君の名は完成原稿を渡して、ぷしゅうりーーと砂になりそうな(ダンピールだから比喩表現だ)漫画家を叱咤する。
「おい!とりあえず水!飲め!」
次のネームがとぶつぶつつぶやく口元にコップを突き付ける。中身はスポドリに…俺の掌の血刃から一滴をポトリ。血液錠剤と違って気休めだが。ごくごくと嚥下して、やっと目に光が戻ってきたところに。
デンワワ、デンワワワワ♪
んぎゃああーー何かありましたかーーー!?と跳ね回るのに代わって出る。
「…なに?」
かけてきたのは…この番号が俺の緊急連絡先になっているから仕方がない…お馴染みのクソでか声の吸対からだった。
「なんでお前がついてくるんだ!」
「だってだって僕は君の同居人で今は保護者かっこかりでんんんががががが」
「絶対に安全な場所に居ると言え!」
壊れかけのを無視して。
監視付きの仮自由行動の引き換えとして、要請があった時には強制的に従わなければならない吸対からの呼び出しに、指定された場所に駆け付ければ。
バカでかい(5階建てビルぐらいある)下等吸血鬼が暴れまわっていた。
「お前の『血刃』なら通るんだ!」
体表面が水に近い体液で流動しつつ覆われて、物理的攻撃がほぼ通じない。
俺の血刃はそも水流だ。ならぱ同じ属性で、同化し食い込み切り裂く事もできるかもだという。
水使いのハンターもいたはずと思ったが、そちらはあのふざけた被り物の剣豪と共に更に大きいもう一体に当たっているのだとか。
「電気野郎はどうした!」
「感電でさくっと自爆しとるわ!」
まったく、俺が言うのもなんだが、この街はどうなっている?
「上から1/3のあたりだ、やれるか!?」
おそらくそこが急所なのだろう、赤毛女の双剣が何度か斬りつけた形跡がみえる。
息を吸う。そして、吐く。
掌を血塗れにして突き破り、俺の、血刃が闇夜に伸びる。長く強く。俺だけの強く美しく誇り高い刃。
そして、トン、と軽くさえある音を立てて、大地を蹴る。
誰に言っている。
『俺を』
横なぎ一閃。
だが。
「ダメかっ!?」
掌の血刃は相手の体表を切り裂くに今一歩届かなかった。
ヒュウッと息を吐く。
『誰だと』
体を捻る。
右腕で切り抜いたその場所へ。
見舞われる第二の刃。
ざしゅりと靴底を破って、まっ垂直に蹴り上げる。
『思っている?』
かぱり、と十字に傷口が開く。まもる表皮を暴き割いて、脆い内部をさらけ出す。
凄腕の吸対プロと退治人がそれを見逃すはずはない。
背後から傷口を無理やり開く剛腕。
それを縫い付ける駿速のアンカー。
表皮の耐性が一気に低下した、足掻くばかりの触手を斬り飛ばし撃ち弾く剣と銀弾。
そして。
その一点に、叩き込まれる、必殺の。
「うおらあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
最強の、杭。
それを見届けながら、ゆっくりと背中から落ちつつ呟く。俺にしか名のれない名を。
『辻斬り、ナギリだ』
それでこの退治は終わったと思った。その筈だった。
下級吸血鬼はまさに断末魔の叫びをあげ、のたうちまわっている。
その時。
ドクンと。
血刃が脈動した。
「ぐ…ぁぁぁぁぁぁっっーー!?」
俺の血刃は相手を切り裂くと同時に吸血をする。
すなわち、あの下等吸血鬼の本体に届いて斬った瞬間、その血がわずかながら血刃に交じり吸われ…俺の全身を巡った。
それは。それは。もはや血液ではない。ただの。
腐汁だった。
全身に毒と同じ液が流れ増幅し元もとの血を侵食しつつ激痛と共に回る。
膝を着き、崩れおれながらも必死で片手を頭上にのばした。
血刃に流れる血を循環させ、切っ先から弾き出せばこれを排除できるはずだ。
…俺の体力が保てば。
「辻田さああーー――ん!!」
「つじたさぁぁぁぁーーーーん!!!」
うわんと、耳に届く声がある。
なんだお前ら。
なにをしてるんだ。
デカ声警官、おまえはとっとと本体のトドメに行け。それがお前本来の果たす役割だろう。
漫画家はついてくるのはともかくも、安全な場所に居ろといった筈だ。怪我をしたらどうするんだちょっとだけでも利き手とか。
なんで二人して、俺にしがみついてるんだ。
俺の血刃の左右を、だあだあと流れる暖かい水が、汚れた腐汁を洗い流していく。
なんで。
泣いてるんだ。
おまえたちの涙に。
この俺の血刃が
洗われているんだ。
ふつりと。
そこで意識は、途絶えた。
ぱかり。
えへら。
そう表すしかない顔が目の前にある。
どうしてこうなったかは、もう、不本意だが判る。
白い天井と壁。VRCだ。馴染みの風景。
気が付いた時には、吸血鬼とダンピールと人間の三種類、少ないながらも血液の影響を受けた平行データが取れるとの事で、まとめて拘束されていたらしい。
デカ声野郎は一番に指定されて、いつも通りのデカ声のこだまを残しながら引っ張られていった。
『辻田さあああん検査が終わったらぁぁぁぁぁぁー本官とぉぉぁぁぁー!!』
そのこだまが消えぬ前に、馴染んでしまった凄腕の担当編集者がやってくる。
『よ、センセと辻やん、二人まとめてとはオオゴトやなあ。んで〆切がどんだけ延びるかってえとー』『あわぴうぴうぼくはナマコぼくはナマコうわああああー-ん!』
それから別口の担当者な大鎌男が面会していた退治人を引きずっていって。『公表して良いか否かのチェックはきちんとしませんとね』『うえええあほぴくほげろー――俺は噛まれてませんですー―――!!そも今回のはネタにするかどうかー――!!』
やっと静かになったところで。
「ヌン!」
まる!!
〇の差し入れを受け取って(後で大切に食う)その飼い主と翻訳も兼ねてぽつりぽつりと話した。一生懸命勉強はしているが、まだマジロ語はカタコトレベルだ。
そんな内に、話はどうやらオレの愚痴になってしまった。
まったくあいつらは辻田さん辻田さんと。それはもうとっさに名乗った偽りの名だというのに。
そう呟くと、〇の主人はカラカラと笑った。
「ギリギリさん?」
呼ばれたから応える。
「それは君の名前ではなくて、でも君の名前だよね?」
辻田さん
ナギリさん
ヘルパシくん
ギリギリさん
退治人のおっちゃん
思えば色々に呼ばれている。
「例えばうちの“ロナルド”君だって、正式記録、いわゆる人間の戸籍とかに登録されている名前ではないんだよ」
でもそれが何だっていうのだね!
私が呼ぶ、私が認識して、愛するこそ呼ぶのがその名だ。
君を呼ぶ、君を認識して、愛してくれて呼ばれる名こそが君の名だ。
君が2代目…おっと、今の、本当の『辻斬りナギリ』が君であり名乗ろうとも。。
『辻田さん』と呼んでくれる相手は、得難い稀有な存在なのではないかね?
例えはじまりの名乗りがとっさに紡いだ仮名でも。
それが本当に君になったのならば。
その名で呼んでくれるかの者たちを、無碍にするものではないよ。
俺は返事が出来ず、ただ俯いてしまった。〇がヌヌヌンとわからないけど分かる言葉をかけてくれる。
「…わからん、だが聞いておく。」
その返事に、砂吸血鬼は愉しそうに、笑った。
おまけ
「はい次の検査は番号71ばーんの方あー-、特別検査室ですよー――」
「死ねえー-!!」