ」
    「卯木さんは知ってるんですね」
     ひと気のない人工の森と公園が終わると、ようやく景色に生活の気配が漂う。
    「............駅で下ろしていいんだっけ」
    「はい。卯木さん」
    「もうすぐつくよ」
     富ヶ谷の交差点の歩道橋の下、影に収まるように信号を待つ。


    「卯木さんは茅ヶ崎のこと、どう思ってるんですか」











     代官山で臣の職場から出たあと、ようやく目的の店に入り、いかにもハイクオリティな商品を扱っています、という洗練された空間に少しだけ緊張しながら、先輩の香水だというものを嗅がせてもらった。

     ジャスミンの香りが広がり、アンブロクサンが顔を出し、くらり、とパンチを効かせて酩酊させる。

     でもそれだけだった。




     持ち主のいないジャケットの内側の、首のあたりに鼻をつける。

     ジャスミン。
     アンブロクサンが金属的なまま襲ってくる。
     そしてその奥に、少しだけ有機的な甘味の気配。
     ぞわり、と背中ごと身体が反応する。

     この香りだ。

     
     ベッドから出ていた足を引き上げて、香りのもとを抱え込むようにする。
     不自然な皺がついてしまう、と思うが、もっと、もっと嗅いでいたい。
     鼻を包むように、顔をジャケットに埋める。
     呼吸の度に、香りの眩暈を味わう。
     決していい香りではない、あと一歩で刺激臭として忌避したくなるような、金属を擦り合わせたような香り。
     首の後ろを細い針で刺されるような、鈍痛に似た陶酔があって、それでももうやめなくては、と思うのに、もう少しだけを繰り返して、蠱惑的な刺激臭の下の、微かに甘く、生々しく柔らかい、他人の皮膚の匂いを探してしまう。
     ジャケットをしっかりと抱きしめて、身体の前面に押さえつけて、鼻からの刺激に無防備な背面が粘膜のようにびくつく。
     いる。
     ここにあの香りがある。
     ぎゅう、と丸まった身体の貧相な太腿に先輩のジャケットが擦れて、知らない布の肌触りと先輩の香り。
     濃密な香りに包まれて、身動ぎすら危うく、それでも嗅ぐ。
     嗅ぎ続ける。


     さっきまでこの服を着ていた人がいる。
     さっきまですぐそばにいて、今はもういない。




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