【ちょぎにゃん】ハロウィン第30回毎月ちょぎにゃん祭り
お題「ハロウィン」
この本丸に属ずる刀剣たちが全振り集まって食事を摂れるほどの大きさの大広間の横を通る長い廊下。沓脱石が置かれ中庭を突っ切るようにして近道を図る横着な刀剣たち数振りの玄関替わりのようなそこに腰を下ろし、足元の石に雑紙を広げると自身とは違う小刀を片手に緑のお化けと戦う。
これこそ南泉の仕事でなく、相応しい刀がいるんじゃないかと思うんだが。化け物斬りとか。審神者の命であり、主命第一の男の指示であるので逃げられそうにないと判断して大人しく拝命したものの正直気が乗らない。だからこそさっさと済ませてしまおうと黙々と手を動かしていれば後ろに誰かが立ったのが手元に落ちた影で分かった。
隠しもしない気配で誰が来ているのかも気付いてはいたものの、こちらには来ずに別のところに用事を済ませに行ってくれないだろうかと秘かに願っていたのだが、まあ無理なのだろう。
分かってはいた。こんな状況、アイツが揶揄いに来ないはずがないのだ。
「南瓜係かい?」
「……も、ある」
「ということはハロウィン全般の担当になったのか?まあ今年は新刃が多くはなかったから兼任もいるだろうとは思ったけど」
「白々しい言い方すんにゃ、お前の推薦だって長谷部から聞いたぞ」
「そうでもしないと君、早々に逃げるだろ」
「奇妙な祭りだの行事だの、この本丸はどうなってんだ」
「慣れると楽しいけどね」
嘘吐け、という言葉は喉の奥へと押し込んだ。長義が楽しんでいるのはあくまでも空気や雰囲気であって自身が参加するということであれば、口八丁手八丁ありとあらゆる手段を使ってでも逃げるだろう。
それを証明する言葉は先ほど主命を伝えに来た本日の近侍から聞いた、昨年の祭りの話の中にたくさん出てきたのだ。
南泉が顕現された本丸の主である審神者は年中行事というものを大切にするらしく、それを刀である俺たちにもせっかく人の身を得て自分のところに来てくれたのなら一緒に楽しみたいと、初めは全振りで準備をし行事を楽しんでいたらしい。それが年数が経ち段々と刀が増えて来たこともあり、今ではその年に顕現された所謂初めてその行事を経験する新刃に準備を担当させるようになっている。
もちろん初めてのことなので前年に経験した刀を指導係というか相談係として設けることになっていて、それに倣うならばいま南泉の目の前にいる刀も相談係になり得るはずなのだが、先ほど長谷部から聞いた刀の中に山姥切長義の名はなかった。何故か。
「お前去年書類が終わってないだのなんだのって参加しなかったんだろ?今年一緒にどうだ?ちょうど兼任役がいるくらい手は足りてねえんだし」
「残念ながら俺は今年は記録係に拝命されているから遠慮しておくよ」
「本当に逃げ足だけは早えんだから」
「人聞きが悪いね」
「事実だろ、にゃ」
どうやら記録係は嘘ではないらしく、装備を取った戦衣装の衣嚢から出したかめらというやつをこちらに向けて構えた。一枚撮らせれば大人しく引くだろうかと話しながらも止めることなく手を動かしていたお陰で、なんとなく形になってきた南瓜のお化けをかめらの方に向けてやる。
「猫殺しくんもこっちを向いて」
「へいへい」
かしゃ、という音だけが軽く響き白く光らなかったことに内心安堵を感じつつ南泉からそう離れていない距離に同じように座って南瓜のお化けを生み出しているやつらに目線を向ける。
「あっちも撮ってくるんだろ?」
「あそこは逆に俺が撮りに行ったら悪いんじゃないかな」
「……まあ、確かににゃ」
南泉とそう期間を開けずに顕現した短刀はたくさんの兄弟刀に囲まれていて、その中には長義と同じように記録係になったものもいるのだろう、かめらを持っている奴もいた。
「だから俺はここで見守っているし、安心して猫殺しくんはそれを完成させるといいよ」
「いや、いらねえわ」
見本に渡された去年のものだという南瓜のお化けの写真と見比べつつ、目や口の微調整を済ませればすぐに完成するだろう。今日はこの後菓子作りにも入れと言われているのでそう費やす時間はない。
「そもそもなんでこいつは緑なんだ?」
南泉の手の中にあるのは畑でもよく見かける緑色の皮の南瓜だが、写真のものは橙色をしているし主がこんな飾りをするのだと見せてくれた現世の雑誌に載っていた物も橙色をしていた気がする。
「こういう季節ものはね希少価値が高いんだよ」
「つまり?」
「発注が遅れれば手に入らない」
「忘れてたんじゃねえか、もう行事も中止にしろ」
くつくつと楽しそうに笑っているところを見ると忘れたのはコイツではないのだろう。忘れたやつは顔面蒼白ものだったかもしれないが、それをきっかけに今年は中止にすればよかっただろうに。
菓子作り、御馳走作り、仮装に行列、宴会と一日続くであろう喧騒にすでにぐったりとしている南泉にはこれを止める機会はそこしかなかっただろうと声を大にして言いたい。
「完成?」
「おう、こんなもんでいいだろ、にゃ」
屑を落として綺麗にした緑のお化けを抱えて立ち上がろうとすればそれを目線で止められ、他に何か用があったのだろうかと見返せば主が言っていたような流暢な言葉が耳をついた。
「Trick or treat」
「それあれだろ、お菓子くれなきゃ悪戯するぞ……は、今か?」
「今日は一日お祭りだからね、近侍殿から説明されなかったかい?」
されはしたが、準備で慌ただしくしているのを見れば言ってくるやつはいないだろうと腹を括っていた。ただ、南泉が知っていることを分かった上で言ってくるということはお菓子が目的……なわけないな、きっと南泉が菓子の調達を後回しにするだろうことを分かった上で今こうして言っているのだろう。
「えげつないのはやめろよにゃ……」
「君の中の俺の印象ってどうなっているんだ?」
「日頃の行いのせいだろ」
「ま、許可も下りたから遠慮なく」
そういって手を振り上げたのを見とめて咄嗟に目を瞑った。流石にそれは悪戯の範疇を超えるのか想定した衝撃はこなかったが、頬が少しひんやりとした手のひらに支えられ何か柔らかいものが唇に降れて離れて行く。
目を瞑っていても気配で、息遣いで、それが何かくらい簡単に察せられた。
ある意味衝撃的ではあった。目を開けて唇を手で押さえると頬がかあっと熱くなっていくのが分かる。何か言ってやろうと南泉が口を開く前に立ちあがった長義は「お菓子も後でもらいに行くよ」と言い残して目の前から去って行く。
戦で鍛えられた南泉の目は銀糸から覗く耳が赤く染まっているのが見えて、姿が見えなくなってから盛大に溜息を吐いた。
「本当に逃げ足が早えんだ、にゃ」
「大体、悪戯でいいのかよあの馬鹿」
これが初めてだとは絶対に認めてやらないので、後で言及してやろうと心に決めて今はひとまず忙しさに身を置いて頭を冷やそうと、手から転がり落ちていたお化けを掴んで立ち上がった。