うっかり茅ヶ崎くん 12/2、まあ当然忙しくてバタバタした日になる予定だった、のだけど、突如社内システムがダウンして、アポとメール以外の仕事が止まったまま、フロアのみんなが困った困ったと言いつつ、少し浮かれているのがわかる。
今日中には無理だろうというシステムの復旧具合を共有しつつ、そこかしこで雑談が広がっていて、もう少ししたら予定の空いてるメンツで飲みに行くかという流れになるのを察して、午後休の準備を進めてしまう。
今年のクリスマスは、外部のイベントに駆り出される予定なので、少しでも脚本の読み込みをしておきたかった。
練習相手として先輩にも打診すると、とっくに仕事を整理して階下の飲食店でダラダラ作業してると言われて、相変わらずトラブルに強いな、と少し呆れてしまう。
昼休みと同時に先輩のいるカフェに向かうと、それじゃあと言って、さっさと別の店に連れて行かれた。有楽町近くの高架下のレトロなショッピングモールのB1階、いわゆるガチ中華なその店は、サンタとクリスマスツリーの電飾が光っていて、カオスの様相を呈していた。先輩が好きそうな店だな......と思いながら大人しくついていく。
薄暗くガチャガチャした店内で、読めないメニューから辛すぎない定食を選んでもらって、ハフハフと食べ終わると、それじゃあ、と言われて会議が始まった。
「えっ、ここで読み合わせするんですか?」
「いや、今年のクリスマスの予定を詰めようと思って」
「ああ、イベントもありますし、寮のクリスマス会もありますし忙しいですよね」
「うん、茅ヶ崎のオフ日は?」
「あーっと、まってください、えーと、22がイベントだから、3、4、5、12の夜と15は丸一日、あと20日の夜もなんとか空けられたらと思ってます」
「そう、じゃあ20日かな。空けといてもらっていい?」
「はい、万里に稽古場確認しときますね」
「稽古場?」
「あぁ、うちの部屋でやりますか?」
「いや、それはちょっと......まあ、なるべく避けたいかなとは思ってるけど、茅ヶ崎がその方がいいならそれでもいいけど」
「俺は別に時間さえ合えばどこでも大丈夫です」
「そう? せっかくだしちょっといいとこ行こうかと思ってたんだけど」
「え、ど、まって、ちょっといいとこってどこですか」
「どこでもいいよ、ただめぼしいところは今の時期じゃほとんど埋まってるかもしれない」
「はぁ、まあクリスマスですもんね」
「クリスマスだからね」
「はい......」
「............」
「..................」
「......茅ヶ崎」
「......はい、なんか俺たち」
「噛み合ってないな?」
「はい」
と言ったら、ふ、と笑い始めた先輩の顔が思いの外柔らかくて、心にストン、と突き刺さってしまった。
店内にぶら下がってる星型の電飾が、間接照明的に先輩の顔を照らしていて、妙にムーディーだった。
瞳が反射してきらりと光るのに沸いた唾を、練乳入りのミルクティーで流し込む。
「超高解像度絵アド激高SSR......」
「何?」
「いえ、なんでも......」
「まあいいけど。で、お前、なんの話をしてると思ってる?」
「今度のイベントの稽古の話じゃないんですか?」
「................................................はぁ」
クソデカため息を吐かれた。
「お前、そういうところあるよな」
「全くわからない内容でdisられてる」
「俺とお前はさ、どういう関係?」
「ええ、なんですかその恥ずかしい質問は」
「ウザい、照れるな」
「ひどす」
「それはお前なんだよ。そろそろ怒るぞ」
「あっ、待って、いやだって、ほら、ね、ここ外ですし......他にも人もいるし......」
「ふうん、お前がモタモタ食べてる間にほとんど客も居なくなったけど」
「ぐぅ、だって、ねえ、うん、そのじゃあ、そっち行きます」
としぶしぶ立ち上がって、先輩の耳元まで言って、こう言った。
「恋人同士です......」
もう、耳まで熱いのがわかり、さっさと座って両手で耳を畳んで隠してしまう。
店内が暗くて本当によかった。
ふうん、ともう一度言った先輩が、眉間の皺の割に、満更でもない気配を醸し出してるのがわかる。
まあ、そう。そうなのだ。
俺たちは、なんやかやあって、すったもんだの果てに、先月からお付き合いをしているのだった。
「まあ、許してやるか」
「わからんけどありがとうございます......」
「でもまあひとつやふたつくらいはお願いを聞いてもらおうかな」
「ええ、どんだけ悪いことしたんですか俺は」
「結構悪いんじゃない」
「わからん!」
「あそう。お前は全然、全く、恋人とクリスマスを過ごそうって気がないんだね」
脳内に、宇宙空間で硬直している猫の画像が広がっていく。
「まじすか」
こうして、見事に墓穴を掘りまくり一面の墓地を耕した俺は、Xデーの20日を恐怖の中で迎え、緊張してちっとも味のしないような高級すぎるディナーの後に高級ホテルの最上階のクソデカキングサイズのベッドの上で、ちょっと言えないようなあれやこれやそれやどれやによって、先輩が以外と結構かなりノーロマンではない、と言うことを、きっちりみっちりわからせられたのでした。
おしまい。