痺れる 画面から視線を離すと、僕は大きく息をついた。乾燥した瞳をまばたきで潤わせると、手に持っていたコントローラーを置く。正面に置かれたテレビのスピーカーからは、賑やかな電子音が響いていた。隣で同じようにコントローラーを置くと、ルチアーノは楽しそうに声を上げる。
「また僕の勝ちだな。全く、君はデュエル以外はからっきしなんだから」
勝ち誇ったように言い放つと、彼はきひひと声を上げた。耳に突き刺さる甲高い声に、僕は僅かに顔をしかめる。こうして敗北を笑われるのは、今日だけで四回目のことだったのだ。さすがに、ここまで笑い者にされていたら、僕も穏やかな気持ちではいられない。
「仕方ないでしょう。ルチアーノが、自分の得意なゲームばかり選ぶんだから。僕が格闘ゲームを苦手なことくらい知ってるはずなのに」
彼の態度を諌めるように、僕は口を尖らせる。怒らせたら面倒だと思ったのか、彼はすぐに笑みを引っ込めた。ソフトをしまっていた箱に手を伸ばすと、音を立てながら中身を引っ張り出す。僕が子供の頃の作品ばかりだから、パッケージも時代を感じさせるイラストだった。
「仕方ないな。それなら、次は君の選んだゲームにしてやるよ。自分で選んだソフトなら、負けても文句ないだろ」
不満そうに言葉を並べながら、彼はパッケージを並べていく。机の上に放り出されたソフトは、どれも対戦ゲームばかりだった。一応シミュレーションゲームやアクションゲームも持っているのだが、箱の奥底に仕舞われたままだ。ルチアーノは好戦的な性格をしているから、協力型のゲームには興味が無いのだろう。
「どのゲームを選んだって、ルチアーノが有利なのは変わらないでしょ。せっかく時間があるんだから、たまには違うゲームをしようよ」
机の上に並んだパッケージを押し退けると、僕は箱の中へと手を突っ込む。奥の方から引っ張り出したのは、横スクロール型のアクションゲームだった。本体に繋ぐコントローラーを増やすことで、操作するプレイヤーの人数を増やせるのである。これなら、彼でも退屈することは無いと思った。
「ほら、これとかどう?」
「ええ~。そんな単純なゲーム、大して面白くもないだろ。…………まあ、君がどうしてもって言うなら、聞いてやってもいいけどさ」
「ルチアーノは嫌かもしれないけど、僕はこのゲームで遊びたいんだよ。たまには、僕のお願いを聞いてくれてもいいでしょ」
「分かったよ。全く、仕方ないなぁ」
頼み込むように言葉を重ねると、彼はようやく返事を返す。やはり不本意ではないようで、いかにも渋々といった態度だった。とはいえ、どんなに嫌々だったとしても、許可を取ってしまえばこっちのものだ。パッケージからソフトを引っ張り出すと、僕は本体に向かおうと腰を上げる。
しかし、そこから一歩踏み出したところで、僕は動きを止めてしまった。左足に体重をかけたときに、言い様の無い違和感を感じたのだ。膝から下が強ばっていて、思うように動いてくれない。もしやと思った次の瞬間には、足の先が痺れ始めていた。
それ以上足を動かせなくなって、僕はそのまま動きを止める。下手に刺激を与えないように気を付けながら、なんとかその場に座り込んだ。奇妙な動きで蹲る僕を、ルチアーノが呆れた顔で見つめている。それでも動かないと分かると、彼は呆れたように言葉を発した。
「何してるんだよ」
「ちょっと、足が痺れちゃって……」
違和感を発する左足を庇いながら、僕はルチアーノに言葉を返す。少しでも動かすと痺れてしまうから、後ろを振り返ることすらできなかった。人間特有の感覚に興味を持ったのか、ルチアーノが背後から近づいてくる。僕の隣に腰を下ろすと、庇っている左足に視線を向ける。
「痺れる? …………ああ、神経の圧迫のことか」
納得したように呟くと、彼は足へと手を伸ばす。指先が狙っているのは、痺れている僕の左足だった。進路を予測すると同時に、嫌な予感が胸を満たす。背筋に冷たいものが走って、僕は思わず声を上げた。
「待ってっ…………!」
しかし、僕の必死の制止も虚しく、ルチアーノの指はふくらはぎに触れてしまう。指先が触れたその場所から、足全体に強烈な痺れが伝わった。何度味わっても慣れない感覚に、僕は苦痛の声を上げてしまう。急に苦しみ出した僕を見て、彼は大きく目を見開いた。
「おい、どうしたんだよ」
「痺れてる場所は、触られると苦しいんだよ」
痺れが引いてきた足を庇いながら、僕はルチアーノに説明する。最後まで言葉を紡いだところで、自分の犯した間違いに気づいてしまった。自分から弱点を教えてしまったら、彼は必ず利用するだろう。そうなったら、痛い目に遭うのは僕自身なのだ。
案の定、僕の言葉を聞いたルチアーノは、きひひと楽しそうに笑い声を上げた。僕の左足に視線を固定すると、見せつけるように左手を持ち上げる。
「ふーん。痺れてる箇所は、触られると痛いのか」
「待ってよ。わざと触るのは反則だって……!」
僕も必死に止めようとするが、既にあとの祭りだった。ルチアーノの細くて長い指先が、真っ直ぐに僕の足に触れる。嫌な感触が足に伝わって、僕は思わず身を捩らせた。しかし、自ら足を動かしたことで、余計に痺れが伝わってしまう。
しかし、そんな攻防戦も、あまり長くは続かなかった。痺れては耐えてを繰り返しているうちに、足の痺れが収まってしまったのだ。僕の反応が薄くなったのを見て、ルチアーノは退屈そうに身を引いた。僕の手からゲームソフトを奪い取ると、ゲーム機の方へと歩いていく。
「ほら、とっととゲームの続きをするぞ」
手早くソフトを交換すると、彼はコントローラーの前に腰を下ろす。さっきまで自分が僕を苦しめていたと言うのに、相変わらずの横暴な態度だった。これもいつものことだから、あまり深くは考えないことにする。両足でその場から立ち上がると、僕もコントローラーの前に移動した。