闇堕ち?乱太郎妄想シリーズ、ドクタケに就職する乱太郎①「乱太郎、学園長先生がお呼びだ」
山田先生に声をかけられ、六年生用の忍たま長屋から学園長先生のいらっしゃる庵へ向かうと、廊下を進むごとにただならぬムードが立ち込めてきた。
この殺気は土井先生、この怒気は木下先生か、空間を支配するようなユラリとした気配は戸部先生、他にも、刺すような鋭さがある山本シナ先生の視線や、誰かを脅すように睨みつける食堂のおばちゃんの覇気まで……!?
せ、先生方、どないしたんですか?
と思わずギャグ漫画調に戻ってトトト…と廊下を後ずさりしていたら、背後に山田先生がいらっしゃった。いつの間に。
「実は乱太郎に、就職の話、つまりスカウトが来ていてな…」
背中をそっと支えるように添えてくださった先生の手には、触れないと伝わらなかった緊張と警戒の熱があった。
「僕に? どこからですか?」
先生はまったく平静を崩さない表情のまま庵の方を見ていて、僕の顔の方は見ないけど、背中をそっと押し出すようにして
「まあ、せっかくだから聞いて驚け」と仰った。
(※ここに太字でタイトル入れたかったけどポイピクは太字のhtml使えないようでした)
部屋に入ると、めちゃくちゃ見慣れているけど、この場に居るのにはめちゃくちゃ違和感のある顔があった。
「おまえは!」
「フッフッフッ、久しぶりだな、乱太郎……」
「今日はボケてあげる余裕ないから、普通に声掛けさせてね、稗田八方斎」
ズコーーーッ!
座ったまま床に横滑りする八方斎は頭が重いからけっこう遠くまでいくんだよな。畳の目が額にこすれて赤くなった。
それを見た先生方が苦笑いして、場の空気が少しだけ和んだ。(すこ〜しだけだけどね。)
「それだ! 乱太郎! ワシが欲しいのは貴様のその空気を変える力なのだ! 是非、ドクタケ忍者隊の次期首領として我が城に来てほしい! 今日はその話をしに来たのだ」
「はあ!?」
おでこを腫らしたまま笑顔で起き上がった八方斎は、僕のほうを指さしてなんかとんでもないことを言い出した!
コホン、と学園長が咳をひとつ。
場はまたシンッと冷ややかなものになった。
「とりあえず座りなさい、乱太郎」
掌が向けられたところへ、黙って座る。土井先生の隣に。
六年生は突発的にドッキリ的な実習試験が与えられる。予想外の事態に対応する力をつけるための訓練だ。
こないだはお金に弱いきり丸のための実習で、「現行の鋳銭が幕府の通達により無価値になるらしい」と馬借の清八さんが慌てて報せてくるというドッキリ(試験)だった。日々のバイトで貯め込んだ小銭の価値が暴落…と一瞬、灰になったきり丸はヤケになって自分の貯金のゼニをすべて川に流しかけたが、その瞬間「いや待てよ!? なんでそんなことを清八さんが報せてくるんだ!? そもそも、ビタ銭すら通用する今の市場経済で、永楽通宝の価値が急にゼロになるはずない!」と冷静になり、自分で情報を確かめに動いて、これが自分専用の試験だと気づけたのだった。
「いや〜。危なかった〜。俺って価値が無いって思い込むと、金目のものでもすぐ池や堀に投げ込んで大失敗してたじゃん、胡椒とか金貨とか。それ思い出してさ〜、間一髪だよ。タチの悪い試験だよな、誰だよこんなの考えたやつ?」
実は僕と土井先生で考えたのだが、それは笑って誤魔化しておいた。
なので今回のコレも、僕専用の実習かなと思い至った。卒業されて久しいが、鉢屋三郎先輩に頼めば、このくらいそっくりに八方斎は簡単に再現可能だし、鉢屋先輩でなくとも変姿の術が上手いプロ忍者ならそこそこ居るはず……
しかし、それにしては大がかりだ。学園長先生は悪ノリ大好きなので、この手の試験にはよく参加してくるとして、くノ一教室の山本シナ先生や、食堂のおばちゃんみたいな忙しい人たちを巻き込むなんて。
ともかく、コレが僕のための試験なら、先生方が求められてる対応、つまり僕の弱点を克服するべく、意図を読み取らねば、だ。
八方斎が居住まいを正して、僕らの方を向いて話し始めた。
「忍術学園にはすでに知られてしまっているだろうが、我が城主、木野小次郎竹高さまが半年ほど前から臥せっておられる。お若く見えても殿はもう50代半ば…もともとそこまで頑強なお体ではなかったので、たとえご病気が平癒されたとしても、前のようにはいかないだろうと医者も言っていてな……」
(注:室町時代の15歳以上まで生き延びれた成人の平均死亡年齢は35〜40歳程度という説を元に、健康年齢の個人差は大きいとしても50代は現代の90代くらいのイメージで書いてます。)
そう言う顔はキリッとした表情を保とうとしているが、声音がどうにも寂しそうなので、「上手いな、八方斎の主君への愛着をさりげなくかもしだす演技、かなり本人ぽい」と感心する。
「それで私も弱気になったと言うと情けないが、その……『私と殿の時代』はそろそろ終わりかも知れん、と考えるようになってな」
「八方斎と竹高の時代〜?」
「これ、一国の城主を呼び捨てにするでない」
学園長先生から一応のお叱りが入ったが、学園長だっていつもドクタケのことは呼び捨てにしてる。(でも本人に言うのは違うもんね。)
「ワシと殿、二人でこの乱世を武の力で乗りこなし、時代の流れに飲まれて消えていく数多の城のようにはならず、むしろそれらを取り込んで我がものとし、荒波をも堂々と渡っていける大きな船にしよう! と、意気込んで、何年も周りの城に戦を仕掛けていたが…、知っての通り貴様らに邪魔されてその念願は叶わなかった。……どうしてくれる?」
「知らないよ。戦を起こされて困るのは僕らも含めた庶民なんだから、邪魔をして止める権利は誰にだってあるでしょ」
八方斎が相手だと、つい場をわきまえずにタメ口をきいてしまうな。
(ハッ! もしかして、こういう子供っぽいとこを直すための試験!?)
と、にわかに焦ってしまい、次の句が出てこない。
それを察した土井先生が代わりに問うてくれた。
「で、八方斎殿、その恨み節がどうして、うちの乱太郎をドクタケに次期首領として迎えるなんて話につながるのですか? まさか、戦の邪魔をしたからその埋め合わせとしてドクタケで働けと?」
「フッ、さすがにそんな道理は無いわ。乱太郎の言うたとおり、貴様らには貴様らの道があり、そこにおいては我らこそが邪魔者だったから排除したまでのことだろう? 貴様らが敵意をもって我々を打砕いたなら、負けた我らが悪いだけ。我らの理屈からすればな」
八方斎は何故か愉快そうに笑いながら続けて言った。
「しかし! ただ負けて終わり、ではやはりこちらも虚しさが残る。忍術学園、特に "1年は組" との長きに渡る因縁、これは忘れようにも忘れることが出来ない!」
「そりゃあ、あんな子ども相手にあれだけ引っ掻き回されてれば、悔しさも一塩だろうに」
土井先生が僕にだけ聴こえるように囁いた。
内容がわからずとも予想がついたのか八方斎がキッと先生を睨みつけるが、記憶喪失の時の一件がある土井先生の冷たい半目が睨み返すと、八方斎もタジタジになって引いた。(二人とも手の込んだ演技だな〜)
山田先生が口を挟んだ。
「つまり、因縁深い "は組" の生徒をあえてドクタケに迎え入れることで、過去の敗北を塗り替えたいと?」
「さすが山田伝蔵どの、理解が早い!」
膝をペシッと叩きながら口角を上げて答える。
「で、乱太郎を、と……」
対照的に山田先生は腕を組んで、考え込むように畳を見つめた。
何、この試験。もしかして先生方も、僕がドクタケに本当に就職する、って流れにするワケ!?
いやたしかに、就職先がぽつぽつ決まり始めてる同級生の中で、僕はまだ内定ひとつも取れてないっていうか、そもそも不運で試験会場にまともに辿り着けなかったのが一件、1年生の時にきり丸・しんべヱと一緒に倒したヘボ忍者が試験官として居て顔を見るなり不合格にされたのが一件、試験を受けに行く前にその城が無くなった乱世あるあるが一件、あと普通に試験受けれたけど三次の面接で落とされた(眼鏡をかけてるのを見て「え、乱視? ダメダメ!」と。)のが先週……う〜ん、ドクタケに就職する道も視野に入れるべきか!?
いや、それがまさに今回の試験されるポイントなのでは!?
目先の安定に流されて、大義を見失ってはいけない……僕にそんな大義なんてあったっけ? もう積極的に戦はしないって言ってるなら別に他の城の忍者隊に就職するのと変わらないし、しぶ鬼やいぶ鬼、ふぶ鬼、山ぶ鬼と同僚になれるってのも悪くない。なんやかんやで交流続いてるし、こないだなんて団蔵と金吾と喜三太と一緒に町で合コンしてたらしいし!
さておき。
「……お話はわかりましたが、わたしはドクタケに就職する気はありません。ドクタケと対立し続けることを望んでいるわけではありませんが、これまでの忍術学園とドクタケの因縁を、わたし一人の身の振り方で水に流す、というのは納得しかねますし、また、実際そんな簡単にいくことでもないかと思います」
精一杯、六年生らしく丁寧に答えてみた。イメージは伊作先輩。
ドクタケに就職もアリだな、と思う気持ちも本当だけど、今答えたのも本当だ。僕一人が人身御供みたいに就職したって、ドクタケが忍術学園に迷惑をかけないでいられるとは思えない。
ていうかどうせコレ、試験(ドッキリ)なわけだし……
「そこをなんとか!! 頼む!!」
ガバっと八方斎(?)が頭を畳につけて懇願し始めた。
畳の上とはいえ、土下座みたいな勢いで額をこすりつけて言うものだから、ギョッとして声が出ない。ふと見ると、ヤツの自慢だった黒いサラサラヘアーの三分の一ほどが、白いものになっていた。
(そうか、八方斎も50歳をとっくに過ぎて、いつのまにか爺さんに……)
……うグッ!急に情に流されて「わかったから頭を上げてよ、八方斎の爺ちゃん!」とか言いそうに!!
「乱太郎は年寄りの頼みに弱いからなあ」
僕が口を歪めませてギュッと噤みながら渋い顔をしてるのを見て、土井先生がそう呟くと、八方斎と3つしか変わらない山田先生が「は?」という顔で土井先生のほうを振り返った。
(そういえば山田先生も白髪がちらほら……)
考えてることが筒抜けだったようで山田先生から久しぶりに拳骨をもらった。
「うう〜〜痛い〜……ちょっと待ってください。あの、コレ、試験ですよね? 僕の弱点克服のための。自分の反省点は十分にわかりましたので、もう頭を上げてもらえませんか? どなたかわかりませんが、八方斎に化けてらっしゃる方……」
「ん?」
学園長先生が目を丸くして、次に土井先生と山田先生がハァ〜〜と大きなため息をついた。
「あのな、乱太郎? 違うんだ。これは試験でも実習でもなく、本当にドクタケから八方斎本人が来ているんだよ。学園長あてに、乱太郎をスカウトしたいから忍術学園にまず話を通したいと書状が前から来ていたんだ」
と土井先生。
「なんだか様子がおかしいと思ったが、勘違いしておったのか。疑り深いのは大事なことだが、さすがにお前一人の実習のために先生方や食堂のおばちゃんまでこんな真剣にはならんよ。八方斎どのは、本当にお前を連れていく気でいる。だからその本意を見極めるために、我々も真剣になっとるのだ」
山田先生が『八方斎どの』と敬称をつけている。
え、じゃあ、本当に本当に、コレが試験じゃなくて、ドッキリじゃなくて、八方斎が僕をスカウトしに来てるというなら、僕が今すべきことはなんだろう………
「──八方斎 "どの" 、どうぞお顔を上げてください」
とりあえず、お年寄りが自分に向かって頭を下げたままなのを見ているのはイヤだったので、八方斎の前まで進んで僕も頭を下げた。
就職どうこう関係なく、八方斎なりに何らかの考えがあり、(それが謀略でないとは言い切れないが。)筋をちゃんと通して、このような敵地に老体の身で一人やってきたのだと思うと、さっきまでの粗雑な扱いは失礼だったと思った。
「泣き落としでは話が進みません。八方斎どののお話、一度持ち帰って考えてみますので、今日のところはお顔を上げて、どうぞお引き取りください」
内容はさておき、八方斎に対して敬語を使うなんて変な気分だ。
八方斎も僕も頭を下げたままで、周りがどうなってるのかわからない。
でも障子の向こうで、息を呑む音がかすかにした。
きっと、クラスの誰かがこっそり聞いていたんだ。誰かっていうか全員かもだけど。
「学園長先生、乱太郎もこう言ってますし、今日のところは解散としませんか? 食堂のおばちゃんもそろそろ台所に返してあげないといけませんし」
「そうね、明日の仕込みもあるし……乱太郎くん、私たちはね、あなたが納得したなら、どんな道を選ぶことも応援するわ!でも今はまだここの生徒だからね。……良い子を悪い道にそそのかすような人がいたら、わてらが許しまへんで〜〜〜〜?」
とドスの効いた声で言うや否や、気づけば他の先生方と共に庵から立ち去っていた。
ようやく顔を上げた僕と八方斎は、目が合って、なんだか急に緊張疲れがドッと出て脱力し、ハハハと力なく笑いあった。
「も〜! 勘弁してよぉ〜?」
「グフフ、そうはいかん。ワシは本気だぞ?」
と二人でケタケタ笑って、先のことを考えたら、またガクッと肩を落とした。
その後、僕がドクタケ城にインターンとして行って、しぶ鬼たちと色んな研修を受ける……
のかと思ったら、新人研修の内容を考えて今年採用予定の新人忍者を指導する側になってた話は、またいずれ。