末代へと至る愛 お風呂から上がると、ルチアーノの姿が見えなかった。普段はベッドの上にいるのだが、今日は気配を感じない。リビングの様子を見に行くが、そこにもいる気配はなかった。不思議に思いながら再び部屋を覗くと、押し入れからドサリと音がした。
部屋の奥を覗き込むと、押し入れにルチアーノが座り込んでいた。本棚からフォトブックを取り出しては、一枚ずつページを捲っている。上から覗き込むと、僕の昔の写真が見えた。
「何してるの?」
尋ねると、彼はフォトブックから顔を上げた。ほんのりと赤く染まった頬と緑の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめてくる。お風呂上がりなこともあって、子供らしく可愛らしい様子だった。
「君の写真を見てたんだよ。君の小さい頃なんて、写真じゃないと分からないだろ。僕には、知る権利があると思ってさ」
口元をにやりと歪めながら、ルチアーノは答える。さっきの子供らしい表情が、一瞬で消えてしまった。少し勿体なく感じながらも、彼の隣に腰を下ろす。
「確かにそうかも知れないけど、ちょっと恥ずかしいな。昔の写真って、自分でも覚えてないから」
隣に置いてあったフォトブックを手に取ると、指先でページを捲った。そこには、僕が小学生の時の写真が納められている。運動会や旅行の思い出、誕生日会などのイベントで撮られた写真が、時系列に並べて納められている。目ぼしいものは実家のアルバムになっているから、これは余りのものなのだろう。
過去の自分を見ていると、懐かしいような、恥ずかしいような気持ちになる。いくら自分のことだとは言っても、僕はこの頃のことをあまり覚えていないのだ。年相応に馬鹿だったことと、変なところで聡明だったことを覚えているくらいだ。
「そういえばさ」
写真を見ていたら、隣から声が聞こえてきた。急に声をかけられて、少しびっくりしてしまう。平静を装って視線を向けると、ルチアーノは下を向いたままだった。
「どうしたの?」
「君って、一人っ子なんだな」
声をかけると、彼は俯いたまま答えた。言葉の真意が分からなくて、小さく首を傾げてしまう。彼が何を言いたかったのか、僕にはよく分からなかった。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
尋ねると、今度は顔を上げた。そこに映された表情が真剣そのもので、僕は息を飲んでしまう。こういうときの彼は、真剣なことを考えているのだ。何を言われるのだろうと、心の中で覚悟を決めてしまう。
ルチアーノの唇が、ゆっくりと持ち上がった。いつものきひひ笑いからは考えられないほどの小さな声が、彼の口から零れ落ちる。それは、このようなものだった。
「君は、僕のパートナーになるんだろ。結婚して、伴侶として一緒に暮らすことを望むんだろ。そうしたら、君の家系は君で末代だな」
彼の言葉を聞いて、僕は小さく息を吐いた。そんなこと、僕は少しも考えはしなかったのだ。家族を失った記憶を持つ彼だからこそ、思い付いたことなのだろう。
「そうだね。でも、僕は気にしないよ」
そう答えてから、僕はルチアーノの頭に手を乗せた。赤い髪を掻き分けるように、左右にわしゃわしゃとかき回す。ルチアーノが、不快そうに頭を左右に振った。強引に頭を撫で続けながら、僕は言葉を続ける。
「僕が子供を残さなくても、従兄弟たちが子供を産めば、僕たちの血縁は続いていくからね。僕がルチアーノと結婚しても、末代にはならないよ」
それは、僕が常日頃考えていることだった。血縁というものは、目に見えるよりもずっと広い。普段は会うことが少ないけれど、同じ先祖の血を流す人間はたくさんいて、身内の集まりで一堂に会することもあるのだ。その誰かが血を繋いでくれたら、それは僕たちの家系図になる。
「だから、ルチアーノは安心して僕の側にいてよ。ルチアーノはもう、僕の家族なんだから」
そう言うと、彼は怒ったように顔を上げた。鋭い瞳で僕を見ると、尖った声で言い返す。
「別に、心配なんかしてねーよ」
その仕草が可愛らしくて、思わず抱き締めてしまった。腕の中で暴れるルチアーノを押さえていると、幸せな気持ちで心が満たされる。僕は、この男の子を愛しているのだ。僕が契りを交わしたいのは、この世で彼ただ一人なのだから。
「何するんだよ! 離せって」
腕の中からは、まだルチアーノの声が聞こえてくる。確かな温もりを感じながら、その手を離したくはないと思った。