おまけ リビングのソファに腰を下ろすと、ポケットから携帯端末を引っ張り出した。ボタンを操作して電源を入れると、インターネットの検索画面を開く。トップページに表示されているのは、僕の閲覧履歴を元にしたおすすめ記事だった。何か有意義な記事が見つからないかと、目的もなく画面をスクロールする。
ずらりと並んだ記事は、大半がデュエルモンスターズに関するものだった。僕がデュエルの大会ばかり調べているから、システムが単語を記憶しているのだろう。パックの収録カードを解説した記事のリンクもあれば、アマチュア向け大会の募集内容も並んでいる。中には、シティの大規模なデュエルコートで開催される、プロデュエリスト同士のデュエルの記事もあった。
何気なく画面のスクロールを続けて、僕は不意に手を止める。脈絡もなく並んだ記事の間に、気になる記事を見かけたのだ。操作して詳細画面を開くと、記事の見出しに目を通していく。やはり、そこに書かれている内容は、まだ僕が知らない情報だった。
ページを下にスクロールすると、そこに並んだ文字を読み込んでいく。長ったらしく文章が並べられているが、要約するとこんな内容だった。全国展開している有名なファミリーレストランで、デュエルモンスターズとのコラボが行われるらしい。なんでも、お子様向けメニューを頼んだ小学生以下の子供は、デュエルモンスターズの限定カードがもらえるらしいのだ。
ページの中央辺りには、キャンペーンで配布するカードの画像が並べられていた。どれも定番の有名モンスターだが、コラボのために一部デザインが変更されている。長年デュエルモンスターズに触れてきた身としては、喉から手が出るほど欲しい品だった。
忘れないようにサイトのリンクを保存すると、僕は端末の画面を閉じる。目的があってインターネットを開いたはずなのだが、何を調べようとしていたかは忘れてしまった。拾った情報が大きすぎて、それどころではなくなってしまったのだ。浮わついた心でソファから立ち上がると、僕は家事に取りかかった。
その日の夜、夕食の片付けを終えると、僕は携帯端末を取り出した。夕方に保存していた画面を開くと、背後からルチアーノに近づいていく。さりげなく彼の隣に腰を下ろすと、僕は思いきって声をかけた。
「ねえ、ルチアーノ」
「なんだよ」
隣から返ってきたのは、いつもと変わらない返事だった。あらゆるものに興味の無さそうな、投げやりな声色の言葉である。これも日常茶飯事だから、僕もそこまでは気にしない。画面の点灯した端末を持つと、ルチアーノの目の前に差し出した。
「今度、ファミリーレストランでデュエルモンスターズのコラボがあるんだけど……」
「絶対に嫌だからな」
言葉を選びながら説明を始めると、ルチアーノは間髪入れずに言う。僕の言葉を遮るような、勢いに溢れた返事だった。剣幕に一瞬だけ怯んでしまったが、こんなことで負けている僕ではない。すぐに気を取り直すと、反撃するように言葉を返した。
「まだ何も言ってないでしょ!」
「君のことだから、どうせろくでもないことを考えてるんだろ。特典のためについてこいって言うなら、僕は絶対に行かないからな」
しかし、きっぱりと言葉を並べられて、僕はまたしても言葉に詰まってしまう。そんな僕の動揺を察したのか、ルチアーノは横目でこちらを見た。呆れたように小さく息を吐くと、目を細めながら口を開く。
「図星かよ。全く、人をなんだと思ってるんだか」
「だって、キャンペーン限定のカードがもらえるんだよ。デュエリストだったら、絶対に欲しいでしょ」
冷めたような視線を向けられて、僕は少しむきになってしまう。勢い込んで言葉を返すと、彼は呆れたようにため息をついた。
「そんなに欲しいなら、君一人で行けばいいじゃないか。所詮は記念カードなんだから、一枚でももらえたら十分だろ」
「それじゃあ駄目なんだよ。このキャンペーンは、小学生以下が対象になってるから」
僕の言葉を聞くと、ルチアーノは急に表情を変える。鋭い視線でこちらを睨むと、威圧するような声で言った。
「なんだよ。君は、僕を子供扱いするつもりなのか?」
「違うって。ただ、子供の振りをしてほしいだけで」
「それを子供扱いって言うんだろ。君は、僕の恐ろしさを分かってないみたいだな」
慌てて弁解の言葉を並べるが、彼は少しも聞き入れてくれない。見せつけるように足を組むと、わざとらしく僕から視線を逸らした。こうなってしまったら、もう説得などできるはずがない。仕方がないと諦めて、知り合いに同行を頼むことにした。
「分かったよ。それなら、龍亞と龍可に頼むから」
少し沈んだ声で言うと、僕は端末の画面を消灯する。ルチアーノに頼めないとなったら、他に頼めそうなのは彼らだけだったのだ。サテライトにも小学生の知り合いはいるけれど、勝手に食事を奢るのは問題があるだろう。その点も彼ら双子であれば、金銭面を気にすることなく誘えるのだ。
しかし、僕のそんな呟きは、ルチアーノにとっては気に障るものだったようだ。ちらりとこちらに視線を向けると、考え込むように足を揺らす。再び僕に視線を向けると、苛立ちを含んだ声でこう言った。
「…………気が変わった。ついていってやるよ」
「えっ?」
彼の言葉の意味が理解でなくて、僕は間抜けな声を上げてしまう。冷たい空気を発しているルチアーノが、苛立ったように足を揺らした。大きな振動が身体に伝わってきて、僕は一瞬怯んでしまう。何も言い返せずにいると、ルチアーノは鋭い声で言った。
「聞こえなかったのか? ついていってやるって言ったんだよ」
「えっと、ありがとう…………」
彼の言葉の圧力に押されて、僕は勢いで返事をしてしまう。口から出た言葉とは裏腹に、頭の中では疑問符が浮かんでいた。プライドの高いこの男の子は、ついさっきまで同行を拒否していたのだ。それが急についていくと言われても、本気なのか分からなかった。
「えっと、本当にいいの? さっきまでは嫌だって言ってたでしょ」
彼の意志を確認するために、僕は恐る恐る問いを返す。案の定、僕のすぐ隣からは、苛立たしげなため息が聞こえてきた。嫌な予感が胸を覆って、背筋に冷たいものが走る。しかし、僕の警戒とは裏腹に、お仕置きをされる気配はなかった。
「なんだよ。君は、僕の言葉を疑ってるのか? ついていってやるって言ってるんだから、ありがたく受け取れよ」
「そうだね。ありがとう……」
様子を窺うように言葉を返すと、僕はそのまま口を閉じる。重苦しい沈黙が、僕たちの間を漂っていった。言葉を重ねるべきか迷っていると、給湯器から軽快なメロディが聞こえてくる。ルチアーノも気まずさを感じていたのか、すぐにソファから立ち上がった。
「風呂に行ってくるぜ」
まだ不機嫌の滲んだ声で告げると、洗面所に向かって歩を進める。そんな彼の後ろ姿を、僕は呆然と見送った。
それから一週間ほど経ったある日の午後、僕とルチアーノはシティ繁華街を訪れていた。目的はもちろん、ファミリーレストランのコラボカードを手に入れるためである。ルチアーノはあまり乗り気ではないらしく、退屈そうに僕の後をついてきている。そんな彼の態度が気になって、僕は恐る恐る声をかけた。
「ねえ、本当によかったの? わざわざついてきてもらっちゃって」
機嫌を窺うような言葉が気に触ったのか、彼は微かに顔を上げる。僕の顔を捉える目付きは、いつも以上に細められていた。すぐに視線を前に逸らすと、投げやりな声で言葉を返す。
「いいんだよ。これは、僕が決めたことなんだから」
「そっか。ありがとう……」
曖昧に言葉を返すと、僕はそのまま口を閉ざす。はっきりと言われてしまったら、これ以上詮索することなどできなかった。本人の気持ちはどうであれ、彼がいないとカードはもらえないのだ。確実に目的を達成するためには、ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。
それから五分ほど歩き進めると、目的の店舗が見えてきた。ビルから競りだした看板の中に、鮮やかな店舗ロゴが並んでいる。ワンフロアだけの店舗らしく、窓には一列に店舗名が印刷されていた。
「ここみたいだね」
ルチアーノの手を引っ張ると、僕はビルの中へと入っていく。狭くて人の多いエレベーターに乗り込むと、彼を庇うように上階へと昇った。人を掻き分けるように外へと向かうと、扉を開けて店内に入る。コラボが始まったばかりだからか、レジ付近には大きなポスターが貼られていた。
「いらっしゃいませ。二名様ですね」
笑顔の店員さんに案内されて、僕たちはお店の中へと進んでいく。平日の午後を選んだからか、店内のお客さんはまばらだった。ルチアーノをソファ席に誘導すると、固そうな椅子に腰を下ろす。食事を取るには小さいテーブルの上には、コラボをPRする広告が貼られていた。
「とりあえず、キッズメニューを頼めばいいんだな」
淡々とした声でそう言うと、彼は注文用の端末へと手を伸ばす。素早い手付きで画面を操作すると、キッズメニューのページを表示させた。ズラリと並んだ写真の片隅には、おまけ付きを示すアイコンが並んでいる。ハンバーグやお子様ランチの写真を見て、ルチアーノは露骨に顔をしかめる。
「どれも子供の食い物ばかりだな。これだからキッズメニューは嫌なんだよ」
吐き捨てるような物言いを聞いて、僕は苦笑いを浮かべてしまう。そんなにキッズメニューが嫌だというのに、どうしてついてきてくれたのだろうか。おかげで、僕は彼が機嫌を損ねるんじゃないかと気が気ではない。反対側からメニューを覗き込むと、わざと明るい声で告げる。
「ほら、これなんかはいいんじゃない。ルチアーノは、カレーが好きなんでしょ」
しかし、僕がどれだけ空気を変えようとしても、彼の機嫌は変わらなかった。チラリと画面に視線を向けると、退屈そうな声色で言う。
「キッズメニューのカレーなんて、お子様向けの激甘カレーだろ。そんなもの食っても物足りないだけだ」
「じゃあ、そっちは僕が食べるから、とりあえず注文しようよ」
言葉を並べて機嫌を取ると、おまけ付きのキッズメニューを注文する。一枚だけではもったいないからと、サイドメニューのポテトも注文した。僕が食べることになると見越しているから、メインディッシュは無難なハンバーグだ。一方のルチアーノは、通常メニューのカレーライスを頼んでいた。
一通りの僕は注文を済ませると、僕はドリンクバーコーナーに向かう。ケースの中に並んだコップを手に取ると、冷えた水を注ぎ込んだ。最近の飲食店は効率化を求めているから、こういうサービスもセルフ化が進んでいるのだ。ルチアーノは水を飲まないから、自分の分だけを持っていくことにする。
席に戻ってしばらくすると、注文したフライドポテトが届いた。テーブルの中央に置かれたポテトを、僕はわくわくしながら見つめる。隣に裏向きで置かれた袋は、特典のコラボカードだろう。店員さんの姿が見えなくなると、僕はそのカードをひっくり返した。
「見て、ブラック・マジシャンだったよ」
カードの印刷面を確認すると、僕はルチアーノの方へと手を伸ばす。彼はあまり興味が無いようで、一瞬だけ視線を向けただけだった。すぐにフライドポテトに視線を戻すと、暇を潰すかのように手を伸ばす。
そんな彼の姿に苦笑しながら、僕もフライドポテトに手を伸ばした。太めタイプのポテトを口に運ぶと、水と一緒に食道に流し込む。このタイプのポテトは、芋の感触がしっかり残っているのだ。口の中の水分を持っていかれるから、水が無いと喉に引っ掛かってしまう。
そうこうしているうちに、次のメニューが運ばれてきた。銀色のトレイの上に乗っていたのは、カラフルなお皿に乗ったハンバーグだった。迷わずルチアーノの前に置かれるお皿を、僕たちは視線で追っていく。店員さんの姿が見えなくなると、彼は無言でお皿を押し付けてきた。
「君の分のハンバーグが届いたぞ」
始めから僕の注文品だったと言わんばかりの、一切譲らない態度である。まあ、僕が食べるという約束で頼んだのだから、文句を言う権利など無い。とはいえ、店員さんに食べているところを見られるのは憚られるから、カレーが届くのを待つことにした。
最後の品を待っている間に、裏向きに置かれたカードに手を伸ばす。今度のカードは、真紅眼の黒龍だった。カードを鞄の中にしまっていると、通路から店員さんが歩いてくる。銀色のトレイに乗っているのは、ルチアーノが注文したカレーだった。
「いただきます」「……いただきます」
テーブルに料理が揃うと、僕は両手を合わせて挨拶をする。ルチアーノも習慣になっているのか、小さな声で挨拶を重ねた。ケースからカトラリーを引っ張り出すと、それぞれのメインディッシュをつつき始める。僕はすぐに食べ終えてしまったから、サイドメニューのポテトに手を伸ばした。
ポテトの大半を食べきってしまうと、今度はメニューに手を伸ばす。反対側からページを捲ると、見開きになっているデザートページを開いた。掲載された写真は様々で、パフェやパンケーキのような大型のものから、アイスやプリンのような小さいものまである。季節のフルーツを使ったパフェは、別紙にラミネートされてメニューと一緒に挟まっていた。
ページを隅々まで眺めながら、これから食べるデザートについて考える。せっかくだから、季節限定のパンケーキを頼むことにした。人間という生き物は、常に期間限定に弱いのである。ルチアーノが食べ終わる頃を見計らうと、僕はさりげなく声をかけた。
「ルチアーノも、デザートを頼まない?」
「僕は要らないよ。自分の分だけ頼みな」
僕の思惑とは裏腹に、彼は気のない声で言葉を返す。甘味を好まない彼にとって、デザートは心の引かれないものなのだろう。しかし、ここで彼に注文してもらわないと、僕はカードが入手できないのだ。なんとか注文を取り付けようと、メニューを押し付けながら声をかける。
「そんなこと言わないでよ。せっかく来たんだから、頼まないともったいないよ」
真剣な声で語る僕を見て、ルチアーノはにやりと口角を上げた。ちらりとこちらに視線を向けると、からかうような声色で言葉を重ねる。
「そんなこと言って、本当はカードがほしいだけなんだろ」
彼から飛んでくる鋭い言葉に押されて、僕は一瞬だけ返事に詰まってしまう。やはり、どんなにさりげない風を装っても、彼には隠し事などできないようだ。こうなったら素直に事実を認めて、正面からお願いするしかない。真っ直ぐにルチアーノを見つめると、僕は真剣に言葉を返した。
「そうだよ。だから、頼んでもらえると嬉しいな」
僕が本心を認めたことで、彼も上機嫌になったようだ。きひひと楽しそうな笑い声を上げると、恩着せがましい態度で了承した。
「仕方ないな。分かったよ。ひとつだけ頼んでやる」
僕の手にメニューを押し付けると、彼は端末を操作する。指先でリストに追加したのは、お子様向けのアイスクリームだった。片手で端末を受けとると、リストを確認して注文ボタンを押す。
五分ほど時間を潰していると、キッチンの方から店員さんが歩いてくる。銀色のトレイに乗せられているのは、小さなアイスクリームの器だった。子供用のメニューだからか、器はかわいらしい平皿である。迷うことなくルチアーノの前に置くと、店員さんはキッチンへと戻っていく。
黙ってスプーンに手を伸ばすと、ルチアーノはアイスクリームを一欠片掬った。そのまま口の中に運ぶと、微かに顔をしかめてこちらを見る。
「甘いな」
「甘いよ。アイスだもん」
アイスを食べ始めるルチアーノを眺めながら、僕は届いたカードを確かめる。三枚目となるカードは、ブラック・マジシャン・ガールだった。大事に鞄の中に仕舞い込んでいると、キッチンの方から店員さんが歩いてくる。トレイに乗せられているのは、僕の頼んだパンケーキだった。
「いただきます」
フォークとナイフを手に取ると、僕はパンケーキを切り分ける。たっぷりのフルーツを上に乗せると、一切れを一口で頬張った。フルーツのみずみずしさとクリームの甘さが、口の中を満たすように広がっていく。しっかりと咀嚼してから飲み込むと、次の一切れを口に運んだ。
僕がパンケーキを食べ終わる頃には、ルチアーノもアイスを食べ終えていた。両手を合わせて食後の挨拶をすると、伝票を片手にレジへと向かう。価格帯もお手頃な店舗だったから、二人で食べても会計は三千円くらいだ。レシートとお釣りを受け取ると、僕たちは並んで外へと向かう。
「今日はありがとう。おかげで、ほしかったカードをもらえたよ」
通りの隅でルチアーノに向き直ると、僕は改めて言葉を紡ぐ。隣で所在なさげに佇んでいた彼が、呆れたように大きく息をついた。ちらりと僕に目を合わせると、視線を逸らしながら口を開く。
「全く、使わないカードを集めるなんて、デュエリストってのはおかしな生き物だよな。おかげで子供扱いされたぜ」
言い終わるか終わらないかのうちに、彼は先へと歩を進めた。嫌がるような言葉を吐いてあるものの、浮かべているのは満更でもなさそうな表情だった。少しでも楽しんでくれたのなら、僕としては嬉しいことこの上ない。お財布とレシートを鞄にしまうと、彼の後を追うように駆け出した。