初めは君じゃなきゃいけない理由なんて何一つ無かった。ピンチの時に助けてくれたアシスタントの一人。ただ、それだけ。
始まりはただの勘違い。思考力の落ちた人間など都合の良い物しか見ないし見えない。
だから扉を開けたのは本当に偶然で、そのままなし崩しに最後まで付き合ってくれたのも当たり前の事だと思っていた。
それが君の気まぐれか優しさだったのか、奇跡に近い出来事だったと気付いたのは少ししてからの事。
雨の降るコンビニからの帰り道。一体いつからそこに立って居たのか、足元に水溜りが出来る程の時間は経っているはずで、濡れた身体は少し寒くなってきた風に冷やされて一層血の気が引いて見える。
その姿があまりに頼りなく見えてしばらく君を見つけた場所から眺めてしまった。雨は降り続いているし、君の背後の扉は今は絶対に開かない。ただ雨宿りしているだけで、他意は無かったかもしれない。
それでも俺の家の前を選んで佇む彼の姿に胸が押し潰されそうに痛む。気付いた時には頼む原稿も無いのに、何かと理由を付けて家に招いていた。
本当はもっと前から気付いていた。それに目を瞑って自分が気付かない振りをしている事にも。
君が纏う衣類や会話の端々で時折見せる曖昧な返答。それら全てが社会を生きる歯車の一つには見えなくて、群れから逸れた狼のような有様だ。
だからなのか君との間に次の約束がされる事は無い。いつも黙って背を向けてこの扉を出ていく背中を見送るだけ。また来て。という言葉をかけてもそれに答えは返らない。
それなのに、扉をくぐる間際に一瞬縋るような色をその瞳が見せるから。次を期待してしまう。
いつの間にか扉の外にふと現れる、君の気配だけを待ち焦がれている。
これがどんなに愚かで独り善がりだとわかっていても、俺は何時でも君を笑顔で迎え入れるから。
「いらっしゃい!辻田さん!」
もう二度と、雨の中に立ち竦んだりしないで。