【ちょぎにゃん】かまくら第34回毎月ちょぎにゃん祭り
お題「かまくら」
本丸の裏手から畑へと続く通路の横手。それなりに開かれたそこは時折物干し竿を組んで一斉に布団が干されたり、竹で作った台で素麺流しが行われたり、バーベキューコンロを何台も置いて焼肉大会が開かれたりする、憩いの場と言えば聞こえがいいが使い勝手の良い広場。
そこは今一面の銀世界が広がっており、そして大小さまざまな雪山が多数造られている。その中の一つの前で、長義は手持無沙汰で佇んでいた。小さなものだと長義の膝にも達しないもので、空洞になった中にはロウソクが立てられていてさながら行燈のように、揺らめく橙色が雪の白を照らして幾分か幻想的に見える。この辺りは本丸からの灯りがそこまで届かないから電灯変わりなのだろう。大きな雪山の間を縫うようにしていくつも作られていた。
大きなものになると嵩のある刀たちが数振り入っても余裕があるほどのものもあり、長義がいる場所から少し離れた奥の方では次郎太刀と日本号が他数振りを伴い雪見酒を楽しんでいるようだった。
そこと同じくらい大きなものには粟田口の短刀たちがぎゅうぎゅうに詰まって何やら楽しそうにしている声も聞こえてくる。大きな声を出さないようにと外側から窘めている長兄を引きずり込もうと画策しているようだが、果たしてうまくいくのだろうか。
「何やってんだ?」
訝しむ声が背後から聞こえ、そちらを見やると内番着の上から分厚い半纏を着込んだ南泉が両手にカップを持って立っていた。長義も同じ半纏を着込んでいるがこれがどうにも暖かく、雪の中で待ちぼうけをしていてもそこまで冷えを感じない優れものであったが、内番着の着こなしからいって南泉の姿はどこか肌寒く見えてしまう。
「何、とはお言葉だね。君を待っていたんだけれど?」
「中に入ってればいいだろ、風が遮られるからなかなか暖かいらしいぜ」
「底冷えしそうだけどね」
中は流石に雪の上に直に、ではなく何枚か重ねられた敷物が敷かれているので大人しく突っ掛けていた共用の履物を脱いで中に入る。ここは中くらいの大きさと言えるだろうか。高さはそこまでなく中腰になる必要があったが、座ってしまうと低さは気にならず隣に座る南泉と胡坐をかいた膝が当たるかどうか、といった距離感でなかなか快適に思える。
「ん、これ」
差し出されたカップは真空断熱、という冷めにくさが売りらしいそれで銀色のカップに黒の持ち手がついている。事務仕事の際にこの時期は温かい飲み物もすぐ冷めるからと主がいくつかまとめて購入していた物のうちの一つだろう。
白い湯気ふわふわと上げるそこからは果物の芳醇な香りがしていて、空腹ではないはずの長義の腹が小さくぅと唸った。
「ワインかい?」
湯気越しに見た液体は赤紫をしていて、香辛料の香りが増えていてもこの嗅ぎ慣れた香りはワインだろうと尋ねれば当たっていたようで肯首される。
「スパイスと砂糖入れて温めたやつ。燭台切に聞いて作ってきたから味は問題ねぇと思うぜ」
そう促されて、小さく息を吹きかけ温度を下げたあと一口口に含むと果実の風味が豊かでほのかに甘く、けれどスパイスで締りのある味になったそれはジュースだと言われても何の疑問も抱かないほどに酒精の香りがしない飲み物だった。
寒くないと思っていたけれど体内から暖められていく感覚はどうも心地よく、口当たりの良さもあってどんどんと口に運んでしまいそうになり、これは不味いと物理的に飲めないようにするために口を開いて南泉に話しかける。
「君から雪見酒を提案されるとは思わなかったな」
「ん?」
チビチビと飲み進める南泉は長義の言葉にこちらを見ると小さく首を傾げる。理解が出来ていないというわけじゃないだろうから、聞こえていなかったのだろうか。
「寒いからと引きこもっているのかと」
「……お前も猫は炬燵で~って言うのかよ、にゃ」
ジト目と呼ぶのだったか、嫌そうな視線を向けられ聞き覚えのない言葉にこちらが首を傾げることになる。
「そんなことわざあったかな?」
「いや、ことわざじゃねえよ。童謡の歌詞に出てくるんだって主が言ってた」
ゆーきやこんこ、あられやこんこ。決して大きくない声で、歌い始めた南泉の歌声に耳を傾けていれば確かに最後に先ほどの言葉が出て来て、南泉の言葉の意味を悟り小さく苦笑いを零す。
「それだけ覚えやすい旋律ならそれはそれはみんなが歌っていたんだろうね」
「……お前は知らなかったのかよ」
「残念ながらね。単に寒がりが雪の中に出てきて喜ぶとは思わなかったから」
一昨日に雪の降る景趣に変更された本丸ではその直後からしんしんと降り続けたのもあり、今朝には長義の膝を超すほどの大雪となっていた。最低限の当番を残し通常任務も今日はやめておこうという主からのお達しで今日は一日休暇となった。
ただ内番をするにも通路が雪で溢れているからと、手の空いている物で雪掻きをすることとなり暇を持て余すような時間はあまりなかったように思う。それでも当番を済ませた短刀たちが雪合戦を始めたり、退けた雪で出来た山をかまくらにし始めるものがいたり、年に一回の短い雪の季節を本丸全体で満喫していた。
「一文字は良かったのかい?」
「あ~うちは御前がノリノリだったけど、お頭や姫の兄貴が寒いの得意じゃないから部屋で雪見酒の方がいいか?ってなって。でも結局御前は新撰組のやつらに引きずられて行ったし、好きにしていいぞってお頭が」
「気を遣わせてしまったかな」
「謙信が誘いに来てたし大丈夫だろ」
刀派の縦のつながりを大事にするかと思うと、こういった割と雑な扱いをするところもあって。これはもう南泉の性格なのだろうと思うし、それが刀派の中で愛される理由でもあるのだろう。ただ長義としてはまたお礼に行っておかないとなと思うと少し胃の腑が思い気がするが。
隣でくしゅん、というどうにも可愛いくしゃみが聞こえぶるりと身を震わせているので端に積まれていたひざ掛け用の毛布を肩にかけてやる。
「もう入ろうか」
「ん~もうちょっと」
「そんなに気に入ったのか?」
長義が掛けた毛布を有難そうに引っ張って丸まる姿に流石に寒さに堪えたのだろうと声を掛ければ、意外にも渋る返事がきて目を丸くする。
「まあ悪くはないと思うけどよ…こういうのは雰囲気だろ」
「うん?」
「人の身を味わうんだったか」
常々、主が俺たち刀剣男士に言っている言葉だ。せっかく人の身をもって顕現したのだから、人の身でしか体験できないことをたくさんして欲しいと。長義たちの所属する本丸で年中行事が多いのはそれが理由であったし、行事だけでなく日々の暮らしの中でもそう言った意図をもって行われることは多い。雪の景趣もそのうちの一つだった。
ただし、人の身とは刀剣男士を持ってしてもどこかか弱い部分は捨てきれず、目の前の楽しいことに熱中しすぎると困ったことになったりもするのだ。その一つを例に上げて南泉を促す。
「このままだと風邪を引いて、別の意味で人の身を満喫する羽目になりそうだけどね」
「やっぱりだめか、にゃ?」
「くっついて体温を分け合うと言うなら考えてもいいけど」
「こんなじゅーすみたいなので酔ったのかよ」
「酔ってはいないけど、俺だって寒さを感じないわけじゃないしね」
南泉が誰に見られるか分からない状態で大人しく長義にくっついて来るとは思わなかったし、本気でそこを求めているつもりもなかった。中へ促すきっかけになればいいと思って発した言葉遊びではあったが、大きな効果があるとも期待もしていなかった。だから長義の言葉にすんなりと頷いた南泉にこちらが伺いを立てる形になった。
「あー、もう分かった。中に入ろうぜ」
「本当にいいのかい?」
「落ち着かねえから」
「……?」
「温めんだろ?」
「おや、言葉遊びだと本気にしないかと思ったが」
「どっちかって言うと便乗だにゃ、悪くはねえけど寒いもんは寒いし」
「ああ、そっちか」
温めて欲しいという長義の言葉に便乗してくっつこうという意味かと思ったが、まあ南泉がそんな素直な物言いをすることはないかと分かっていたことを思い知らされて、どこか落胆した気持ちを押さえられずに呟けば「どっちだろうな?」という言葉と、どうにも挑発的な視線が送られるのに自身の口角が上がるのが分かる。
「まあどちらでも構わないよ、言質は取ったからね」
先に雪山の中から抜け出して立ち上がりやすいように手を差し出してやれば、特に異を唱えることもなくすんなりと長義の手を取った。そのひんやりとした手を、捕えたまま今日は逃がさないと言ったならばどんな反応をするだろうか。それを見るにはひとの目があるここでは駄目であろうと足早に部屋へと向かうことにした。