服の裾をクイと軽く引かれる感覚につられるように振り返る。
目が合ったのは少し焦っているような表情で、目的地へは遠回りとなる道を指差して今度は腕ごとそちらへ誘導するように引っ張られた。
「こっちの道通ろう」
言葉少なにそれだけ言って、神在月はナギリをグイグイと指差した道へ押し込むようにして連れて行く。
「…?どうした?」
疑問を口にしつつも、急いでいるわけでも無い散歩代わりの買い物のつもりで出て来ているので、そのまま流されるように足は何時もと違う道へ逸れる。
「ちょっと知ってる吸血鬼の人があの道の先に居る気がして。一応避けとこうかなって…」
「…知っている吸血鬼?」
ナギリが眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をして口を開いたと同時に、背後から身に覚えのある喧噪が聞こえてくる。
「やっぱりY談おじさんだった…早く行こう辻田さん!」
神在月はナギリの手を取り足早に道を進む。今Y談波を浴びれば二人揃って規制音が入りそうな程には性癖が歪んでしまった自覚がある。
だから遭遇することなく避けられた事は喜ばしいはずが、神在月が姿を見ても居ないポンチ吸血鬼の存在に気付いたことが何か気に入らない。
「うわぁ…今日いっぱい居るなぁ…もうちょっと遠回りしながらゆっくり行こっか」
そう言って神在月はナギリを振り返りへにゃりと笑う。
大きく開いた口元からは、人のそれよりも尖った二つの牙が見えた。そこで、これはダンピールの能力か。と漸く気付く。
余り探知能力は強い方では無いと聞いていたが、遭遇しないよう避ける程度には役立つようだ。
普段から二人連れ立って出歩く時にポンチ吸血鬼との遭遇率が低い気がしたのはその為か。そこまでナギリの思考が行きついた時、手を引き歩いていた神在月が突然立ち止まった。
「でもね。僕は一番辻田さんの気配がわかりやすいよ。すごく好きな匂いなんだ」
嫉妬めいた気持ちでいる事を悟られていた事に驚きと悔しさはあるが、それよりも神在月に一番と言われた喜びの方が上回る事にナギリは驚く。
それと同時に、特別ではないというような素知らぬ顔でいる神在月にちょっとした苛立ちを覚えた。
「それは、シンジは一番俺が好きだから。と言いたいのか?」
「ヒェッ…そ、そうだよ。そうだし今の顔めちゃくちゃかっこよ過ぎる…」
「ほうほう?神在月シンジ先生は俺のこの顔も大好きか?」
「う、うひぇ…可愛い……だ、大好きですぅゔゔ」
どこに可愛さを見出すのか甚だ謎だが神在月から言われる分には悪い気はしない。与えられるもの全てを認めてしまえば、一番を独占できるのはナギリだけの特権になるのはもうわかっている。
「何が可愛いだクズ。眼鏡の度数合ってないんじゃないか?」
「オブェ…だって可愛いって思う時があるんだ!辻田さんはカッコいいけど可愛いんだ!これは宇宙の真理だよ!!」
「急に元気な虫みたいになるな!さっさと歩け!」
「はっはいいぃぃ…」
見越した通りに神在月の形相を乱せたことに満足しつつ、ほんのり熱を持った耳先の赤さに気付かれ無いように先を歩かせる。
我ながら子供臭い照れ隠しだと自覚はあるが、まだそこまで素直にはなれない。
急かされながらもポンチ吸血鬼を避けるために集中しているだろう神在月の背中に免じて、繋いだ手は放さずにいてやった。