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    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

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    流菜🍇🐥

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    TF主ルチ。ルチの見ている悪夢を共有してしまったTF主くんの話です。シリアスです。

    ##TF主ルチ

    悪い夢 Dホイールに乗って、郊外へと続く坂道を駆け抜ける。空はカラリと晴れていて、身体に当たる風が心地良い。絶好のツーリング日和だ。あえてハイウェイではないルートを選びながら、旧サテライトエリアに続く大通りを、僕は全速力で通り過ぎた。
     ルチアーノが僕の家に来なくなって、そろそろ三日になる。その間、彼は一度も僕の前に姿を現さなかったし、メッセージを寄越すこともなかった。あんなことがあったから仕方ないのだろう。頭ではそう分かっているが、心は空虚に満たされていた。
     Dホイールは、サテライト中心部へと入り込んでいく。鮮やかな町並みと人々の笑い声が、妙な非現実感を伴って僕の耳へと入ってきた。楽しそうな人々の姿が、少しだけ疎ましい。聞きたくなくて、Dホイールのスピードを上げた。
     大通りを通りすぎた頃、頬に何かが触れる感覚があった。手を触れてみると、水滴が垂れている。空を見上げようとすると、さらに水滴が降ってきた。
     雨だ。夕立が、サテライトの町を襲っているのだ。いつの間にか、空はどんよりと曇っていて、周囲も薄暗くなっている。そんなことにすら気づかないなんて、僕はどうかしてしまっている。
     雨は、どんどん強さを増していった。ポトポトと落ちていた水滴が、やがては身体を濡らすようになり、ついには本降りになってしまう。流れ落ちる雨水を避けるように、僕はコンビニの前にDホイールを止めた。
     建物の中に入ると、外の景色を眺めた。雨はザアザアと音を立てて、地面に水溜まりを作っている。降り注ぐ雨の滴で、外の景色は見えなくなった。
     しばらく待っていると、勢いは少しだけ収まってくれた。まだ大粒の滴は落ちているが、走れないほどではない。コンビニでカッパを買い、身体を覆ってDホイールに腰を下ろす。エンジンをかけると、一気にマーサの元まで駆け抜けと。
     僕の姿を見ると、マーサは目を丸くした。驚くのも無理もない。今の僕は、全身がびしょ濡れなのだから。強まったり弱まったりを繰り返す雨は、カッパの隙間からどんどん中へと流れ込んできた。コンビニのカッパなど、気休めにすらならなかったのだ。
    「びしょ濡れじゃないか。早く中にお入り」
     マーサに案内され、家のシャワールームに入る。蛇口を捻ると、熱いお湯が飛び出してきた。身体にかかるお湯の熱さで、自分の身体が冷えていたことを自覚する。僕の五感は、もうまともに機能していなかった。
     洗面所に上がり、出してもらった着替えに身を包む。少しだけ大きいシャツとズボンは、雑賀さんのものだろう。濡れた服は、ビニール袋に包んでまとめられていた。
    「少しは温まったかい?」
     部屋に入ってきた僕を見て、マーサが優しい笑みを浮かべる。優しい気遣いに、僕は辛うじて微笑み返した。
    「ありがとう。温まったよ」
     椅子に座ると、出してもらったココアを口に含む。温かくて甘いその液体は、僕の心の氷を溶かしてくれる。生き返ったような心地になって、大きく息をついた。
    「どうしたんだい? こんな雨の中走ってきて。何か困ったことでもあったのかい?」
     マーサに話しかけられ、僕は、顔を上げた。彼女の視線は、全てを見透かすような穏やかさで僕に注がれている。藁にもすがる思いで、僕は本題に入った。
    「実は、今日は聞きたいことがあって来たんだ。…………子供のトラウマに、どう対応したらいいか知りたくて」
     僕の発した声が真剣だったからか、マーサは表情を変えた。子供に対する態度から、大人に対する態度に切り替えると、僕に話の続きを促した。
    「相当困ってるみたいだね。良かったら、話を聞かせてくれるかい?」
    「もう、三日も前になるんだけどね……」
     僕は口を開いた。僕とルチアーノの、転機となる出来事を伝えるために。


     それは、なんの変哲もない夜だった。一緒にご飯を食べて、お風呂を済ませて、一緒に僕の部屋へと向かう、いつもの日常だ。その日は、ルチアーノがテレビゲームをリクエストしたから、眠くなるまでゲームで遊んでいた。テレビの眩しいライトは、僕たちの意識を覚醒してしまう。なかなか終わりにできなくて、日付が変わるまで遊んでしまった。
     さすがにまずいと思って、僕はゲームの電源を切った。電気を消してベッドに入ると、しぶしぶといった様子でルチアーノも付いてくる。布団の中に横たわって、ルチアーノの頭を撫でているうちに、いつの間にか眠りの世界に落ちていた。
     次に意識が戻ったとき、僕は真っ赤な世界にいた。見たこともないようなビルが聳え建ち、見たこともない車種の車がハイウェイを走っている。町に建てられたオブジェの形で、辛うじてネオドミノシティだと分かった。
     僕は、誰かを探していた。僕のことを愛してくれて、大切にしてくれる二人の大人だ。彼らはいつも僕の側にいて、無償の愛で包み込んでくれた。そんな両親が、どこにも見当たらなかったのだ。
     僕は、町中を探し歩いた。ビルの間を、商店街を、学校の前を、心細い気持ちを抱えながら走っていく。デパートの前まで歩くと、ようやく二人の姿が見えた。
    「パパ、ママ!」
     呼び掛けると、二人はこちらを振り向いた。安堵したような笑みを浮かべながら、駆け足で僕の前へと近づいてくる。両隣から僕を囲むと、大きな腕で抱き締めてくれた。
    「×××、どこに行ってたんだ。心配したじゃないか」
     パパが震える声で言う。二人も、僕のことを探してくれていたのだと、今になって気づいた。申し訳なくなって、思わず俯いてしまう。叱られるんじゃないかとドキドキしながら、辛うじて謝った。
    「ごめんなさい……」
    「いいのよ。無事に見つかって良かったわ」
     ママが優しい声で言う。頭を撫でられて、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。僕はもう子供じゃないのに、ママは子供みたいな触り方をする。なんだか複雑だ。
    「さあ、帰りましょう」
     ママが、僕の手を取りながら言った。僕も、ママの手を握り返す。ちょっと恥ずかしいけど、今日くらいはいいかなと思ったのだ。
     その時だった。
     白い光が、僕たちの上を通過した。地面が揺れるような衝撃と、目も開けられないほど眩しい光に、その場にうずくまってしまう。揺れと閃光は、何度かビルの周りを襲った。完全に揺れがなくなると、僕は恐る恐る顔を上げる。
     そこは、別世界になっていた。
     晴れていた空は、いつの間にか真っ赤に染まっている。ふわふわと浮いていた白い雲も、今ではどす黒い煙でしかない。町並みも豹変して、ビルのガラスが割れたり、コンクリートが剥き出しになったりしている。損傷のひどいものは、ただの瓦礫の残骸になっていた。
     周りから、人々の叫び声が聞こえてくる。大人も子供も、皆が逃げ場を探して走り回っていた。こうしている間にも、空には見たことのない機械が飛び回っている。世界が終わりそうな光景だった。
     僕は、周りを見回した。パパとママの姿が見つからなかったのだ。きょろきょろと周りに視線を向けても、二人の姿はなかった。
     ふと下に視線を下ろして、恐ろしいものを見つけてしまう。地面に穿たれた二つの穴、そのひとつに、ママの付けていた指輪が転がっていたのだ。その光景から考えられることは、ひとつしかない。最悪の事態が脳裏をよぎって、僕は頭を抱えた。
    「パパ、ママ…………?」
     唇から、掠れた声が漏れる。拒みたくても、その予測は確信となって僕の心を蝕む。胸に溢れる絶望に飲み込まれて、僕はその場に膝をついた。
    「パパ、ママ……! うわぁぁぁぁん!」
     瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。拭っても拭っても、涙は溢れて止まらなかった。その場に座り込んだまま、大声を上げて泣き続ける。
     パパとママが、どこにもいなくなってしまった。信じたくない事実が、僕の胸を支配する。もう、何も考えられなかった。泣いているうちに意識が薄れていく。眠りにつくように、僕は意識を失って……。
     そこで、目が覚めた。
     身体を起こして、自分の両手を見る。顔に違和感を感じて手を伸ばすと、頬に涙の筋があった。知らないうちに泣いていたみたいだ。あんなリアルな夢を見たのだから無理もない。
     妙にリアルな夢だった。その記憶も体験も、何一つ僕のものではないのに、まるで自分のことのように感じられる。心臓がバクバクと音を立てていて、少しも落ち着かなかった。悪い夢とは、こういうものをいうのだろう。
     隣を見ると、ルチアーノが身じろぎをしていた。ゆっくりと顔を上げて、僕の方に視線を向ける。月明かりに照らされた横顔は、涙でテカテカと光っていた。
    「パパ、ママ…………」
     ルチアーノの口から、小さな声が漏れた。泣き張らした鼻声で、不安定に震えている。言葉の内容に、心臓が止まりそうになる。まるで、僕と同じ夢を見ていたかのような発言だった。
    「パパ……! ママ……! わぁぁぁぁん!」
     ルチアーノが大きな泣き声を上げる。悲痛な叫び声に、いてもたってもいられなくなってしまった。正面から腕を回すと、その小さな身体を抱き締める。泣きじゃくるルチアーノの頭を撫でながら、その場しのぎの言葉をかける。
    「大丈夫、大丈夫だよ」
    「嫌だよ! どこにも行かないで! 僕の側にいて! ねぇ!」
     泣き叫ぶ恋人を、僕は何もできずに見つめていた。彼の悲しみを癒すために、僕ができることなんてひとつもない。今の僕にできるのは、ただ抱きしめてあげることだけだ。この距離感が、今はもどかしかった。
    「大丈夫、大丈夫だよ。僕は、ずっと側にいるからね」
     頭を撫でながら、僕は声をかける。疲れきったルチアーノが眠りにつくまで、僕は彼の身体を支え続けた。

     目が覚めたら、太陽の光が燦々と差し込んでいた。ゆっくりと目を開けると、枕元の目覚まし時計に視線を向ける。時刻は十時を指していた。
    「…………目が覚めたかい?」
     隣から、子供の声が聞こえてきた。視線を向けると、ルチアーノが腕の中から僕を見上げている。どうやら、彼を慰めているうちに眠ってしまったようだ。慌てて手を離すと、彼は僕の腕の中から這い出した。
     僕は、どうしていいか分からなかった。昨夜何があったかは、僕も鮮明に覚えている。当の本人であるルチアーノが、覚えていないはずがなかった。
    「…………なあ」
     僕が黙っていると、ルチアーノが口を開いた。恥ずかしそうに視線を布団に向けたまま、聞き取れないほどの小声で言う。
    「昨日のこと、覚えてるか?」
     核心をついた質問だった。一瞬だけ、誤魔化すことを考えたが、得策ではないと思い直す。嘘をついたって、ルチアーノにはバレてしまうのだ。素直に話すことにした。
    「…………うん」
     答えると、ルチアーノは僕の方に近寄った。至近距離まで顔を近づけると、真っ直ぐに僕を見上げる。真っ赤に染まった頬と、対称的な鋭い瞳が、僕の視界に突き刺さる。表情を険しくすると、彼はドスを聞かせた声で言った。
    「あの事は、誰にも言うなよ」
     恐ろしい言葉だった。破ったらどうなるかは、考えなくても分かる。痛い目に遭いたくなければ、黙って従うしかないのだろう。
     僕が頷くと、彼は満足そうに身体を引いた。ベッドの上から降りると、黙って身に纏う布を切り替える。彼の身体は、あっという間に寝間着から普段の白装束へと変わった。
    「いいか、誰かにチクったら、ただじゃおかないぞ。分かったな」
     念を押すように言うと、彼は部屋から出ていってしまった。ゆっくりと後を追うが、姿はどこにも見えない。これ以上は、顔を合わせたくなかったらしい。
     その日以来、ルチアーノが部屋に来ることはなかった。それだけじゃない。町を歩いていても、彼の姿を見ることがないのだ。遊星たちポッポタイムの面々も、彼のことは知らないらしい。
     ルチアーノは、完全にこの町から姿を消した。原因はひとつしかない。町が破壊され、両親がいなくなる悪夢と、泣きじゃくるルチアーノの姿だ。彼は、あの姿を僕に見られたことが恥ずかしくて、僕の前から姿を消したのだ。
     あの夢が誰のものかくらいは、考えなくても分かった。


     僕は、ルチアーノとのやり取りをかいつまんでマーサに話した。とはいっても、すべてをそのまま伝えた訳ではない。夢の内容も、悪夢を共有したことも、僕たちの関係を明かすことになるから伝えられなかった。その子供がルチアーノであることなど、口が裂けても言えなかった。
     それでも、マーサには僕の言いたいことが分かったみたいだった。安心させるような笑顔を見せると、優しい声で話しかける。
    「そうかい…………。そんなことがあったんだね」
     子供をあやすような優しい声だったが、それは僕を安心させてくれた。安堵に胸がいっぱいになって、涙が頬を流れ落ちる。
    「話してくれてありがとう。力になれるかは分からないけど、一緒に考えるくらいはできるよ」
     マーサは言う。忙しいはずなのに、嫌がる素振りも見せなかった。
     これまで、誰にもこんな話はできないと思っていた。一人で抱えて、一人で解決しなければいけないのだと。でも、僕には仲間がいるのだ。遊星が繋いでくれた縁は、ちゃんと僕の力になっている。
    「ありがとう。ごめん」
     今の僕には、お礼を言うのが精一杯だった。涙が溢れて、うまく言葉にならなかったのだ。マーサの優しい声を聞きながら、僕は涙を流し続けた。

     マーサの家を出る頃には、降っていた雨も止んでいた。まだ、湿った空気の漂うサテライトを、Dホイールに乗って駆け抜けていく。冷たい風は、ほんのりと潮の匂いがした。ここは、海が近いのだ。
    「この大会が終わったら、海を見に行こう。サテライトの海じゃなくて、泳げる海に」
     いつか、僕がそう言った時、ルチアーノはどんな顔をしていただろうか。つい最近のことのはずなのに、何も思い出せない。結局、僕はルチアーノのことを何も知らなかったのだ。知らないのに、知ったような気持ちになっていた。彼が、あまりにも近くにいたから。
     家に帰ると、寝間着に着替えて布団の中に潜り込んだ。食事も取らずに、眠りの世界へと落ちていく。三日ぶりに、僕は深い眠りにつくことができた。


     ネオドミノシティの夜景は、いつもキラキラと輝いている。人々の生活の灯りと、労働の灯りから生まれるイルミネーションだ。町の発展そのものであるこの煌めきを、遊星は何よりも好んでいた。
     こうしてここに立っていると、僕は、自分が何をしたいのかが分からなくなる。僕には、大切なものがたくさんあって、どれかひとつを選ぶということができないのだ。遊星たちのことを仲間として大切に思いながら、ルチアーノの恋人として一緒の時間を過ごしている。このどっち付かずな態度を、ルチアーノはあまり好きではないみたいなのだ。
     僕にとって、ルチアーノは誰よりも大切な存在だ。あの日、泣いていたルチアーノを見て、僕は胸が張り裂けるほどの苦しみを感じた。ルチアーノは、常にあの悲しみと共に生きているのだ。そう思うと、何とかして助けてあげたいと思った。
     分かっている。そんなものは、ただの傲慢だ。僕には何もできないし、してあげようとすることすら、彼にとっては迷惑なのだ。僕にできることは、知らんぷりしてあげるだけなのだから。
     僕は、高台の柵に背を向けた。Dホイールに乗ると、家を目指して走っていく。子供の頃は、悲しいことがあった時には公園に星を見に行っていたと、今になって思い出した。郊外の公園は星がよく見えたが、この町の高台からははあまり見えない。人工の灯りは、星の光を掻き消してしまうのだ。
     家に入ると、真っ直ぐに自分の部屋に向かった。もう夜も遅い。早く眠ろうと思ったのだ。豆電球をつけると、服を着替えてベッドの上へと視線を向ける。そこに見えた人影を見て、心臓が止まりそうになった。
    「やあ、随分遅かったじゃないか」
     舌足らずな甘ったるい声が、僕の鼓膜を揺らす。こんな声を出すのは、この世界でたった一人だけだ。ぼやけた視界で捉えたのは、ベッドの上に横たわる男の子の姿だった。
    「ルチアーノ…………!?」
     びっくりして、口が大きく開いてしまう。目の前の男の子は、本当にルチアーノなのだろうか。彼は、数日前に家を飛び出してから、僕の家を訪れることはなかったのだ。もう、来てはくれないのだと思っていた。
    「どうして、ここに……?」
     尋ねると、彼はおかしそうに笑った。笑い声を漏らしながら、からかうように言う。
    「なんでって、ここは僕のパートナーの家なんだろう? そこに僕が現れるのは、普通のことだろう?」
     信じられなかった。ルチアーノが、目の前に横たわっている。喜びと安堵で、涙が出てしまった。
    「もう、来てくれないかと思った……!」
     涙を流す僕を見て、ルチアーノはケラケラと笑う。その笑い声は、いつもと変わらなかった。
    「そんなに泣くことないだろ。君って変なやつだな」
     笑い続けるルチアーノの隣に、身体を横たえる。肌に伝わる温度も、微かに聞こえる吐息も、ルチアーノのものだった。
     身体に触れようとして、そっと手を引っ込めた。あんなやり取りをした後なのだ。触れていいのかなんで分からない。遠慮がちに身じろぎをしていると、ルチアーノの方から身を寄せてきた。
     僕の腕の中に、ルチアーノの頭が入り込む。小さくて折れそうな身体を、両手でしっかりと抱き締めた。
    「覚えてるかい? この前のこと」
     腕の中で、ルチアーノが言葉を漏らす。熱い息が吐き出されて、服越しに僕の肌を温めた。
     彼が何を言っているのかは、考えなくても分かった。その事に触れられるだろうと、心のどこかで思っていたのだ。覚悟を決めると、深呼吸をしてから返事を返した。
    「……覚えてるよ」
    「君も、見たんだろ? あの悪い夢を」
    「うん」
    「そうか……」
     ルチアーノは、一瞬だけ言葉をきった。迷うように身じろぎをすると、覚悟を決めたように話し始める。
    「あれは、僕のオリジナルの記憶だよ。僕の元になった人間が持っていた。世界の終わりの記憶さ」
     僕は、何も言えなかった。彼が悲しい記憶を持っていることは、ずっと前から知っている。でも、改めて突きつけられると、何を言っていいのか分からなかったのだ。
     僕が黙っていると、ルチアーノは言葉を続けた。
    「オリジナルの両親は、機皇帝の攻撃で死んだんだ。彼は、何もできずにその姿を見ていた。あの記憶がある限り、僕は絶望から逃れられないんだ」
     僕は、黙ってルチアーノの背中を撫でた。彼の溢す声が、少しずつ涙を含むものになっていたからだ。泣きながら言葉を紡ぐルチアーノを、僕は何もできずに抱き締めていた。
    「ねぇ、君はずっと僕の側にいてくれる? 絶対に居なくならないって、約束してくれる?」
     泣き声のままそう囁くと、彼は僕を見上げた。豆電球の小さな光に、キラキラと輝く瞳が照らし出される。神の代行者として産み出された少年の泣き顔は、ただの子供のようにあどけなくて、息を飲むほどに美しかった。
    「約束するよ。僕は、絶対にルチアーノから離れない。永遠に、死ぬまで一緒だ」
     その言葉が何の気休めにもならないことは、僕が一番よく知っていた。でも、そうとしか答えられなかったのだ。真っ直ぐに気持ちを伝えることだけが、僕に示せる一番の誠意だと思ったから。
    「…………嘘ばっかり」
     ルチアーノは言う。その声は震えていたが、もう泣いてはいなかった。

     その夜、僕は夢を見た。ルチアーノと一緒に、海に遊びに行く夢だ。僕たちは、太陽の照らす浜辺を走り回っていた。寄せては返す波の音と共に、潮の匂いが僕たちの周りを包み込む。ルチアーノはラフな夏服で、髪をひとつに縛っていた。身体を動かす度に、ポニーテールがゆらゆらと揺れる。その光景は何よりも美しかった。
     夢の中の僕は、それが夢だと分かっていた。いずれ覚めてしまう、儚い幻だと。だから、僕は一心に祈り続けていた。夢から覚めないで、と。
     でも、その願いは叶わない。朝が来たら、僕は目を覚ましてしまうのだ。そうして、帰っていく。現実という世界に。

     気がついたら、誰かに身体を揺すられていた。ゆっくり目を開けると、赤い髪の男の子と視線が合う。数日ぶりの、ルチアーノのモーニングコールだった。
    「やっと目が覚めたのかい? 相変わらず、君は寝坊助だな」
     からかうように言うと、彼はきひひと笑い声を上げた。完全にいつものルチアーノのようだ。安堵しながら、その可憐な笑顔を見上げた。
    「しょうがないでしょ。最近は、あんまり眠れなかったんだから」
     答えながらも、僕は身体を起こす。彼が僕を起こしに来るときは、大抵何かの用事があるのだ。タッグパートナーとして、付き合ってあげるのは当然のことだろう。
    「とっとと支度しろよ。今日は、デュエルの特訓に行くんだから。僕も暴れたりないんだから、ちゃんと付き合ってくれよ」
     ルチアーノに急かされながら、慌てて支度をした。菓子パンをかじり、顔を洗い、歯を磨いて着替えを済ませる。支度を終えると、手を引きずられるように外へと出た。
     外は、雲ひとつない晴天だった。眩しい太陽の日差しが、真っ直ぐに僕たちを照らし出している。さらさらと服を揺らす風も、爽やかで心地いい。これまでの雨模様が嘘みたいな、爽やかな朝だった。
    「ほら、とっとと行こうぜ」
     ルチアーノは笑いながら僕の手を引く。そこに、昨日までの悲しげな様子はない。いつも通りの、いたずら好きで退屈嫌いで、かなり強引な僕のパートナーだ。
    「分かったから、引っ張らないでよ」
     転びそうになりながらも、なんとか彼の後に続く。今日という一日は、まだ始まったばかりだった。

     ルチアーノにとって、この世界は絶望そのものなのかもしれない。何一つ救いのない、生き地獄も同然の命なのかもしれない。それでも、彼は生きなければならないのだ。彼らが神と崇める存在の、目的が達成されるまで。
     それなら、僕だけは最後まで側にいたい。ルチアーノが使命を終え、還るべき場所へと帰るまで、彼を支えていたい。身に余るものだと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。それが、僕にできるたったひとつのことだから。
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