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    tasoiarxxx

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    tasoiarxxx

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    沢深と三リョのお話
    リョータと深津サンが文通をする話。
    メインは沢北と深津サンが両想いになるお話です。

    沢北と深津サンがどちらも拗らせてる両片思いなお話。
    三井とリョータは付き合ってます。


    pixivに投稿してるけど実験的にポイピクの小説機能を使ってみたくて。
    消すかもしれんけど…。
    pixivはこちら【https://www.pixiv.net/users/33880957

    #沢深
    depthsOfAMountainStream
    #三リョ
    #SD腐

    親愛なる××様「なぁリョータ。俺に何か隠してることない?」

    時間は深夜。
    突然の訪問者は酒に酔っていた。

    「お前飲みすぎ。」

    玄関先で騒いでいても近所迷惑になると思った俺は沢北栄治を部屋へ招き入れる。
    リビングのソファーへ座らせると、コップ一杯の水を渡し酔いを醒まさせる。
    一体何があったんだと聞きたいところだが、酔っ払っているこの男に今は何を言っても逆効果になる予感しかせず動向を見守ることにした。

    「なぁリョータ。俺っていったいなんなんだ。」

    どこかで聞いたことがあるセリフを言っている。

    「何なんだって。沢北栄治でしょ。」
    「そういう意味じゃない。」
    「んじゃなんだよ。俺眠いんだけど。」

    明日も練習がある。
    後、3時間後には起きなければならない。
    沢北に付き合っている暇はぶっちゃけないのだ。
    だけど、アメリカにわたって、なんだかんだ世話になったコイツが酔っぱらいながら俺の部屋を尋ねてくるって異常事態。さすがにほっておくことはできない。

    「俺、気づいてるんだよね。リョータとあの人が繋がってること。俺に内緒でコソコソ何かやってる事。全部知ってる。」

    言い終わると渡した水を一気に飲み干した。

    「ねぇ。リョータ。あの人となにやってるの?」

    まっすぐ向けられた瞳に吸い込まれそうになる。
    蛇に睨まれカエルってこんな気分なんだろうな。
    あぁすいません深津サン。とうとうバレちゃいました。
    アンタと、文通してること。


    ---------------------------------------------


    「宮城。少しいいピョン?」

    場違いな声が聞こえた。
    驚きすぎて思わず手に持っていたバスケットボールを落としてしまう。
    ここは秋田ではない。
    湘北高校バスケット部が練習している学校の体育館だ。
      
    3年生の冬。ウィンターカップ後に俺は引退した。
    引退したとはいえ、ボールに触りたくなるのはしょうがないことだろ?
    後輩達の練習が終わってからこっそりと体育館に忍び込みボールを手に取る。
    流川も花道も俺が一人で練習していることは知ってると思う。
    あいつらの練習を見に行ってもいいんだけど、俺達の世代が抜けて新体制を作ろうとしてる時に邪魔しちゃ悪い。
    だから時々部活が終わった後忍び込む様にこっそり体育館でボールを触っていた。
    気にしてるのは俺だけかもしれないけど。
    留学のことは前から意識してた。チャンスがあれば行きたいと思ってた。
    だから、安西先生から留学の話が来た時は嬉しすぎてどうにかなるかと思った。
    憧れてた場所でバスケができるなんて幸せすぎるでしょ。
    決まった時、直ぐにバスケ部の連中に報告しに行った。
    流川は「ずるいッス先輩。かわってください。今すぐに。」ってすごんできたけど、

    「いや、遅かれ早かれ、お前もそのうちアメリカに来るだろう?向こうで待ってるよ。」

    って笑いながら話してたら、俺の方が先に行くと花道が拗ねて怒って喧嘩になってた。相変わらずだよお前達は。
    アメリカに行く事に迷いはなかった。
    先に行った沢北の後を追う事になるのが俺だとは思ってなかったけど。
    けどさ?こんなチビが向こうでやってけるん??
    どうしても不安でいっぱいになることもあるわけで…。
    そういう時はこうやって無心になってボールに触っていると脳内がクリアになって頑張ろうって思えた。
    考えすぎる癖はよくないなってつくづく思う。
    てなわけで、一人残って練習をしていた俺。
    と、なぜか現れた元山王高校主将深沢一成。

    「いや、何でこんなところに深津サンがいるの?夢?」

    あまりに驚きすぎて頭がバグったのかもしれないと思い頬を自分でつねった。

    「現実だピョン。」

    そう言って、コートに一礼し俺に近づいてくる。
    この人に最後にあったのは確か…。三井さんの引退試合になったウインターカップだったと思う。
    くそ強かった記憶しかない。よく俺達あれに勝てたよな。って三井サンと苦笑いした。結局、俺達とは当たることもなく、俺達は敗戦。山王が優勝した。
    いや、マジ、なんでココにいるん?山王元主将が何で今ここにいるんだよ。
    正直戸惑う。
    ポロリと落として転がしたボールは深津サンの足元に転がっていき、そのボールを拾い上げると直接、ゴールのリングを狙う。
    ボールは綺麗な弧を描きながらゴールポストへ吸い込まれていった。
    リングに触れることなく、パシュッとネットの音だけがコートに木霊する。

    「突然来て悪かった。今日は宮城リョータにお願いがあってきたんだピョン。」
    「お願いって。なんスか。」
    「まぁそんなに警戒する事ないピョン。取って食ったりしないピョン。」
    「いや、まぁそうなんスけど…。」

    いやっ!緊張するでしょう!
    俺達ほぼ初対面!!!
    わかってる?わかってないよね?
    マジで、どうしたらいいの俺。三井サンや花道じゃあるまいし。
    コミュ症舐めんなマジで!

    「まぁ、座ったらいいピョン。」

    コートの真ん中に座り込み、ペチペチ床を叩く。
    座って話そうぜじゃないッスよ!えーマジでどうしたらいいの俺。
    先輩の言葉を無視するわけにも行かないので大人しく従い平気なふりをして深津サンの横に座る。心臓は音が漏れ聞こえそうなくらいバクバクだ。

    「で、なんスか話お願いって。」

    改めて話を切り出す。
    一分一秒でもこの違和感しかない状況を何とかしたかった。

    「突然尋ねて悪かった。驚いただろ。」
    「えぇまぁ。」
    「宮城は沢北と同じ。アメリカに行くって聞いたピョン。」
    「え?誰に?」
    「三井。」
    「どういう繋がり!?」
    「ん?大学での練習試合でたまたま当たったピョン。その時に話した。」
    「あーなるほど。けど、それが俺とどう関係が……。」
    「………。」

    深津サンは少し困った顔をしながら目を逸らす。
    言うか少し悩んでいるようだった。
    暫く無言が続く。この空気はちょっと耐えられない。
    俺が起ちあがろうとすると意を決したように俺の手を握り引き留める。
    そして、

    「アメリカに行ったら俺と文通をしてくれ。」

    と、まっすぐ目を見ながら言われた。

    「文通?」

    文通って何。手紙のやり取りだよな。
    恋人とか友人とかがやるあれ。
    お互いの近況とか教え合ったり、時には恋バナ書いてみたり。
    なんで?ちょっと意味わかんない。
    よく見ると、少し顔が赤い。
    ま、まさか?え?

    「深津サン俺の事ス――――「勘違いするなピョン。」

    まぁそうだよね。

    「だったら何なんだよ。」
    「沢北の様子が知りたい。」
    「沢北の?」
    「アメリカでどんなことをしてるのか。楽しくやってるか。泣いてないか。ただ、アイツの近況が知りたい。」
    「大学も違うし、住んでる場所も違うけど。」
    「わかってる。けど日本より近い。」
    「本人に言えばいいじゃん。」
    「それは無理ピョン。」
    「なんで無理なんだよ。」
    「沢北に知られたくない。」
    「なんで?」
    「察しろピョン。」

    察しろったって。
    いや、察してますけど。
    深津サン多分沢北のこと好きなんだよね??
    好きな子の情報が欲しいってやつだよね??
    だけどアンタたちの色恋沙汰に俺を巻き込まないで欲しいんですが?!
    と、いう言葉を言ってしまえば簡単なんだけど、俺にはどうしても言えなかった。
    ちょっとだけ深津サンの気持ちがわかるから。

    「もちろん見返りは用意するピョン。」
    「見返り?」
    「聞いてばっかりじゃ悪いから、宮城が欲しいこっちでの近況報告をお届けするピョン。」
    「た、たとえば?」
    「俺がわかるかぎりの情報を手紙にしたためて送るピョン。ちなみに三井が通う大学のチームに山王の仲間が所属している。情報は手に入りやすいピョン。」
    「う。それはちょっと嬉しいかもしれない。」

    向こうに行ったら日本の情報を調べるなんて余裕はきっとない。
    俺にとって知りたい情報が定期的に手に入る。こんな魅力的な提案ある?
    いや、たぶんない。

    「ちなみに写真もつけるピョン。」
    「宜しくお願いします。」

    こうして、俺と深津サンの文通生活が始まることになった。
    タイミングはいつでもいい。生活が落ち着いて思い出した時でいいから手紙をくれといい大学の寮の住所を小さなメモにしたためて渡された。

    そうそう。お互いに決めたルールがある。

     ★絶対に相手にはバレてはいけない★

    俺は別にばれてもいいんだけどね。深津サンがどうしても嫌だっていうなら仕方ない。
    お互いフェアじゃないといけないと思う。だから俺も内緒。

    「そうだ。一個聞いてもいいッスか?」
    「なんだピョン。」
    「深津サンと沢北って付き合ってる?」
    「付き合ってはない。」
    「ふーん。」
    「しいて言うなら俺の片思い。」

    どこか寂し気で諦めながら呟いた深津サンの顔を俺は忘れる事ができないと思う。
    こうして秘密の契約を結んだ俺は高校卒業とともに単身アメリカへ飛んだ。




    --------------------------

     深津サン
     お元気ですか。
     こちらは毎日練習に明け暮れる日々です。
     この前エージと試合をしました。
     アイツ今PGやって…ってこの事は知ってるよね。
     悔しいけど試合はエージの勝ち。やっぱ強いわアイツ。
     試合が終わった後少し話をしました。
     大した話はしてない。
     試合の反省点を踏まえて次に繋がるようにお互い努力しようと約束しました。
     あと、美味しいコーヒーが飲める店を教えてもらった。
     今度一緒に飲みに行くことになりました。
     また、手紙を書きます。
     PS.エイジの写真を送ります。

     宮城へ
     手紙有難う。
     沢北が元気そうで安心した。
     こちらの状況はあまり変化はない。
     もうすぐリーグ戦が始まる。
     三井はレギュラーで相変わらず気持ち悪い程3Pを決めてくる。
     松本からの情報によるとやたらモテるように見えて
     全くモテないらしいから安心しろ。
     PS.三井特集記事がのってる雑誌を送ります。

     深津サン
     お疲れ様です。リーグ戦どうでした?
     三井サンに勝ちましたか?
     あの人から連絡が来ないのでたぶんアンタの勝ちだね。
     そうそう。
     エージが深津サンと連絡とりたがってました。
     山王のころが懐かしいって。
     もしかしたらちょっとへこんでるかも。
     なにがあったかまた聞いておきます。

     宮城へ
     手紙読みました。
     沢北も心配ですが宮城は大丈夫ですか。
     こちらの事はあまり気にせず日々の練習頑張ってください。
     リーグ戦は今のところ俺達のチームが勝ち越しています。
     この手紙が届く頃には決着がついていると思います。
     三井には悪いが優勝は頂くつもりです。
     沢北が俺と連絡を取りたいのは気の迷いだと伝えておいてください。
     影ながら応援しています。

     深津サン
     おはようございます。
     今こちらは朝です。
     起きてすぐ手紙を書いているのは深津サンへクレームがあるからです。
     後輩のしつけはシッカリとしてください。
     試合に負けたと夜中におしかけられ、散々泣きながら愚痴を聞かされたあと今、リビングで大の字になって寝ています。
     エージが暴れたせいで俺の部屋はぐちゃぐちゃです。
     あまりにも腹が立ったので深津サンって泣いてるエージの写真と録音したカセットテープを送ります。

     宮城へ
     沢北が泣き虫なのは今に始まったことじゃないピョン。
     負けて泣いているようならアイツはまだまだだな。
     悔しさを糧にしろと何度も言って聞かせたんだがまったく。
     とは言え、泣き虫小僧はほってたらめんどくさいことになるので適度に甘やかしてみてください。
     録音したテープを聞きました。
     変わってなくて安心したような情けないような。
     宮城がアメリカにいて良かった。これからも沢北の友人でいてやってください。


    俺と深津サンの文通はなんだかんだで続いている。
    海を渡って2年。たまに帰国しても深津サンと会う事はない。
    1ヶ月に一回届くかどうかの手紙のやり取りだけが淡々と続いている。
    手紙をいつのまにか楽しみにしている自分がいる。
    深津サンの手紙は俺の知りたい三井さんの情報がしたためられている。
    あの人は手紙なんて書くタイプじゃないってわかってたから本当にありがたい。
    しんどい時、三井さんも頑張ってるって思えるから深津サンには感謝している。
    深津サンはどうなんだろう。
    俺のつたない文で伝えられているか少し心配だけど、クレームがないって事は満足してくれてるんだろうって勝手に思っておく。
     
    -----------------------------------------------------------




    「リョータって三井さんと付き合ってるんだよね?」

    最近オレの部屋に入り浸っている沢北がぽつりと呟いた。
    別に隠してるわけでもないし、全然聞いてくれていいんだけど、今までまったく興味がなかっただろう恋愛話に俺は驚いてしまう。

    「付き合ってるけどなんで急に。」
    「遠距離って辛くね?」
    「まぁ、会いたいときに会えねぇから辛いっちゃ辛いけど、なんだかんだ連絡とってるしな。そもそもあの人、俺以外に興味があるのたぶんバスケと高校の時に仲良かった友達ぐらいだともうよ。まぁ大学で何してるか知らんけど。」

    さすがに深津サンのおかげで情報を網羅してるとは口が裂けても言えない。

    「そっか。リョータは幸せなんだね。」
    「まぁ、そうかも。」
    「そうだよ。好きな人と両想いって凄く幸せな事だよ。」
    「エイジはどうなん?好きな人おらんの?」
    「いるよ。ずっと俺の片思い。」

    そういいながら沢北は部屋に飾っている三井サンの写真を持ち上げ愛おしそうに見つめた。

    「残念だけど三井サンはあげらんねぇよ?」

    あまりにも愛しそうに三井サンの写真を見るもんだから思わず写真を取り上げて背中に隠す。
    この人だけは絶対にダメ。

    「勘違いするなって。俺が三井サンの事好きなわけないだろ。」

    だったらなんでそんな幸せそうな顔して三井サンの写真見るんだよ。
    と、いう言葉を飲み込む。

    「貸してその写真。別に持って帰ったりしないから。」

    ほら早くと言わんばかりに手を出される。
    しぶしぶ写真を渡すと、沢北は三井サンの奥に小さく映っている人を指さした。

    「ほら。ここに写ってる。」
    「誰が?」

    って、深津サンじゃん。
    マジで全然気づかなかった。

    「深津サン…。」
    「よくわかったね。こんなミジンコみたいに小さいのに。」
    「それを嬉しそうに見てたの誰だよ。」
    「俺でーす。」

    舌をペロリと出し、誤魔化す沢北。
    少し苛っとしたからケツを蹴った。
    そんな事よりも、もしかして、沢北の片想いの相手が深津サン?
    だったらお互い好き同士じゃね?両想いじゃん?
    なんで告らねぇの。ちゃんと話したら幸せになれんじゃん。
    あ、でも深津サンがコイツの事好きなのは俺しか知らねぇし、沢北があの人の事好きな事も俺しか知らないのか。
    ちょっと荷が重すぎるんですが?
     
    「なぁエイジ。深津サンに告らんの?」
    「告ったところでどうにもならないでしょ?いまさら?」
    「そんなことないと思うけど…」

    あーもう。もどかしい。
    言いてぇ。言って楽になりてぇ。
    けど、うん。ごめん。俺からは何もいえない。ほんとにごめん。

    「どうにかなるなら、日本で結ばれてるよ。すげぇ好きなんだけどな今でも。」

    なぁ深津サン。
    ずっとあんたのこと忘れられねぇってさ。
    そろそろアンタも覚悟決めたらいいのに…。

    ---------------------------------------------------

    沢北栄治と言う男は、感受性が強く、よく笑いよく泣く男だった。
    バスケセンスは群を抜いて輝いていて、初めてプレイを見た時自分との差に嫉妬した。
    俺は年下の才能あふれるこの男が憎らしくてうらやましかった。
    コイツに比べたら俺なんて凡人だと思い知らされる事が多かった。
    絶対に負けたくない。
    今考えればその気持ちが俺を強くしたような気がする。
     
    「深津サンっ!1on1やりましょうっ!」
    「めんどくさいベシ。」
    「えー。意地悪言わないでよっ!」

    犬っコロみたいに俺の後を付いて回り、バスケをしようと誘ってくる。
    練習終わったばっかりなのにコイツの体力は化物か?
    そう思いながら、付き合う時間が俺は好きだった。
    河田によくやるな。と笑われたが、どの口が言っていると思った。
    結局俺達はバスケ馬鹿で、沢北と1on1をやっていたら、河田も松本も一ノ倉も野辺みんなやってきてコートで遊んでた。
    俺は今でもあの瞬間を思い出すと顔がほころぶ。
    楽しかった。アレを青春っていうんだと思う。
    大学バスケは楽しい。
    今まで以上に強い相手とマッチアップするのは胸が躍るし、気持ちも昂る。
    けど、山王で過ごした日々が輝いているのはきっと、沢北がいたからだと思う。
    俺はアイツが好きだった。 
    沢北栄治という男に後輩以上の感情を持っていた事に気づかないようにしていた。
    沢北も多分。俺の事が好きだったと思う。
    うぬぼれてると思うよな。俺もそう思う。
     
    「深津サン。今好きな人いますか?」

    放課後の体育館で2人っきりになった時に言われた事がある。
    俺は何も言えずにただじっと沢北の目を見ていた。

    「ちょっと、なんか言ってくださいよっ!」

    ぷぅと膨れ拗ねる沢北に、俺はなんて言ったっけ?
    もう記憶がない。
    たぶんロクな事は言ってない。

    沢北がアメリカへ旅立ったあの日。
    山王高校を代表し、レギュラーメンバーで空港まで見送りに行った。
    アイツは寂しいと言いながら人目を気にすることなくポロポロ泣いていた。
    大丈夫だと慰め抱きしめたい衝動を必死に抑えた。
    これからアメリカで恋焦がれた才能が開花する。
    ここで俺が抱きしめたら、何か余計な感情がアイツの頭の中に残ることになる予感がしたんだ。そんな事は絶対にあってはならないのに。
    だから俺はこう言ったんだ。

    「俺の事は忘れていいピョン。そのかわり山王のバスケを世界に見せつけてくるピョン。」

    沢北は少し驚いた顔をしてから真っ赤な目を細くし、ふにゃりと笑った。

    「深津サンらしいや。」

    俺らしいってなんだピョン?

    「俺らしい?なに言ってるピョン?」
    「うーん。そういうところですよ。」
    「日本語も通じないのにアメリカでやってけるか心配になるピョン。」
    「大丈夫ですよ。だから安心して日本で待ってて下さい。でっかい土産もって帰りますから。」
    「期待しないで待ってるピョン」

    沢北はもう一度ふにゃりと笑いながら少しかがんで顔を耳に寄せる。
    誰にも聞こえないように小さな声で囁くように呟く。

    「大好きですよ深津サン。行って来ます。」
    「はっ?」

    驚いて耳を抑える。多分顔は少し赤い。
    誰にも聞こえないように言い残しあいつは「いってきまーーーすっ」って叫びながらアメリカへ行った。
    なんて狡い男なんだと思った。

    「深津?大丈夫か?」
    「問題ないピョン。」
    「ん。」

    河田に何か言われたけど沢北に言われた言葉が頭の中に響いて聞こえない。


    それは偶然なのか必然なのか。
    大学の練習試合とあと、互いの大学同士で飲み会をすると言われ、有無を言わさず連れて行かれた席に三井寿がいた。

    「よぉ。ピョン吉」

    三井は俺の合意もなく横に座った。

    「何飲む?俺烏龍茶。」

    酒というかと思ったが意外にもソフトドリンクでびっくりした。

    「何驚いた顔してんだよ。俺は、まだみせーねんだ。酒はダメだろ。」
    「意外だピニョン。」
    「どういう意味だよ。俺は酒もタバコもやんねぇんだよ。見つかってバスケできなくなっても嫌だしな。」
    「俺も烏龍茶で。」
    「おっけぇ。注文通してくるわ。先輩たちうるせぇからウーロンハイって事にしてチビチビやろうぜ。」

    三井との時間は有意義だった。
    情報交換もできたし、意外な事を知ることになる。

    「宮城が来年アメリカに行く。ホントは9月に行くって言ってたんだけど、家の事とかもあって高校卒業してから行くことになった。」
    「アメリカ…。」

    沢北の顔がよぎった。
    あいつは元気にやってるだろうか。

    「そういや、お前んとこの後輩。アメリカだろ?元気にやってんのか?」
    「沢北のことか?」
    「そりゃ、沢北しかいないだろうが。」
    「知らないピニョン。」
    「え?」

    意外だったのか、一瞬驚いた顔をして小さな声で「まじかぁ」って呟いた。
     
    「連絡とってねぇの?お前んとこも仲良さそうだったからてっきり親交続いてるもんだと思ってたわ。」
    「俺以外とはやり取りしてると思うピニョン。」
    「なんでおめぇはやり取りしてないんだ?」
    「………なんでだろな。」

    蓋をして閉じ込めてた沢北栄治が俺の顔を見て笑ってる。
    帰宅してからも散らつくアイツの顔に未練が残ってると思い知らされた。
    酒を飲んだわけでもないのに頭がぼーっとしてその日初めてアイツでヌイた。
    気分は最悪だった。
     
    次の日、宮城リョータの元へ足を運ぶことになる。
    三井に、宮城は部活を引退後もたまに体育館で練習をしてるから会いたかったら明日湘北高校へ行けばいいと教えてもらった。

    「宮城の予定把握しすぎだピニョン」
    「え?だって俺達付き合ってるし。」

    驚いた。隠すことなく言い放った三井が少し羨ましかった。
    だが、そこから馬鹿みたいにのろけ話が始まり、散々聞きたくもない話を聞かされたのは…ほんと、もう忘れたい。

    宮城に会いに来た理由は1つだ。
    沢北の様子が知りたかった。
    河田に聞いたら教えてくれただろう。河田だけじゃない。当時のメンバーなら誰に聞いても沢北の情報は簡単に手に入ると思う。
    知らないのは俺だけで、知ろうとしなかったのも俺だ。
    なのにどうして今更アイツの事が気になるのか。
    そんなの俺が聞きたい。
    ありったけの勇気を出して湘北高校体育館の扉を開ける。

    「宮城。少しいいピョン?」

    あ。口癖が戻ったピョン。





    --------------------------

     深津サン
     お久しぶりです。
     長い間手紙が書けなくてごめんなさい。
     シーズンが始まって中々時間が取れませんでした。
     俺達は良きライバルとしてバチバチやってます。
     あ、アイツこの前NBAのスカウトの人と話をしたってさ。
     相変わらず、すごい奴です。
     けど悩んでるって言ってた。
     日本に帰るかこのままアメリカでやり続けるか。
     俺は後悔しない方にしろって言ったけど深津サンこの答えで会ってる?


     宮城へ
     便りがないのは元気な証拠。
     このやりとりは俺のわがままだから気にする必要はない。
     宮城がやめたくなったらいつやめてもいいって事だけは覚えておいてくれ。
     沢北の事だが、スカウトが来てるなら迷う事はないと伝えてほしい。
     最高の舞台で戦える機会を自ら手放そうなんておこがましいピョン。
     まっすぐ後ろを振り返ることなく前を見て進め。
     そう伝えてほしい。
     PS.三井が宮城に会いたいと泣いていたので休みになったら一度帰国してあげてください。

     深津サン
     返事ありがとう。
     さっそく沢北に伝えました。
     もちろん深津サンからの言葉って事は伏せてます。
     アイツは「なんか深津サンに言われてる気分…。」とか言ってたんだけど凄いよね。
     言葉だけでわかるってちょっとだけ羨ましい。
     三井さんが俺に会いたいって言ってるみたいだけど深津サンは沢北に会いたくないん?
     ちなみに沢北はこの前MVPをとってました。
     俺も負けないように頑張らないと。

     宮城へ
     こちらはリーグ優勝が決まりました。
     三井には悪いけど今回は俺のチームが勝ったよ。
     へこんでるから慰めてやったらいいと思います。
     三井の3Pはさらに磨きがかかっていて、ノッたら手が付けられないからどうしようかと 苦戦した。こちらも負けないように努力を続けようと思う。
     沢北がMVPとったとの事。
     アイツの嬉しそうな顔が目に浮かびます。
     おめでとう。と伝えてください。
     PS.会いたいかどうかはわからないピョン。


     深津サン
     優勝おめでとうございます。
     さすがですね。
     沢北にも伝えました。どうやって言おうか悩んだけど、三井サンから連絡がきておめでとうって言っておいてと伝言を頼まれたことにしておきました。
     最近思うんです。
     俺もPGとして力をつけてきたと思います。
     昔より周りを見れるようになったし、パスだけじゃなく得点できるように3Pも練習しています。
     この、アメリカっていう国ですげぇ選手とマッチアップする度、深津サンって本当にすご かったんだと実感しました。
     また、試合がしたいです。
     実は、この前試合で大失敗をしました。俺のせいでチームが大敗してしまって。
     深津サンはそういう時どうやって気持ちを切り替えてますか。
     俺は今、深津サンに会いたいですよ。
     弱音を吐くなと怒られたい。

     宮城へ
     アメリカの選手と比べられるなんて俺も偉くなったピョン。
     実力はまだまだです。
     海外にとどまらず、日本にも俺より強い選手はごまんといます。
     限られた試合時間でいかにゲームを組み立てていくか。
     俺の判断で試合がどう変わっていくのか。それが面白くもあり怖くもある。
     沢……宮城もそうだろう?
     会いたいとかいう前に目の前の事をきちんとやれ。
     何のためにアメリカへ行ったのかを考えながらプレイに集中しろ。
     勝ち続けるなんて無理に決まっているだろう。負けた事をどう次に生かすか。
     その事を考え続けて胸に刻め。
     まっすぐお前の道を歩いていけば深津に会いたいなんて思う暇もないと思うピョン。 

     深津サン
     えっと、何を書いたらいいんだろう。
     深津サンに会いたいって思うのはダメって事ですか。
     えっと、あの、うまく書けないんだけど、この手紙を書いてるのは沢北だって思ってますか?

     沢北へ
     すまない。
     もう、手紙は終わりだピョン。


    届いた手紙を握りしめる。
    やっぱ、ダメだったじゃん。
    そこには手紙の終わりを告げるメッセージが一行書いてあるだけで俺が望む答えは返ってこなかった。
     
    -----------------------------------------------------------





     
    ん?なんだかいつもより薄いような? 
    そんなことを思いながら届いた手紙を見つめる。
    とりあえず、届いたことを知らせる為連絡を入れた。
    浮足立ちながらうるさいぐらいに扉をノックする沢北にチャイムを押すという概念はないんだろうか?
    まぁ楽しみで仕方がないものが届いたらって言う理由はわかってんだけどね。

    「はい。どーぞ。」

    ソファーに座ってそわそわしている沢北に、届いたばかりの手紙を渡す。
    もちろん中身は見ていない。
     
    あの日、深津サンと文通していたことがバレた日。
    俺はコイツに全て正直に話すことに決めた。
    どんな気持ちで来たのか想像はできないけど、大泣きしながら俺と深津サンの関係を聞いてくる姿を見てほっておけるはずないじゃん。
    深津サンの沢北への気持ちは伏せつつ、沢北を心配していること、近況報告を行っている事。その見返りに三井サンの事を教えてもらっていた事。全部話しちゃった。
    もちろん。殴られる覚悟はしてた。
    自分の知らないところで、しかも、自分の好きな人に近況報告されるって気分のいい話じゃないことぐらい分かってる。
    さぁ、沢北。一発俺を殴れっ!
    ぎゅっと目を閉じ衝撃に備える。
    って思ったんだけど、殴られることはなく……。
    むしろ力いっぱい抱きしめられた。
    くっそ。こういう時、体格差がムカつく…。

    「おわっ!なにすんだよっ!」

    ホールドから逃れるためにジタバタ暴れるが一向に放してくれる気配はない。
    諦めてしばらく好きにさせる。ギュッと抱きしめられ背中をバンバン叩かれる。
    正直痛い。

    「ごめんリョータっ!俺、嬉しくって!」

    何言ってんの?嬉しいってどゆこと?

    「だって、深津サンが俺の事気にかけてくれてたんだろ?深津サンの中には俺がまだいるってことじゃん!マジで嬉しい。」
    「あ、そういう…。」

    やっと解放してくれたさっきまで泣いてたのはいったいどこに?テンション爆上がりの沢北と距離を取りながら喜ぶ姿を見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってきて深津サンのやり取りを前向きに感じてくれて本当に良かったってしみじみ思う。
    今までのやり取りを沢北に渡す。
    隠すようなことは書いてない筈だ。
    読んであの人の気持ちがコイツにむいてることがわかって問題ないと思う。
    むしろ遅すぎだろ。二人は何年お互いに片想いをし続けてるんだろう。
    俺にはわからない事情があるにせよ、こんだけ思い合ってるんだったら幸せになって欲しいと思う。
    だから俺は提案したんだ。

    「なぁエイジ。俺の代わりに深津サンと文通する?」

    ポカンと口を開け、俺の言葉を理解するのに数秒。
    答えは意外なものだった。

    「やめとく。俺嫌われてるから返事こないよ。」

    嫌ってる相手の活躍何で聞きたいかっ!
    って思わずツッコミそうになった。
     
    「あーもう。あの人がお前を嫌うはずないだろ?」
    「連絡くれないけどね。」

    すっかり卑屈になった沢北は自分で言って悲しくなったのかその場で体育座りをして落ち込んだ。
    相変わらず忙しい奴。

    「ったくめんどくせえな。俺の代わりって事は俺の名前で深津サンに手紙を送るんだよ。俺のフリして深津サンに色々聞いてみたら?」
    「リョータの代わり?」
    「そうだよ。そのかわり守らないといけない事がある。深津サンと決めたことルールがあって、エイジにこのやり取りがバレたらおしまいなんだよ。だから俺の代わりに手紙を書いてること絶対にバレるなよ。バレた瞬間終わるからな。」
    「バレたらダメって。やっぱり俺嫌われてる?」
    「あーもう。アンタらめんどくさい。」

    だんだん面倒くさくなってきた。
    そもそも、何で俺がこんなに気を使って二人の仲を取り持たないといけないのか。
    あー。数年前のオレを殴ってやりたい。
    あの時、誘惑に負けて深津サンとのやりとりを断っておけば…。
    なんて今更思ってももう遅いし、今がめんどくさいだけで俺もなんだかんだ楽しんでた。
    だからそろそろ沢北に深津サンを返してやろうと思う。

    「俺はエイジの手紙も読まないし、届いた手紙も何も見ずにお前に渡す。」
    「見返りは?」
    「んなもんいらねぇーよ。あ、三井さんの事書いてたら俺に教えてくれよ?それだけでいい。」

    とは言ったものの、三井さんの情報はもうどっちでもよかった。
    おまけ程度で問題ないって思ってる。
    今はこの煮え切らないこの二人がどうにかなってくれる方が嬉しい。
     
    「分かった。俺頑張ってみるよ。」

    覚悟を決めた沢北は、俺の代わりに深津サンへ手紙を書く。
    見たこともないような笑顔で、愛しそうに一文字ずつ書いている姿は、異国の地で緊張しながらバスケをし、必死で強がっている沢北栄治ではなく、等身大で、大好きな先輩に甘える沢北栄治なんだろうなって思う。
    頑張れよ。
    ここまで俺がお膳立てしてるんだからな。
    後は深津サン次第なんだけど…どうなる事やら……。

    そんなこんなで2人の文通は始まった。残念ながら俺は知らないからどこまで関係が進んだとかは全く知らない。まぁ多分順調でしょって勝手に思ってた。
    って、なんだ?なにがあった?今、まさに異常事態が起こってることぐらい馬鹿じゃないんだからわかる。
    久しぶりに届いた深津サンの手紙を受けとった沢北の顔色が青くなり、ギュッと唇を噛みしめ大粒の涙を流しながら呆然と立っている。
     
    「え、エイジ?どした?」

    なにが起こったのかまったくわからない。
    ただ、沢北は肩を震わせ泣きながら、

    「リョータごめん。」

    と、嗚咽を漏らしながら謝ってきた。

    「なに?どしたん?」

    気の利いた事を言える筈がない。
    とりあえず、届いた手紙の内容を読む。
    そこには一言、


     沢北へ
     すまない。
     もう、手紙は終わりだピョン。

     
    って、書かれてた。何でだよっ!

    「なっ?!なんで?え?え?」

    文通をやめる条件が頭によぎる。

    「バレた!?なんでっ?!今までうまくやってたじゃんっ!」
    「俺が会いたいって言ったから。」
    「何で言っちゃうかなぁ…。」
    「我慢できなくなって…。」
    「うーん。わからんでもないなぁ…。」
    「がんばってリカバリ―したんだけど無駄だったみたい。もう俺はダメだ。こんなに深津サンの事好きなのにちゃんと気持ちを伝えることもできずに死ぬんだ。」
    「いやいや、ちょっと飛躍しすぎ。」

    ひとまず、動揺する沢北を落ち着かせる。
    さて、どうしたもんか。頭を動かせ宮城リョータ。
    深津サンには悪いけど、コイツをここまで泣かせた落とし前はつけてもらわねぇと割に合わん。
    なんだかんだで友達なんだよ。
    友人の恋路は応援するっていうのがセオリーだろ?
    仕方ない。あの人に頼むか。
    あー今何時だっけ?電話繋がるかな。
    まぁいいや。起きるでしょ多分。

    ---------------------------------------------------

    「深津。ちょっといいか?」

    練習試合の後、三井に呼び止められた。
     
    「これ、俺の所に届いた手紙。お前宛なんだけど。」

    渡されたのは一通の手紙。

    「なんで三井のところに?」
    「それはお前が一番よくわかってんだろ。」

    手紙を書かないと決めた日から、なにが届いても返事を書くことをやめた。
    宮城からとか沢北からとかは関係なく、ただ、自分のけじめとして筆をおいた。
    そろそろ潮時だと思う。ルールが破られたことがきっかけだっただけ。
    まさか三井をとおしてコンタクトを取ってこようとするとは思わなかったけど…。

    「どこまで知ってるピニョン?」
    「ん、まぁ大体聞いた。って言っても聞いたのは最近だぜ?ったく。俺の知らねえ所で繋がってんじゃねぇよ。って思ったけどまぁ、もう気にするのはやめた。」
    「すまなかった。」
    「深津があやまることじゃねぇよ。俺も宮城の事は何でも知りたいしな。好きな奴の事追っかけてぇ気持ちはわかる。」
    「あんまりわかられたくないピニョン。」
    「んだと。どういう意味だよ。」
    「そのままの意味だピニョン。」

    三井は少しめんどくさそうに頭をかきながら手紙を指差す。

    「とりあえずちゃんと渡したからな。読めよ。じゃなきゃ俺がアイツに殺される。」
    「そいつは物騒ピニョン。」
    「へいへい。好きに言ってくれ。俺は帰る。」

    三井の姿が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。
    見送った後、渡された手紙に目を落とす。
    何が書かれているんだろうか。不安と期待が入り混じる。
    ん?期待?自分から突き放しておいて?都合のいい解釈だ。情けない。
    封を開け中身を確かめる。そこには意外なものが入ってた。
     
    「え?」

    入っていたのはアメリカ行きの航空券だった。
    なんでこんなものが?
     
     深津サンへ
      逃げずにアメリカへ来て自分で決着をつけてください。
     
    同封されていたメモを見てからチケットの日付を確認する。
    フライトは明後日の午後の便。用意をするには十分すぎる余裕がある。
    決着っていうのは沢北の事だろう。今更本当に会いにいくのか??けじめをつけるために連絡を取らないと決めたのに?心の中がザワザワする。
    考えろ。俺はどうしたい。
    シーズンも終わっており、今日の練習試合を最後にしばらく休みになる。
    タイミングは申し分ない。
    図ったかのように手配されている航空券を握りしめながらゴクリと生つばを飲み込む。
    俺はどうしたい? 
    考えた末、俺は今空港にいる。
    正直今も迷っている。今なら引き返せる。
    やっぱりやめよう。いや、行こう。
    自問自答を繰り返しているうちに時間が過ぎていった。
     
    「あ、いたいた。おーい深津っ!」

    聞きなれた声が俺を呼んでいる。

    「なんで三井がいるピニョン。」

    大きなキャリーバッグを転がしながら三井が近づいてくる。
     
    「俺は今から宮城に会いに行くんだよ。ちなみに深津のチケット手配したのも俺な。なので席は隣です。冷静に考えてみろよ。お前の休みの予定なんて宮城がわかるはずねぇだろ?」

    状況をあまり飲み込めていない。
    いや、冷静に考えたらなにもおかしなことはないんだが…。
    話をまとめると、宮城が三井に頼んで俺をアメリカに連れてこいって指令が下った。
    手紙は本物。チケット手配後に三井が封筒へいれた。
    宮城と三井にしてやられたって事だ。

    「気分を害したので今日はもう帰ろうと思うピニョン。」
     
    その場を離れようとした俺の手を握りズルズルと引きずり、搭乗手続きを済ませる。

    「宮城からの伝言。あの人多分逃げっから引っ捕まえて連れてきてよ。だってさ。」

    逃げることは絶対に許さないと言わんばかりにあれよと言う間に飛行機に乗り込むことになった。
    騙された。
    見事に騙された。
    不覚を取ったと思う。
    結局俺は、空飛ぶ鉄の塊に乗せられて上空何万フィートを飛んでいる。
    横ではアイマスクをしながら暢気に寝息をたてている三井寿。
    こっちは寝ることができなくて真っ暗な夜空を見ているっていうのに…。
    まったく、ため息がでる。
    数時間後には別の国にいるのか。
    否。違う。そんなことはどうでもいいんだ。
    数年ぶりに沢北に会える。そう思うだけで胸が苦しい。
    この気持ちにもう蓋はできない事は自分が一番わかってる。
    ひとりよがりで相手のことを考えないエゴの塊。
    汚い感情を沢北にバレたくなかった。
    まったくもって情けない。
     
    「何でそんなに泣きそうな顔してんだよ?」

    突然話しかけられてビクリと肩が動いた。

    「起きてたのかピニョン。」

    内心焦ったが悟られまいと冷静に対処する。
    声は多分…上ずっていない。
     
    「おめぇがモゾモゾ動くから目が覚めた。で?なんか考え事か?」
    「別に。三井が気にする事じゃなピニョン。」
    「人が心配してるのに。素直じゃねぇな。どうせ沢北に会うのビビってるんだろ。」
    「別にビビってない。」
    「俺思うんだけどよ…。」

    この男。人の話を聞く気がないようだ。
    頼んでもいないのに気を使ってくる。
    それがいい所でもあるんだろうが……。

    「死ぬほど、お前沢北の事好きだよな?」
    「は?」
    「んー宮城から聞いただけだから間違ってるかもしんねぇけど、文通始めたのって沢北の為だろ?」
    「なにを馬鹿な事を。」
    「手紙って理由をつけて、宮城が沢北の事を意識するようになったおかげで2人の距離が近くなっただろうし、沢北に何かあった時、頼れる誰かが傍にいたらって少なからず思ったんじゃねえの?あとは、アイツに恋人がでいないか無意識に監視して欲しかったんかもしれんけど。」
    「そんな事は…。」
    「おかげで、2人は友達になったみてぇだし、俺としては宮城が単身乗り込んだ時に1人にならんかったのは感謝してる。」
    「かいかぶりすぎた。」
    「深津の心理なんて俺にはわかんねぇけどさ。何年もアイツに執着してんだったらもう諦めて素直になれば?」
    「俺はいつでも素直ピニョン。」
    「どこがだよっ!」

    起ちあがって声を上げた三井のツッコミに周りの席に座っている人が咳ばらいをする。
    スイマセンと、小さくなり席に座り直す。
    俺も少し恥ずかしい。

    「とにかく、向こうについたら素直になれ。想像してみろよ沢北にお前以外のパートナーがいて、紹介されてみろ。マジで死にたくなると思うぞ。今ならまだ間に合う…と、思う。だから素直になれ。」
    「そんな蚊の鳴くような声で言われても説得力がないピニョン」
    「うるせぇ。俺は言いたいこと言ったからな。俺は寝る。」

    もぞもぞと背を向け毛布をかぶりアイマスクを再び装着する、
    まったく。宮城はいい彼氏を選んだな。
    なんて思いながら、眠りに就こうと目を瞑る。
    到着まで後数時間。
    俺は三井の言葉を脳内で反芻する。

    「心底自分勝手だな。」

    結局一睡もできないまま俺は沢北が待つアメリカへ降り立つことになった。



    「あ!いたっ!三井サーン!深津サーンっ!!」

    空港に着くと宮城が待っていた。
    抱きしめようと両手を広げた三井をスルーしぱたぱたと駆け寄ってくる。

    「ホントに来た!久しぶりって感じはあんまりしないようなするような?手紙で連絡とってたからなんか変な感じ。」
    「こちらこそ。お招きいただきありがとピニョン。」
    「ピニョン?あ、今の口癖。てっきりピョン吉のままかと思ってた。手紙でもそうだったし。」
    「そうだったか?」
    「たぶんだけど。でもあんま意識してなかったから、気にしないで。」
    「ふむ…なら今からピョンに戻すか。」
    「そんなのどっちでもいいよっ!」

    くるくる表情を変えて笑う宮城。
    三井の事は無視し、俺と話してるけど大丈夫か?
    寂しそうに大人しく待ってるけど、今にも泣きそうな顔してる。

    「三井サンもお疲れ様。無理なお願い聞いてくれてありがとね。」

    そういうと、三井の肩に手をおき、チュッっと頬にキスをした。
    おー。これがアメリカンスタイル。

    「宮城!会いたかった!」

    再び抱き付こうとした三井を華麗にスルー。
    また後でゆっくりね。と耳元で呟いたことを俺は知っている。
    少し空港で談笑をした後、宮城が運転する車に乗り込む。
    沢北はここには来てなかった。
    ほっとしたような残念なような。
    これから俺は。いや、俺達はどうなってしまうんだろう。
    車に揺られながら宮城の家に向かう。
    あいつはそこで待っているのだろうか?

    ---------------------------------------------

    思えばずっとあの人の事が好きだった。
    一年生の時からずっと恋焦がれていたと思う。
    初めて見た時はこの変な先輩なんなんだろう?って思ってた。
    バスケセンスはピカイチなのに、それ以外は変な人で、嘘なのか本当なのかわからない事を平気で言うし、先輩たちで一致団結して俺にドッキリ仕掛けてくるし。その中心人物が深津サンだし。
    とにかくとんでもない先輩だなって思ってた。 
    バスケ馬鹿な俺に夜遅くなっても、練習に付き合ってくれるのも、最高に気持ちがいいパスをくれるのも、ちょっと抜けてる言動も、真面目に見えて不真面目なところも、全部気になって、ソレが好きって感情だって気づいた時にはもう後戻りはできなかった。
    アメリカへ留学が決まった時、最高に嬉しかったけど、深津サンと離れないといけない事は悲しかった。
    少しでも長く深津サンとプレイしたかったけどそれも叶うこともなかったし。
    自分の気持ちを伝えるためいっそのこと深津サンに告白しようと何度もシュミレーションしたけどいつも脳内で繰り広げられる光景はこっぴどくフラれる姿。
    妄想なんだから付き合っちゃえばいいのに。
    毎回玉砕する自分に笑っちゃう。だからなのかな。
    深津サンにとって、俺はずっと後輩で、恋人に昇格する未来なんて想像すらつかなかった。
     
    あの日、空港ではじめて大好きって伝えられた。本気って思われなくてもよかった。言っておかないと後悔する気がして。
    ぶっちゃけ言い逃げだなぁとは思ったけど少しぐらい大目に見てくれたっていいでしょ?
    耳まで真っ赤になった深津サンの姿が今でも目に焼き付いてる。俺のこと覚えておいて。
    次、この人に会うときに胸を張ってただいまって言えるように頑張ろうって心に誓った。

    こっちに来て初めの1年間はあまり記憶がない。とにかく慣れるのに必死だった。
    言葉はロクに伝わらない。自信があったバスケも思うようにコミュニケーションがとれないおかげで失敗の連続だった。
    深津サンに言われた「山王のバスケをアメリカ人に見せつけてくるピョン。」って言葉が頭をよぎる。
    あなたに教えて貰った強さが折れそうです。
    がむしゃらに毎日を過ごしていたけどどうにも無理で、心が折れそうになって帰りたくなった日、宮城リョータがこっちに来ていることを知った。
    日本の留学生が相手チームにいることは聞いていたけど宮城だったのか。なるほど。
    試合後、宮城は俺を見つけると気さくに寄ってきた。
    言葉が通じなくて不安だけど、バスケができるのが嬉しいってキラキラしてて、あぁ、俺も来たばっかりの時はこんな感じだった事を思い出した。
    俺、いっぱいいっぱいだったんだな。
    宮城に会えたことでパンパンに張りつめてた気持ちが少し楽になった。
    会えてよかった。
    考え方や気持ちが分かち合えるって大事な事だったんだと思い知った。
    宮城に会えたことで調子を取り戻した俺。
    同い年とは言え、俺の方がアメリカでの生活は先輩なわけだから、宮城が不安にならないようにしっかりサポートしてやらないと!
    って、気持ちが芽生えたおかげで気合が入った俺は、これまでの事は嘘のように絶好調で、今なら何やってもうまくいく気がしたんだ。
    弱気な俺って似合わないだろ?
    アメリカ人を全員蹴散らす気満々でやってやる。
    だってそうでしょ?深津サン。
    でっかいお土産もって帰るって約束したんだから。


    宮城と仲良くなるにつれ、家に遊びに行くことが多くなった。
    居心地がよくて休日はバスケをするか部屋でダラダラするか。
    他愛のない話をしながらよく笑ってた。
    その日も日課のロードワークを終え映画でも見ようと部屋に戻ると、日当たりの良い窓辺に1枚の写真が飾られていることに気づいた。
    気になってみてみると、三井寿の写真の後ろに大好きなあの人が小さく映っていた。
    思わず顔が綻んでしまう。
    深津サンだ。久しぶりに顔を見た。
    写真に写ってる深津サンは少し髪が伸びていて、俺が知ってる姿より少し大きくなっていた。
    何年たっても、俺の心には深津サンがいる。
    思い知らされた日になった。
    そういえば、宮城って三井サンと付き合ってるんだっけ?
    パートナーが日本にいるって宮城の事を狙ってた誰かに聞いた気がする。
    断るための言い訳かなって思ってたけど違うな。
    じゃなきゃこんなところに写真を飾らない。
    幸せそうでいいな。少し羨ましい。
    俺は一生片思いだし言ったところでフラれるだけ。
    あの人に対して何で俺はこんなに自信がないのかなぁ。
    勇気を出してちゃんと告白してたら何か変わってただろうか。
     

    深津サンとリョータが繋がっているさことに気づいたのは偶然だった
    無造作にテーブルの上に積まれている郵便物の山の中に見慣れた字体で書かれた封筒が目に留まった。
    達筆とは言えない少し癖のあるアルファベットでリョータの住所だけ書かれてる。
    リターンアドレスは書かれていないので差出人はわからない。
    この文字、知ってる。死ぬほどみた。
     
    「深津サン?」

    一体いつ宮城リョータと深津一成が繋がっていたのか。
    接点なんてなかったはず。いや、あり得るのか。
    大学で三井寿と深津サンが出会って、そこからリョータと繋がりを持つ。
    うん。可能性はある。けど、なんで?PGのコツでも聞いてるの?
    そんなの俺だって知りたいよ。今俺PGやってるんですが!?
    俺が留学してから一度も連絡くれないくせ、リョータとはやりとりしてんの?
    ちょっとどころかだいぶショック。
     
    いや、ここまで来たらイライラする。
    宮城も浮気じゃん!三井サンに言いつけてやる。
    だけど、その前に事実確認はいるだろ?
    酒の力を借りてリョータの家に乗り込み、深津サンとの繋がりを問いただした。
    情けないけど自然と涙があふれて止まらなかった。
    ポロポロ泣く俺を見かねてリョータはでかいタオルを貸してくれた。
     
    「ホント、泣き虫だなお前。」
    「うるさい。」
    「深津サンの言った通りだわ。」
    「俺の知らない深津サンを語らないでっ…ズビッ」

    俺は、深津一成という男を心底愛していた。
     
    「とりあえずお前は深津サンとしっかり話をしたほうがいいと思う。」
    「話し合うって何を。」
    「こじれたお前たちの関係だよ。」

    そう言いながら今までの手紙を全部渡されどうして文通することになったのかを説明してくれた。
    まって。深津サン俺の事忘れてたんじゃないの?
    すげぇ嬉しい。嬉しすぎてヤバイ。
    宮城の代わりに文通をする事になったんだけど、久しぶりに深津サンと話ができるって思うだけでワクワクが止まらない。
    言いたいことがたくさんある。聞きたいこともたくさんある。
    俺ってバレないようにするのは骨が折れるけど、数年ぶりに繋がったこの糸を切りたくはない。
    手紙を書きながらいろんなことを考えた。
    一言書くたびにあの人の顔がよぎる。ホント好き。

    だけど、初めは順調だった手紙のやり取りも、次第に欲が出てきてしまう。
    深津サンとコンタクトが取れてる事が嬉しくて、つい余計なことまで聞いてしまう。
    宮城の情報を交えながら、俺の近況も書きつつ、深津サンの事を聞き出す。
    なかなか難しい。
     
    その日も深津サンから手紙が届いた。読むだけで顔がにやけてしまう。
    チームメイトから

    「エイジ。最近機嫌がいいけど何かあった?恋人でもできた?」

    って聞かれるほどウカれていた俺は、その日あり得ないミスをする。
    俺の判断ミスでチームが負けてしまった。
    みんなは気にするなと言ってくれたけど、俺は気にする。
    自分のミスで負けたことが許せなかった。
     
    深津サンに会いたい。

    手紙の最後に書いてしまった。
    俺の一言で全部ぶっ壊れた。

    ねぇ深津サン。
    会いたいです。話したいです。
    俺を諦めないでください。あなたは俺のことすきでしょう?俺も深津サンが好きなんですよ。
    どうしようもなく大好きなんです。

    ---------------------------------------------


    「じゃっ!あとはお好きにどうぞ。なんかあったら連絡してください。電話番号はエイジが知ってるんで!」
    「ちょっとまっ…!?」

    俺の制止を聞くこともなく、2人は足早に消えていった。
    今、置かれている状況を整理しようと思う。
    宮城の部屋に行くと思いきや、事前に用意されていたホテルに到着し、あらかじめチェックインを済ませていた部屋に連れてこられた。
    そこには、ベッドの上に腰をかけ、座っている沢北がいた。
    お互い目が合うと、時間が止まったようにその場から動けなくなった。
    普段は気にも留めない時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。
    先に動いたのは沢北だった。

    「深津サン。お久しぶりです。」

    少し照れ臭そうに頬を指で掻きながら笑いかけてくる沢北がまぶしい。
    会いたかった相手がここにいるという現実が恐ろしくなる。

    「深津サン?」

    何も言わない俺に不安を感じているのか少し眉毛が垂れ下がる。
     
    「なに情けない顔をしてるピョン。」

    高鳴る心臓の音は無視し、冷静かつ慎重に言葉を紡ぐ。
    油断したら何を言い出すか自分でもわからない。
    俺は沢北の近くに歩みを進める。
    起ちあがろうとするのを制止し、目の前に立つ。
    先輩なんだから見下げることぐらい許されるだろう。

    「元気にしてたピョン?」
    「俺はいつでも元気ですよ。バスケも順調ですし。」
    「そうか。」

    会話が続かない。
    こんなにも続かないものか?
    馬鹿みたいにバカやって、何もないのに笑って。怒って、泣いて。
    当たり前にできてたことができない。
    あぁ、そうか。これが俺が手放してしまった時間なのか。今わかった。
    さんざん素直になれと言われたが、今更どうやればいい。
     
    「深津サン。」

    沢北がポツリとオレの名前を呼ぶ

    「深津サン。」
    「なんだピョン?」
    「俺の話を聞いてくれますか?」

    俺の腕を掴み、じっと目を見つめてくる。
    揺れる瞳に吸い込まれそうになりながらコクリと頷いた。

    「どうして、俺との連絡を絶ってたのかは何となくわかります。俺の為ですよね。俺がバスケに集中できるように。日本に未練が残らないように。アメリカで栄光を手に入れる為に必要じゃないものを切り捨てた。」
    「話のスケールがでかくなりすぎピョン。それはおまえの思い込みピョン。」
    「違う。思い込みなんかじゃない。河田さんに聞いたことがある。深津サンがどうして俺と連絡を取りたがらないのか。河田さんが言ってた。アイツはこっちの事は忘れてアメリカで頑張らなといけないから連絡をしない。日本を思い出したらホームシックになるかもしれない。沢北は泣き虫だからがむしゃらに向こうに集中させるべきなんだ。って…。」

    河田め。いらんことを吹き込んでるピョン。

    「リョータの文通もそう。俺が一人にならないように。誰か信頼できる人が近くにいるようにしてくれたんだ。俺に気づかれたら終わりって。いつでも終われる保険までかけて。」

    買い被りすぎだ。
    俺はもっとずる賢い。自分が傷つくのが怖くて逃げたんだ。

    「勘違いするんじゃない。」
    「じゃぁなんでなんですか?ここまで来たら教えてくれてもいいでしょ?」

    泣く事を必死にこらえる沢北の頭をそっと撫でる。
    一瞬ビクッと身体が揺れたが気にせず撫で続ける。
     
    「沢北は大きな勘違いをしてるピョン。離れた理由は沢北の為じゃなくて俺の為だったんだ。」
    「それってどういう?」
    「俺がダメになると思ったんだよ。お前があまりにもまぶしくて遠いから近付くことが怖くなった。俺はお前がいたらダメなんだピョン。」

    あぁ情けない。沢北の前だというのに泣きそうになる。
     
    「だから、お前の事が嫌いなんだピョン。」
    「嫌いってなんだよそれ。嘘つきだ。」
    「嘘じゃない。お前の前だと冷静でいられない。正直しんどいんだ。」
    「嘘だ。」
    「だって俺は…。」

    俺が言葉を紡ぐ前に手で口を覆われた。
    これ以上言葉を発するなと言われた気がした。

    「好きです。」

    知ってる。

    「ずっとアナタが大好きです。」

    俺もだよ。

    「深津サンが喋れば喋るほど俺の事好きって言われてる気がする。」

    それはどうだろうか?

    「俺と結婚しよ。」

    それはちょっと飛躍しすぎピョン。

    「俺を諦めますか?それとも素直になりますか?」
    「……。」
    「ここで俺を諦めたら俺は深津サンは俺に会えなくなりますよ。」
    「?」
    「だって、しんどいでしょ。好きな人に触れられないとか。ならいっその事、もう一生会わない。じゃないといつか間違いが起こる。けど、アナタを好きでいるのは俺の勝手だから、深津サンを思いながら人生を終えるのも悪くないかなって。だからこれが最後です。これでダメなら綺麗さっぱりあきらめます。」

    沢北と一生会えない?考えただけで目の前が暗くなる。
    喉と奥が熱くなり、込み上げる液体を堪えることができない。
    こぼれ落ちる涙は沢北の手を濡らす。
     
    「深津サン。泣いてるの?」

    うるさい。

    「深津サンは泣き虫だな。」

    だまるピョン。

    「深津サンは俺とどうなりたい?」

    俺の口を覆っていた手が離れる。そのまま頬撫で涙を拭った。
    じっと俺の顔を見ている沢北の瞳に情けない自分の姿が映っている。
    考えても仕方がない。
    どうせ答えは出ている。あとはどうするか。どうしたいか。
    とりあえず、この流されそうな雰囲気を打開することが先決か。
    後輩に主導権を握られっぱなしも悔しいだろ?
    だからとりあえず、この無防備なおでこにデコピンを食らわせよう。

    「あいたっ!なんでっ!?」
    「調子に乗り過ぎた罰ピョン。」
    「別に普通でしょ!?」
    「この、砂糖菓子みたいに甘い空気は苦手ピョン。」
    「先に泣いたの深津サンじゃんっ!」
    「うるさい。それは言わないお約束ピョン。」
    「えぇえええ。」

    俺に触れていた手が赤くなった沢北のおでこを撫でている。不満そうに唇を尖らせ不満そうに頬を膨らませている。
     
    「これが俺の連絡先。あと、メアド。」
    「え?」
    「結婚は…まだできない、と言うかできないだろ日本では。法律が許してくれない。」
    「突然リアルっ!」
    「だけどまぁ、末永くよろしくするのも悪くない。」
    「それって…。」

    深津のプレイは冷静沈着。先を読み完璧にゲームメイクを行うPG。
    誰がそんなこと言った。
    完璧でも、冷静でもない。
    心を落ち着かせる方法なんて思い出す事なんてできない。
    自分の身体から発せられる心音があまりにもうるさい。
    恥ずかしくて沢北の顔が見れない。
    そんなオレの気持ちを無視して沢北はお構いなしに俺を抱きしめる。
     
    「あの、念のために確認するんですけど、俺達両想い?ですよね?」
    「悔しいけどそうみたいピョン。」

    俺は沢北栄治から逃れることができない。
    一生感じる事ができないと思っていた体温に今はただ全身を委ねたい。
    脳みそが溶けてしまってもいい。
    俺はこの瞬間世界で一番幸せな男だと思った。…たぶん。

    ---------------------------------------------


    納得がいかない。
    深津サンの前で俺と三井サンと沢北の3人で正座をさせられている。
    2人と別れてから数時間。三井サンと飯を食べている時に電話がなった。
    携帯電話ってやつは便利だな。買ってよかった。家にいなくても電話ができる。
    三井サンが物珍しそうに見ていてちょっとかわいかった。
    けど残念。アメリカと日本じゃこの電話料金はバカ高くて俺達の寂しい財布事情ではちょっと無理かな?なんてね。
    電話に出ると、今すぐホテルに戻って来いって言われたから慌てて口に詰め込んで店を出た。
    三井サンは残念そうに食後のデザートを味わいたいとか言ってたけどとりあえず無視。
    だって早く結果が知りたいじゃん。絶対うまくいったと思うけど。
    二人が上手くいってたら、おめでとうって祝福してやる。
    めいいっぱい幸せになれよって言ってやる!って思ってたのに…なぜ。
    部屋に到着するなり言いたいことがあるって、俺達3人を並べて正座をさせた。
    別にやらなくてもいいんだけど、身体が無意識に動いてしまう。
    あぁこの人、根っからの主将だわ。旦那に怒られたことを思い出してしまった。
    三井サンは腑に落ちないという顔をしながら俺につられて正座をした。面白すぎるでしょこの人。好き。
    沢北は膨れながら言い訳をしてる。
    どうやら、この、告白大作戦について深津サンに何か言われたみたいだ。
     
    「言っときますけど、言い出しっぺはリョータですからねっ!?」
    「あ、ずりっ!俺はお前たちの事を思って色々用意したのにそのいいかたマジ納得できない」
    「納得するも何も。真実だろ?せっかく深津サンと両想いになったのにこのままじゃなんにもできない。」
    「それはこっちのセリフだったく。わざわざ宮城に会いに来たのに。」
    「お前たち。言いたいことはそれだけピョン?」

    仁王立ちの深津サン。
    怒ってはいないと思うんだけどどうもこの人は読めない。
    沢北の方を向いてみると目を合わさないように下を向いてるから多分ガチで怒ってるんだと思う。
    深津サンは俺達を見下げると、 

    「一つ。宮城お前は詰めが甘い。」
    「え?」
    「俺が空港に行かなかったら。三井に出会えてなかったら。そもそも、俺がパスポートを持っていなかったらどうする気だったんだ。そこまで調べたピョン?」
    「いやでも…。」
    「二つ。三井は宮城に甘すぎる。」
    「あっ?!」
    「俺の予定。オフの過ごしかた。宮城に頼まれて2つ返事で調べるとか言って松本に聞いたピョン。宮城に頼まれたら何でもする気持ち。わからなくもないピョン。」
    「お、おう?ん???」
    「三つ。沢北。宮城を頼りすぎだ。」
    「!?」
    「俺を本気で手に入れたかったらNBAでMVPとって日本に迎えにきたら良かったピョン。宮城におぜん立てしてもらわないと何にもできないひよっことは情けないピョン。」
    「えっとそれは…。」
    「とにかく、俺は3人に怒ってるピョン。」

    深津サンが言ってることはわからんでもない。
    まぁ騙し打ちみたいにこっちに連れてこられて訳の分からないまま沢北と2人っきりにされ、好きな人に告白される。そりゃまぁ全部丸く収まった後に怒りが来ても仕方ないかなってちょっとだけ思わなくもない。
     
    「んな怒んなよ。どうせうまくいったんだろ?」

    空気を読まない三井サン。気づけばもう足を崩して笑っている。
    よくよく考えると、この人本当に俺と沢北に巻き込まれただけで一番の部外者っちゃ部外者だ。

    「これから遠距離だろ?俺が遠距離恋愛の極意を教えてやるよ。」
    「遠慮するピョン。」
    「まぁまぁ。割のいいバイトも知ってるしお互い頑張ろうぜ。」
    「結構ピョン。」

    笑いながら言う三井サン。無表情の深津サン。
    2人のやり取りを見てる俺と沢北。

    「なぁエイジ。深津サンのあの表情はなんだ。」
    「あれは楽しんでるというか照れてるね。良かった機嫌治ったみたいだ。」
    「よくわかるなあれで。」
    「だてに片想いはしてないよ。」
    「上手くいってよかった。」
    「うん、良かった。リョータ本当にありがとう。」
    「へへ。」

    俺が願う事は1つだけ。
    2人が幸せになりますように。
    今までできなかった事がたくさんできますように。

    ただ、沢北。これだけは言っておく。

    「エイジ。言っとくけど、遠距離恋愛マジ地獄。」

    2人に幸あらん事を。


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