ふたりで月を うさぎうさぎ なにみてはねる
じゅうごやおつきさまみてはねる
「お疲れ様でしただぜ!」
ドラマの収録を終え、星奏館へダッシュで帰ってる時、ふと夜道が明るいことに気付いた。いつもの時間、いつもの道。この道は街灯の間隔が長いのでメイン通りより薄ぐらい。その為アイドルの帰り道としてはあまり推奨されていなかった。
しかし光は「走れば変わらないんだぜ!」と言う謎理論によりいつもこの道で帰っていた。
これからどんどん冬に向けて暗くなる時間が早くなるはずなのに、変なの。
そう思い立ち止まり空を見上げた。そこには真っ黒の空にどっかりと大きな月が光を見下ろしていた。
―中秋の名月。確か昨日なずなが話していた。一際月が大きく、明るく見える日。光の為にわかりやすくそう教えてくれた。
「うわぁ~!ほんとにでっかくてキレイなんだぜ!」
立ち止まって見たいな、とは思ったが暗い道は危険だから、との言いつけを思い出し走りながら見るものの、やはり建物に見えたり隠れたりしてちゃんとは見られない。
「そうだ!あそこならよく見えるかもしれないんだぜ!」
何かを思いついたように光はより一層速く走ってアンサンブルスクエアのビルへ向かった。
+++++
着いたのはアンサンブルスクエアの最上階、空中庭園だった。予想通り誰もいなく、大きな月が何に邪魔される事無く見えている。
「うわ~ぁ!でっかいんだぜ!」
どっかりと大きく夜空に浮かぶそれを見て、思わず手を伸ばす。普段は遠くに見える月も、今日なら触れられるような気がした。
「あーあ、やっぱり届かないんだぜ。」
でも、手を伸ばして天まで届いたらつまらないもんね!まだまだこの月にも歌が届くように頑張るんだぜ!
そう思いながら大きな月に向かってうたを歌った。アンサンブルスクエアの敷地内とはいえ夜なので少し控えめで。
あまりに気持ちよく歌っていたので、空中庭園に入ってきた人影に気付くことなく光は歌を続けていた。
「ふぅ、たっくさん歌ったからお月様のうさぎに声が届いたかな~?」
そう光が独り言を呟くと突然後ろから声がした
「きっと、届いているのではないですか?」
声の主は章臣だった。夢ノ咲学院の教師でもあり、アンサンブルスクエアでは『P機関』に所属している。学院ではいつも光は説教をされているので条件反射で身構えてしまう。
「せっせんせぇ!?どうして!?オレ、何もしてないんだぜ…」
「別に、あなたが何かをやらかさないと私はあなたに話しかけも出来ないんですか?」
章臣はちょっとムッとしたような顔をする。いや、不機嫌そうな顔はいつもの事だが、心外だと言う表情だ。
「えへへ~ごめんなさいだぜ。じょ~けんはんしゃってやつなんだぜ~」
強ばってた顔が少し緩み、笑いながら鼻先をかく。光の緊張が解れたようで章臣もほっとした。
「あなたの歌声が聞こえてきたものでね。―座りましょう。」
章臣はそこにあったベンチに腰掛け、光を手招きする。ベンチに座ると、立ってみているより一層月が覆い被さるように大きく見えた。
章臣はうさぎの歌声に引き寄せられ、空中庭園に来てみたが、こんなに綺麗に月が見えるとは思ってはいなかった。
「天満くん。」
ふと、章臣の視線と光の視線がぶつかる。月の魔力なのだろうか、お互いに視線を逸らすことが出来ない。
「月が、綺麗ですね――」
昔の文豪が『I love you.』を訳した言葉だ。自然と、その言葉が口から出ていた。章臣の心臓はどくりと跳ねた。今、初めて自分の気持ちに気が付いた。
――あぁ、私はこの子が好きなんだ。
とはいえ、この子はこの言葉の意図など知らないだろうに何を言っているんだろうと心の中で嘲笑した。
「……。うんっ!月が綺麗なんだぜ」
光はいつもの笑顔を見せて章臣にそう返事をした。そのあとすぐに月にまた顔を戻す。
ちょうど今日の収録で、大人の俳優の人達が話していた。
昔の文豪は『I love you.』を『月が綺麗ですね』と訳したと。つまり、好きな人に告白する時に使う言葉なのだと。
章臣からその言葉を聞いた時、光の心臓が跳ねた。今のは章臣からの告白なのか、それともこの十五夜の月を見ての感想なのか――。
(オレを好きって事だといいな)
そう思いながら、お互い愛しい人と肩を並べて大きな満月を眺めていた。
うさぎうさぎ なにみてはねる
いとしいひとみて こころがはねる――